『 俺と師弟 』
*ルーハス視点
ガラガラと、荷馬車を動かしながら。
途中から増えた、人間の青年と獣人の少年を乗せて
街へと帰る。青年が俺の横で、少年が荷台に乗っていた。
ちょっとした用事で、街から少し離れた家からの帰りに
しゃがみこんでいる獣人の子供と、獣人のそばで立っている人間の青年が目に入った。
俺は、攻撃したくなる気持ちを抑えながら
馬を急がせて、子供の近くで馬車を止めた。
サガーナから、子供を誘拐して
ここで仲間なり、商人なりと待ち合わせをしているのかと思っていたのだ。
しかし、それにしては少年に首輪はついていなかったし
普通、仲間以外の人間が近づいてきたら警戒するものなのに
人間の青年は、ただこちらを見ていただけだった。
少年が、逃げられないように操られている可能性もある。
慎重に、少年の言動を探る必要があった。
俺は少年の隣にしゃがんで、声を掛けるが地面に何かを書いて
ぶつぶつ、つぶやくのをやめない。
少年を気にしている俺に、人間の青年が
何かを言いそうになったが、俺はそれをさえぎった。
彼が何かを言って、少年が何も言えない状態にさせたくなかった。
俺の声にまったく反応しない少年に、少し大きい声で呼びかけたら
ものすごく不機嫌な顔で、黙れといわれた……。
これには、本当に驚いた。
そして、少年がなにをしているのかに気がついてまた驚いたのだ。
それから先は、本気で俺に対して怒りを見せている少年を
どうやって、宥めようか悩んでいたのだが……。
なぜか、俺が話すたびに火に油を注いでいるようだった。
この時にはもう、青年と少年の関係が良好なものであることを理解していたが
それでも、ちゃんと彼らの関係を聞き出さないことには俺の仕事は終わらないのだ。
ますます不機嫌になっていく少年と、妙な体勢でとまってしまった為に
体がきつくなってきた俺。そのとき小さく笑う青年の声が聞こえて
俺は、青年に助けを求めたのである。
助けを求めたのは、俺なんだが
青年がどういう風に、少年を宥めるのかが不安だった。
大体の大人が、頭ごなしに押さえつける方法をとることが多い。
しかし、そんな心配は俺の杞憂で
最終的には、少年から『心配してくれて、ありがとうございました』と言われた。
拗ねている少年に、『もし僕が怪我をして動けなくなって
アルトでは、僕を動かせない。そんな状況のときに、ルーハスさんみたいに
声を掛けてくれる人がいたら嬉しくないかな?』
この青年の一言で、少年は俺に礼を言ったのだ。
自分の感情を、押さえ込んで……。12歳の少年が簡単にできることではない。
少年にとって、俺の行動はありがた迷惑だっただろうに。
しかし、本当に吃驚したのは青年が少年に謝ったことだ。
道中に出すような問題ではなかったと……。
クッキーは結局もらえなかったようだが。
そこから少し、周りを警戒していなかったことを諭されていたようだが
冒険者なら、その注意は必要なことだろう。
一段落したところで、彼らが名前を教えてくれた。
人間の青年がセツナで、獣人の少年がアルト。
2人の関係は、師弟で一緒に冒険者をしながら旅をしているらしい。
2人の関係が師弟だときいて、何を言えばいいのか一瞬迷ったが
アルトの俺を見る瞳が、何も言うなと語っていたので何もいえなかった。
きっと、彼らは今までも色々言われてきたんだろう。
セツナが、俺の態度に何も反応しなかったのは誤解を受けることに
慣れていたのかもしれない。
俺も、もう一度名前を伝え、彼らの行き先が俺と同じだったから
アルトの邪魔をしたお詫びに、乗っていかないかと誘った。
アルトは少し嫌そうな顔をしていたが、セツナが乗せてもらえたら
今日の夜ご飯は、おなかいっぱいおいしいものが食べれるよと言うと
手のひらを返したように、荷台に乗り込むのだった。
今までの、アルトの態度や言動から彼はセツナ以外の人間が
嫌いなんだろう。なぜ人間が嫌いなのに、人間であるセツナと
行動しているのかが気になる。
まぁ、それはおいおいたずねるとして
彼らが、街に観光に来たのか、仕事で来たのか、それ以外なのかを
探ることにした。ちょうど今の時期は1年に1度のムイムイ祭りが
3日後に開催される。観光なら、この祭りを見に来たのだろう。
「セツナ君達は、ムイムイ祭りをみにきたのか?」
「ムイムイ祭り?」
祭りが目的ではないようだ。
「ああ、後3日もすればムイムイ祭りが始まるからな」
「ムイムイってなんですか? 虫ですか?」
「……虫の祭りを開催するところなんてあるのか?」
女性が逃げそうな祭りだ。
「いえ……なんとなく。響きが虫の一種なのかと……」
どこをどう想像したら、虫になるのかわからないが
知らないようなので、ムイムイの説明をする。
アルトも、気になるようで大人しく聞いていた。
「ムイムイっていうのはだな。豚に似ているんだが
成長すると、普通の豚の3倍~4倍になる動物だな。
主に、食肉とされる。その肉は脂が乗っていて豚よりもやわらかくうまい。
街の特産になっている。気性も穏やかで、体も大きくなることから
畑を耕すために飼われることもあるし、荷物を運ぶのに使われることもあるな。
ムイムイ祭りは、育てた自慢のムイムイを見せるための祭りだな。
終わったら、食うんだけどな」
「へぇ……おいしいんですか」
「師匠、俺食べてみたい!」
アルトは、おいしいというところに興味を持ったらしい。
俺は、馬を止めて後ろを振り返り荷馬車につんである荷物の黒い布を
どけるようにアルトに告げる。
アルトは、俺に言われた通りに布を取った。
暗いところから、いきなり明るくなったから少し驚いたのか
かごに入っていたムイムイが、あわてて起き上がった。
「それが、ムイムイだ。まだ子供だけどな」
かごの中で、ムイムイが『ムイー』っと鳴いた。
生後1ヶ月ほどのムイムイを、アルトがじっと見つめている。
見つめられているムイムイは少しおびえていた。
セツナは、『ファッションピンクだ……』といっていたが
ファッションピンクとはなんだろうか。
アルトが、ムイムイの鼻を指でつついていた。
セツナはアルトとムイムイを、眺めている。
俺は、2人に声を掛けてから馬に進むように指示を出す。
アルトは、ムイムイに夢中なようで果物が好きだと教えたら
自分のカバンから、林檎を取り出して少し切り取り
ムイムイに上げてもいいかと聞いてきた。
「ああ、りんごは好物だから喜ぶよ」
そんな会話をしてから、ずいぶんたつんだが……。
荷台から、『ムイ』『ムーイ』『ムイ』『ムーイ』という
ムイムイの声がずっと聞こえている。
ムイムイは、アルトからまだ林檎をもらえていないらしい。
セツナが、少し苦笑しながらアルトに声を掛けた。
「アルト、ムイムイが可哀想だよ?」
そんなセツナに、アルトが少し興奮した声で
何かきがついたことを、セツナに話そうとしていた。
「師匠! 俺気がついたんだ!」
アルトがそういって、セツナに見ててねっと言った。
俺も何に気がついたのか気になり、馬をとめる。
「俺が林檎を右にやると……」「ムイ」
「左にやると……」「ムーイ」
そういって、林檎を右、左と動かしていた。
アルトの手が動くたびに、「ムイ」「ムーイ」「ムイ」「ムーイ」
と鳴いている。
どうやらアルトは、ムイムイを観察していたようだ。
「右の時と、左の時と鳴き方が違うんだ!」
「……」
「……」
俺がチラリとセツナを見ると、セツナと視線があった。
アルトの手はまだ左右に動いていた。
これがきっと、穏やかな時間というんだろう。
やっとアルトに、林檎をもらえたムイムイと
ムイムイに林檎を上げたアルトが、大人しくなったと思ったら
1人と一匹は、疲れたように眠っている。
セツナに視線をやると、眼鏡の奥の瞳が優しくアルトを見ていた。
最初見た感じは、とても冷たそうにみえたのだが……。
「アルト君とは、どうやって知り合ったんだ?」
俺のこの一言から、セツナとアルトの出会いを知り。
彼らが、なぜ一緒に旅をしているのかを知った。
そして一番気になっていたことを、セツナにたずねた。
「……獣人の子供を、弟子にすることに抵抗はなかったのか?」
「……葛藤はありました」
「抵抗ではなく?」
「はい。そのときの僕はまだ冒険者になったばかりで
生活の基盤を作っている最中だったんです。
そんな状態なのに、弟子を取ってちゃんと責任が取れるのか
自信がなかった」
「獣人というところは、気にならなかったのか?」
「別に、人間であっても獣人であっても子供は子供ですよね?
そんなことは、問題ではないでしょう」
はっきりと、そういいきってしまうセツナに
俺は衝撃を受けた。
「でも……そうですね。
ここまで、人間と獣人の確執が酷いとは思っていませんでした」
「……後悔しているか?」
「いいえ、僕はアルトがいてくれてよかったと思っています」
彼の目が、ふっと和む。
その表情は、彼が本当のことを語っているとつげていた。
「自信がなかったのに、弟子にしたのはなぜなんだ?」
「理由は色々あるんですが、今から思うと
アルトが僕を選んでくれたからだと思います」
「え?」
「アルトが、僕と一緒にいたいと
言わなければ、僕は弟子にはしなかった」
「……」
「人間に酷い扱いを受けながらも
人間である僕と一緒に居たいと言ってくれた……。
だから、僕はアルトと一緒に歩こうと決めたんです。
アルトの、笑った顔を見てみたいと思ったんですよ」
「……そうか……」
「はい」
俺はそれ以上、何もいえなかった。
俺も獣人であるとか、人間であるとかには拘ってはいなかった。
だから、この仕事に就いた。
だけど……彼とセツナと同じことができるかと問われれば
俺には、無理だ……。弟子にはできない。
一時的なら、今までも預かったことはある。
だけど……一生、その子の人生を背負えるかと言われれば
背負えない……。
誰でもそうだろう?
子供の世話なんて、同族であっても、大変なのに
種族が違えば、余計なわずらわしいものが付きまとうのだ。
俺が、セツナを疑ったようなことが日常的についてくる。
言われもない中傷をうけることも、増える……。
それを一生繰り返すのかと考えたら、きっと俺は……手を離す。
何とかしたい。どうにかしてやりたいと思っても。
俺は、セツナと同じ事はできない。
「……」
少なからず、落ち込んでいる俺に
「ルーハスさんは、獣人保護協会の人ですよね?」
「……知っていたのか?」
「多分そうではないかと、思っただけですが」
「どうしてそう思った?」
「アルトと話しながらも、アルトの言動を
注意深く観察していたようですから」
「ああ……たまに、精神を操る魔法を掛けられている
子供がいるからな」
魔法で精神を縛られた子供は、受け答えはできても
感情を表に出すことができない。
「さすがに……黙れといわれたのは
初めての経験だが…… 」
「すいません」
困ったように、謝るセツナに気にしなくていいとつげる。
「でも、アルトを心配してくださって
ありがとうございました」
本当に心から、お礼を言われているのを感じて
俺は、救われた気がした。
俺の仕事も、俺のやっていることも……間違いではないんだと。
なぜか、救われた気がした……。だが……。
「ルーハスさん、あの、ポーズは誰が考えたんですか?」
という言葉に、俺はうなだれることしかできなかった。
ガタガタと音を立てながら、荷馬車が進んでいく。
空が赤く染まるころ、俺たちは街についたのだった。
読んでいただきありがとうございました。