『 閑話 : 垣間見た過去 』
* 前半 エリオ視点
* 後半 アギト視点
* 垣間見た過去 *
* エリオ視点 *
ここ最近で一番気持ちよく目が覚めた。
座ったまま体をほぐすように
腕を伸ばすと同時に欠伸が出る。
ふとすぐ傍を見ると、ビートが気持ちよさそうに寝ていたし
ビートが居る反対側には、兄っちが寝ているようだ。
セツっちの竪琴を聞いていたところまでは覚えいるから
どうやら、竪琴を聞きながら寝てしまったみたいだな。
兄っちとビートを起こすか迷い、何処か幸せそうな顔をして
寝ているビートに、少しむかついた。
キョロキョロと足元を見て、落ちている小枝を拾う。
それを鼻に突っ込もうとした時、俺っちの殺気を感じたのか
ビートが目を開ける。
心の中で舌打ちしつつ、適当に声をかけると
その声に反応して、兄っちも目を覚ました。
ビートは目に涙をためながら欠伸をし
兄っちは、数回頭を振って眠気を飛ばしてた。
「何時だ?」
「まだ、昼にはなってないっしょ」
朝を抜いたせいか、腹が空いてきた気がする。
寝る前は、食欲などまったくなかったのに。
親っち達はどこにいるのかなっと、周りを見ると
母さんとアルトが気持ちよさそうに寝ている。
親っちも木にもたれて寝ているように見えた。
親っちの場合、ほんとに寝ているのかどうかは怪しい。
あと1人、俺っちをどん底に落としてくれたセツっちがいない。
セツっちを探すように、視線を動かすと
セツっちは、テントの近くの木の傍で何か作業をしているようだった。
何をしているのか興味がわき、傍へと近づく。
兄っち達もついてくるところを見れば
気になるんだろう。
兄っちとビートは、すぐ傍までは近づかず
俺っちとセツナの会話が聞こえる程度のところで
それぞれ過ごしやすい場所を見つけ座り
俺っちに話を聞けと、無言の命令が背中に届いていた。
「セツっちはなにをしてるんだ?」
声をかけながら、セツっちの前に座り手元を見る。
セツっちの前には清潔そうな布がひかれ
その上には、乾燥させた色々な葉が置いてあった。
「薬草の仕分けです」
「へぇ~」
セツっちから届く薬は、医療院から買うより効き目が高い。
ギルドの医療院からも、新しい薬が売られ始めたが
セツっちが、作る薬と比べると効き目は全く違っていた。
それでも、セツっちが提供した薬は
今までの薬と比べると雲泥の差で……。
水に濡れさえしなければ、長期間持ち運べる事もあり
需要と供給が追いついていない状態となっていた
セツっちの作業を眺めながら、気になった薬草が何かを聞くと
薬草の名前。薬草の効能。どういった場合に使うのか
どう使うのか、どの地域の、どの辺りに生えているのかなど
それは丁寧に教えてくれた。
「俺っちに、そんな事教えてもいいわけ?」
薬の調合は、薬学士にとって飯のもとだというのに。
「薬草の知識ですからね。
調べれば、本にも載ってる事ですよ」
「……」
「調合方法や、配分を教えるわけではありませんから」
「ならいいけどさー」
俺っちを気にすることなく、自分のペースで作業している
セツっちを見ていて、何気なく言葉がこぼれた。
「俺っちは、魔導師として登録したほうがいいと
思うんだけどさ、どうして学者なんだ?」
「うーん……。以前アギトさんにも、聞かれたことがあるんですが
魔導師よりも、学者としての生き方のほうが僕らしいかなと
思ったんです」
「でもさ、誰からも勧誘がこなかったしょ?」
「確かに」
セツっちはそう言って笑う。
「あの時の僕は、こう……必死でしたね」
「必死?」
「ええ、生きることに必死でした。
そんな時に、アギトさんが依頼に誘ってくださったんですよ」
「ああ、風の遺跡の依頼っしょ?」
「そうです」
「ビートがセツっちに噛み付いたって
親っちから聞いた。あいつ馬鹿だからむかつくよな」
俺っちの言葉に、少しだけ離れた所で聞いてビートが
立ち上がり歩いてきたかと思うと、俺っちの胸倉をつかんで睨んだ。
「お前、俺に喧嘩うってんのかよ!」
「本当の事を言われたからって、怒る事ないっしょ!」
「一々むかつくんだよお前は!」
「お前じゃなくて、エリオ兄さんと呼べといったっしょ!」
「聞いてねぇ!」
俺っちとビートの会話を、セツっちが止めようとするが
それよりも早く、兄っちが来て俺っち達の頭に手を置き
殺気を放つ……。ヤラレル……。
「お前達……セツナさんに、迷惑をかけるんじゃない」
「……」
「……」
「いいな?」
「わかりました」
「了解しました。兄っち」
ビートは渋々、俺っちから手を離しその場に座る。
兄っちも、ビートの隣へと腰を下ろした。
「すまないな、馬鹿な弟達で」
「いえ、仲がいいんですね」
セツっちは、俺っち達の返答に笑い。
そして、一瞬視線を木の陰へと向ける。
何かあるのかと思い、見てみるがそこには何もなかった。
「まぁ、僕も駆け出しでしたから。
ビートから見たら、頼りなかったんだと思いますよ?」
セツっちの言葉に、ビートが苦虫を噛み潰したような表情を作り
「謝ったろ?」と文句を言っていた。そんなビートにセツっちは
笑って冗談ですと返す。
「僕にとっては、初めてのパーティーで
それも、初めてが黒の文様の持ち主でしょう?
前日は、中々眠れませんでしたね」
「お前、それ絶対嘘だろ」
「本当ですよ」
「どうだか」
セツっちは、疑り深いですね、と肩をすくめた。
「セツナさんにとって
初めてのパーティーでの依頼はどんな感想をもったんだ?」
兄っちの問いに、セツっちは思い出を辿るように話す。
「アギトさんとビートと依頼をした事は
その後の僕にとって、とても大切なものとなりました」
「そんなに、たいそうなもんじゃなかっただろ?」
ビートが目の前の薬草を手に取り、眺めながら聞き返す。
「いえ。アギトさんから大切な事を教わりましたから」
「父さんに、何かを言われたのか?」
「ええ、あの時の僕は余裕がなくて
とにかく、一秒でも早く与えてもらったものを自分のものにしたかった。
アギトさんは、それを心配してくださったんです。
もう少し、肩の力を抜いて生きてみればどうかと。
急がず、焦らず、まだまだ先は長いのだから……と」
「そうか」
「親っちも、たまにはいいこというからな」
「何時もは五月蝿いけどな」
「そういえば、セツっちは何処の学校へ行ってたんだ?」
「学校ですか?」
「そうそう」
「……」
「言いたくないのか?」
「そういうわけではないのですが」
「言いたくないなら言わなくていいんじゃね?」
ビートが困った表情をしているセツっちに助け舟を出す。
「すいません」
「謝る事はないだろう?
学校か……碌な思い出が……ないな」
「そうなんですか?」
「ああ、喧嘩するたびに
親呼び出しで……俺が悪くない事でも
母さんは、ガミガミガミガミガミガミガミガミ
あー……思い出したくもねぇ」
「あはは、ビートらしいといえば
ビートらしいですね」
「どういう意味だよ。
そういうお前の、子供時代はどんな風だったんだ?」
「僕の子供時代ですか?」
「そう」
「……さぁ……」
「さぁってなんだよ、さぁって
自分の事だろう?」
自分の事なのに、要領の得ない返事を返すセツっちに
ビートの眉が上がる。
「僕は……ギルドに登録する前の自分の記憶が殆どないので」
「……」
「……」
「……」
「僕が僕の事を覚えている部分は、この世界に家族はいないということと
自分の名前……。後ほんの少しのことだけなので」
「お前それ……」
ビートが何かを言いかけるが言葉にならないようだ。
俺っちも兄っちも、かける言葉が見つからない。
生きることに必死だったという意味が、今わかる。
「後は、自分が助け出される前の記憶と
僕を助けてくれた人の記憶。あの時の記憶は……鮮明に」
セツっちが、そこでふっと黙り込む。
「あの部屋で、今日か……明日にでも
殺されるかもしれないと知っていた。
やっと、殺してもらえると思いながら
僕は部屋の窓から、大きな青い月を見ていた。
寂しく輝く青い月……。その部屋には僕と月だけ。
あの月の色が、黄色ならと何度思っただろう……」
何処か遠くを見るような視線で、セツっちがぽつりと呟いた。
セツっちの紫の瞳には、何の光も浮いていない。
「セツナさん……」
兄っちの呼びかけに、セツっちがハッ、としたように我にかえる。
「あ……すいません。忘れてください」
そう言って、会話を切った。
セツっちの過去が、気にならなかったといえば嘘になるけど
それ以上、俺っちはセツっちの心に踏み込む事は出来なかった。
どう考えても……幸せな記憶ではないだろうから。
「お前を助けてくれた人に、剣や魔法を教わったのか?」
ビートが淡々と尋ねる。
セツっちは、返答するか暫く悩んだ後
ゆっくりと口を開いた。
「そうです。
その日、僕と初めてあったにもかかわらず。
僕をそこから助けてくれた。
そのことが原因で、彼は命を落とす事になった。
僕が、彼の命を奪った。僕が……」
「もういい。悪い。
話さなくていい。話さなくていいんだ……」
何処まで行っても救いのなさそうなセツっちの話を
苦しそうに、言葉を紡ぐセツっちをビートが止めた。
セツっちは軽く息を吐き真直ぐにビートを見る。
「僕が今生きているのは、彼が僕を助けてくれたからです。
だから、僕は彼が勧めてくれた冒険者になってみようと思った。
実際何も見たことのない僕に、その人が世界を見ろと言ってくれたので。
だから、魔導師ではなく学者で登録したんです。様々なものを知るために」
セツっちが、学者と書いた本当の理由を告げられ
俺っちはもう、魔導師にすればいいとは言えなかった。
セツっちが、セツっちを助けたという人間と
暮らした期間は分らなかったけど、それでもセツっちは
その人のことをとても大切に思っていることだけは理解できた。
だからセツっちは、その人が亡くなってから
必死に独りで生きてきたんだろう……。
数日の付き合いだった、親っちが心配するほどに。
「それなのにですね。
ビートは僕に、学者なんて使えないとかいったんですよ。
そんな役立たず、連れて行ってもしかたないだろうって。
僕は、内心傷ついていました」
「おまっ! また蒸し返すのか!?」
「え?」
「それにあの時のお前、ぜんぜん傷なんてついてなかっただろうが!
『いえ、気にしてませんから』とかほざいてただろうが!」
「そんなの、強がりに決まってるじゃないですか。
繊細な僕に向かって、何を言うんですか?」
「はぁ!? 表情1つかえてなかっただろうがよ!」
「僕は、感情を表に出すのが苦手なんですよ」
「お前、寝言は寝てからいえ」
ビートとセツっちが、楽しそうに口論を始めた。
それを見て、兄っちが苦笑しながらビートの頭をつかむ。
「なんでだ!? 何で俺がまた頭を捕まれるんだ!?」
「なんとなくだ」
「なんとなくで、俺の頭を破壊しようとするな!!」
それを見てセツっちが笑い、俺っちもつられて笑う。
セツっちが、忘れて欲しいと。流して欲しいとそう願っているから。
兄っちも、ビートもそして俺っちも胸に押し込めて気にしていない振りをする。
この先、セツっちの過去を詳しく知るときが来るかもしれないし
来ないかもしれない。だけど、どちらにしろセツっちとは長く付き合うつもりでいた。
セツっちの過去を垣間見た事で、同情したわけじゃない。
そんな事は、セツっちも願ってないだろうし
俺っちも、そんな人間じゃない。
ただ……ただそう。
魔法の腕や剣の腕と同じぐらい、セツっちという人間に興味がでたから。
それに、俺っちは決めた。セツっちの魔法技術を手に入れると。
セツっちと同じ事が出来るようになるかは分らない。
出来ないなら、出来ないで俺なりの魔法構築を目指せばいい。
"月光"のアギトと、"邂逅の調べ"のサフィールが
親友であり好敵手でもあるように……。
俺っちも、セツっちとそうなれればいいと思った。
同じ魔導師。今はセツっちの足元にも及ばないが……。
これから先は分らない。俺っちは諦めが悪いんだ。
兄弟の中で一番前向きなのも俺っちだ。
だからそう、落ち込んでいる暇などない。
取りあえず、精霊語のことから聞くことにしようと心に決めた。
* 垣間見た過去2 *
* アギト視点 *
小さな体を震わせながら、サーラが私の腕の中で声を殺して泣いていた。
セツナと息子達が、どんな会話をしているのか……。
ちょっとした好奇心がうずいて、傍へと行こうとした時
ちょうど目を覚ましたサーラも、興味を示した。
その顔は、とても楽しそうに輝いている。
私は、サーラを腕に抱き、私の能力である"認識遮断"を発動させ
近くの木の陰まで移動する。私の能力は、気配や殺気、姿までも消してしまえるが
声だけは消せない。サーラが私達の声を消す為に魔法を発動させた時
セツナに気がつかれた様だが……彼は一瞬呆れたような視線をよこしただけだった。
セツナが私の言った事を、覚えていてくれた事を嬉しく思い。
サーラが、3人のうちで一番学校から呼び出しを受けたのは
ビートだったと愚痴る、セツナと息子達の会話は私達にとっても
楽しいものだった。
だが……。
セツナが自分の事を少しだけ語った。
天涯孤独なのは知っていた。
だが、記憶さえも失っていたのだとは知らなかった。
一心不乱に剣を振る姿が、脳裏によみがえる。
私とビートのやり取りを、微笑ましそうに見ていた。
あの時彼は、失った人のことを思い出していたんだろうか?
自分のせいだと。
自分が命を奪ったのだと……。
自分を責めながら……大切な人の記憶を抱えるのは
どれだけ痛みを伴う事なんだろうか。
菫色の瞳を絶望に染め、ふと口をついた心の奥底の記憶。
『あの部屋で、今日か……明日にでも
殺されるかもしれないと知っていた。
やっと、殺してもらえると思いながら
僕は部屋の窓から、大きな青い月を見ていた。
寂しく輝く青い月……。その部屋には僕と月だけ。
あの月の色が、黄色ならと何度思っただろう……』
殺してもらえる……。
この言葉は、セツナが死を望んでいたという事だ。
「アギトちゃん……」
サーラがはらはらと涙を落としながら、私を呼ぶ。
「セツナ君の竪琴は、とても優しい音だったの。
最後の魔想曲も、心が満たされるような音だったわ」
やっぱりサーラは気がついていたのか。
気がついていて、その音に身をゆだねていたのか。
「セツナ君の音は、本当に綺麗なの。
アルトを……そして私もかな? 癒そうという気持ちが
溢れてた。でもね、きっと……一番癒しが必要なのは彼だわ」
「……」
「どうして、セツナ君もアルトもいい子なのに
あんな目にあうの? どうして、私達の子供じゃないんだろう。
私達の子供なら、絶対にあんな暗い目をさせないのに。
守ってあげるのに……。孤独を感じないぐらい愛するのに」
「サーラ……」
「……」
「2人の親にはなれないが……。
必要な時に、支える事は出来るだろう?」
「……」
冗談を言い始めた、セツナ達に視線を向ける。
ふとセツナがこちらを見て、淡く笑った。
その笑みに込められた気持ちは、気にするなという事なのだろう。
「それに、セツナにはアルトが居るし
アルトにはセツナが居る。2人は師弟であり家族なんだよ。
セツナも言っていただろう? 子育てが忙しいと」
「ふふふ……そうね」
「私もサーラも、子育て経験者だ。
これから先、手助けする事は沢山あるさ」
「アルトは、ビートちゃんと同じぐらい
やんちゃそうだしね」
「そうだな」
「……」
「だから、セツナの前で泣いてはいけないよ」
「うん。大丈夫。
泣かないわ。だから、もう少しだけこのままで……」
「……」
サーラは私の胸の中で、残りの涙を落とした。
セツナが呟いた、幻の強さと黄色い月。
この2つの言葉は、ずっと私の胸の中にとどまり続ける。
読んでいただきありがとうございました。