表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リコリス : 再会 』
73/117

 『 閑話 : 踏み台 』

* 同日更新しています。

『垣間見た過去』の方から読んでいただけると嬉しいです。


* アギト視点

* 踏み台 *

* アギト視点 *


 昼食をとり、寝ていたからか元気になったアルトが

雨の上がった湖に、釣り道具をもって一目散にかけていく姿が見えた。


セツナから竪琴を借りたサーラが

幸せそうな顔をしながら、竪琴を奏でている。

サーラが音の道を目指していたが

冒険者になってから、弾いてないとセツナに話すと

趣味にすればどうですかといわれて、サーラは目を瞬いていた。


その時は、精神的にも肉体的にも余裕がなかったでしょうが

冒険者としての生活が慣れた今なら、趣味にする時間ぐらいは

あるんじゃないですかと。そして、アルトはとても充実した

冒険者生活をおくっていますよと……。釣りをしているアルトを指差した。


「綺麗な音は、胎教にいいらしいですよ?

 その竪琴は、大切なものなのでお貸しする事しか出来ませんが

 リシアにつくまで、弾いてみたらどうですか?」


そして、自分の竪琴をサーラに渡したのだった。

久しぶりに竪琴に触れるサーラ。


その顔は何処か泣き出しそうな……。

それでいて、幸せそうな表情を作っている。


それでも何処か迷っているサーラ。


「サーラ。私もサーラの竪琴が聞きたい。

 リシアについたら、竪琴を買いに行こう」


そう告げると、セツナの竪琴を胸に抱きしめ

嬉しそうに頷いた。


長い間弾いていなかったからか、指が動かないわ!、といって

夢中で弾き始めたサーラの傍をそっと離れる。

いつの間にか、セツナも居なくなっていて

息子達も知らない間にいなくなっていた。


まぁ、息子はどうでもいい。

1人で居るのも暇なので、アルトの釣りでも見に行こうとアルトを探す。


昨日、アルトが落ちた辺りで見つけるが

余計な息子達も傍にいた。何をしているのかと、気配を完全に断ち近づく。

4人の会話が聞こえそうな木の陰に隠れて、そっと腰を下ろした。


息子達はただ、アルトが釣りをしているのをぼんやりと眺めているようだ。

抜け殻のような顔をして。アルトは何処か、居心地が悪そうで

釣りに集中できていない。気の毒に……。


アルトは後ろを気にしないようにしながら、何度か湖に仕掛けを飛ばすが

後ろから漂う、陰鬱な空気にとうとう耐え切れなくなったのか

釣竿を地面におき、後ろを振り返ったのだった。


そして何をするのかと思えば、地面を叩き自分に注意を向け

どうしようもない大人達の、相談に乗っていたのだった。


「アギトさんに怒られたの?

 俺が聞いてあげるから、元気だして?」


アルトの言葉に思わず、噴出しそうになるのを必死にこらえ

アルトが息子達の悩みに、どう答えるのかに興味がわいた。


「クリスさん?」とアルトがクリス呼ぶ。

その声に、地面を見ていたクリスが顔を上げた。

クリスはなんとか、笑顔を貼り付けてアルトに返事をした。


「釣りはしないのか?」


「クリスさんも、ビートさんもどうしたの?

 なんか、じめっとしてる」


エリオは、ぼーっとしながらも目の色は2人とは違っている。

先程のセツナとの会話から、何かしら腹をくくったらしい。


「……」


「俺の後ろで溜息をつかれると、気になって集中できないんだ」


容赦のないアルトの言葉に、クリスとビートは苦笑を浮かべる。

そんな2人にもう1度、アルトが地面を叩き同じ言葉を繰り返した。


「アギトさんに怒られたの?

 俺が聞いてあげるから、元気だして?」


「そうだな……。

 アルトは壁ってしってるか?」


私は、クリスがアルトに本音を話し始めたことに驚く。

エリオとビートと違って、クリスは1人で考え答えを出すほうなのだが

珍しい事もあるものだ。


「壁? 家の壁とか? その壁?」


「違う。そうだな……自分よりも強い人を見て

 その人を超えられないという気持ちが作り出すものか?」


「ああ、知ってる! あれでしょ!

 物語の主人公が、強敵に敗れてへたれるやつ」


「へたれ……」


「……」


アルトの言葉に、クリスとビートが地味に傷を広げられている。

私は、思わず噴出しそうになるのを必死でこらえる。


エリオは、遠慮せずにひぃひぃと笑って睨まれていた。


「俺にはこの壁は越えられないんだ……とかいって

 すげぇ……うぜぇ! と思う場面だよね」


「……」


「……」


「ひっ……ひっ……」


腹筋が……痛い。

思いっきり腹を抱えて、笑いたい。

アルト、ちょうど目の前にそのうざい奴らがいるんだぞ。


「そんな事で悩んでる暇があれば、訓練すればいいと思うよね?」


「そうだな……」


「確かにな……」


「ぎゃはははははは」


エリオはもうこらえるのを止めたらしい。


「エリオ黙れっ!」


ビートがエリオに当たっているが

エリオは、笑うのを止められないのか

咳き込み始めている。


「それでその壁がどうしたの?」


アルトが首をかしげてクリスに尋ねる。


「いや……アルトならそんな壁ができたとき

 どうするのかと思っただけだ」


「俺なら?」


「アルトも一番強くなりたいと思うだろう?」


「俺は一番強くなりたいんじゃなくて

 黒になりたいんだ」


「黒になるって事は、誰よりも強くなるって事だろう?」


「うーーん。違う」


「どう違うんだ?」


「俺は、黒になるために強くなりたいわけじゃないんだ」


アルトのこの言葉に、息子達がアルトを凝視する。


「大切な人を守るために、強くなりたいんだ。

 黒になりたいのは、黒になれば師匠と歩けると思ったから。

 師匠の隣で、師匠が背負うものを一緒に背負えると

 思ったから黒を目指そうと思ったんだ。

 黒の紋様を持っているという事は

 誰が見ても、強いってわかるから」


アルトが言った言葉で、クリス達がまだ子供の頃の事を思い出した。

可愛げのないあいつらにも、可愛い時期があったのだ。


そんなに強い魔物ではないが、やたらに魔物の数が多くて

疲れて帰った日のことだ。疲れたような私を見てクリスが

将来、自分が黒になって私を助けるといってくれたのだ。


『魔物の数が多かったのなら、人数が多いとらくだよね』


『そうだな』


『僕も黒になって、お父さんの隣で一緒に戦ってあげるよ!』


『そうか。じゃぁ、クリスが黒になるのを

 私は楽しみに待っている事にしよう』


『俺もー黒になるー』


『俺も! 俺も! 』


『ああ、3人とも黒になったら

 強い敵を、共に倒そうな。楽しみにしているぞ』


そんな事を話していたのだ……。

今はその夢が叶うかどうかの、分岐点の1つだ。


「……そうか。

 アルトの黒になる目標は、大切な人を守るためか」


クリスが、アルトに相談する前よりも一層落ち込んでいるようだ。

あぁ……サーラもつれてきて、結界を張ってもらえばよかった。

そうしたら、思いっきり笑うことが出来たのに。


「アルトは、セツナとの訓練を辛いと思った事はないのか?」


今度はビートがアルトに聞いていた。


「うーん。辛いって例えばどういうことが??」


「そのままの意味だろ?」


「怪我をして痛くないのかって事?」


「いや……違う。

 そうだな、セツナに一方的に倒されて辛くないのか?」


「そんなの、師匠の方が強いんだから当たり前でしょう?

 師匠が俺より弱かったら、訓練にならないじゃないか」


「……」


「……」


「ぶはっ……」


これは……私ではなく、アルトにとどめを刺されるんじゃないだろうか?


「強くなるには、強い人と戦わないと強くなれないでしょ?

 自分より弱い人と戦って勝っても、嬉しくないし」


「じゃぁ、アルトは目の前に居る自分より強い人が

 居なくなってしまえばいいのにとか、思った事はないのか?」


ビートが、落ち込んだ声でそう尋ねる。


「ビートさんはあるの?」


「ある。エリオがいなくなったらいいのにとか

 兄貴がいなくなったらいいのにとか、何時も思うぜ?」


ビートの例えに、クリスとエリオが同時に眉間にしわを寄せる。


「うーーん。倒したいとは思うけど

 居なくなったら良いとは思わないかな……」


「どうしてだ? そいつが居なくなったら

 自分の方が強くなるんだぞ?」


「それは……強くなってるの?」


あー……サーラでもセツナでもいい。

どちらかこっちに来てくれないだろうか……。

こんなに、切実に音声遮断の結界を求めたのは初めてだ。


「……なってないな」


ビートが項垂れながら、アルトに返事を返した。

ことごとくアルトに、切り捨てられている2人が少し不憫になってきた。


アルトに相談する前よりも、落ち込んでしまった

クリスとビートに、アルトは心配そうに声をかけた。


「大丈夫? 顔色悪い……」


「ああ……大丈夫だ」


「……」


「ひっひ……ひひひ」


「クリスさんや。ビートさんみたいな

 大人が落ち込む理由ってなに? アギトさんになんていわれたの?」


いや……完全に息の根を止めようとしてるのは

私じゃないから……。声を出してそう伝えたい……。


「……」


「……」


「俺っち……もう死ぬかも」


「エリオ……お前いい加減にしろよ?」


クリスが凄みを利かせて声を出す。


「……」


「そうだよ、エリオさん。

 人の悩みを、笑ったら駄目なんだ」


「ふっ……。俺っち……そんな酷い事

 し……ない……よ?」


エリオは、必死に真面目な顔を作っているが

成功しているとは言いがたい。


アルトが真面目に答えれば、答えるだけ

笑いのつぼに入っていく……。アルト自身は本当にクリス達を心配していて

真剣なのだが……。


「アルトなら、超えられそうにない壁ができたらどうする?」


クリスが疲れたように、アルトに問う。


「俺なら……。うーん。

 俺にはまだわからないけど、師匠ならどうするのかは聞いた事がある」


ほぅ……。

セツナは、どんな事をアルトにいったんだ?


「セツナはどうするといっていた?」


エリオも笑うのを止めて、アルトを見ている。


「確か……目の前にある壁が大きくて、こえられそうにないなら

 適当な踏み台を探せって言ってた」


「踏み台?」


「あ……違う。適当な壁をさがせっていってた」


「……」


「……」


「……」


「その、適当な強さの壁をこえているうちに

 大きな壁はだんだんと低くなって、そのうちこえてるよって言ってた」


言い方を変えただけで、結局踏み台だろう!

それに、自分から壁を探すのか!

セツナの考えは、面白いな……。

クリスも、そう思ったようだ。


「はっ……はははは!

 踏み台! 踏み台を探すのか! 自分から!

 ははははははは」


クリスが笑う。

ビートは呆れたように呟く。


「踏み台かよ……」


「セツっちって、結構いい性格してるみたいな」


「踏み台じゃなくて、壁だよ。壁。

 踏み台って言うと、師匠が怒るんだ」


目に涙をためて、アルトを見るクリス。


「結局は、身の丈にあった訓練を行い。

 着実に実力をつけろって事だな、アルト」


「多分。壁なんて、次から次に出てくるに決まってるから

 すぐにこえても疲れるだけだって、壁をこえようとする

 意思が大切で、行動するのが大切なんだって言ってた」


「そうか」


「だから俺は、物語の主人公みたいな

 へたれにはならないって決めたんだ!」


「……」


「……」


「そうしたら、師匠が

 壁にぶつかるのも、悪くないと思うけどねっていってさ」


「それで?」


「踏み台……じゃなくて、適当な壁を探す時は

 自分がむかつくと思う奴から、倒していくといいよって言ってた。

 だけど、注意する事は自分より強くないと駄目なんだ。

 弱いものいじめだけは、しちゃいけないって」


「そうだな」


「だから俺、一番最初の踏み台じゃなくて壁は

 狼の村の、長に決めたんだ。くそじじいだけど、俺より強いし」


「……」


「……」


「……」


アルト……。私はそれはどうかと思うんだが……。

これは後で、セツナに伝えておかなければなるまい。


「アルト、お年よりは大切にしなければいけないと

 セツナさんも言うと思うが」


「そうかぁ……仕方ないなぁ。

 なら、リペイドの将軍にしておくよ」


「……」


アルトの人間関係はどうなっている?

リペイドの将軍といったい何があったんだろうか。


「まぁ……将軍といわれるぐらいなら

 強いから、きっと大丈夫だろう……将軍……」


クリスはどこか遠い目をしていた。


「結局、クリスさんとビートさんは

 何を悩んでいたの?」


ここまで言ってもまだ、わかっていないアルトに

私はとうとう我慢できずに噴出してしまう。


全員がこちらに視線を向け、私を見つけた。

クリスが真直ぐ私をみて、アルトに返事を返す。


「悩んではいない」


「そうなの?」


「ああ」


アルトが首をかしげて、クリスを見つめているが

クリスは、一瞬たりとも私から視線をそらさない。


「アルト、セツナさんは父さんより強いんだな?」


「強い。師匠は最強だから」


「そうか。なら私も踏み台を決めたところだ」


ククク……いい目をする。

私を踏み台と言うのか。


クリスの……いや、ビートとエリオもだろう。

3人の強い意志と決意を静かに受け取る。


「俺も」


「俺っちも」


「……」


私を睨むように、立つ息子達に自分の口角が上がっているのを

感じながら、殺気を込めて言葉を放つ。


「いいだろう。

 私を踏み台にしたいというなら、いつでもかかってくるがいい。

 本気で来い。中途半端な覚悟で向かって来ようものなら

 息の根を止めてやるからな……」


私の闘志と、息子達の闘志がぶつかる。

私は、それ以上何も言わず息子達に背を向けた。


戻ったところで、セツナと会い

アルトと息子達の話をすると、深く深く溜息をついた後

私にこう言った。


「アギトさん。間違った事を言っていると思ったら

 ちゃんと訂正してください。人を踏み台にしてはいけないって!」


セツナが、項垂れながら


「僕は、すぐに訂正したんですよ。

 どうして、覚えていて欲しくない事まで覚えているんでしょうね?」


そう言い、また深く溜息をついた。





読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ