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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リコリス : 再会 』
75/117

 『 閑話 : 月光と幽霊 』

* 同日更新しています

『閑話:食前・食後』から、読んで頂けると嬉しいです。


* ビート視点

* セツナ視点

* 能力と2種使い *

* ビート視点 *


「……し…………て……」


何処かで、誰かが泣いているような声が聞こえる。

アルトと母さん以外の面子で、親父達が昨日飲んでいた酒を

セツナが振舞ってくれた。


俺もそしてエリオも兄貴も、何かが吹っ切れた事から

美味い酒と、美味いつまみで上機嫌に飲んでいた。


そろそろ時間もいい頃だろうと、解散となって

気持ちよく寝ていたのだが……。


女の泣くような声が聞こえたような気がして

ぼんやりとした意識の中、耳を済ませる。


「……れ……てぇ……」


耳を済ませたところでまたしても聞こえてきた声。

これは気のせいではないと思い、体を起こした。


俺が体を起こすと同時に、親父と兄貴も体を起こす。


「父さんも聞こえましたか?」


「ああ。だが……人の気配がない」


その時、エリオが勢いよく起き上がる。


「俺っちの結界に何か触った」


エリオの言葉で、全員が気を引き締める。

親父が、母さんを起こし戦闘に備えるように促した。


「エリオ。どの辺りにいる」


親父がリーダーの声で、そう告げる。


「セツっちのテントの前辺り」


エリオが緊張をはらんだ声で答えた。


「……」


エリオの言葉に全員が息を呑む。

あいつの結界をこえたものがいるのか?


母さんが、風の結界を張り

その上に、親父が認識遮断の能力を使う。


こうすれば俺達全員の気配を消す事が出来る。

その上、母さんがセツナから音声遮断の方法を教えてもらった為

今までにないほど高性能な結界になっていた。


「私が命令するまで動くな」


そう俺達に指示を出し

親父がそっとテントの出入り口の布を上げたのだった。


そこに居たのは……1人の女。

だが、こう……何といえばいいのだろうか……。


「ひぃぃぃぃぃ! アギトちゃんぅぅぅ

 透けてるわゎゎゎ……泣いてるわぁぁ……恨んでるぅぅぅぅ」


母さんが震えながら、親父にしがみ付いている。

こういうものが苦手なエリオも、顔色を悪くしていた。

兄貴は、目を見開いて見ている。


「私もはじめて見たな……」


「な・な・な……なにしてるのかしら」


「さぁ……」


「母さん、少し黙って」


兄貴が母さんを黙らせる。

すると、本当に小さな声がここまで届いた。


「セツナぁ~。いれてえぇ……ひっく」


ポロポロと涙をこぼしながら、セツナとアルトが居る

テントの前に座り込んで、入れてくれと泣いていた。


「どうしてぇ……入れてくれないの……?」


聞いているこちらが悲しくなるような、そんな声と表情で

女の幽霊は、テントの入り口に向かって話している。


「やく……そくした……のぃ……ふぇぇぇ……」


泣いている幽霊を見て、俺たちの周りに微妙な空気が流れる。

母さんが、親父にしがみ付いたまま口を開いた。


「アギトちゃん……あの幽霊」


「サーラ。全部は言わない方がいいと私は思うが」


「だって……」


「……」


「セツナ君、男前だし……。

 そういうことの、1つや2つや……あっても不思議じゃないよね?」


「セツナに限って……ないだろう?」


「若気の至りって言うのが……」


「セツっち……女と手を切るときは

 後腐れのないようにしないと、いけないっしょ……」


全員思い浮かべている事は、同じらしい。

セツナに捨てられた女が、何らかの理由で死に至り

セツナを恨んででてきた。まぁ……セツナの名前を呼んでいるし

たぶん、そうなんだろう。


だが、幽霊になってでてこられるほど

あいつは何をしたんだ?


「父さん、どちらにしろ

 どうするかを決めないと」


「そうだな……」


親父が悩んでいる理由は、セツナの記憶がないという事だろう。

セツナが覚えていない時の出来事なら、セツナと関わらせるのは

どうかと思ったのかもしれない。


親父達は、俺達とセツナとの会話をちゃっかり聞いていたらしく

あの後、俺は母さんにまたガミガミガミガミガミガミ言われることになった。


「うぅ……いれてぇ……いれてぇよぅ……」


本格的に泣き出した幽霊に、親父が溜息をつきながら

方針を決めた。


「私達で、対処しておくか。

 クリス、光の魔道具はまだあったな?」


「はい。馬車の中ですが」


「私が取ってこよう」


「それまで、ここを動くな」


親父の命令に、各々が頷いた時

セツナとアルトがいるテントの布が上がった。


俺達に緊張が走る。

幽霊は剣では切れないらしいから

光の魔法で、消滅させるしかない。


「うるさいなぁ。

 セリアさん、なんでテントの前で泣いてるの……」


アルトが目をこすりながら、女の幽霊に声をかけた。

名前まで呼んでいることに、一同が唖然とする。


「あぅぅ。アルト君……ふえぇぇぇん」


「もぉー。俺明日、魚釣るから早く寝ようよ」


「だってぇ、だって、テントにはいれないワ……」


えぐえぐと座り込んで泣いている幽霊と普通に話している。

ふあぁぁっと、大きなあくびをしてアルトがしゃがみこみ

女の幽霊と視線を合わせた。


「どうして入れないの?」


「結界が。ひっく。お散歩からかえってきたら。

 はいれなくなってたの」


しゃくりあげながら、一生懸命話す幽霊と眠そうに聞いているアルト。


「結界?」


「火の結界魔法が、はられてるのヨ」


「火?」


コクコクと、幽霊が頷く。

何処か人間臭い幽霊だ。元々人間だから当たり前なのか?


「師匠はそんな魔法使わないし……。

 エリオさん辺りが、なにかしたのかなぁ……」


アルトの言葉に、全員がエリオを見た。


「俺っち……セツっちと話してて

 火の魔法でも結界が張れると聞いたから。

 試してみただけなんだけど……さ……?」


「……」


「俺っちの、せいじゃないっしょ?

 俺っち……幽霊が居るなんて聞いてないし!?」


エリオが必死に弁明している。

その間も、アルトと幽霊の話は進んでいた。


「とにかく、セリアさんは師匠にとりついてるんだから

 師匠の所に、行けばいいじゃないか」


やっぱり、セツナが関係している幽霊だったのか!

というか……アルト……お前はそれでいいのか?

お前の師匠に、とりついてるんだぜ!? 怖くないのかよ!


「セツナは、テントのなかじゃないの?」


アルトと話す事で落ち着いたのか、女の幽霊は泣き止んでいた。


「師匠は居ない」


はぁ!? いない!?

こんな時間に、何処に行ったんだよ!

俺だけではなく、親父も肩を揺らす。


「どこにいったの?」


「薬草取りに行くって、手紙が置いてあった。

 この辺りにしかない薬草があるんだって」


俺達とここで出会ったことで、セツナの予定が

狂ったんだろう。ちょっと、言ってくれれば手伝ったものを。


「……そうなんだぁ」


「だから、師匠の所へ行けばいいよ。

 俺は寝るから」


そう言って立ち上がろうとするアルトを

幽霊がぎゅぅっと抱きしめる。


見た感じ、女の腕はアルトの体をすり抜けているが……。


「わ・わ・わ・わ。

 体が動かない! 何するんだよ」


「だって、もし、セツナに、いらないって

 いわれ……たら」


そう言って、また目に涙を浮かべ始めた幽霊に

アルトは困ったように耳を寝かせた。


「師匠は、そんなこと言わない。

 師匠と約束したんでしょう?」


「したワ」


「なら。師匠は約束を守ってくれるから大丈夫だ」


「でも……」


アルトを離そうとしない、女の幽霊にアルトは溜息をついた。


「セリアさん、すぐ戻ってくるから

 ちょっと離して」


「ほんとう? 本当にすぐ戻ってきてくれる?」


アルトが頷くのを見てから、腕を離した。

アルトはそのままテントに入り、暫くしてから毛布を抱えて外にでてくる。


服は寝巻きではなく、普通の服になっていて靴も履き

剣も毛布と一緒に持ってきている。


「アルト君」


「焚き火の前で、寝る。

 セリアさん、テントに入れないんでしょう?」


「うん」


「師匠が帰ってくるまで、セリアさんの傍で寝てる」


「……うん」


女の幽霊が、アルトと一緒に焚き火の前まで移動する。

そして、アルトは毛布に包まり横になった。


「でも、アルト君どうして着替えたの?」


「師匠が、テント以外のところで寝るときは

 いつでも戦えるようにって」


「ナルホド」


「じゃぁ……俺寝るから」


「うん。ごめんネ」


「もういいよ……。

 1人で居たくない……気持ちもわかるし……」


「……」


そういって、アルトはすぐに眠りの中へと落ちていった。

親父が、「そこで眠るのは駄目だろう。一緒におきていないと」と

言っているが、子供にそんな事を言う方が無理だ。


母さんは、あの年齢でここまで気がつくのだから

将来有望ねっ! と笑っていたが……アルトにとっては

どちらも余計なお世話だろう。


このときにはもう、あの幽霊を誰も怖いとは

思わなくなっていたようだ。


「父さん……どうしますか?」


「どうするかなぁ……」


親父も困ったように、焚き火の傍を見ている。

アルトの様子だと、あの幽霊は悪いものではないようだし

どうやら、セツナと何かを約束しているようだ。

勝手に消滅させてしまうのも気が引ける。


そんなこんなで、悩んでいると

セツナのテントの前辺りに、魔法陣が浮かび上がり

セツナが現れた。


「……あれ? セリアさん?

 アルトもどうしてそんな所で寝てるんですか?」


不思議そうに、幽霊とアルトを見るセツナ。

幽霊は、セツナの姿を目に入れたとたんにまた泣き出した。


「うぅ……。もう、つれて、いってもらえな……」


「……。何があったんですか?」


セツナは躊躇なく、幽霊の隣に座り理由を聞いていた。


「あぁ……本当だ。火の結界魔法がかかっていますね」


チラリとテントを見て、セツナが苦笑した。


「僕に追い出されたと思って、泣いていたんですか?」


「だって……」


「僕は、セリアさんと約束しましたよね?

 貴方の望む場所へ、僕が連れて行くと」


幽霊に向かって優しく笑い

そっとその頬を撫でる仕草を見せる。


「うわぁ! うわぁ! うわぁあぁぁ!

 セツナ君……あんなこと言うんだ!

 あんな表情みせちゃうんだ……。

 あんな顔見せられた、ころっといっちゃう」


母さんが、顔を赤くしながら親父にそういうが

親父は何も答えなかった。


「ちゃんと約束は守ります。

 だから、もう泣かないでください」


「うん……」


幽霊が淡く笑った。

セツナが鞄から、酒とグラスを2個出して

両方に酒を注ぎ、1つを幽霊の前に置いた。


「何時もいれてくれるけど

 幽霊は飲めないわヨ」


「知ってますよ」


「なら、いれなくてもいいのに」


「見えて、話せて、傍にいるんですから。

 ただ、触れないだけでここに居るでしょう?」


「……」


「飲めないのにって、辛く思うならやめますが」


「……欲しい。私にも、注いでほしい」


「セリアさんが飲めない分は

 僕が飲んでさしあげますから」


「アルト君に言うわヨ」


「黙っていてくださいね……」


2人の会話に、理由は分らないけど……。

なぜか、胸が痛くなった。


何も話さず、飲んでいるセツナを

幽霊は、チラチラと見ていた。


「どうしたんですか?」


「……寝なくていいのかなって

 明日、リシアに向かうんでしょ?」


「そうですね」


「寝たほうがいいワ」


「……1人で居たくないでしょう?」


「……アルト君にも言われた」


「寝てますけどね」


そう言ってセツナは笑う。


「でも、傍にいてくれた」


「アルトも孤独を知っていますから。

 きっと、セリアさんを1人にしたくなかったんでしょうね」


「……」


「僕は4日、5日寝なくても平気なので気にしなくていいですよ」


「でも……」


「僕が狂いかけた夜……。傍にいてくれたでしょう?」


「……ありがとう」


狂いかけた……?


「セツナは、この半年の間に

 どんな経験をしてきたんだろうな」


「……」


親父の言葉に、母さんは黙ったままだった。


「父さん、私たちはそろそろ

 覗くのをやめたほうがいいのでは?」


「……クリスは気にならないのかい?」


「なりますが……いいことではないです」


「クリスは寝るといい。

 私は、ここでセツナを見守る!」


いや、見守ってるんじゃなくて

覗いてるの間違いだろう。俺も人の事は言えないが。


「……」


親父に寝ろといわれても、兄貴も寝ようとはしなかった。

母さんは、もう座り込んでセツナと幽霊を見ている。


「セツナ、何か話して欲しいナ」


「話しですか?」


「うんうん」


「特に話す事はないんですが……」


「あ、そういえば

 アルトが、狼の村の長を踏み台にするって

 いってたわヨ」


「……聞きました」


「クリスって人に、注意されて

 リペイドの将軍にするっていっていたワ」


「まぁ……あの人なら立派な壁になってくれますよ

 見た目も、壁みたいですし」


「あれ? 反対しないの?」


「長なら反対しますが、将軍なら別に。

 当分、こえられそうにないでしょうけどね」


「……強いの?」


「強い人です。

 リペイド国の中枢に居る人たちは、みんな強いですね」


「へぇ……」


「王様も王妃様も、強い人ですよ」


「王様と王妃様と知り合いなの?」


「偶然なんですが、依頼を受けたんです。

 そこで親しくなって、暫くお城で生活してました。

 僕の部屋とアルトの部屋があるんですよ?」


「えぇ……。なにしたの?」


「秘密です」


「えぇ! 気になるワ」


俺も気になる……。城に部屋をもらえるって

何をしたんだよ……。


「やはり、気になるな」


親父も、うずうずとしている。


「教えてくれてもいいのにぃ」


「話せないことのほうが多いんです」


「むぅー」


「そういう顔も可愛いですね」


「ふんっ!」


セツナが、からかうように吐いた言葉に

幽霊は不機嫌そうに、眉をしかめた。


「アルトは本当の壁に、ぶつかった時

 どうするんでしょうね」


「あの兄弟のような、へたれにはならないって

 言っていたわヨ」


あの兄弟って、俺達のことか……?

アルトは、物語のって言っていただろう!?

エリオが肩を震わせているのを、兄貴が気がついて

エリオの頭を殴っていた。


「アルトは、全く理解していなかったケド」


そう言って、楽しそうに笑う。

どうやら、アルトの傍に居たようだ。


「そういう経験がないので、本で読んだ感想を

 口に出しただけなんでしょうね」


「そうなの?」


「アルトの周りは、年上の人ばかりでしたので。

 同年代と自分を比べる経験も、比べられる経験も

 ないですからね」


「ふーん……」


「だから、アルトが本当の壁にぶつかった時

 どうするのか、楽しみですね」


「楽しみなの!?」


「楽しみです」


「セツナは、結構酷いところがあるわよネ」


「壁にぶつからないと、見えないものもありますよ」


「それは分るけど。セツナも壁にあたった事があるの?」


「それなりには」


「話すつもりはないのね」


「楽しい話にはなりませんからね」


「そっか……」


「そうなんです」


「ならいいワ」


セツナが幽霊の言葉に、小さく笑い

ゆっくりと酒を口に含んだ。


「あの3兄弟は、これからもっと強くなりそうネ」


「そうなんですか?」


「多分? 兄弟のうち2人は能力者だし」


幽霊の口から出た言葉に、俺も兄貴達も思わず拳を握る。

俺達のうち2人が能力者……?

本当に……? だが、1人は持っていないのか。

複雑な感情が胸にわく。知りたい……だが、知るのが怖い。


なのに。


「へぇ……」


「それだけ!? それだけなの!?

 普通、驚くわよね!? 驚くところでしょう!?」


「別に……。僕には、関係ないことでしょう?」


いや……そこは聞いてくれ!

少しでもいいから、興味を持ってくれよ!?


てか、普通持つだろう!!


「うー。うー」


「……」


「うー」


「……わーそれはすごいですね。

 誰がどんな能力を持ってるんですか」


抗議の声を上げる幽霊に折れたのか

ほぼ棒読みで、幽霊に尋ねるセツナ。


「能力を持ってるのは、クリスとビートよ」


あっさりと名前を挙げた幽霊。

俺の名前が呼ばれた事に、喜びが湧き上がる。

だが……隣で肩を揺らし歯を食い縛っているエリオを見ると

素直に喜びを表す事は出来なかった。


「ビートは、アギトって言う人と同じ能力ね」


親父と同じかよ……。


「へぇ? ビートが?

 使いこなせるとは思えないがな」


親父がむかつく事を言った。


「クリスは、強化」


「獣人と似たような感じですか?」


「獣人は肉体強化でしょう?

 クリスは、武器も防具も纏めて強化できるわ」


「それはすごいですね」


「魔力を使って、自分の体だけではなくてー。

 自身の武器や防具も強化できるみたいヨ

 ただし、自身のみだけど」


「いいんじゃないですか。自分だけでも」


「能力が開花するのはもう少し先みたいだけどネ」


「開花?」


「私には、能力のお花が見えるの。

 能力が使える人は、花が咲いた状態。

 まだ使えない人は、つぼみの状態に見えるのヨ」


「セリアさんは、最初からそういうのが分る人だったんですか?」


「そうよ。私も能力者だったもの。

 だけど誰にも言わなかったから

 宝の持ち腐れだったケド」


「仕方ないですね」


「仕方ないわよネ」


どういう意味だ……。

それだけの能力を何故隠していたんだ?


「父に知られたら、きっと私は父の道具になっていただろうから。

 母が誰にも言っては駄目だって。知られてはいけないって」


「大切にされていたんですね」


「うん!」


幸せそうに笑い、そして次の瞬間悲しそうに笑った。

能力者を見つける事が出来る能力者……。

その力は使い方によっては、危険なものになるよな。


「それでも結局、私は父に背いて殺されてしまったけれど……。

 私は親不孝な、娘よね」


「……」


「貴族の娘なんかに生まれていなかったら。

 私は、どんな人生を歩んでいたかしら?

 でも、今の私じゃなかったら……あの人には逢えなかった」


「そうですね」


「うん……」


セツナが幽霊から視線をそらす。

その瞬間、幽霊の目から綺麗な涙がスッと流れた。


あの幽霊にも色々と事情があるらしい。

事情があるから、幽霊になんてなっているんだろうが。


「その能力なら、クリスさんとビートでよかったですね」


セツナの言葉に、驚いてあいつを凝視する。

俺達が聞いているとは知らないから、文句を言える筋合いはないが

そういう言い方はないだろう。


「そういう言い方は、エリオがかわいそう」


「そうですか?」


「そうよ。3人兄弟で1人だけ能力に恵まれなかったのよ。

 きっと、落ち込むと思うわ」


「落ち込む必要なんてないでしょ?

 別の能力ならともかく、その2つなら

 エリオさんは、能力者でないほうがいい」


「……それは、魔導師としての嫉妬?」


「そんな感情は持ちません」


「……」


エリオが俺の腕をつかむ。


「離せ!」


「ビート」


エリオは俺の腕を離さなかった。

だけど、俺の腕をつかむその手は小刻みに震えていた。


「エリオさんは、無駄なものに魔力を割かない方がいい」


「それはどういう意味?

 魔導師としてしか、動けないから能力はいらないって事?」


「違います。エリオさんは2種使いですよ。

 魔導師としての才能を伸ばすべきです。

 エリオさんが、2人みたいな能力を持っても

 生かしきるのは難しい。なら、ないほうがいいと思います」


「え……? それにしては魔力量が少ない気がするワ?」


エリオが驚愕したようにセツナを見る。


「それに、エリオは火属性しか適性がないわヨ?」


「珍しいですよね。2種使いというより

 同種使いと言った方がいいかもしれませんが……」


「同種? そんな言葉聞いた事がないけど」


「稀に居るみたいですよ。

 だけど、それを使いこなせる人は少ないようです。

 その前に、気がつかない事が多い」


「うーん。意味がわからないワ」


幽霊が首をかしげて、セツナを見た。


「例えば、僕なら風魔法と時魔法が使える。

 だから、2種使いということになりますよね?」


「そうね」


親父の言っていた事が、本当だったようだ。


「父さん……」


「お前達、ここで聞いた事を他言するんじゃないぞ」


親父が、そう命令する。

言われなくても、誰にもいわねぇよ。

エリオは、真剣な表情でセツナの話を聞いていた。


「エリオさんは、火魔法と火魔法で2種使いなんです。

 同属性の魔法なので、気がつきにくい」


「魔力量は、同属性だから少ないの?」


「いえ、エリオさんの魔力量は今の倍以上にはなるはずです」


セツナの言葉に、エリオが小さく嘘だろうと呟いた。


「ただ、自分で自分の才能に鍵をかけてしまっている」


「鍵?」


「そう、自分の魔力量の限界を無意識に

 自分で決めてしまっているんですよ」


「いつ気がついたの?」


「料理を任せたときに分りました」


「どうしてわかったの?」


「火の魔法に、違和感を覚えたんです」


「そういえば、そうね。

 私も変だなぁって、思ったワ」


あの幽霊も、魔導師だったのか?


「なので、自分の記憶を探ったんです。

 どこかで、見たような気がして」


「私は、セツナの頭の中を見てみたい」


幽霊の言葉に、俺だけではなく

エリオ以外の全員が頷いた。エリオは

それどころではないようだ。


「……教えてあげればいいのに」


「聞かれてもいない事をですか?」


「……それもそうね?」


「そうでしょう?」


「でも、どうせ2種使いなら

 同種じゃない方が、よかったわよね」


「そうですか?」


「だって、結局は火魔法しか使えないんでしょう?」


「確かに、火魔法しか使えませんが……。

 同種使いにしか、使えない魔法もあります」


「そうなの?」


「そうですよ」


エリオにつかまれた腕が痛い。

だが、息をするのも忘れているかのようなエリオに

声をかける事はできなかった。


「見せてあげましょうか?」


「え。どうやって?」


セツナが1つの魔道具を取り出す。

あれは、ドラジアを焼くときに使っていた魔道具だ。


「この中に、エリオさんの魔法がこめられている。

 少し反則的な使い方ですが、エリオさんの魔法で面白い事が出来ます」


幽霊がじっと、セツナの手元を見ている。

それは、俺達も同じだ。


「普通の火の魔法の火は、赤色でしょう?」


そう言って、エリオの魔法を自分の魔法陣の上にのせ火の魔法を使う。


「赤いわ」


「だけど……これを、こうすると……」


「!?」


「白い炎となるんです」


「どうして火が白いの!?」


セツナが、火に手を近づけようとする幽霊を止める。


「セリアさんがこの炎に触れると

 水辺へと強制的に行く事になりますよ」


「えぇ!? そういう事は早く言ってっ!!!」


慌てて、その炎から離れる。


「火属性の同種使いは、浄化の炎を生み出せます」


「浄化の炎?」


「ええ。剣では切れない幽霊や……。

 そうですね、魔物の種類にも光魔法しかきかないものがいる。

 そういう魔物を、焼き殺す事が出来る炎ですね。

 使いこなせるようになるには、相当訓練が必要そうですが」


「……」


「普通の、火使いでは使えない魔法です。

 セリアさんが、テントに入る事が出来なかった理由ですね」


「すごいのね……。

 でも、私……消されたらどうしよう」


「僕の魔力を纏ってるので

 僕以上の魔導師の魔法しかききません」


「そうなの?」


「そうです」


「どうしてテントに入れなかったの?」


「テントに入れないだけで、すんでいたでしょう?」


「それ……」


「そういう意味です」


「……消えなくてよかったわ」


幽霊は、自分の体を抱きしめるようにして

何かを耐えているようだった。

エリオは、ゆっくりと俺の腕から指を離し

難しい顔で、俯いて黙り込んだ。


「ふらふらしていないで、しっかりと

 魔力を蓄えてくださいね」


「うぅ……わかってるワ」


「セリアさんの、準備が整ったら

 向かいますよ」


何処へだ……?

静かにそう告げたセツナに、幽霊が表情を消して

セツナを見た。


「……」


セツナも、笑みを消して幽霊を見つめている。


「まだもう暫くかかりそうですが。

 覚悟だけは、しておいてくださいね」


「覚悟など……とっくに決めているわ」


「そうでしたね」


幽霊のほうから先に視線を外し、困ったように笑う。


「でも……セツナとアルト君とのお別れは

 きっと寂しい」


そう言って、落ち込んだ様子を見せる幽霊。


「なら、できるだけ早く生まれ変わって

 会いに来たらどうですか? 僕もアルトも当分いきていますから」


「……そうね……。

 そうね……」


幽霊は暫く俯き、セツナは黙って幽霊の傍にいた。


「逢いに行くわ。貴方達に」


「待ってます」


「うん……」


何処か恋人のような会話に、母さんはなぜか涙ぐんでいるし

親父は、悲恋ものの物語を見ているみたいだと話している。


そんなのんきなものじゃないだろ!

いろいろと問い詰めたいことが山盛りだろう!?


「セツナが、あの幽霊から受けた依頼はなんだろうね?

 多分、セツナのことだから口を割らないだろうな」


親父が自分の顎辺りをさすりながら、悪そうな顔をしている。

幽霊が顔を上げて、セツナの胸の辺りを眺めていた。


「何が見えるんですか?」


「セツナの能力のお花」


お前能力者だったのか!?


「珍しい形をしているわ。

 それに……」


何かを言いかける幽霊に、セツナが待ったをかける。


「セリアさん。壁に耳ありって言う言葉があるんです」


「壁に耳!? なにそれ! 怖いぃぃぃぃ」


「いや……そういう系統の話ではなくですね

 誰が何処で、僕達の会話を聞いているか分らないって事です」


セツナはそう言って、俺達のほうへと視線を向けた。

その視線に、全員が言葉に詰まる。あいつ……。


「僕の能力については、口に出さないでくださいね?」


「わかったわ。壁に耳があるのは怖いものね」


「……だからそういう意味ではないんですが」


呆れたように幽霊を見た後、寝言を言っているアルトを見て笑い。

幽霊の話しに付き合うように酒を飲んでいた。その後の2人の会話は

セツナの魔法に阻まれて、聞こえなくなっていた。


親父が、持ち上げていたテントの入り口となっている布を降ろす。

その時に、何が可笑しいのかクククと笑った。


「ああ……なるほど。入り口が不自然に開いていたから

 私達が見ているときがついたのか……。

 なれない物を使う時は、注意が必要だな」


そう言ってまた笑う。


「だが……セツナは、本当に興味が尽きない……。

 私はやはり、暁の風と同盟を組みたいと思うが

 お前達はどうなんだ」


親父の問いかけに、それぞれが答えていく。


「私も、同盟を組みたいわ。

 セツナ君もアルトも、かわゆいし」


「私も賛成です。彼の傍にいると色々と勉強になりそうですから」


「俺も賛成」


「俺っちも賛成。俺っちは野望があるからな。

 目標もできた……」


「珍しく、全員一致だな。

 リシアで同盟を組む」


親父の言葉に、全員が頷いたのだった。







* 月光と幽霊 *

* セツナ視点 *


 アギトさん達が寝静まるのを見計らって

薬草採取へと向かう。本当ならば、リシアに向かう途中で

寄り道をしようと思っていた場所なのだが、月光と行動を

共にする事になったので、出発前に採りに来た。


数本、根を傷つけないように掘り返し

クッカへと送った後、自分が使う分を短剣で刈っていく。


それなりに束になったものを、鞄へとしまい

魔法を使って、テントの前へと戻るとアルトとセリアさんが

焚き火の前にいた。アルトは寝ていたが……。


アギトさん達が居るテントの方を見ると、姿は見えないのに

テントの出入り口は、不自然な形であいている。


あー。これは、セリアさんの存在が知られてしまったなと感づくが

知られてしまった事は仕方がないので、気にするのはやめた。


セリアさんから何があったのか話を聞き

きっと本人が思っている以上に、心の中に不安を詰め込んでいた

セリアさんを放置して眠る事など出来なかった。


アルトもきっと、彼女の切羽詰った何かを敏感に感じ取ったのだろう。

寝ているけれど……。


セリアさんの話を聞きながら、お酒を飲んでいると

セリアさんが、クリスさん達の個人情報を暴露していく。

本来ならば隠しておきたい情報のはずだ。

セリアさんは、アギトさん達がこちらを見ている事に

気がついていないので、興味がない振りをして

終わらせようと思ったのに……。


どうしても、口にしたいのか唸りだすし……。

そして、テントの方からもなにやら怨念のこもったような

視線が突き刺さった。


内心溜息をつきながら、クリスさんとビートが能力者であること

その能力の種類などを聞いた。


ちょうどいい機会かもしれないと、夕方気がついたことを

セリアさんと話す振りをしてエリオさんに伝える。

自然に伝える事ができてよかったかもしれない。


浄化の炎。薬草を摘んでいる時に試してみたけれど

僕にも使う事が出来た。中々便利そうな魔法だ。

一般の火の魔法よりも威力も高い。

火の魔法と見せかけて、白の炎を使うのも楽しそうだ。


エリオさんのおかげで、知らなかった事を知る事が出来た。

同種使い専用の魔法が他にもあるかもしれないし

自分で試してみるのも面白いかもしれない。


カイルの手紙に、魔法は8属性と書かれていたから

それだけだと思っていたけれど、もっと奥が深いようだ。


新しいおもちゃを見つけたような、そんなわくわくとした

気持ちが生まれた。やっぱり、剣より魔法のほうが面白い。


アギトさん達に限って、セリアさんを害するとは思えないし

僕の魔力を纏っているから、害する事も出来ないけれど

幽霊というのは、生きてはいない存在だから

彼等の目にどう映っているのかは分らない。


僕とセリアさんの関係を理解してもらえるように

セリアさんの情報を少し流し、そして向こうの個人情報だけを

受け取るのは悪いような気がして、僕の情報も流す。


アギトさん達が信用できるから、話せる事なんだけど。

流石に、僕の能力まで口にしようとするセリアさんを止め。

僕の個人情報は、隠して置いてくださいねという意味を込めて

アギトさん達のほうへと視線を向けた。


その後、僕達の会話が聞こえないように結界を張ると

アギトさん達のテントの入り口の布が落ちる。


セリアさんの不安がなくなるまで、セリアさんと話していたけれど

セリアさんが指輪の中に戻ったのは、そろそろ夜が明けようかという

時間帯だった。寝るのも面倒なので、少し疲れた体に魔法をかけ疲れを取ると


口をあけて寝ているアルトを起こし、簡単に体を動かした後

アルトと一緒に、釣りを楽しんだ。アルトは今日も39という所で

盾を壊すのを失敗し、落ち込んでいたが

念願の魚が釣れたことで機嫌が直り、魚の魚拓をとり

大切そうに鞄にしまっていた。


朝ごはんにと、僕とアルトで釣った魚を焼いている所に

アギトさん達が起きてきて、全員が口々に違う事を尋ねてくるので

僕とアルトが驚いていると、誰が先に自分の欲求を満たすのかで

険悪な雰囲気となり……。


僕とアルトは、その光景を黙って見ているしかなかったのだった。





* 読んで頂きありがとうございます。


補足: セツナはセリアに特別な感情はありません。

立体映像に、触れないと思っても手を伸ばしてみたくなる

セツナの心境はそんな感じです。

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