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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リコリス : 再会 』
68/117

『 黒の短剣 』

* ビート視点

 しとしとと降る雨の音を聞きながら

1人、お酒を飲んでいた。アルトが寝てから飲む癖が

完全についてしまっている……。


食事時にも、飲む時はあるけれど

最近お酒を飲みだすと、アルトが眉間にしわを寄せる為に

余り飲まないようにしていた。お酒の匂いが嫌いなのかと

思っていたのに。まさか、エイクさんの仕業だったとは……。


溜息しか出ない。本当、アルトは素直すぎる……。

この分では、僕の居ない所で誰に何を言われているのか

わかったものじゃない!


もう一度溜息をつき、グラスに入れた"蒼の煌き"を口に含んだ。

"蒼の輝き"は狼の村の酒。"蒼の煌き"は青狼の村のお酒だ。

蒼の煌きのほうは、輝きよりかは度数が低いが、やはり人間には

きついのだから飲みすぎるなと、エイクさんに言われた。


アギトさんから試しを受けた時の、アルトの怯えた表情を見て

ラギさんがアルトに怒ったときの事を思い出した。

あの時のラギさんは、本気で怒っていたから。

何時も優しいラギさんしか知らなかったアルトには、相当堪えたと思う。


蒼の煌きを飲みながら、ラギさんが今居ればと感じる。

アルトは……貴方の言葉を胸に刻んでいますと……伝えたい。

そして、彼の故郷でもあるお酒を一緒に飲めたなら……。


色々な事を思い出しながら飲んでいたけれど

人の気配を感じて、思考を中断させた。


「起こしてしまいましたか?」


僕の後ろから、気配を消して近づいてきた人物へと声をかける。


「驚かそうと思ったんだが」


アギトさんが笑いながら、僕の近くへ来て腰を下ろす。


「本気で隠すつもりなどなかったでしょう?」


「どうかな。セツナ君こそ眠らなくていいのかい?」


「この時間は大体こんな感じで飲んでます」


「アルト君に飲むなといわれてなかったか?」


「出来れば、黙っていてもらえると嬉しいのですが」


「どうしようか……」


僕は鞄からもう1つグラスを出して、酒を注ぎ

アギトさんの前へ置いた。


「口止め料として、一緒に飲んでください」


「くくくっ……」


アギトさんが楽しそうに、口元に拳を当て静かに笑う。


その時、魔法が発動する気配を感じ、アギトさんにきがつかれないように

鞄からおつまみを出す振りをして、そっと視線を動かした。


すると、テントの隙間からサーラさんが覗いており、僕と視線があうと

驚いた表情を一瞬浮かべた後、手を胸の辺りで組み「黙っていて」と

口を動かす。それは、悪戯とか興味本位の盗み聞きとかそんな感じではなく

何処か切羽詰ったような視線。時折、アギトさんを見る瞳の奥に

不安定な色を見せていたサーラさん。


あの目には覚えがある。母が父を心配していた時に見せていた表情だ。

何か心配なことがあるらしい。 幸いアギトさんは気がついていないようだ。

僕はサーラさんから視線を外し俯いて、わからないように魔法を使う。


これでサーラさんの気配はアギトさんには届かない。

もう一度サーラさんに視線を向けると、「ありがとう」と口を動かした。


鞄からおつまみを出し、僕とアギトさんの中間あたりへと置く。

僕のグラスに、アギトさんが酒を注いでくれグラスをカチリと合わせた。


そして、グラスの中身を勢いよく口に入れたアギトさんは

盛大にむせることになるのだった。





----




 それなりに話が弾み、そろそろ解散して寝ようという事になったのは

数時間前。この布の家の居心地がかなりよく。

複雑な気持ちを抱えていたにもかかわらず、すぐに眠りの底へと落ちて行った。

肉体的にも、精神的にも疲れがたまっていた事から何時もならば朝までは

目が覚めなかったはずだ。


な の に だっ!


「誰だ! 俺を踏みつけやがったのは!!」


「私ではない」


「俺っちでもない」


「じゃぁ誰なんだよ!?」


「夢でも見たんじゃないのか?」


兄貴が真面目に答える。


「夢で痛みが残るのかよ!!」


「取りあえず黙れ。今は夜中だ」


「く……」


俺は苛々を吐き出すように息を吐く。

そして、改めて兄貴達をみると母さんと扉の隙間から

外をうかがっていたのだった。


「なにやってんだ?」


3人が見ているものが気になり、俺も外をみる。

すると、親父とセツナが2人で話している姿が眼に映った。


「こんな時間に、なにやってんだ?」


「俺っちも今起きた」


「お前かっ! 俺を踏んだのは!」


「知らないっていってるっしょ」


「エリオ、ビート五月蝿い」


母さんのこの一言で、俺達の会話がピタリと止まる。

ちゃん付けがないという事は、かなり本気で言った言葉だ。

ここで逆らうと、悲惨な目にあうことが確定している。


「……」


「……」


「はぁ、目が覚めたから

 俺っちも、話しに入れてもらおう~」


そう言って逃げるように扉から出ようとした瞬間

鈍い音がなり、エリオが鼻を押さえて蹲った。


「うぐぐぐぐ……」


「エリオ……母さんは

 静かにしなさいといったわよね?」


親父から視線を外さずに、母さんがそう告げた。

どうやらここから出る事はできないようだ……。


母さんが何をしたいのかがわからないが

もう一度寝なおそうと、自分の場所へと戻りかけたとき

いやに鮮明に親父の声が響いたのだった。


あの距離で、ここまで綺麗に声が届く事はないはずだ。


「母さん?」


兄貴が尋ねる。


「多分……私のお願いを聞いて

 セツナ君が魔法をかけてくれたんだと思う」


「出れないようにしたのもセツっちかよ!」


「それは私」


「……」


「セツナ君は、私たちの気配をけして

 アギトちゃんが、気がつかないようにしてくれたんだと思う」


いまいち意味がわからないが、暫くはここに居る事に決めた。

どうせ……寝れないだろうし。


『では、口止め料に乾杯』


口止め料?


「兄っち、セツっちは親っちになにを口止めしたんだ?」


「アルトに酒を飲んでる事を言わない」


「あぁ~。セツっちアルっちに怒られてたもんな」


『ゴフっ』


酒を口に入れた瞬間、親父が盛大にむせた。

何をやってるんだ親父……。


『ゲホっ……』


『だ、大丈夫ですか!?』


『だ、だいじょう、ぶだ。

 だが……これ、は』


ゲホゲホと、咳き込む親父の背中をセツナが撫でている。

ようやく落ち着いたのか、目に涙をためてセツナを見ていた。


『セツナ君、この酒はなんだ?

 今まで飲んだ事がないほど、きついんだが……』


親父の言葉に、兄貴の目の色がかわりソワソワと動き出す。


『それは、サガーナの青狼の村のお酒です』


『え?』


『蒼の煌きっていうお酒ですよ。

 人間にはきついから、水で割れって言ってました』


そう言って鞄から皮袋を取り出し、親父のグラスに水を足した。

足されたグラスを傾け口に入れる親父。


『美味しいな……。すごく爽やかな味だね』


『美味しいですよね』


セツナは水で割らずにそのまま飲んでいる。

親父も酒飲みの部類にはいるんだが、セツナはその上を行くらしい。


『セツナ君は、アルト君を目の前において飲むべきだね』


『……』


セツナは黙ったまま返事をしなかった。


「母さん。私は父さんに用事が出来ました。

 ここを通してください」


兄貴がソワソワとしながら、母さんへと視線を向ける。

5人の中で、一番の酒飲みが兄貴だ。色々な国の酒を飲むのが趣味だ。

決して、料理が趣味というわけではない。


サガーナの村の酒なんて、絶対に出回る事などない。

この機会を逃せば、口に入る事はないだろう。

兄貴が暫く、母さんを見ていたが母さんは黙ったまま口を開かなかった。


「……」


兄貴は、肩を落として諦めた。


『青狼の村か……。

 人間は誰も入れないといわれる村なんだけどね。

 第一、サガーナの奥地の村に行こうとする人間が居ないんだが』


俺達も、サガーナに立ち寄る事はほとんどない。

人間が受ける依頼も、それほどないのが理由の1つでもある。


『僕も、青狼の村に入ったわけではないんです。

 お礼としていただきました』


『人間に非友好的な、獣人族の村の人達から

 お礼をもらえるほどの事をしてきたわけだな』


『……』


『アルト君が、先程言っていた事と関係があるんだね?』


『このお酒を出したのは、失敗でしたね』


『……』


無言の親父の圧力に負けたのか、セツナが諦めたように話す。


『狼の村の人達にとって

 大切な人の命を助ける手伝いをしてきただけです。

 僕は風使いですから』


『自身が倒れるほど、魔力を使ったのかい?』


『どうしても……治したかったので』


そう言って遠くを見つめるセツナ。


『余り無理はしないことだ。

 魔力が枯渇すると、命を落としてしまうのだから』


『はい』


親父はそれ以上尋ねる事はしなかった。


『しかし、アルト君は優秀だね。

 まさか……あの短剣を突き返されるとは思わなかった。

 エリオとビートは、迷うことなく受け取ったからね』


「……」


「……」


もういい加減、何年も前のことを言うのはやめて欲しい。


『あのノートも素晴らしいものだった。

 だが、まだ12歳。もう少し、ゆっくり学ばせても

 いいんじゃないかな?』


親父の言葉にセツナが苦く笑う。


『……アルトは……知識を求める事に貪欲です。

 何も逃したくないと、全てを覚えたいと言うように

 知識を求めている』


『……』


『まだ12歳。

 本当ならば、親元で甘えて過ごせる年頃なのは僕も知っています。

 だけど、何も与えられることなく過ごしてきたアルトは

 目に映るもの。手に触れるもの。全てが興味の対象で

 全身全霊で叫ぶように、学ぶ事が幸せだと表現されれば

 僕はとめるすべを持ちません。僕もアルトと同じだったから』


セツナの最後の言葉に、親父が息を呑んだ。

セツナがどうやって暮らしてきたのかは知らない。

だが……今の言葉から、余り恵まれた環境じゃなかったんだろう。


『僕には、アルトの気持ちが痛いほどわかる。

 だから僕は、アルトのやりたい事に口を出す事はしないと決めました』


『すまない。口を出すべきことじゃなかったな』


『いえ』


セツナが親父のグラスに酒を入れ、水を足す。

そして自分のグラスには酒をそのまま入れた。

2人とも静かにグラスを傾け、雨の音だけがやけに大きく響いていた。


ふっと溜息をついて、親父が目を細める。


『私は……』


親父が何かを言いかけるが途中で口を閉じる。

そんな親父に、セツナは何も言わずただ黙って座っていた。


俺なら、親父に何を言いかけたんだと五月蝿く聞いていたはずだ。

あいつは気にならないんだろうか?


ふと、母さんをみると真剣な表情で親父を一心に見つめていた。

そんな母さんの様子に、兄貴もエリオも首をかしげている。


『私は、冒険者をやめようかと思っていたんだよ』


親父の言葉に、母さんが顔色をなくし小さく「やっぱり」と呟いた。

親父の言葉と母さんの呟き。頭の中で理解するのに時間がかかった。

兄貴もエリオも蒼白な顔をして親父を見つめている。


セツナは何も言わない。親父も黙ったまま何も語らない。

親父の考えていることがわからなくて、外に出て問い詰めようとするが

母さんの結界が邪魔をする。


「ここをあけろ! 俺が親父に聞いてやる!」


「ビート。私は五月蝿いと言わなかった?」


「そんな事言ってる場合じゃないだろう!」


「五月蝿いといったのよ!」


母さんが短く詠唱し、気がついたら俺の体は拘束されて動けなくされていた。

それでも、文句を言おうと母さんを見て言葉が詰まる。


母さんが泣いていたから……。

俺達から視線を外し、また親父を見る。


『そうなんですか?』


『そうなんだよ』


『そうですか』


「……」


何故そうですかなんだ。

何故止めないんだ!

普通止めるだろう!


あいつにとっては所詮他人事だからか?

食い縛った歯から、嫌な音が漏れる。


『普通止めないか?』


そう言って親父が笑った。


『僕は、黒に意見できるほどの人間じゃないので。

 黒の責任も、苦労も。最強である事の孤独も、苦しみも

 何も知らない僕は、かける言葉を持ちません』


『……』


『黒であるが故に、冒険者を辞める

 そう決断したのなら……止める事が出来るのは』


最強である事の孤独?

黒であるが故に?


『それができるのは、アギトさんと同じ "黒"の人達だけじゃないでしょうか

 僕は、アギトさんの話を聞く事ぐらいしか出来ない。

 それに、もう辞める気はないんでしょう?』


『君は……』


親父が淡く笑った。

セツナが鞄から新しい酒の瓶を取り出す。


『これは、狼の村の蒼の輝き。蒼の煌きよりも

 度数がつよいのですが、同じぐらい美味しいお酒です』


そういって、さっさと栓をぬき

親父と自分のグラスに入れた。親父は水割りで。


『セツナ君……』


『アルトには内緒ですよ?

 アギトさんも、一緒に飲んでるんですから。

 アルトはあれで、怒ると怖いんですよ……』


『せめて、水で割ったらどうだい?』


『水で割ると薄くなるでしょう……』


『薄くしてるんだろう?』


セツナは渋々、自分のグラスに水を足した。

その様子に、親父が笑う。


『そういうところは、18に見えるんだけどな』


『どういう意味ですか』


親父はそれには答えずにまた笑う。

セツナは、軽く肩をすくめた。


『ここからは、セツナ。君の率直な意見を聞きたい』


『アギトさんがそう望むなら』


迷うことなくセツナは親父に返事を返す。

それに満足したように、親父は頷いたのだった。


『私は。自分の力が衰えたんじゃないかと思っていた

 実際、長年の親友だった奴にもそう言われた』


『魔物のことですか?』


『そうだ。私以外、誰も魔物は強くなっていないといった。

 ギルド本部へ問い合わせ、他の黒に尋ねても同じ答えだった。

 ギルドのメンバーに話しても同じ。家族に聞いても、答えは

 私の気のせいだというのが2人。わからないと答えたものが2人だ』


『誰がどの答えを言ったのかは、想像がつきますね』


『わからないと答えた2人は、私を信じるといってくれたけどね』


そう言って2人で笑う。

親父を追い詰めたのは、俺達だったんだろうか……。

後悔が胸の中に広がる。


『だから、私の腕が落ちたんだと思った。

 ああ、ここが冒険者としての潮時かもしれないとね』


『今の状態のアギトさんが

 冒険者を辞めなければいけないのなら

 ほとんどの人が辞めないといけないですね。

 アギトさんは、ギルドを潰したいんですか?

 大体……アギトさんの内包している魔力は、結構大きいですよね?

 衰えるには、早すぎると思います』


『くくくっ……』


『笑い事ではないと思いますけど』


『そんな時に、君達にあった。

 そしてあの戦いを見た。久しぶりに胸が躍った。

 あぁ……もっと戦いたい、とね?』


母さんが不安そうに親父を見つめる。


『大体見ていたなら、手を貸してくれてもよかったのでは?』


『手を貸そうとしたら、セツナがアルトに魔物を倒せといっていたからな

 どうやって倒すのか、興味のほうが強かった』


『次回から、見物料を取りますよ』


『あははは、払っても見る価値はありそうだ』


親父は黒として話している。

セツナも今までと何処か違った。


親父は……俺達にこういった話をした事がない。

俺達には、親父の相談にのれるだけのものがないのだと気がついた。

親父と同じ位置に立っていない俺達は何も力になれないのだと

気がつかされた。


長年の親友だった、ドグさんですら親父と同じものを見れなかったんだ。


あいつが最初に言っていた。最強である事の孤独。

その意味がわかる。親父と対等に話が出来る存在は少ないのだと。

そして、セツナはその中の1人となれる存在なんだと

そんな中、チーム月光の中で母さんと兄貴だけが親父の味方だったんだ。

俺は黒の息子なのに……。


情けなくて、悔しくて……セツナが憎かった。

家族である俺達よりも、親父がセツナを選んだ事が苦しかった。

俺も……あの場所へ行きたい。


俺が今……黒だったならば。


『アギトさんの、親友だった人が

 チームを抜けたんですか?』


『ああ……そうだ』


『親友だった人に、今まで共に戦ってきた人に

 そう告げられると、迷いも生じるんじゃないかと思います。

 黒に問い合わせて、返ってきた答えが "否"ならばなおさら』


『……誰もが気のせいだといい、私が迷っていた事に対して

 君は断定したんだ。ビートに気のせいだろうといわれても

 君は揺るぎもしなかった。それはアルトも同じだろう』


『僕達は2人しかいませんからね。

 慎重にならざるを得ません』


『アルトのノートを見せてもらって、どうして他の黒が

 気がつかなかったのか、その理由はわかったけどね』


『アギトさん以外の黒の方は、ガーディル側には居ないんですね』


『そうだ。問い合わせた時の状況は

 2人は北側に、もう2人はリシアに居た』


『それなら気がつきませんね。

 同じ魔物でも、地域によって違ってくるようですから』


『アルトのノートは、本当によく書けていた』


あのノートを見ただけで、親父はその理由を見つけたのか。

俺は何も気がつかなかった。


「兄貴、アルトのノートを見てそこまで気がついたか?」


「お前……気がつかなかったのか?」


「……」


「エリオ……お前は気がついただろうな?」


「……」


兄貴の問いに、エリオは黙ったままだった。


「ただ、見るだけなら誰にだって出来るだろう。

 お前たちは、もっと深く物事を見るべきだ」


エリオだけではなく、俺も何も言い返すことが出来なかった。

兄貴は、深く溜息をついた。


親父とセツナの会話は続いている。

兄貴の溜息を聞かなかった事にして、2人の会話に耳を向けた。


『私は、セツナはともかく

 アルトも気がついていたというのが驚きでね』


『あれは、訓練の一環で気がついたことですから』


『訓練?』


『ええ。最小限の力で倒す訓練ですね』


『何故そんな事を?』


『目的は2つ。魔物の力を見極める。

 魔物と自分を比べて、勝てるか勝てないかを判断する為と

 力の使い方……制御の仕方という所ですね』


『ほう……』


『1つ目の目的は、もちろん自分の命を守るための訓練です』


『そうだな』


『2つ目の目的は、魔物をギリギリ倒せるだけの力で、魔物を倒すことで

 力の配分と制御。後は……余計な動きを省いて、体力の温存を学ぶ。

 そんな所でしょうか』


『……』


『強さが1の魔物を倒すのに、2あれば倒せる所を

 5も6も使って倒すのは、無駄でしょう?

 数が多くなると無駄な力を使う分、それだけで

 体力が削られていく。そこに突発的な事故が加わると

 生き残る可能性が少なくなってしまう』


『まだ12歳だろう?』


『でも冒険者です。僕となんら変わりはない。

 命をかけているのは同じです』


「……」


「……」


俺も、そしてエリオも言葉が出ない。

俺はそんな事を意識した事はなかった。

俺達とあいつの差は、どれ程深いんだろうか。

そう考え、気持ちが沈んだ。


もちろん力の配分は出来る。

持っている力の全てで戦うわけじゃない。

体力の温存は、親父に叩き込まれていたから。

得意な方だ。持久力もある。


それでもまだ、あいつは足りないといっている。

それだけでは、駄目なのだと……。

微妙な加減を見極めないといけないのだと言っている。


俺達は、一撃で倒せたら喜び仲間と笑い。

倒せなければ、止めを刺していただけだった。

なぜ、一撃で倒せなかったのかを考える事はなかった。

アルトは、倒せなかった時の理由と反省点をノートに書いていた。


『初めは、最初から最低限の力で向かっていって

 反撃にあったり、噛み付かれたりしてましたが……』


『命に関わったらどうするつもりだ』


『アルトのランクから考えて、倒せる範囲のことです。

 それ以上なら、ドラジアを倒した時のように連携をとります。

 それに、危険そうだと感じたら、アルトの体に結界を重ねますから

 噛み付かれたとしても、傷は残りません。

 僕がアルトの戦いに手を出したのは、最初の数回だけです』


『……』


『何度か同じ間違いを繰り返した後

 徐々に込める力を減らしていく方法を、自分で考えていました』


『一撃で殺した魔物の力を覚えておいて

 次に同じ魔物に遭遇したら、それよりも少ない力で倒すという事かい?』


『そうです。

 魔物にも個体差はありますが、よほど大きさが違わない限り

 そう変わらないものが多いですから。同じ種類で大きさもほぼ同じなのに

 強さが違うという魔物も居て、悩んでいた事もありますけどね』


そう言ってセツナが笑う。


『セツナは、教えてやらないのか』


『僕はアルトが致命傷を負わないように

 見ているだけですね。手を出しても、補助程度です』


『……』


『最近では、1度的確にしとめた魔物は

 大体、一撃で殺していたんですが……』


『あぁ、なるほど。

 一撃では死ななくなったという事か』


『そうです。だから、アルトは気がついた。

 今なら、大体の強さがわかるようになっているので

 別の観点から、気がついたかもしれませんね』


『刃のすべりが違うといっていた事か?』


『ええ』


『すごいな……』


『アルトは努力家ですから。

 僕も負けていられませんが……』


『いや……アルトもだが

 セツナの教え方が意外でね』


『そうですか?』


『私よりも厳しい』


『必要な事なので』


『セツナはいつ気がついた』


『それなりに早い段階で気がつきました。

 理由はアルトと同じですね。今まで倒せていた魔力量で

 倒せなくなったので』


『私もまだまだだな』


親父はそういうと、グラスの中に入っていた酒を飲み干した。

そして懐から、柄も刀身も真黒の短剣を取りだし。

そしてそれをセツナへと向けて、受け取るように促す。


『セツナ。黒になれ』


『全力でお断りさせていただきます』


『私は本気だ。セツナ、黒に来い』


親父の言動が信じられなかった。

あの目は本気だ。親父は本気でセツナを黒に上げようとしている。


『今の僕に、黒は重過ぎます。

 白も黒も、依頼を続けただけでなれるものではないでしょう?』


あいつの言っている意味がわからない。

俺もエリオも、首を傾げてセツナを見るが

兄貴だけが、目を細めて2人を見ていた。


『知っていたのか』


親父は、口元だけを緩めて笑う。


『冒険者の数に対して、白と黒の数が少なすぎます。

 どう努力しても、赤まで。それ以上はギルドマスターか

 ギルド本部の幹部、そして今日知りましたが

 黒の権限でしか、白以上にはなれないんですね』


『今は特に少ないな。後継が育ちきっていないのに

 引退するものが増えてね。後半年もすれば

 白に上がってくる奴らが複数人いるからもう少し増えるだろう。

 黒はともかく。他のランクにも優秀な人材が確認されているしな。

 その中でも、クリスとセツナは一番期待されているな』


『そうなんですか』


親父が頷き、楽しそうにセツナに問う。


『セツナは、何時気がついた?』


『そうですね……。

 ギルドの説明を受けたときでしょうか』


『基本ポイントとボーナスポイントの説明でか?』


『そうです』


『そう。セツナの考えている通りだ。

 あれは、白にあげない為のものだから』


親父の説明がわからない。

どういうことだ。


「兄貴……どういう意味だ?

 親父は何を言っているんだ?」


「……」


兄貴は何も答えない。


『白になるにも、黒になるにもそれなりの資質がいる。

 赤までは、依頼を積み重ねればなれるランクに設定されているが

 それ以上は、様々な……そう。アルトが言っていた知識や礼儀作法

 判断力や交渉能力、情報収集能力など……挙げていくと

 きりがないが……。そういったものが求められる』


『赤のランクの依頼で、その資質の見極めがされるんですね。

 依頼と称した名前の試しを、知らないうちに受けさせられる』


『……』


『資質に見合わないものは、裏工作により依頼失敗とされて

 ランクが落ちる。こんな所ですか?』


『依頼を失敗し、そこで学び、向上する人間は白へと上がる。

 だが、失敗の理由を考えもせず何度も同じ間違いをする人間は

 諦めて挫折するものが多い。後一歩という所で、紫まで落とされるからね』


『ギルドマスターの匙加減1つという事ですか』


『そうだ。だから、ギルドマスターは

 白以上のランクでないとなれない』


『……』


『君は、何処でそこまでの情報集めた』


『なんとなく。そうじゃないかと』


『セツナも、アルトも優秀だな。

 ギルドはひとつの組織。

 干渉してくる国は結構多くてね。

 そこまではいかなくても、ギルドの情報や道具は

 魅力的に映るらしい。便利なものが多いから当然といえば当然だが』


『……』


『浅はかな者に、白と黒はやれない。

 国の王と対峙して、渡り合えるぐらいでなければ。

 今のままではエリオとビートは、白になれないだろうな。

 黒になるなど夢のまた夢だろう』


俺もエリオも……親父を凝視する事しか出来ない。

初めて知った真実に、目の前が暗くなる……。


『これから努力すれば、

 なれる可能性は秘めてはいるけどね。

 私とサーラの子供だから』


『……』


『話を戻そう。どうして黒になる事を拒む?

 黒の権限は、それなり便利なものだと思うが?』


『権限を与えられるからには

 それなりに責任も求められるでしょう?』


『確かに。だけど、それ以上に恩恵はあると思うよ』


『裏工作などに関わりたくはないんですが』


『私達が、そういうことに関わる事はない』


『そうなんですか?』


『そうだ。そういうのは……』


『いえ、結構です。聞きたくはありません』


『くくっ……残念』


『……』


セツナは大きく溜息を吐く。


『どうして僕をそこまで黒に上げたがるんですか?』


『黒の資質の持ち主は、中々いなくてね』


『僕にとっては、激しく迷惑な理由ですね』


『黒になる事を断られるとは、考えなかった』


『黒の制約も、黒の権限も

 今の僕にとっては、いらないものでしかない』


いらないと言い切るセツナに、怒りが沸く。

どれ程努力しても、なれない人間がいるのだ……。

黒という最強に、どれだけの人間が手を伸ばしているのか

あいつは知らないのか……?


『黒であるが故に、冒険者を辞める。

 それほど、黒の制約は重いものだ。違いますか?』


『違わないな』


『黒は最強でいなければいけない。

 だから、1度受けた依頼は取り消せない。

 それが、命を失う依頼だとしても』


思わず母さんを見る。


「そうなのか……?

 母さん。命を失うとわかっていても

 依頼を取り消す事が出来ないのか!?」


「……そうよ」


「……」


「黒であるというのはそういうことよ。

 最強を名乗るという事は、引けないということなのよ。

 だから、様々な権限が与えられているの。

 軽々しく受け取れるものではないのよ。

 1つ間違えれば、その先に道はないのだから……」


依頼を取り消せない事は知っていた。

だけど……命を失うとわかっていて破棄出来ないとは思わなかった。


『黒はランクも下がらない。

 だけど、黒の矜持が胸に咲いている限り

 無難な依頼だけをこなす事はできない。

 最後まで戦って死ぬか、引退を選ぶかどちらかしかない』


『そうだな。

 戦って死ぬか……緩慢な死を選ぶか……』


親父の言葉に、母さんの体が震える。


『アギトさんは、家族思いなんですね』


親父がピタリと黙り込む。

そして怖いぐらい真剣にセツナを見た。

セツナも親父から視線を外さない。


『……』


『本当ならば、腕が衰え始めたと感じたのなら

 強いものと戦って死にたいでしょうに……』


「なっ……」


セツナの言葉に、母さんがぎゅっと拳を握る。

それを見て、母さんが盗み聞きをしている理由を知った。


『どうしてそう思った』


今までとは違う低い声。


『同じ事を言われた事がありましたから。

 その人もとても強い人でした。そしてこう聞かれた。

 私が、戦って殺して欲しいと願ったとしていたら。

 僕はどうしたのかと』


一瞬も2人の視線が外れる事はない。

そこにある空気は、静かだが……何処か緊張をはらんでいた。


『君はなんと答えた?』


『それが貴方の願いなら。僕はそれを叶えていたと』


『……』


『僕は、本当にそう願われていたら迷わないでしょうから』


「……」


「セツっちは……あんな目もするんだな」


エリオがかすれた声でそう告げる。

2人が作り出す空気に、息苦しさを覚える。


『殺してあげたのか?』


『いいえ。僕の気持ちを大切にしてくれました』


『そうか』


親父は安堵したように、息を吐き出した。

そして、セツナから視線を外し空を仰ぐ。


『アギトさんの、冒険者をやめるということが

 命の終わりを意味しない事を、僕は願います』


『……まいったな。

 そう考えたのは一瞬だけだよ?』


『サーラさんを、悩ませるほどの長さを一瞬というんですか?』


『え?』


セツナの言葉に、母さんの肩が揺れた。


『サーラさんは、きっとアギトさんの心のうちを知っています』


『……』


『妊婦さんなんですから

 余り精神的に、負担をかけるようなことを

 しないほうがいいかと思います』


『そうだな……。男というものはどうしようもない生き物だ。

 私は戦う事が好きで、戦う事が生きがいだ。だから……

 セツナに、殺せるかと問うた人の気持ちが痛いほどわかる。

 私に家族がなかったなら……きっと私は戦って死んでいただろう』


僕にはまだわかりませんね、といったセツナに

親父が、わからなくてもいいだろうと答える。

そんな親父に、セツナがあくどいと思われるような笑みを浮かべて言った。


『しっかり働いて、しっかり稼いでください。

 そうでないと、将来……臭いお父さんなんて最低!! 大嫌い!

 といわれて、嫌われますよ?』


『どうしてそこで、臭いがつくんだ!?』


『なんとなく?』


『酷いな……娘にそんな所を見せるわけがないだろう?

 世界で一番素敵なお父様、って言わせるに決まっている!』


『……そうですか。

 せいぜい頑張ってください』


今から、親ばかを発揮している親父を見て

母さんが、「よかった……」と小さく呟いた。

握り締めていた手を開き、顔に当てる。

その背中を、兄貴がゆっくりと撫でていた。


『僕は、その短剣を受け取る事はできません。

 僕は僕で忙しいんです』


『そうなのか? 私にはそう見えないが』


『僕は今、子育てに必死なので』


『子育て?』


『そうです、子育てです。いきなり落ち込んだと思ったら

 黒にもなりたいけど、食べる人にもなりたいという。

 大体、食べる人ってどういう仕事なんでしょうか……』


途方に暮れたように、セツナが肩を落とす。


『……くく……』


誰の事を指しているかは、言わなくてもわかる。

食べる人……。

そんな仕事はないだろう。


母さんは器用に、涙を落としながら笑っている。

その顔は穏やかだ。


『挙句の果てに、魔物に自分が釣りかけている魚を

 食べられたからといって、いきなり湖に飛び込み

 自分が餌になりかけている……』


『ぶはっ……』


『僕は子育てが初めてなので

 他に時間を割いている、余裕がないんです』


『あは……あははははは!

 あはははははははははははは!!』


親父が腹を抱えて笑い出す。


『黒を拒む理由が……子育てか!』


『……』


『あはははは、駄目だ。苦しいっ……』


笑う事を中々やめない親父。

セツナは眉間にしわを寄せながら酒を飲んでいた。

 

『アギトさんなら、理解してもらえるとおもうんですけどね』


『そうだな。私にも手のかかる息子達がいるからな』


『はぁ……。僕は時々育て方を間違ってないか不安になります』


『……くくく……』


『笑い事ではないんですが』


『すまない。すまない。

 私でよければ、いつでも相談に乗るよ?』


『はい……悩んだ時はお願いします』


『お願いされてあげよう』


笑いを収めた親父に、セツナが静かに話す。


『僕だって、いつかは黒になりたいと思っています。

 だけど、今はまだアルトと一緒に歩いていたい。

 申し訳ありません……』


セツナはそう告げ、深々と親父に頭を下げた。

その姿を見て、親父は懐へと黒の短剣をしまった。


『ゆっくり待つとしよう。

 セツナとアルトが、最強へ上がってくるのを』


『ありがとうございます』


その後は2人楽しそうに、話しながら酒を飲む。

母さんが、俺の拘束を解き結界を解除しても……俺もエリオも

そして兄貴さえも、あの2人のそばに行く事が出来なかった。


突きつけられた現実と、あの場所へ行く事が出来ない自分の不甲斐無さ。

親父の隣に立つ事が出来ない苛立ちと、セツナに対する嫉妬。

そしてそれ以上に、黒になるよりもアルトが大事だと言ったセツナの

揺ぎない言葉と態度が、頭にこびりついて離れなかった……。


俺がセツナの立場なら……迷わず短剣を手に取った。

両立できるか出来ないかではなく……自分の夢を叶える為に。

俺なら……アルトを捨てたかもしれない。


そんな自分がどうしようもなく、小さく思えて

親父達が焚き火の傍で、眠ってしまった後も中々眠れずにいたのだった。




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