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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 姫藪蘭 : 新しい出会い 』
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『 僕と邂逅の調べ 』

 ナンシーさんが、何度か瞬きをしてカウンターに置かれた

ドッグタグを手に取るが、それでも何処か半信半疑な様子に

アギトさんが、早くしてくれないか? とナンシーさんを急かした。


「本当に、同盟を組むの?

 今まで何処のチームから要請が来ても、一度も受けなかったのに」


「同盟を組みたいと思うチームが、なかっただけの事だ」


ナンシーさんはアギトさんから、後ろに居るクリスさんへと

視線を移動させ、クリスさんはその視線を真直ぐに受け頷いた。


「私達月光、といっても今は家族だけですが

 全員の意向です。間違いありません」


「そう……」


「そんなに、不思議か?」


「ええ、不思議ね。

 貴方、付き合いの長い、邂逅の調べの同盟も断っていたじゃない」


「あれと同盟を組む意味などないだろう?」


「……そうかしら」


ナンシーさんがチラリと僕とアルトを見た。


「私には、何がアギトを動かしたのかがわからない」


「あぁ。わからないだろうな」


「理由を教えてくれてもいいんじゃない?」


「隠しておく事でもないか?

 簡単に言ってしまえば、セツナとアルトの戦闘に

 心が躍った。久しぶりに、興奮したな」


そう言って、口角をあげて笑うアギトさんにナンシーさんの

眉根にしわがよる。


「ちょっと、その顔やめてくれない。

 貴方のその表情に、いい思い出が1つもないのよ。

 思い出させないで頂戴」


「ククク……あの頃は、退屈させなかっただろ?」


「命がいくつあっても足りないわよ!」


アギトさんとナンシーさんとの間に、何があったんだろう。

首を傾げた僕に、サーラさんが後ろから

そっと教えてくれた。


「ナンシーちゃんは、月光にいたことがあったのよ」


「そうなんですか」


「うん。その時のアギトちゃんは一番やんちゃだったから

 色々とね……」


ナンシーさんがサーラさんに向かって

あれが、やんちゃですむことなの!? と噛み付いていたけれど

サーラさんが苦笑しながらも、懐かしそうに目を細めていた。


そんな2人を、気にする事もせずにアギトさんが

自分のペースで、会話を進める。

どうやら、何かしらのスイッチが入っているらしい……。


「ドラジアを知っているか?」


「ええ。湖などに生息する、魚系の魔物でしょう。

 その鱗は硬く、武器では致命傷を与えるのは難しい。

 大きい割に俊敏で凶暴。水の中にいることから

 一般的には魔法で倒す事が多い魔物だわ。

 武器で倒すには、弱点の鱗を砕き

 直接脳を破壊するしかないわね」


アギトさんに、いきなり魔物のことを尋ねられたにもかかわらず。

ナンシーさんは、よどみなく魔物の情報を口にした。

アルトが、すごい……と呟き。その呟きを耳にしたナンシーさんが

アルトにウィンクを贈った。


「そのドラジアを、セツナとアルトは空中戦で討伐している」


「……どうやって、水の中にすんでいるドラジアを

 空中で倒すのよ。貴方、寝ぼけていたんじゃないの」


「見せた方が早いか」


そう言うと、アギトさんが懐から何かの魔道具を取り出し

発動させる。するとフロアーの中央辺りの空中に

僕とアルトの戦闘シーンが映し出されていたのだった。


「アギトさん!?」


名前を呼ぶ事で、アギトさんに抗議するが

アギトさんは、ただあくどく笑う。

あの表情は……僕と戦っていた時に見せていた表情だ。


僕がアルトを抱えて、ドラジアから逃げ空中へと

飛び出した所から映像が始まる。


まるで映画の戦闘シーンを、切り取ったみたいな感じになっていて

ドラジアが水面から飛び出した所で、驚きの声が上がり。

僕とアルトの会話で、笑いを誘っていた。

はっきり言って、居た堪れない。


僕とアルトの戦闘シーンになると、フロアーが静まり返り

真剣な表情で、映し出されたものを見ている。

その辺りは、流石に冒険者というべきなんだろう。


アルトが水面に着地した所で、映像が終わり

今まで以上に、ざわめきが大きくなる。


興奮したように話す人。首を傾げている人。

自分ならどう戦うか、どう動くかを仲間と共に検証している人達もいた。

そんな空気の中、サーラさんはどうしてもっと早く見せてくれないの!

とアギトさんへ文句を言っていたり、クリスさん達は何度見ても

鮮やかな戦闘だと、感心していたり。


アルトはなぜか、尻尾を振って喜んでいた。

自分の失敗を、アギトさんに暴露されたと分っているのかな?

分っていないんだろうな……。


そっと溜息を付き、視線を感じたほうへと目を向けると

ナンシーさんが、微妙な笑みを僕に向けていた。


「セツナ……。相変わらず貴方は非常識ね」


「……」


「素晴らしいだろう?

 こんな戦闘を見せられたら、ゾクゾクするだろ?」


「黙ってなさい、戦闘狂」


ナンシーさんが手加減することなく、アギトさんに言い返す。

僕達が話し始めたことで、フロアーはまた静まり

僕とアルトを見る視線が、蔑むようなものではなく

好奇心に満ちたものへと変化していたのだった。


アギトさんが、それを意図的に狙っていたのかは

分らないけれど……意図的ならばもう少し違う方法に

してくれればよかったのにと、心の中で思わずにはいられない。


とにかく、アギトさん達は色々と魔道具を持っているようだ。

それが情報収集の為にもっているのか、個人的なものなのかは

分らないけれど、少し注意が必要だなと感じた。


僕の警戒心をよそに、アギトさんは楽しそうに呟いていた。


「セツナと同盟を組めば、非常に面白い

 経験ができるはずだ。リシアに来るまでにも

 その片鱗を見せていたからな、ククク楽しみで仕方がない」


「……」


「……」


「セツナ。本当にこんなのと同盟を組んでいいの?」


「少し考えさせ……」


「却下だ。ナンシー早くしろ」


アギトさんが、即座に僕の言葉をさえぎり

ナンシーさんに、仕事をしろとせっついたのだった。


ナンシーさんは溜息を付き、カウンターの上に出された

ドッグタグを、後ろに居た職員に渡した。


「少し時間がかかるわ」


「ああ」


「その間に、キューブなり素材なりあるのなら

 換金するけど? セツナはドラジアを持ってきているんでしょう?」


「いや、ドラジアは食った」


「……もう1度言ってくれるかしら?」


「ドラジアは食った」


「……」


僕ではなく、アギトさんが楽しそうに答えている。

どうやら、ナンシーさんの反応を見ているのが楽しいようだ。


「売ればそれなりのお金になる

 ドラジアを食べる馬鹿が何処にいるの」


「そこにいるだろ?」


そういって、親指を立てアルトを指差した。

アルトは、キョトンとして首を傾げていた。


「アルト、ドラジアを食べたの?」


「うん。食べた。

 すげー、美味しかった

 エリオさんに、丸焼きにしてもらったんだ」


「そう……すごく美味しかったの……」


「美味しかった!

 また、食べたい!」


「……できる事なら、ギルドに持ってきてくれるかしら。

 あの鱗は、中々いい防具になるのよ?」


「売ったら食べれないでしょう?」


何を言っているの、というような表情を浮かべるアルトと

同じような表情を作っているナンシーさん。


「セツナ、貴方何も言わなかったの?」


その口調は僕を責めている。

売れるものは売れると教えないといけないじゃない、という感じだろうか。


「止めを刺したのはアルトですから。

 止めを刺した方が、その魔物をどうするかを決めるので

 アルトが食べたいといえば食べます。

 2度と食べたくないものもありますが……」


2度と食べたくないという所で、アルトが本当に嫌そうな

声を出して、その魔物の名前を挙げる。


「エブハリは、もう2度と食べたくない!」


「アルっち!? あれを食ったのか!?」


エリオさんが、アルトに突っ込み

サーラさんは、顔色をなくしていたしビートは口をあけていた。


「そういえば、生ゴミの味ってノートに書かれていたな」


クリスさんが、そう言って苦笑する。


「そうなんだ! 見た目で判断するのは駄目だと思って

 師匠に料理してもらったけど、煮ても焼いてもまずかった!」


「セツナ! 貴方、子供に何を食べさせているの!

 アルトも、そんなもの食べちゃ駄目!」


「僕も反対したんですよ!?」


どう考えても、美味しくなさそうだから

これは食べるのはよそうと言ったのだ。

だけど、止めを刺したのはアルトだから食べる事になった。


「ナンシーさん、食べてみないと

 美味しいか、まずいかわからないでしょう?

 偶々、エブハリが美味しくなかっただけかもしれないし」


ナンシーさんを真直ぐに見て、アルトが正論を口にしているが

僕としては、ナンシーさんを応援したい。

大体、料理を作るのは僕なのだから……。


「あははははは、あはははははは!」


アギトさんが、おなかを抱えて笑っている。

カウンターに腕を乗せ、楽しくて堪らないという顔をして

ナンシーさんを見る。


「なぁ? 最高だろう?

 絶対、退屈しないと私は断言できる」


ナンシーさんは、呆れたようにアルトを見ていたけど

アギトさんが、目を細めてアルトを見ている姿を見て

フッと表情を和らげた。


「アギトのそんな楽しそうな顔が

 見れるとは思わなかったわ」


「私はそんなに、危うかったかな?」


「……そうね。サーラが心配するくらいには」


ナンシーさんがサーラさんをみて、微笑する。

サーラさんも、淡く笑い頷いた。


「大丈夫だ。女の子も生まれる事だしな。

 娘の婿を、半殺しにするまでは死ねないな」


半殺し……。

アギトさんの目は、笑っていないからきっと本気だ。


「……」


「ナンシー?」


「子供?」


「ああ、4人目が出来た」


「嘘でしょう!?」


「本当だ」


「サーラ本当なの!?」


ナンシーさんの問いに

サーラさんが、満面の笑みで頷いた。


「そう……よかったわね」


ナンシーさんの声音は

安堵と祝福の混じった、サーラさんを包み込むような声だった。

仕事中に、無駄な話をしていても良いのかと気になったけれど。

他の受付も空いている……というか、注目を集めすぎているほうが

問題のような気がしてきた。


アギトさん達がナンシーさんと、子供の話で盛り上がっている間に

ドッグタグがナンシーさんの手元へと戻ってくる。


「説明が必要かしら?」


それぞれに、ドッグタグを返しながらナンシーさんが聞いた。


「ああ、月光も暁の風も同盟ははじめてだからな」


「それを見てもらえばわかるけど、表に自分のチーム名と

 チームリーダーの紋様。そして、自分の名前が刻まれているわ

 そして、裏に同盟を組んでいるチーム名が刻まれる事になるの」


「相手のチーム名の横に、魔道具が埋まっているようだが?」


ドッグタグの裏に、青色の小さな宝石が埋まっている。


「アギト……貴方本当に同盟に興味がなかったのね」


「まぁな」


「その魔道具は、今は青だけど同盟のチームに要請したい事が出来た場合

 ギルドで、手続きをするとそのチームの魔道具が赤くなるのよ。

 赤くなったら、近くのギルドに行けば連絡が取り合えるという仕組みね」


「ふーん。黒の魔道具と同じか」


「まぁ、そうね。アギトとセツナが同盟を組むのはいいかもね」


「どうしてだい?」


「アギトは何処にいても、捕まえる事ができるけど

 セツナはできないもの、貴方と繋がりがあれば

 貴方から連絡をとることができそう」


「……」


「セツナは、気がつかなさそうだが?」


「……」


「……」


アギトさんとナンシーさんが、何かを言いたそうな目で僕を見ているが

僕は2人から視線をそっと外した。


そんなやり取りをしていると、今までとは違うざわめきがおこる。

小さな声で聞こえてくる言葉は、"邂逅の調べの……"と言っていることから

どうやら、アギトさん以外の別の黒が現れたらしい。


だんだんと近づいてくる軽やかな足音に、アギトさんがなんとも言えない

笑みを浮かべた。エリオさん達は、妙な声を上げている。


そして僕達の目の前に現れたのは、淡い青色の髪に意思の強そうな薄藍色の

瞳を持った青年だった。見た目の年は僕と同じぐらいのように見える。

青年の前に美がつくといって良いほど、綺麗な顔立ちをして

印象はとても優しそうだ。


「久しぶりだな。サフィール元気か?」


アギトさんの挨拶に、サフィールと呼ばれた人は

誰もが見惚れるほどの笑顔を見せた。精霊に好かれそうな気がする。

アギトさんとの再会を喜んでいるんだろうなと感じた。


「お前、頭沸いてるわけ?」


そう……第一声を聞くまでは……。


「久しぶりに会った友に、その言葉はどうなんだ?」


「ナンシーから聞いてないわけ?

 それとも、脳みそが腐ってるわけ?

 僕は無能に付き合うほど、暇じゃないんだけどさ。

 お前がくだらない事を、ダラダラと話している間の

 僕の時間をお前はかえせるの? 返せないだろう?

 さっさと、部屋に来たらどうなのさ?

 お前がついたと連絡が入って、どれだけの時間が

 たっていると思っているわけ?」


「ああ、忘れてたな」


さっさと会議に出席しろという事を

言いたいんだろう。無駄な言葉が多いけど……。


サーラさんが、やっぱりサフィちゃんは口を開かない方がいいわ。

といっている所から、常日頃こんな感じなんだろうか。


クリスさんは、サフィさんはやっぱりサフィさんですねと

溜息を付いていた。


「僕が僕で何が悪いわけ?」


クリスさんの呟きに、人を少し馬鹿にしたような視線を送った。


「いいえ、お元気そうでなによりです」


クリスさんは、もう口を開くつもりはないらしい。

そんなクリスさんに、興味を失ったようにサフィールさんは

サーラさんに視線を向けると、アギトさんに見せた笑みとは違う

本当に優しい笑みをサーラさんへと向けた。


「サーラは、相変わらず可愛いね。

 アギトなんてやめて、僕と一緒になる気はまだないの?」


口調まで違う。そして、アギトさんがいる前で堂々と口説くんですか!?


「サフィちゃん。私はアギトちゃん一筋よっ!

 それにぃ、今度女の子が生まれるの!」


「……」


それは幸せそうに、サフィールさんに報告するサーラさん。

目を見開いて、絶句するサフィールさん。

2人の感情は全く正反対じゃないだろうか。


僕はもうこの場から離れても良いかな? 気配を消してそっと

離れようとしたところを、アギトさんによって阻止される。


その目は、『何処に行こうというのかな?』と問うていた。


「アギト? 人としてやっていい事と悪い事があるって知らないわけ?」


壮絶な笑みをアギトさんに向けるサフィールさん。


「私はサーラに、やっていいことしかしていないが?」


「……うるさい」


低い声でそう呟く。

いや……傍に、アギトさんとサーラさんの子供のクリスさん達が

いるわけだけど。無視なんですか? ナンシーさんがぼそっと

サフィもいい加減諦めればいいのにと呟いている。


「……とりあえず。さっさと来い」


そう言い放って、この場から立ち去ろうとしたサフィールさんを

アギトさんが止めた。


「サフィール。今度月光は、暁の風と同盟を組むことにした」


アギトさんの言葉に、サフィールさんは何の感情も浮かべずに

アギトさんを見ている。


「お前、僕からの要請を散々蹴散らしておきながら

 他のチームと組むとは、僕に殺してもらいたいわけ?」


感情の起伏を一切見せずに、淡々とそう告げるサフィールさんに

アギトさんは、笑みを浮かべて答えている。


「サフィールの目的は、月光との同盟ではなく

 サーラだろう? そんな意味のない同盟など組む必要はない。

 それに、そう簡単に私を殺せると思うなよ」


「……」


サフィールさんが、アギトさんを睨み

アギトさんは、気にした様子もなく笑っている。

そのまま歩き出そうとしたサフィールさんを、アギトさんはまた止めた。


「サフィール」


「……」


名前を呼ばれた事で、立ち止まりアギトさんを見るサフィールさん。


「私の隣にいるのが、暁の風のリーダーのセツナだ」


どうして今この状態で、僕の紹介をするんですか!?

内心、色々とアギトさんに文句を言いながらも表情には

出さないように心がける。


名前を出されたからには、自分の口から挨拶をしなければ

そう思い、口を開こうとしたがその前にサフィールさんが言葉を投げた

僕を一度も見る事もせず。


「僕は興味のない人間の名前を、覚える気はないわけ」


きっぱりと切り捨て、さっさと歩いて立ち去っていった。

そんなサフィールさんに、アギトさんは肩をすくめた。


エイク……。

僕とサフィールさんは、相性はあまりよくなかったようだよ。

もしも、アギトさんではなくエイクを通して出会っていたら

また違う結果がでたかもしれないけど……。


「悪い奴じゃないんだけどね?

 少々人間嫌いで、口が悪いだけなんだ。

 サフィールとは、私が駆け出しの頃からの付き合いでね。

 私の親友であり、好敵手であり恋敵といったところかな?」


「……」


「ああ……サフィールの事を本当に忘れていた。

 下手をすれば、クリス達の父親がサフィールになる所だったな」


アギトさんの言葉に、エリオさんとビートさんが

絶対にそれは嫌だと、脱力しながら訴えていた。

だけど、その言葉の中には嫌悪とかそういう感情はない。


「エリオさん達は、サーラさんが口説かれていても

 平気なんですか?」


3人が3人とも同じような複雑な表情を作り

ビートが唸るように、話す。


「アルトぐらいの時は、嫌で嫌で仕方がなかったけどな。

 だけど、サフィさんは絶対、母さんに触れようとはしない。

 口説くけど、母さんの嫌がることも無理強いをする事もない。

 それに、月光が危うい時は必ず一番先に駆けつけてくれるのが

 サフィさんなんだぜ。最初は母さんが、居るからだろうって

 思っていたけど、母さんが居ようが居まいが親父や俺達が

 窮地に立たされたら、何をおいても駆けつけてきてくれる。

 口は悪いし、文句も言われるし態度も悪いけど……。

 

 俺が死に掛けた時も、親父とサフィさんが助けてくれた。

 俺のせいで、サフィさんも怪我を負う事になったけど

 馬鹿だとは言われたけど、一言も俺を責めなかった。

 長ったらしい、厭味は言われたけどな。

 結局は"生きててよかった"と言う事を言ってくれた」


「……」


「それにさ、親父がそれを楽しんでいるんだから

 俺達が、何を言っても無駄だろう?

 俺には理解できないけどさ、親父と母さんとサフィさんの

 3人にしかわからない、繋がりってものがあるんだろうな。


 それは、3人の戦闘を見ててもそう思うし。

 親父達の連携は本当に洗練されていて、綺麗なんだ。

 その間に誰も入る事が出来ないほど……な」


ビートの感想に、クリスさん達も頷き

アギトさんとサーラさんは、優しい表情で目を細めていた。


「相手も本気なのだから

 私も本気で相手するのが当たり前だろう?」


大切な相手だからこそ、手加減など一切しない。

あいつも、私に手加減などしないだろうしな。

アギトさんが、そう言って締めくくる。


「まぁ、セツナも気にするなよな。

 あの人は、ああいう人だから」


ビートが気遣うように、声をかけてくれる。


「そうそう、今の紹介はどう考えても

 アギトがサフィを煽っていただけだから。

 アギトが認めた貴方を、サフィが認めるようになるのは

 時間がかかるかもしれないけど、悪い人間じゃないのは

 私も保証するわ。口は悪いし、態度も悪いけど」


ナンシーさんが、アギトさんに呆れた視線を送りながら

言った言葉に対し、アギトさんがよくわからない事を口にした。


「ククク……セツナ。当分大きな魔法は使うなよ?」


何かをたくらんでいるような表情に

全くいい未来が予想できない。


「アギト何をたくらんでいるのか知らないけど。

 程ほどにしておきなさいね」


「人聞きの悪い」


いえ。アギトさんの今作っている表情のほうがきっと悪い。

何を考えているのかは、わからないけどやられっぱなしは

気分が悪い。僕の話を聞くだけ聞いて、目をそらした事も気に入らない。


「大丈夫です。サーラさんの告白で気が立っていたでしょうし

 その内にゆっくりお話できることがあるかもしれません」


お前は本当に前向きだよなと、ビートの声がする。


「そうね。サーラに子供が出来たら

 サフィは何時も、どん底まで落ちちゃうし……」


ナンシーさんが溜息を付いて、呟く。


「ナンシーさん、そう心配しなくても大丈夫じゃないですか?

 落ち着いたら気がつきますよ」


「何にかしら?」


「次に生まれるのが女の子だってことに」


ナンシーさんが、目を見開いて、青い顔をして首を横に振る。

それ以上言葉にするなってことだろう。


だけど、どう考えても僕を巻き込んで

何かをたくらんでいるアギトさんに、一矢報いなければ。


「サーラさんによく似た女の子が生まれたら

 きっとものすごく、可愛がってくださいますよ。

 溺愛してくださるんじゃないですか?」


「セツナさん!?」


「セツっち!」


「セツナっ!」


クリスさん達が慌てたように僕を呼ぶ。

サーラさんは、お腹に手を当て穏やかに笑っていた。


「きっと、クリスちゃん達と同じように

 サフィちゃんは、この子も好きになってくれるわ」


「……」


呆然とサーラさんを見るアギトさん。

後一押ししておくかな。


「魔導師は長生きですから、将来サフ……」


「セツナ!!」


「セツナさん!」


「セツっちぃ!?」


「お前もう黙れ!!」


ナンシーさんと、クリスさん達が同時に叫んだ。

何かを想像したのか、アギトさんが凍り付いた表情のまま低い声で呟く。


「今のうちに……息の根を止めておくか」


アギトさんの本気の呟きと殺気に、ナンシーさんと

クリスさんが必死に止めに入っている。

アギトさんの殺気に、フロアーの時間が止まったようになっていた。

ナンシーさん達が、僕に恨みがこもった視線を送るが

僕の知った事ではない。


「クリス、離せ……」


恐ろしく低い声で、アギトさんが命令しているが

クリスさんは、羽交い絞めにしたまま離さない。


「離せません!」


「私は今から会議だ……」


「その剣を置いて行って下さい!!」


「馬鹿は寝てから言え!

 武器を持たない冒険者が居るわけがないだろうが」


「会議には必要ありません!」


「いや……いる……」


「父さん!!」


もう完全に、サフィールさんを殺す気になっている

アギトさんを必死にクリスさん達が捕まえていた。


そこへ、ギルドの職員の人がやってきて

ナンシーさんへ、何かを耳打ちする。

ナンシーさんが、溜息を付いて僕を見た。


「セツナ。総帥が貴方に会いたいといっているそうよ」


「……」


「責任を持って、それも連れて行って」


「今日はお断りします」


「駄目よ。貴方にも責任があるんだから!!

 サフィが殺されないように、貴方も付いていくのよ!」


「師匠?」


アルトが不安そうに僕を見る。


「アルトを一人に出来ませ……」


僕の言葉にかぶせるように、エリオさんが早口で

アルトへと話しかける。


「アルっち。向こうに本が売っている場所がある。

 俺っちが、アルっちに本を一冊買ってやるから

 一緒にいってみないか!?」


エリオさんが必死に、アルトを誘っていた。


「本当!? なんでもいいの!?」


アルトが目を輝かせてエリオさんを見ている。


「ああ。セツっちが親父と出かけるなら

 俺っちが、アルっちと一緒にいてやるからな!」


「師匠。俺、エリオさんと待ってるから!」


アルトの人間関係も、行動範囲も広がるのはいい事だ。

素直にそう思う。だけど、今じゃなくてもいいと思うんだけどな。


「……」


「セツナさん……父さんをよろしくお願いします」


クリスさんが、疲れたように僕を見た。


「アギトさん。僕も一緒にいくことになりました」


「……」


アギトさんの目はいまや据わっている。


「あの転移魔法陣からいけるから」


そう言って、ナンシーさんが指差した方向へと

アギトさんが歩き、僕も付いていく。


「セツナさん、父さんが剣を抜かないように

 ちゃんと見ていてください!!」


懇願に近いクリスさんの声に

僕は後ろを振り返り、渋々頷いて返す。


結局僕は、自分のまいた種を自分で刈り取る事になった。

出会った時は、とても大人な人だと思っていたけれど

どうやら、こちらがアギトさんの本来の姿らしい。


大体、僕が黒の会議に顔を出す事がおかしいと

どうしてみんな気がつかないんだろう?


アギトさんの殺気に、フロアー全体が呑まれていたとしても

誰か……おかしいと気がつこうよ……。僕は心の中で溜息を付いたのだった。





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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
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