『 思惑の中の真実 』
今まで体験した事がないほどの活気に、僕もアルトものまれそうになっていた。
ガーディル、クット、リペイド、サガーナと4国をまわって来たけれど
これほどの熱気を感じた国はなかった。
生命力に溢れてるというか、希望に満ちているというのか
その表現の方法は、個人によって違うところだろう。
この街の空気、雰囲気はきっとこの街にしかないものだと言える。
「私は色々な国をまわって来たが、ハルが一番好きだな。
学問、魔法の国とは言われているが、私は自由の国という言葉が
一番あっているような気がする」
この街がもつエネルギーに圧倒されている
僕とアルトを楽しそうに、アギトさん達が眺めていた。
「師匠……すごいね」
きらきらとした瞳を僕に向けるアルトに
僕も自然と笑みがこぼれた。
「すごいね。ここまで、賑やかな街だとは思わなかった」
「すぐにでも、街を案内してやりたいが
先ずは、ギルド本部へ行かないとな。
セツナ達も、当分リシアに滞在するんだろう?」
ビートも楽しそうに、周りに視線を動かしながら
僕達の予定を確認するように尋ねてくる。
「そうですね。取りあえず、今日は宿を取って
少し落ち着いたら、譲ってもらった家に行ってみようかと」
「譲ってもらった?」
「はい」
「ああ、お前の恩人か。
この街に家を持ってたのか」
「そうみたいですね。
長い間使われていなかったようなので……」
「あー……」
ビートは微妙な顔をして、僕を見る。
「なので、少し落ち着いてから行って見ようと思います」
「それがいいよな。その家に行ったとたん修羅……」
「不吉な事を言わないでください」
あえて考えないようにしていた事を
口に出すビートを、睨んで黙らせる。
「……」
「なので、アギトさん何処かいい宿があったら
教えていただけませんか?」
ビートから、視線をアギトさんへと向けると
アギトさんが、不思議そうな顔をして僕を見ていた。
「宿などとる必要などないだろう?
私達の家に来ればいい。部屋は沢山あるからな」
「いえ、流石にそこまでは……」
久しぶりに自分の家へと帰るのだから、家族で寛ぎたいだろう
というような事を話すと、アギトさんではなくサーラさんが
口を開いた。
「そういう気をまわさなくていいのよ?
嫌ならば誘わないのだし」
「ですが」
「そうそう、セツっちがいたほうが何かとべn」
エリオさんが何かを言いかけるが、クリスさんがエリオさんの口を塞ぐ。
だが一歩遅かったようだ。アルトが不機嫌そうにエリオさんを見ながら
俺は宿屋に泊まったほうがいいと思うと、自分の意見を言った。
エリオさんは、クリスさんに口と鼻の両方を押さえられて暴れていたが
クリスさんは、離す気配がない……。
顔色が赤から青に変わるのを横目で見ながら、どうするか悩んでいると
アギトさんが、アルトを懐柔していた。
「私の家には、アルトが好きそうな本が沢山あるが
アルトは読んでみたくはないかい?」
「……」
アルトは胡散臭そうに、アギトさんを見ているが
その耳はピンと立てられている。
その他にも、アルトが興味を持ちそうなものを
次々に口にして、アルトの好奇心を刺激しそして決着がついた。
「決まりだな」
アギトさんが、いい笑顔でアルトに告げアルトも楽しそうに頷いたのだった。
一言言うならば、僕の意見など全く聞くつもりはないらしい。
そして、エリオさんは白くなって伸びていた。
たわいもない話をしながら歩き、ギルドの本部へとたどり着く。
先ずギルドの本部の大きさに驚き、そして外観の美しさに溜息が出た。
僕とアルトが建物に見とれていると、アギトさんが僕達の肩を軽く叩き
中へ入るようにと促す。
ギルド本部へ1歩入った瞬間。冒険者達の目が一斉にアギトさんへと集まった。
ああ……そういえば、アギトさんは黒だったんだと思い出す。
アギトさんへと向けられる眼差しは、憧れや羨望そして少しの嫉妬だ。
アギトさんや月光の話題が口々にのぼり
そして、僕達の話題にかわっていく。
もちろん、僕とアルトに向けられる視線はいいものではなく
何時も通りのものだった。そんな視線を気にすることなくアギトさん達と歩く。
聞こえてくる僕とアルトの話題に、ビートは周りを睨みつけていたし
クリスさんとエリオさんは、殺気をちらつかせていた。
「何時もの事なので、気にしないでください」
僕がそう告げると、アギトさんが困ったように僕を見たのだった。
ヒソヒソと話す声と視線を背に受けながら、僕達は受付へと足を勧めた。
建物の中は、支店とは比べ物にならないほど広いが
解放されているフロアーは、思ったよりも広くない。
受付の人がこちらに気がつき、アギトさんに声をかけた。
「久しぶりねアギト。
色々とあったようだけど見たところは元気そう」
「ああ。それなりには元気だ」
アギトさんがそう返事を返すと、今度は僕のほうに視線を向けた。
「セツナも元気そうね」
ナンシーさんがアギトさんだけでなく、僕にも声をかけた事で
冒険者達の視線が僕に集まった。異様なほど静まり返ったフロアーで
僕とアギトさん、そしてナンシーさんの声がやけに大きく響いた。
「お久しぶりです。ナンシーさんもお元気そうですね」
「私は元気。私はね……」
何処か遠くを見るナンシーさんに、首を傾げるが
後でわかるわよといって、理由は教えてくれなかった。
何か嫌な予感がするんですが……。
「おや、セツナとナンシーは知り合いだったのかい?」
「ええ。以前に少しね。
私が色仕掛けで迫ったのに……全く相手にしてもらえなかったのよ?」
「へぇ……」
アギトさんの目が、その時のことを話せと催促していたが
僕は黙ったまま、何も答えなかった。なぜか、背中に突き刺さる視線が
強くなったような気がする。
「まぁ、今の私は仕事中だから
積もる話は後日ということで、色々と話を進めていいかしら?」
ナンシーさんが、僕とアギトさんにそう告げる。
「ああ、かまわない」
「はい。お願いします」
「アギトの方は、黒の会議に出席するようにと総帥から
伝言を預かっているわね」
「全員そろっているのか?」
アギトさんが怪訝そうにナンシーさんを見た。
「ええ、総帥が招集をかけたから。
アギトの到着を待って、会議が開かれる事になっていたわ」
「了承した」
「後は、手紙を何通か預かっているわ。以上よ」
「後ほど受け取りに行こう」
「それから、セツナ……」
「はい?」
ナンシーさんが今までとは違う表情を浮かべ僕を見る。
「貴方ね、もう少しギルドへ顔を出したらどうなの?
最後が、トキトナというのはどういうことなのかしら?」
そういえば、トキトナが最後だ。
狼の村を出て、ギルシアによって補給はしたけど
ギルドにはよらなかった。ディルさんへの手紙は、魔法で送ったし……。
「連絡が取れなくて、私達がどれほど苦労したかわかる?」
「申し訳ありません」
「大体、貴方の人間関係はどうなっているの?」
「人間関係ですか?」
ナンシーさんは目を細め、溜息をついてから続きを話す。
「セツナと連絡が取れ次第、すぐに返答を望むと言われている
案件があるから、今すぐに返事を頂戴」
「はい」
「まず、リペイド王妃様の要望から……」
ナンシーさんが手元の用紙を僕のほうへと向けて
カウンターへ置いた。それを手に取り読んでいると
横からアギトさんが覗いていた。
「リペイド国からの専属契約願い?」
アギトさんが声を出して、文面の内容を暴露した。
その声には、少し驚きが混ざっている。
「ナンシーさん。専属契約とはどういうものですか?」
「専属契約とは、簡単に言ってしまえば
有能な冒険者の囲い込みかしら。国の王からの依頼を
全てセツナに届ける形になるわね。依頼を受けるかどうかは
本人の自由意志になるけれど」
「国にとって、いい事はあるんですか?」
依頼を受けるも受けないも自由って、余りメリットがないような気がする。
「その冒険者が、他国と契約が結べなくなるという事かしら。
例えば、貴方がリペイドと契約を結んでいる限り
他国と専属契約が結べなくなるわ。それは、国にとってもいえることね。
他の冒険者と専属契約が結べなくなる。1年ごとに更新。
その前に破棄する場合は、違約金を払う事になるの。
違約金を払えば、破棄出来るとはいえ……金貨90枚が必要になる。
国にとっての思惑は、各国で違うのでしょうけど。
将来有望だと思う冒険者と、懇意になって引き抜きを狙うという国もあるし
力のある冒険者を囲っておいて、魔物討伐を頼む国もある。
優秀な魔導師と契約しておいて、魔道具を安価で手に入れる国もあるわね。
後は……そうね、珍しいものを手に入れるために契約を結ぶ国もあったわ」
「1年の間、全くその国の依頼を引き受けなかった場合
その国は、大損すると思うのですが?」
「それはその国の王が、見る目がなかったというだけの話よ」
「……」
「国がギルドに支払う対価は、赤のランクの場合は月金貨2枚。
黒の場合は7枚になるわね。ただし、赤のランクで契約を結んで
契約の更新を続けている限り、貴方が白になろうが黒になろうが
金貨2枚で継続される事になる。ランクが下がった場合も対価は
変わらない。それから、赤のランクのセツナにはリペイドから
最初の年は、1年間で金貨6枚が支払われる事になるわ。
その後は、契約更新ごとに要交渉という所ね。依頼報酬は、別負担」
「それは……」
僕にそんな大金を払って大丈夫なんだろうか……。
リペイドの台所事情を知っているだけに、僕のほうが不安になってくる。
依頼抜きで年間、金貨36枚……。360万!!
「ギルド側は、契約期間中その冒険者に対する依頼の手数料を免除」
「それだけですか?」
「それだけというけど、国からの依頼は難易度が高い事が多いのよ。
手数料といっても、馬鹿にならない金額になる場合があるわ。
ギルドとしては、余り美味しくない契約よ……本音としては
貴方には、専属契約を結んで欲しくないのだけど。
アギトもそう思わない?」
「そうだな。今ここで契約されるのはギルドにとっては痛手だな」
ナンシーさんとアギトさんの言葉に
僕よりも、周りが大きく反応していた。
その声は、黒に認められているのかという驚きの声が大半だ。
僕達の噂の真偽を見極めようとするもの
興味本位なもの。アギトさんといることで不快を示すもの。
傍観するものと様々だ。これだけの様々な視線に晒されるのは
アルトは初めてだろうから、気になってはいたけれど
クリスさん達が、アルトを守るように立ってくれているようだ。
「僕が守るべき事は、なにかあるんですか?」
「月に1度の生存報告ぐらいかしら」
生存報告義務……。
たぶん、国王様と王妃様の狙いはこちらだろう。
僕は王妃様の依頼は、もう受けませんと伝えている。
なのに、王妃様で要望が来ているという事は依頼よりも
専属契約によって、僕との繋がりを保つ為ということかな。
僕に依頼が来る時は、きっと王様からだろう。
「個人で契約を結んでしまった方が
国にとってもいいような気がするんですが」
何も、大金を払う必要がないようなきがする。
「貴方みたいな冒険者だと、連絡を取るだけでも
大変でしょうね。国の機密に関わる依頼ならば
ギルドを通さずに、セツナに直接依頼がいくとは思うけど」
「……」
ナンシーさんの言葉の棘が、僕にチクチクと突き刺さる。
「伝言用の魔道具もあるけれど
そう安い値段ではないし。だけど、リペイド国王の狙いは
そんな事じゃないでしょう? どう考えても
貴方との繋がりと、囲い込みだわ」
そう言って、書類と手紙そして小さい箱を僕の前へと出した。
「リペイド国王様から、貴方に感謝状と勲章が届いているわ」
「セツナ……?」
「ねぇ、セツナ。貴方リペイドで何をしたの?」
僕達以外誰も口を開かずに、僕達の会話に聞き耳を立てている。
「話せません」
「貴方ね、これは……貴方をリペイドの貴族として
迎え入れる用意があるという意思表示よ」
「……その話はお断りしたんですけどね」
「誘われていたのかい!?」
「はい」
「ああ……そういえば、リペイドの城に
君とアルトの部屋があると話していたな」
「冒険者の貴方に、城での滞在を許したの!?」
ナンシーさんが驚き僕を見た。
「はい」
「簡単に返事をしてくれるけど
それがどういうことか理解しているの?」
「僕個人を信用していただいている事は理解しています」
世界各地をまわる冒険者を城に入れる。
それは、情報が漏れる可能性があるということだ。
「そういえば、国が冒険者を諜報員として扱った場合
はどうなるんですか?」
「ギルドからそれなりの制裁が行くわ。
冒険者が、そういうことを行った場合
ギルドから除名されるわね」
「なるほど」
「国の諜報員が、ギルドを隠れ蓑にした場合……」
ナンシーさんの言葉の続きを、アギトさんが口角を上げ
笑みをつくり、親指をたて自分の首の辺りで横に一線を引いた。
そう……消すわけですか……。
どうして、アギトさんはそんな良い笑顔をつくっているんですか?
国とギルドの関係がどうなっているのかなんて、知りたくない。
知ってしまったら、きっと引き返せない何かに捕まる。
そういうことに気がつかない振りをしながら
話を元に戻す。アギトさんは僕の意図に気がついて
楽しそうに笑っていた。
「勲章は、僕から送り返しておきます」
「いや、セツナ。その勲章は受け取っておくといい」
アギトさんが僕に助言を与えてくれる。
「これを受け取るという事は、国に仕えることを
了承したという意味にならないんですか?」
「ならない。そういう意思表示という意味だけだ。
将来、君がリペイドで暮らしたいと願った時に
歓迎するという意味も含まれている」
「そうですか……。
なら受け取っておきます。後でお礼状を書いて送ります」
「それがいい。しかし、北の大陸はいま冒険者より
傭兵の方の需要が高いんだがな。冒険者と契約しても
戦争には参加させる事が出来ない。まぁ……リペイドは
竜の加護者が現れたと噂になっているから、戦力としては
申し分ないんだろうが……。セツナはこの噂を知っているか?」
「噂だけなら」
「そうか」
心の中を覗くような、光を目の中に宿し
射るように僕を見るアギトさんとの戦いを止めたのは
ナンシーさんだった。
「次にうつってもいいかしら?」
「まだ何かあるのかい?」
アギトさんが呆れたようにナンシーさんを見る。
「あるから言っているんでしょう!?
大体、アギトと一緒にこの街の門をくぐったという事は
月光と暁の風は、共に行動していたということでしょう?
どうして、セツナをギルドに引っ張っていかなかったの!」
「私とセツナは偶然に、会っただけだが」
「どこでよ」
「セルリマ湖の前あたりだな」
「セルリマ湖? そんな所で何をしていたの?」
「私達は、街道を進むより近い道を選んだだけだが」
「セツナもそうなの?」
「いえ、僕とアルトは釣りをしてました」
「……」
「……」
外野から、釣り? という呟きが聞こえた。
エリオさん達は、肩を震わせているようだ。
「貴方……私達が、必死で貴方を探している時に
のんびり釣りをしていたの?」
ナンシーさんの目がつり上がっている。
ここは素直に謝っておいた方がいいような気がする。
「申し訳ありません」
「ギルドは中立という立場を貫いてはいるけれど
それでも、王や代表の方々の問い合わせの返答は
最優先と決められているから、各国のギルドに手配したのに。
釣り……? 誰が、釣りをしているんなんて思うのかしら?」
低い声で、ナンシーさんが呟いた。
ナンシーさんが怖い。
「……続けるわ」
逆らわない方がいいと頭の中で警鐘がなっているので、黙って頷く。
ナンシーさんは手元にある書類を、微妙な表情で見つめ
僕の前へと置いた。手紙とこちらも小さな箱が付いてくる。
「正直、私達ギルド本部の上層も目を疑った要望よ」
アギトさんが、書類の文字を目に入れて
1度口を開きかけたが、また閉じた。
ナンシーさんが、真剣な表情で僕を見ながらゆっくりと話す。
「サガーナの狼の村の長、ディル様からのお礼状と
サガーナ国の代表、ロシュナ様からの感謝状……。
サガーナ国の代表が連名での感謝状……」
周りがどよめきの声を上げる。
獣人族の人達の驚きは、きっと人間の冒険者よりも
大きかったんじゃないだろうか。
「そして、貴方個人が自由に
サガーナに、立ち入る事を許可する証とお酒が届いているわ
それから、サガーナはアルトとの専属契約を望んでいる」
個人がという事は、僕以外の人間はチームであろうと
許可しないという事だろう。蒼露様が何か言ったのかもしれない。
と思ったが、どうやらそうではないようだ。
リペイドと同じく、僕との繋がりを重要視したのかもしれない。
蒼露の樹と蒼露様が何かあった時の為の保険として。
サガーナにとって、蒼露の樹は生命線。
唯一癒す事が出来るのが僕。人間であっても背に腹は代えられない。
ざわざわと落ち着きのない空気の中で
アギトさんが静かに、僕の名前を呼んだ。
「セツナ」
アギトさんの視線を受け止め、首を横に振る。
話せない。話さない。
「セツナ。貴方サガーナで何をしたの?」
「話せません」
「サガーナから、こういう内容の要望が来るのは
初めての事よ。あの国が、落ち着き始めたのは
ほんの数十年前だから、こちらに意識を向ける余裕が
なかったからだとは思うけど。それが、貴方とアルトに
興味を示している。これがどういうことか理解している?」
「サガーナが、国として外に目を向け始めた
ということでしょうね」
今までは、守る事で精一杯だったが
蒼露の樹が治った事。蒼露様が目覚めた事で
サガーナは、ゆっくりとだが確実に変わっていくだろう。
「サガーナの変化の中心に貴方がいる」
ナンシーさんが、断言し
アギトさんも腕を組み、目を細めて僕を見ていた。
沢山の人がいるにも関わらず、誰の声も聞こえない。
クリスさん達も、息をのんでいた。
この場の空気は、何処か張り詰めた糸のように緊張をはらんでいる。
「例え僕が、その中心にいようとも
僕は、何も話す事はできません」
視線による攻防。
サガーナは人間を拒絶している国だからこそ、流れてくる情報は少ない。
獣人族の結束が固いこともある。何が自分の国を危うくするかわからないから
不用意な事を言わない。
リシアとサガーナは同盟を組んでいる事から
多少の交流はあるはずだが、最低限の交流だったようだ。
同盟を組んだきっかけも、サガーナを導いたといわれている人間が
間を取り持ったらしい。
ギルドとしては、サガーナの動向が気になるはずだ。
サガーナがどういう意思を持って、国を動かしていくのか……。
これが、クットが安定している時期ならば
ここまでギルドが、警戒する事はなかったかもしれない。
だが、クットが揺れている今サガーナとクットが戦争を始めるなら
このリシアも巻き込まれる事になりかねない。
ギルドとしては、サガーナの変化のきっかけを知りたいはずだ。
「君は……本当に口を割らない」
「そういうところは、相変わらずね」
「僕から言える事は、何もありません」
「……」
「……」
サガーナが戦える状態でない事を僕は知っている。
サガーナは共存の道を模索している事も知っている。
だが、それは僕が言うべき事ではなく。
サガーナの代表が伝えるべき事だ。
第三者を介して与えていい情報ではないはずだ。
僕は獣人ではなく "真実 "は何処で捻じ曲がるかわからないのだから。
僕が言える事はない。僕からの情報は、サガーナの代表が
人間である僕を認めたという真実だけ。
その情報を、どう扱うかはギルド本部の上層が考える事で
僕には関係のない事だ。
中立とうたってはいても、それが本当かはわからない。
情報を取引していないとは言い切れない。ギルドもまた1つの組織。
裏取引が全くないとは、考えにくいのだから。
ギルドに情報を渡すという事は、それをどう使われるか
わからないということ。
アギトさんは、僕からは情報を引き出そうとするけれど
アルトには一切そういう事はしなかった。
それはクリスさん達も同じだ。興味本位の探りは入れていたけれど。
僕は呆れを含んだ視線を、ナンシーさんに向ける。
「大体。こんな場所で話せるわけがありません」
ナンシーさんは気分を害した様子も見せずに
妖艶な笑みを僕に向け、返答を返す。
「場所を変えたら、教えてもらえるのかしら?」
「否」
拒絶の一言を放つ。
「なぜ、この場所で僕に伝えるのかも理解できません」
「強い要望があったから」
その言葉に、僕が驚く。
強い要望?
なぜ、これだけの人の前で……?
ナンシーさんとアギトさんが、黙り込んだ僕を
訝しげに見ている。普通はそう深く考える事ではないだろうから。
2つの国が、僕とアルトに対して独占欲を見せたという事だけ。
だけど、僕には違う意図があるように思えてならない。
なにが?
何かが引っかかる。
その時、誰かの小さな会話を拾った。
奴隷を買った冒険者。奴隷の子供……。
誰かが今の状況を、誰かに説明しているようだった。
-……。
僕の予想は外れてはいない。外れてはいないけれど
それだけでもなかったんだ。
リペイドの意図に、サガーナの隠された意図に
ここではじめて気がついた。
思わず歯を食い縛る。
「……」
「師匠?」
アルトが僕を呼ぶ。僕は、深く息を吸い
真直ぐに、ナンシーさんとアギトさんを見る。
リペイドとサガーナが、僕とアルトに与えてくれた風を
確かに受け取った。感謝状や勲章、証ではなく。
心という風を。
彼等の心からの感謝の気持ちを、僕は今正しく受け取る。
思惑の中に隠された真実。
リペイドの人達は、どんな表情をしながら話し合ったんだろう。
サガーナのロシュナさん達は、各代表の説得に苦労しただろう。
それは……。僕達の噂を一掃できるほどの強烈な風。
人間の僕と獣人のアルト。その噂は何処までも容赦がなかった。
本部の建物に入った時の、ビート達の態度を見てもわかるほどに。
リペイドは、僕と専属契約を結ぶ事で僕に対する信用を。
サガーナは、連名で僕を支持することで獣人族に対して
僕とアルトの関係を認めている事を知らしめている。
各々の思惑と、気遣ってくれる心。
複雑な想いが絡み合った、風。
この風が僕とアルトの状況を、変えていく。
純粋な、好意ではない。
画策もあるだろうし、独占もある。
気を抜けば取り込もうとするだろう。
それが国の王であり、国の代表だから。
だから、信頼はしない。相手もそれを望むだろう。
だけど、その中心にあるものは僕とアルトだけにしかわからない。
確かに胸の中にあるものを、僕は感じる事が出来るから。
アギトさんとナンシーさんは、僕が権力者に利用されないか
心配してくれているけれど、それ以上に
ギルドの一員として、情報を収集しようという姿勢もみえる。
それが悪いわけではない。自分の中の優先順位の問題だし
自分の命を左右しかねないものの、情報を集めるのは当然の事。
そして僕も、自分の中の優先順位に従って行動するのだから。
「僕は、両国の信用を裏切る事は出来ません」
僕は感情を抑えて、そう告げる。
「アギトさんと、ナンシーさんが
僕達を心配してくれている事は感謝いたします」
「理解していて、あえてその言葉を選ぶのは
中々に卑怯よね」
「本当に。憎らしいぐらい隙がない」
そう言って、ナンシーさんが苦笑を落とし
アギトさんが、溜息を吐いた。それ以上食い下がる事はなく
ナンシーさんが、気を取り直したように続ける。
緊張が緩み、どこかでほっと息をついた音が聞こえた。
「アルトの専属契約は、アルトが成人するまで貴方預かりになるわ。
アルトと契約を結ぶ形にはなるけど、サガーナとしてはアルトの
後見人の貴方を見込んでの契約よ。だから契約するならば
アルトとの契約金ではなく、貴方との契約金が発生する事になる。
それでも、アルトとの契約をサガーナは求めているわ」
「僕がリペイドと契約しても、大丈夫なんですか」
サガーナは僕にそんな大金を払っても大丈夫なんだろうか……。
背中に嫌な汗が流れる……。
「ええ、表向きはアルトとの契約という事になっているから」
「そうですか」
僕は後ろを振り返り、アルトに尋ねる。
まだ子供のアルトに、尋ねる僕に周りは目を丸めていた。
「アルトはどうしたいかな?」
「サガーナとの専属契約?」
「そう」
「多分ロシュナさんか、ハンクさん、ディルさん辺りから
連絡が来るようになると思う。生存報告はロシュナさんかな」
「うーん。俺はどっちでもいいけどー」
「そうだね。僕もどっちでもいいかな」
本当の気持ちは隠し、アルトに合わせた返事を返したら
ナンシーさんが切れた……。
「ちょっと! もう少し真剣に考えたらどうなの!」
ナンシーさんの頭の上に角が見えるようだ……・
「……」
「……」
「唯でさえ、返事が延びているのよ!?」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
僕とアルトで頭を下げる。
「僕は、リペイドとの専属契約を受けます」
特に断る理由もない。
アルトは、ブツブツと呟きながら考えているようだ。
アルトが答えを出すまで、ナンシーさんは黙って待っていた。
「俺も、サガーナの専属契約を受けます。
師匠は、いいですか?」
「いいよ。どうして受けようと思ったの?」
「この街はすごいと思った。
だから、エイクさんの言葉が今わかったんだ」
「そう」
「俺も師匠みたいに、何か出来るかもしれないから。
そうしたら、じいちゃんも喜んでくれるでしょう?」
「そうだね」
アルトは、多分リペイドとサガーナの
思惑にも、真実にも辿りついていないだろうけど
アルトならいつかきっと、真実を見つけ出す。
僕もアルトも結論を出し、ナンシーさんを見た。
「わかったわ。専属契約を受けるという事で
返事を返しておくわ」
「お願いします」
「お願いします」
「後は……」
「まだあるのかい?」
やはりアギトさんが、口に出しナンシーさんに睨まれている。
「リペイドの侯爵家と伯爵家から、セツナとアルトに
結婚式の招待状が届いているわ。時間が迫っているということで
本人に確認のうえ、すぐに連絡をと聞いているわ」
「こうしゃくとはくしゃくって誰?」
アルトが僕の顔を見て首を傾げた。
「ジョルジュさんとソフィアさんだよ」
「あー。そういえば、結婚式に来てねって
ソフィアさんが言ってた」
「そうだね……。でも、今から戻るのは無理かな。
やらなければいけないこともあるしね。
この街で、お祝いの品を見つけて送ろうね」
「うん。俺は本がいいと思うんだ」
「僕は、その案には反対だな」
僕とアルトの微妙な会話を聞いて、ナンシーさんが答えを出す。
「じゃぁ……出席できないと伝えておくわ」
「お願いします」
「次に、リペイドのドルフ様から依頼が来ているわね」
「師匠、ドルフ様って誰?」
「将軍の名前だよ」
「ふーん。困った事でもできたのかな」
「依頼の内容は、各国の酒を送ってほ」
「お断りしてください」
即答する僕に、アギトさんが突っ込む。
「全部聞きもせずに、即答するのかい!?」
「依頼としては受けませんが、何本か送っておきます」
送らないとしつこく依頼されそうだ。
依頼を受けても、次にまた依頼が来そうだ……。
だから、受けない方がいいと思った。
「そう……なら断っておくわね」
「お願いします」
「本人に確認しだい、すぐに返信をといわれていたのはこれぐらいね。
後は、手紙とか荷物とかが届いているから受け取って頂戴」
最後の将軍の依頼は、すぐでなくてもいい気がするんだけど。
僕は僕に渡されたものを、鞄へとしまっていく。
「それから……」
「……まだあるのか?
私のほうも、頼みたい事があるのだが」
「……向こうの受付へ行けば良いでしょう?」
「……」
「……」
ナンシーさんが、アギトさんを睨み
アギトさんは、肩をすくめただけで移動する事はなかった。
ナンシーさんが、少しおなかに力を入れて声を出す。
「それから、貴方がギルドの医療院に調合方法を教えた
薬の販売が始まったわ。クットのギルドで、契約を交わしていると
思うけど、覚えているかしら?」
「はい」
「その時の契約に基づく
貴方に支払われる対価はギルド預かりでいいの?
それとも、毎月貴方に渡した方がいいのかしら?」
「ギルド預かりでお願いします」
「了解したわ」
今まで静かだったフロアーが、またざわめきに包まれていた。
今まで、僕とアルトは余りギルドに姿をみせなかったから
噂が一人歩きしていたけれど、これで少しは信憑性のある
噂が流れるだろうか。いや……流れない気がする……。
余計に胡散臭い噂が立ちそうな気がする。
それでも、僕が奴隷を連れているという噂は消えるだろうし
獣人族の人達に、誤解を受ける事はこの先なさそうだ。
「セツナへの、連絡は以上よ。
アルト……」
ナンシーさんがアルトを呼ぶ。アルトが僕の横へと来て首を傾げる。
「アルトにお願いがあるの」
「なんですか?」
何か嫌な予感がする。
「何処かの街に着いたら、ギルドによるように
セツナに教えてあげてくれるかしら?」
アルトは少し考えるそぶりを見せるが
ナンシーさんが、手を合わせてお願いしているのを見て頷いた。
「はい」
「お願いするわね」
そう言って、とても優しそうな笑みをアルトに向ける。
きっとこんな感じで、アルトが余計な事を覚えていくに違いない。
落胆して溜息を付いている僕を、月光のメンバーは生暖かい目で
見守ってくれていた。チラリと彼等を見ると、声を出さずに口を開く。
それを読み取った僕は、心の底から宿屋を探せばよかったと思う。
『話せるところだけでも、聞かせろよ?』
もう1度深く溜息を尽き、アルトを見るとナンシーさんが
アルトに、自己紹介を終えたところだった。
ナンシーさんが言葉巧みに、アルトから情報を引き出そうとしているが
アルトは心話で、僕と確認をとりながら返事をしているから
何時まで話していても無駄だろう。
ざわついていたフロアーは、それぞれがこちらを気にしながらも
それぞれの仕事へと戻ろうとしていた。
「ありえないわ……」と少し落胆の表情を見せ
ナンシーさんがアルトから、情報を引き出すのを諦め
アギトさんへと、言葉を投げた。
「アギト。貴方の用件はなに?」
少し投げやりなナンシーさんの態度に、苦笑を浮かべただけで
アギトさんがさらりと、要件を口にした。
「ああ、月光は暁の風と同盟を組む事にした。
今すぐ手続きを頼む」
その瞬間、月光と僕達以外の人の動きがピタリと止まった。
信じられないものを見るように、アギトさんを凝視している。
ナンシーさんも例外ではなく、アギトさんにもう1度聞き返し
アギトさんは同じ事を告げ、月光のドッグタグと僕達が
アギトさんに預けていたドッグタグを、カウンターの上に置いたのだった。
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