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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リコリス : 再会 』
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『 息の根 』

* ビート視点

 魚図鑑のために、体力ギリギリまで動いていたアルトを

脇に抱えて、テントへ戻るつもりで歩き出す。


どう考えても、ハードな模擬戦闘の後にする訓練じゃない。

僕も断ればいいのだけど、必死に頼まれるとついつい良いかと

思ってしまうのだ。


魚図鑑は魔物図鑑や食材図鑑よりは安いもので

ドラジアを売って、依頼を2個ぐらいすれば買えるはずだ。

だけどアルトは、僕の本を狙っている……。


ちゃっかりしているというか、なんというか……。

先程からじっとこちらを伺っている視線に

そろそろ挨拶をするべきかと思い、自分の思考を中断し

アギトさん達の傍へと歩いていく。


僕が魔法を放った所で、サーラさんが何かを叫んで

クリスさんが、止めに入ろうとしていたのは知っていた。


僕とアルトの訓練が、他人にどう映るかもしっている。


「おはようございます」


「おはよう。セツナ。

 いつも朝からその調子かい?」


「何時もこんな感じです」


「アルトは嫌がらないのか?」


「手加減すると、手を抜いたと怒ります……」


「それは……」


アギトさんが、クククと笑い

眠っているアルトの頭を軽く撫でた。


「寝顔は、そのまま子供なのにな

 戦っている時は、男の顔をしていたが」


「……」


「セツナの育て方は、間違っていないと

 私は思うけどね」


そう言って、僕が胸の内に秘めていた答えを

さらりと告げるアギトさんは、何処か優しさを含んだ瞳で

僕を見ていたのだった。





----




 セツナの挨拶に、挨拶を返さなければと思うが

口が思ったように開かなかった。それは、兄貴達も同じだったようだ。


昨日親父とセツナが、話していたことの意味を目の前で見せられた。

俺はあそこまで力の制御ができるだろうか?


黙ったままの俺達に、セツナが首を傾げ

何かあったのかと、親父に尋ねた。


「ああ、自分達がどれ程

 小さな世界で生きていたかを知ったんだろう」


親父の言葉に、歯を食い縛る。

セツナには、全く意味がわかっていないようだったが。

親父の言葉は、ただただ……俺達の胸を抉った。


半年前、親父があいつを自分より強いといったとき

あいつの剣が強いと言ったとき、俺はもっと強くなろうと思った。

だけど頭の隅で、こんな事も考えていたんだ。


あいつは魔導師で俺は剣士。

役割が違うと……。そう、俺はそう思ったんだ。

そう、思ってしまったんだ……。


今ならわかる……。

その時点でもう俺は、セツナに後れを取っていたんだと。


同じ魔導師であるエリオは、どんな気持ちでいるんだろう。

チラリとエリオを見ると、エリオの視線は真直ぐセツナに向いていた。


「セツナ。私とも模擬戦闘をしてくれないか?

 最近体がなまっていてね」


「父さん」


兄貴が呼びかけることで、親父を止める。

アルトとの模擬戦闘は、セツナも剣を使っていたが

あの延長なら、セツナは親父に手も足も出ないだろう。

だから、心配して兄貴が止めに入っている。


親父は、対魔導師戦闘も得意だから……。


「僕とですか?」


「そう君と」


「お断りするという選択肢は……」


「ないな」


「僕は今、訓練を終えたばかりなんですが」


「体力的には問題ないだろう?」


「父さん!」


親父は兄貴の呼びかけを無視して、セツナと話をすすめる。


「ありませんが……」


セツナは、困惑したような表情を見せながらも

親父から視線を外さない。親父の真意を計っているように見える。


「セツナ。一戦頼む」


親父にここまで言われたら、断りきれないのだろう。

セツナが、了解しましたと告げた。


「アギトさんは、武器は何を使うつもりなんですか?

 見たところ、片手剣と両手剣を持ってきているようですが」


「セツナにあわせようと思ってね」


「それはもう……アギトさんがここに来ると決めたときから

 僕に拒否権はなかったということですね」


「そういうことだ」


「アギトさんは、普段は両手でしょう?」


「そうだな」


「では、僕も両手剣でお相手します」


「いいのかい?」


「戦うからには……そう簡単に負けませんから」


「ククク……いい目だ」


「魔法はなし、剣のみでいいですか?」


「私にとってはそのほうがありがたいな」


兄貴が親父を呼ぶが、親父は何も答えない。

セツナに向かってやめたほうがいいと伝えているが

セツナは大丈夫ですといって、アルトをその場へ降ろし

親父と先程の場所へともどって行った。


「ビート。セツっちは剣も使えるのか」


「使えるらしい……。

 親父が自分よりも上だといっていた」


「嘘だろう……?」


エリオよりも、兄貴が顔色を変えながら呟く。

セツナが鞄から、両手剣を取り出し鞄を魔法で邪魔にならないところまで

移動させた。


「本当に両手剣でいいのかい?」


「はい。問題ありません」


「楽しみだ……」


親父が口角を上げて笑う。

あの笑い方は……戦闘状態へと意識を切り替えた時の笑い方だ。

その笑い方を見たセツナは、眉根にしわを寄せ親父に声をかけた。


「……すいません。少し待ってください」


セツナの言葉に、親父は両手剣の刃を肩に乗せながら頷いた。

何かを考えるように、軽く握った手を口元へと当て悩んでいる。


「時間稼ぎか?」


「どうだろうな」


「怖気づいたのかも」


「……」


エリオと兄貴が、微動だにしないセツナを見て憶測を口に出していく。


『-…………』


セツナが1度頷き、何時もよりも少し長い詠唱で魔法を使う。

エリオとアルトの耳を幸せそうに触っていた母さんが、ハッと

したように、セツナを見た。


魔法の詠唱と同時に巨大な魔法陣が地面に浮かびあがる。

その範囲は親父とセツナが、動き回っても十分な広さ……。


「お待たせしました」


「今の魔法は?」


親父が興味深そうにセツナに問う。


「このまま戦えば、回りに影響がでそうでしたから。

 結界の外には影響がでないようにしました」


「言い換えれば……多少暴れても影響がないということだな」


「お手柔らかにお願いします」


「それは聞けないな」


ニィっと口元だけで笑い。親父が剣を構える。


「アギトちゃん……?」


母さんが震えるように、親父を呼んだ。

あの親父は久しぶりに見た……。自分と同等、それよりも強い敵と

戦う時に見せる表情をした親父を……。


親父と対峙し、セツナも剣を構える。


「開始の合図は……この球体が、赤に変わった瞬間でいいですか?」


「かまわない……」


親父が、セツナを挑発するように闘志を燃やす。

その時、今までピクリとも動かなかったアルトが

急に起き上がり、自分のベルトからセツナが作った結界針をとりだし

地面に突き刺した。そして、結界ができてから周りを見渡し

俺達を確認すると、きょとんとした表情で聞いたのだった。


「……あれ? ここどこ。師匠は?」


アルトのその行動に、全員がアルトをマジマジと見た。

完全に意識が落ちていたのに……。


アルトの質問に答えたのは兄貴だ。


「セツナさんはあそこだ。

 今から、父さんと模擬戦闘をするらしい」


「えぇ!? 何でもっと早く起こしてくれないんだ!」


アルトはそういって、俺達に文句を言う。


「……まだ始まっていない」


「よかった」


尻尾を振って、兄貴にそう返事を返した後

その表情を引き締め、親父とセツナを見つめるアルト。


「両手剣だ。師匠が使ってるの初めて見た」


「え? アルト、それは本当か!?」


「うん。師匠は何時も片手か双剣だから」


「……止めないと」


兄貴がそういって、一歩踏み出すが

アルトがそれを止める。


「あの結界には誰も入れない」


「だが……」


「それに、師匠が両手剣にするって言ったんでしょう?

 それなら、大丈夫」


「大丈夫ってなにがだ?」


「師匠は負けない」


「え……」


揺ぎ無い瞳でそう答えるアルト。


「師匠はアギトさんよりも強いから大丈夫」


「……」


誰もアルトに、返事を返す事ができなかった。

アルトの瞳に浮かぶ色は、絶対的な信頼。


「アルっち……アルっちが魔道具を使う時に

 詠唱していた言葉は、何処の国の言葉なんだ?」


エリオがずっと気になっていただろう事を、アルトに尋ねる。


「あれは、精霊語」


「せいれい……ご……?」


「そう。俺は単語でしか発音できないけど。

 頑張って覚えたんだ。少しでも間違うと発動しないし!」


「なぜ……精霊語で魔法を使う?」


「教えてもらったんだ。

 精霊の言葉は、魔力が宿るって。

 だから、魔法を使うなら精霊語で詠唱した方がいいって」


「誰から……?」


「あ……」


『アルト』


アルトが張った結界の中に、セツナの声が響く。


「あ。そうだ。誰から聞いたかは話しちゃいけないんだ。

 エリオさん、ごめんね?」


「いや……いい。聞いた俺っちも悪かった」


アルトはエリオから視線を外し、セツナに視線を向けた。


『師匠、ごめんなさい』


『気をつけてね』


『はい』


セツナは簡単に注意しただけだった。

エリオは「精霊語……」と小さく呟いた。


『始めていいか?』


親父が待ちきれないというように、声をかける。


『……』


セツナが黙って、剣を構えなおした。

セツナが放った球体が、赤に変わる。


変わったと同時に親父が、セツナの懐へと飛び込む。

その速度は一瞬。親父がもっとも得意とする先制攻撃。


俺ならば、反応するまもなく吹き飛ばされている。

だが、俺達の耳に届いたのは、剣と剣がぶつかった時に出る衝撃音だった。


初撃から全力。

打っては離れ、離れては相手の隙を狙い剣を繰り出していく。

息を付く暇もなく繰り返される攻防に、俺達はただ目を見開いて

2人の動きを追うことしかできない。


打ち合うことを繰り返していたかと思うと

次の瞬間には、ギリギリと剣と剣がこすりあう音が響く。

どちらも一歩も引く事のない、力のぶつけ合い。


親父が、楽しそうに口元をゆがめて笑う。


『クク……想像以上だな』


『少しは、手を抜いたらどうですかね……』


『必要ないだろ?』


『……そうですね』


あの状態で、親父と会話する余裕を見せるセツナ。

親父が1度後ろへと飛び、体勢を整えなおす。


それと同時にセツナも後ろへと飛び

右足のつま先で地面を、トントンと2度蹴った。


その姿を見てアルトが、尻尾を左右に振ったのに

兄貴が気がつきアルトに理由を聞いた。


「どうしたんだ?」


「様子見が終わったみたいだ」


「え……?」


「ここからが、師匠の戦いだ。

 しっかり見ておかないと……」


そういって、アルトは真剣な表情をして

前方を見ているのだった。


「あれが……様子見?」


信じられない事を言うアルトに、俺達は押し黙るしかなかった。


セツナが構える。それに反応するかのように

親父も、剣を構えた瞬間、セツナが親父の右に出て

剣を親父にぶつける。


あの速度は、親父の速度を超えていた……。


親父は、セツナの剣を受けるが体勢を微妙に崩す。

それを狙っていたかのように、セツナが両手剣を扱っているとは

思えないぐらいの速度で、2撃目を繰り出していたのだった。


親父はセツナの剣を受けずに流し、体勢を整える為に

後ろへと下がるが、セツナは手を緩めず追い

親父の頭へと剣を振り下ろした。


甲高い音が響き。

親父とセツナの視線が交差した。


「悪夢を見ているようだ」


兄貴が呟く。俺も同じ意見だ……。

止めを刺された。そう感じた。


セツナの強さを見ても、かろうじて残っていたものが

粉々に砕ける音を聞いた。俺は……あそこまで上がれるのか?

自問しても、答えはでない。


互いに譲る事のない、力比べにセツナが親父に声をかける。


『そろそろ、やめませんか?』


『そうか? 私は楽しいんだが』


『これ以上やると、殺し合いになりそうです』


『確かにな』


物騒な事を言う2人に、母さんが不安そうな目を向ける。


『ほら、サーラさんが心配そうに見ている』


親父が母さんに視線を送り、普段の親父が見せる笑顔を見せた。

どうやら、元に戻ったようだ。


『やめよう』


そういって、同時に2人が剣を引いたのだった。


『1度本気で、殺しあってみたいものだ。

 きっと、ゾクゾクした戦いになるに違いない』


『僕は嫌です』


戦闘狂の一面を見せる親父に

セツナが本当に嫌だというように、眉間にしわを寄せていた。


『後半のセツナの動きは、前半と全く違ったな』


『アギトさんの戦闘を見たことがありませんでしたから』


『……様子を見ていたということかい?』


『はい』


『まいったな。私は最初から全力でいったのに』


『適当に全力ですよね。

 嘘はよくないと思いますけど』


『嘘はついてないぞ?

 ある程度抑えないと、止まれなくなるだろう?』


『しりませんよ……』


『この状態で出せる全力で戦っていたという事だ』


『初撃、少し躊躇してましたよね』


『……』


『2撃目からは、なくなっていましたが』


『なぜ、魔導師をしている?

 剣士になれ、剣士に』


『僕は魔法が好きなんです!』


『剣を振るうのも楽しいだろう?』


『楽しいですが、魔法のほうが好きです』


『もったいない……』


『それに、ぼくは魔導師の前に学者なので』


『……本当に、ありえない』


『いいじゃないですか。

 人生なんて人それぞれなんですから』


『まぁね。でももったいない。

 今からでも、アルトと一緒に月光にはいらないかい?』


『お断りします』


『何故だ!』


『毎日訓練に付き合わされる羽目になりそうなので』


『……しかたがない。私が暁の風に入るか』


『……』


じとっとした目をセツナに向けられ、冗談だよ? と返していたが

その目は、半分本気だったような気がした。


俺達のところへと帰ってきた親父とセツナに

アルトが真先に声をかける。


「師匠、俺も戦うー」


「明日にしてね」


「えー」


体力が尽きたばかりなのに、親父とセツナの戦闘を見て

うずうずしていたようだ。アルトとは反対に

何もしていないのに、俺にはそんな気力がなかった。


「えーじゃないよ。えーじゃ。

 朝ごはんがいらないというのなら、戦ってもいいよ?」


「駄目! 俺すげー、お腹すいてるから

 朝ごはん抜きは駄目!!」


「朝ごはん何にしようかな……」


「俺、パンに蜂蜜つけたい」


「そうしようか。蜂蜜パンと目玉焼きとベーコンでいい?」


「うん」


「蜂蜜!? セツナ君。私も蜂蜜食べたいな」


セツナとアルトの会話に母さんが入り込む。


「サーラ……子供じゃないんだから」


「無性に蜂蜜が食べたいの!

 絶対食べたい! 今すぐ食べたい!!

 ……どうしてかしら。本当に食べたくなったのよ」


セツナが、若干引きつった表情を見せている。


「沢山ありますから、好きなだけ塗って食べてください」


母さんは嬉しそうに頷いて、アルトと手を繋いで歩き出した。

どうやら、蜂蜜の魅力について話し合っているようだ。


その後ろをセツナがついていく。


俺も歩こうとするが足がでない。

兄貴は俯いたまま全く動かない……。


「兄っち」


エリオが心配そうに兄貴に声をかけるが返答はなかった。

そんな俺達に、親父が振り返る。


「楽になりたいと願うなら、いつでも私の所へ来るといい。

 二度と強さの頂を目指そうなどと、思えないように

 止めを刺してやろう」


親父の言葉に、兄貴達も俺も親父を見た。

その目は、怖いほどに本気だと語っていた……。


途方にくれる俺達に、それ以上は何も言わず

親父は、母さん達のほうへと歩いていったのだった。





読んでいただきありがとうございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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