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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リコリス : 再会 』

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『 月光と暁の風 』

* ビート視点

 顔合わせが終わり、同盟の件については話し合いもあるだろうから

ここでは尋ねなかった。アルトが外に行くというので、僕もついていく。


「アルト。初めて"黒"と会った感想は?」


アルトが目指す黒という存在。アギトさんに仲良くして欲しいと

言われた時に、緊張していたのか頷く事でしか返事していなかった。


「すごいと思った。師匠とじいちゃんのほうがすごいけど

 それでも、体からなんか……こう……あふれてる?」


アルトの伝えたいけど、どう伝えていいのかわからないという

様子を見て、軽く笑う。アルトが言いたい事はなんとなくわかる。


「アルトの言いたい事は、なんとなくわかるよ」


強い人が持つオーラというのか、自信というのか

そういうものを纏っているように、僕も初めてあったときに感じたから。


「アギトさん達とは仲良く出来そう?」


「サーラさんはちょと苦手だけど、多分大丈夫。

 俺の事変な目で見なかったし、師匠とのことも聞かれなかった」


尻尾を振って嬉しそうにそう告げる。

最近のアルトは、可愛いとかそういう言葉を拒絶するようになった。

これも成長の一つなんだろうなと思いながらも、可愛いと思ってしまうのは

仕方のない事だと思う。もう少し成長すれば、狼をみてかわいいよりは

かっこいいという言葉が出てくるようになると思うけど、今の段階では

やっぱり、可愛いが当てはまってしまうのだ。


「そうだね」


「それに、クリスさんは俺と一緒だって言ってくれたし!」


同じサブリーダーと言われたことが、本当に嬉しかったようだ。


「クリスさんのランクは何色なのかな?」


「確か白だったと思うよ」


「クリスさんも強いんだね」


「そうだね」


どうやら月光一家の中で、アルトの一番のお気に入りになったのは

クリスさんのようだ。どちらかというとアルトの性格上

エリオさんやビートと気があうように感じるのに。


そういえば、リペイドでもサイラスよりはジョルジュさん。

王妃様よりは王様になついていたような気がする。


ドラジアの前まで来て、あーでもないこーでもないと

2人で色々話しながら準備を進めていると、テントから出てきたアギトさん達が

近づいてくる。エリオさんが暗い表情を浮かべ、クリスさんやビートと

何かを話していた。サーラさんはなにやら楽しそうにはしゃいでいるようだ。


そんなに距離はないはずなんだけど、それなりに時間をかけ適度な距離を

保ちつつ僕達がすることを眺めていた。


途中会話がピタリと止まり、近づきたくない空気を纏っていたけど

なんだったんだろう? そして、紙をドラジアに乗せる段階になって

クリスさんが手伝いに入ってくれた。どうやら魚拓をとった事があるらしい。


アルトが、もうやってないのか尋ねた時のクリスさんの目を見る限り

余り深く尋ねない方がよさそうだと感じたのだった。





----



 全ての作業が終わったセツナ達に、俺達も近づく。

母さんは、これを2人で倒したの? と目を丸くしていたが

結果だけを見たら、誰でもそう思うに違いない。


「師匠、今日これ食べる?」


「明日でいいんじゃないかな?

 大体今日のご飯は、シチューがいいって言ったのアルトでしょう?」


「あー。そうだった」


セツナとアルトの会話に、布の家の前においてある

恐ろしいほど巨大な鍋の中身はシチューらしい。

うまそうな匂いがしてたけど、シチューの匂いではなかったような。


「じゃぁ、明日かな~。

 ここに置いといて大丈夫かな?」


「大丈夫じゃないかな。(ウィルキス)だし。

 あー、結界の外に出しておかないと痛むかな?」


そう言ってエリオが言っていたように、ものすごく短い詠唱をし

ドラジアを結界の外へと出した。雨には当たらないようにしているようだ。


その様子を見て、母さんがセツナに詰め寄り

両手を胸の前で組んでいた。あの体勢は……誰かに何かを頼む時の姿だ。

何を言うつもりだ母さん。


親父も兄貴達も、眉を寄せながら母さんをみている。


「セツナ君! この結界の構成を教えて欲しいの!!」


母さんの言葉に、俺以外の全員が母さんを鋭く呼んだ。


「サーラ!」


「母さん!」


「母っち!」


「母さんと呼びなさい、エリオ」


違う呼び方をしたエリオを睨み、すぐに訂正する。

エリオの話を聞いた今ならわかる。寒さを防ぐ。雨を防ぐ。

それが結界に組み込めるとなると、その構築式を欲しがる魔導師は

腐るほど居るはずだ。構築式を売ったらひと財産稼げるほどに。


俺には、何故今までなかったのかと不思議に思うが

エリオに言わせると、結界の構築式は改良されて完成系に近いから

手を加えるのは難しいのだといっていた。


それに、使える魔力の量は決まってるから

切羽詰って必要ではない部分に、時間をかける酔狂な魔導師はいないとも。

それなら、攻撃魔法の一つでも考えていた方がいいらしい。


『でも実際、使われている所を見て経験してみると

 いいものだって感じるね。体力も奪われないし……。

 ゆっくり休む事もできそうだし……』


エリオの言葉に、俺はただ頷いて返しただけだった。

きっと母さんもエリオと同じことを思ったのかもしれない。


母さんを嗜める視線を送る親父達に対して、セツナは何度か瞬きをして

母さんを見る。


「サーラ。君も魔導師だろう」


「だって……」


母さんがしょんぼりと肩を落とす。

母さんも、その言葉がどれ程無遠慮なことかはわかっているはずだ

わかっていて、口に出してしまほうど魅力的なものなんだろう。


「構築式? いいですよ」


「え?」


「はぁ?」


母さんとエリオが驚いたようにセツナを見る。


「セツナ君、サーラの言った事は忘れてくれていいから」


「どうして結界の構築式なのかがわかりませんが。

 サーラさんも使えるでしょう?」


「普通のしか使えないの。

 こんな快適な結界をみたのは、初めてだわ」


「あぁ、なるほど」


セツナが掌を上に向け、詠唱すると掌の上に

くるくると回りながら、魔法陣が浮き出る。


「これが、この結界の構築式になります。

 基本は普通の結界と同じです。そこに独自の記号。

 これが、寒さ対策。こっちが雨よけ。そして奥のが不可視。

 そして手前の記号が、音声遮断です」


母さんとエリオが、ガン見するようにセツナの掌を見ている。


「寒さ対策を削ると式はこうなります」


「……」


「音声遮断を削ると……」


そう言いながら次々と、魔法陣を切り替えていく。

母さんとエリオは一瞬も、魔法陣から目を離さない。

表情は真剣そのものだ。


親父と兄貴は呆然とそれを見ていた。


「詠唱はご自分で考えてくださいね。

 僕の詠唱では多分、発動しないでしょうから」


セツナの掌から魔法陣が消える。

なのに、母さんとエリオは視線をそこから外さない。


「……」


「……」


「サーラ?」


「おい、エリオ」


呼びかけられたからか、2人とも同時に体を揺らし

そして大きく息を吐いた。


「俺っち……こんな綺麗な構築式はじめてみた……」


「私も」


親父が、ぼんやりとしている2人から

セツナに少し厳しい視線を向けた。


「セツナ君。知り合いだからといって

 ここまでしてはだめだ。この魔法は、とても価値のあるものだと

 魔法を使わない私でもわかる。そう簡単に教えていいものではないだろう」


「今回だけ特別に。

 それに、この魔法は数年後違う魔導師にも教える予定のものですから」


「しかしね……」


「僕からのお祝いという事で、受け取ってください」


「お祝い?」


「新しい命が生まれるのは

 喜ばしい事ですよね」


そう言って笑うセツナ。

セツナの言葉に、親父は珍しく照れたように項垂れた。


「これからの季節。寒くなりしますし

 体を冷やすのはよくないですから」


どうやら、母さんの体のことを考えて教えてくれたらしい。


「はぁ……君にはかなわないな」


「僕も魔導師ですから

 戦闘魔法になると流石に、見せる事はできませんけどね」


「そ……」


親父が返事をする前に、母さんが親父を突き飛ばし

セツナの手をとって興奮したように話し出す。

セツナの手を上下に振って、せわしない。


「セツナ君! すごい、すごいよ。この構築式すごい!」


「サーラさん、跳ねちゃ駄目ですよ」


「すごい~」


すごいしか言わない母さんに、セツナは困ったように笑う。


「体を大切にして、可愛い女の子を産んでくださいね」


「ええ! 女の子を産むわ!」


セツナの爆弾発言に

母さん以外が一斉にセツナを凝視する。


「!?」


「え?」


「はぁ?」


「女?」


母さんがセツナの言葉に勢いで返事を返していたが

セツナの手を握ったままピタリと止まった。


「え? 女の子?」


その場に沈黙が落ち、アルトが退屈そうに

「くぁぁ……」っとあくびをする音が回りに響いた。


「ねぇ、セツナ君。女の子って本当?」


俺達の視線に、セツナがばつの悪そうな表情を作る。


「セツナ君、女の子っていうのは本当なのかい?」


親父が母さんに続いて、真剣にセツナに尋ねる。


「すいません。口が滑りました……。

 楽しみを一つ奪ってしまった」


後悔するようにそう告げるセツナ。


「女の子なんだね?」


「女の子なのね?」


確認するように、親父と母さんがセツナに詰め寄って確認をとる。

その剣幕に、セツナが顔を引きつらせながらうなづいた。


「アギトちゃん! 女の子よ!! 女の子!」


「サーラ……」


「やったわ……念願の女の子よぉぉぉ!!」


セツナの手をぺっと離し、親父の手を握る母さん。

おい……それは失礼だろう!


2人の世界に入ってしまった両親を、ぼんやりと見ているセツナに

我に返った兄貴が声をかける。


「落ち着きのない母で申し訳ない。

 セツナさん、罪悪感など感じなくていいですから。

 この2人の喜びようを見ればわかると思いますが……」


「あはは……女の子が欲しかったんですね」


「生まれたらどちらでもいいみたいだが。

 男が3人生まれた事で、女の子が欲しいと

 強く思うようになったんじゃないかな」


「そうですか……」


2人の世界に入っている両親を

セツナはなんとも言えないような目で眺めていたのだった。


「師匠。俺おなかすいた」


親父と母さんの空気を全く無視して、アルトがセツナに声をかける。


「そういえば、もうそんな時間だね」


「うん。ご飯食べよう」


「そうしようか」


アルトとセツナの会話に、俺も兄貴に今日の飯は何かと尋ねる。


「兄貴、俺達の飯はなんだ?」


「俺っちも腹減ったな~」


エリオもとりあえず、こちらへと戻ってきたようだ。


「パンと干し肉だが?」


「嘘だろ! ここで2日も過ごすんだから

 なんか作ってくれよ!」


「俺っちも、まともなものが食べたい」


俺とエリオの言葉に、兄貴がそれはそれは良い笑顔を浮かべながら

いきなり俺達の頭をつかんだ……。そして力を込めていく。


「痛い! 兄貴痛いっつーの!」


「いだだだだだだだ」


「誰のせいで、パンと干し肉になったと思っている……」


地を這うような低い声でそう告げる兄貴。


「……」


「……」


「お前達が、腹がすいたと勝手に食材を食ったんだろうが!」


「……」


「……」


「わかってるのか? 何か言う事があるだろう?」


「許してください」


「申し訳ありません」


こうなった兄貴に逆らうと、碌な事にならないため

素直に謝る。


「これからは、母さんの体調もあるんだ。

 勝手に食うな。もし食った場合……。

 どうなるか覚えておく事だ。わかったな?」


「はい。サブリーダー」


「了解です。クリス兄っち様」


ここまで言ってやっと頭が解放される。

兄貴の指の後がついてるんじゃないかと思って

握られた所をさする。エリオはしゃがみこんで頭を抱えていた。


「あは、あはははは」


突然聞こえてきた笑い声のほうへ視線を向けると

セツナが笑っている。こいつが声を出して笑うところを見たのは

初めてかもしれない。まぁ……前回はそんな雰囲気じゃなかったしな

俺が原因で。


セツナの声に、親父も驚いたようにセツナを見る。


「あははは。

 あー……すいません」


「いや……みっともないところをみせてしまった」


「いえ、こう……楽しそうだなっと」


「全く楽しくはないんだがな」


憮然と返事を返す兄貴に、セツナはまた少し笑った。


「家族が多いのは、僕からしたら羨ましいですよ」


セツナの言葉に、兄貴はただ苦笑を返すだけだった。

こいつに……家族が居ない事はみんな知っていた。

親の記憶もない事を。


「僕が作ったシチューでよければ、沢山ありますから

 一緒に食べませんか?」


「あの巨大なお鍋の中身?」


母さんが目を輝かせながら口を挟む。

どうやら、あの鍋が気になっていたようだ。

きっと、全員が気になっているに違いない。


「そこまで迷惑はかけれない。

 作ろうと思えば、適当に作れるだけの

 材料はまだあるから」


兄貴がやんわりと断る。


「クリスさん。一緒に食べよう?」


アルトが兄貴の腕を取って誘う。

困ったようにアルトを見る兄貴。


アルトの中で、兄貴の好感度は上昇中のようだ。

それを見て母さんが、「ずるい!」と呟いていた。


「しかし……」


兄貴が親父を見る。


「ありがたく、招待されようか。

 リシアについたら、私達にご馳走させてくれるという

 約束をしてくれるのなら」


セツナもアルトも、親父に頷き

一緒に食事を取ることになったのだった。


食器は何時も使っているものを馬車から運ぶ。

その間に、セツナはパンを切り分け新鮮な野菜を刻んで

大きな皿に盛り付けていた。


親父も母さんも何か手伝おうと声をかけていたが

やんわりと断られていた。それなりに準備が整い。


兄貴が人数分の食器をそれぞれに渡し

シチューを入れる皿だけを持って、セツナの傍へと行く。


セツナが巨大な鍋の蓋を取ってあけた瞬間。

とてつもなく良い匂いがあたりを支配するが……。


が!


そのシチューの色を見た瞬間

母以外の全員が、背中に嫌な汗を流した……に違いない。


兄貴を見ると、その顔色は悪い。

エリオを見ると、額に汗が浮いていた……。

親父の表情は変わっていないが、口元が引きつっている。


あの色は……。

母さんが作ったシチューと同じ色だった。


「まぁ。私もこのシチュー作るの得意よ」


母さんの言葉に、セツナが美味しいですよねと返す。

セツナ……お前もか。お前も壊滅的な料理の腕の持ち主か……。


兄貴から食器を一枚ずつ受け取り、シチューをいれていく。

器に入れられた山盛りのシチューの中には、肉が沢山入っていた。


中身が入った器を、アルトがこぼさない様に運んで

一人一人手渡してくれる。


「アルト君。ありがとう」


「アルト。ありがとうね~」


親父と母さんがにこやかに礼を言う。


「エリオさん?」


アルトがエリオに、器を渡そうとするが

エリオは、手が伸びないようだ。

その体は小刻みに震えている。


「エリオさん。大丈夫?」


器を凝視しているエリオに、アルトが心配そうに声をかける。


「あ? ああ。だいじょうぶ……」


そう言って受け取るが、心はここにあらずといった感じだ。

その気持ちは痛いほどわかりすぎる。


俺も貰い。兄貴はセツナから直接受け取り。

何時もの位置へと座った。セツナがアルトの分を渡したとき。

アルトの尻尾はせわしなく動いていた。


自分の分を適当に入れ、セツナが座ると目を閉じ神に糧を感謝するように祈る。

セツナとアルトが食べ始め、アルトが美味しい! と 一言言った後

夢中で食べ始めたのを、俺達は見ていた。


食べなければと思うのだが……シチューを掬ったところで手が止まる。

それは俺だけではなく、兄貴もエリオも同じだった。


「まぁまぁまぁ! 美味しいわ!」


一番最初に食べた母さんが喜びの声を上げた。

その様子を見て、親父が苦笑しよかったなと告げる。


口をつけない俺達を見て、セツナが申し訳なそうにこちらを見ていた。


「すいません。お口に合わなければ残してくださってかまいませんから」


セツナの言葉に、親父がキッとこちらを見て睨む。

セツナに見えないように口が動いた。「全て食え」

こんな所で……リーダーの命令を使うのかよ……親父。


意を決したように兄貴がシチューを口に運ぶ。

その体がビクッと動きとまる。


「兄貴?」


「兄っち?」


不自然な動きに、思わず声をかける。

兄貴は何も言わずにまた掬って食べる。

そして、一息ついてしみじみと感想を述べた。


「美味しい……。

 こんな美味しいシチューがあったのか……」


兄貴の呟くような感想に

エリオと視線を合わせて俺もシチューを口の中に入れる。


なんだこれ!?

なんだこれ!?


うまい! すげぇぇうまい!


「うまっ!」


エリオが叫ぶ。


「うまい!」


俺も思わず叫んだ。

俺達の様子に、セツナは安堵したように笑った。


「良かった。沢山あるので、遠慮せずに食べてくださいね」


セツナの声を遠い場所で聞き、食べる事に夢中になる。

色はともかく、野菜もスープも最高に美味い。

そして何よりも驚いたのが肉だ。こんな肉は食べたことがない。

美味すぎる……。


アルトが自分の分のおかわりを器に入れてから

俺達はどうするかと尋ねる。口の中に飯が入ってるから頷いて

器を渡すと、さっきと同じぐらいの量を入れてくれたのだった。


珍しく兄貴も、おかわりをもらい。

エリオに関しては、3杯目を食べていた。


エリオと俺以外は、2杯で満足したようだ。

最後まで食べていたのは、エリオとアルトで何杯食べたのかは

数えていない。まさかあの鍋の中身が全てなくなるとは……。


俺達と違い、セツナは最初の分しか食べていなかった。


「セツナ君。余り食べていなかったようだけど

 体調がわるいのかい?」


親父が心配そうに声をかける。


「いえ、僕の食事量は何時もこれぐらいです」


「本当に?」


「ええ」


「アルト君、セツナ君の言ってる事は本当?」


「うん。師匠は普段から余り食べない。

 でも、お酒は際限なく飲もうとするから見張っとけって言われた」


「えぇ!? 誰に!?」


そんな事は知らないといった感じで

セツナがアルトに、言葉を返す。


「エイクさん」


「……」


「師匠。お酒は飲みすぎるといけないって聞いた」


「……余計な事を言う」


セツナの本音が漏れる。


「体は大事だよね?」


「そうだね大事だね……気をつけるよ」


セツナの返事に満足したように頷いたアルトは

残っていたパンを口に詰めていたのだった。


肩を落としたセツナに、全員が笑う。


「セツナ、この肉は何の肉だ?」


また食べたいと思い、何の肉かを尋ねる。


「肉の味がとても濃厚だった」


兄貴も何の肉か知りたいようだ。


「俺っち、まだ食べれそう」


お前はもう食うなと、エリオは親父に睨まれている。


「フィガニウスのすじ肉です」


「……」


聞いた事あるような、ないような魔物の名前に一瞬首を傾げる。

どこかで聞いた事がある。何処で聞いたのかが思い出せない。


「フィガニウス?」


兄貴が少しかすれた声で、呟くように問い返した。


「ええ、フィガニウス」


「セツナ君……」


「セツナさん」


「セツっち……」


俺と母さん以外、唖然としたようにセツナを呼んだ。


「あー! 思い出したわ! 酒肴のおやじちゃんが血眼になって

 探していた魔物の名前ね! 確か5本の指に入るぐらいの美味い肉!

 幻のお肉、フィガニウス!」


「……」


母さんの言葉で俺も記憶の中から、その魔物の情報がよみがえる。


「ありえねぇだろ……」


そう口にするのが精一杯だった。

知らずに、幻の肉を食ったらしい……。


親父と兄貴は、セツナを質問攻めにしていた。

それもそうだろう。親父も見たことがない魔物らしいから

セツナはその1つ1つに丁寧に答えていく。


2人の剣幕に……多少引きながらではあるが。


「サガーナの奥か……私達が入るには、難しい場所だな」


セツナの話しに、突っ込みどころはそこじゃねぇだろと

思いながらも黙っていた。普通、弟子の為と言ってもそこまでしないだろ。

下手したら殺される……。


「そうですね。入れてもらうのは難しいと思います。

 僕もアルトがいて、特別に滞在を許可されたようなものですから」


「そうか……」


親父も兄貴も残念そうに肩を落とした。


「セツナ君も色々と大変だっただろう?」


「確かに、大変でしたが

 それなりに、面白くもありましたよ。

 アギトさんのほうが、大変だったんじゃないんですか?」


「ああ……知っていたのか」


「メンバーが抜けたという事しか、知りませんけどね」


話題が月光の話しになり、親父が今まであったことを話す。

俺にとっては気に入らない話題だ。


「そんな事があったんですか」


セツナは意外にも、親父が告げたこと以外

何も尋ねようとはしなかった。他の奴らは根掘り葉掘り

ほじくるように聞いてくる輩が多かったのに。


そして誰もが、気にも留めなかったことに対して返事を返した。


「最近の魔物は僕もおかしいと思います」


「……」


セツナの入れたお茶を飲みながら、それぞれが好きな事を考え

セツナと親父の会話を聞いていたと思う。それが、セツナの一言で

全員が意識をセツナに向けた。


セツナの言葉は断定。おかしいとはっきり言い切った。

その横で、アルトもセツナの入れたお茶を冷ましながら

コクコクと頷いている。


その様子に母さんが、アルトに声をかける。


「アルトも、魔物が強くなっていると感じたの?」


その声音はアルトの背伸びした様子が、微笑ましいといった感じのもので

アルトが魔物の強さを理解していると信じている様子はない。


俺も、ただ親父とセツナの会話に相槌をうっただけだろうと

思っていた。


「うん。強くなってる。

 刃の滑り方が違うんだ。今までなら一撃で殺せていた力で

 切り付けても死なない。ほんの少しの差だけど力を余分にまわさないと

 いけなくなった。だから、魔物は強くなってると思う」


母さんの問いに、よどみなくその理由を答えるアルト。

自然とアルトに視線が集中する。全員の視線を受けて不思議そうに

アルトが首をかしげた。


「アルトの言うとおり、今まで倒せていた力で

 魔物が倒せなくなっている。その理由はわかりませんが

 それがこの先続くようなら、色々と問題になってくるかもしれません」


「気のせいじゃないのか?」


思わず俺はそう口にしてしまう。


「全ての魔物がというわけではないので

 戦った魔物が、そうでない場合は気がつかないと思います」


「……」


「アルトがその辺りを記録していたよね?」


セツナがアルトのほうを向く。


「うん」


「記録? 見せてもらってもいいかい?」


「いいよ」


アルトは快く頷いて、鞄から一冊のノートを取り出し親父に渡す。

今居る場所から親父の方へと移動して、後ろからノートを覗く。

そこには色々なことが書き記されていた。


魔物の絵と、倒した日。魔物の特徴と弱点。

売れる部位と貴重な部位。その部位が何に使われるのかとか

倒した時の手ごたえと、その時の自分の状況と反省点。

そして、前回倒した時との違いも書かれていた。


前回とどう手ごたえが違うのか、そういったことが

拙いながらも丁寧に記載されている。


そして重要とかかれたところには

美味しかった。まずかった。臭かった。

生ゴミの味とか……。もう一度食べたいとか書かれてある。


これが一番重要なのか? と首を傾げたくなるが

赤色で書かれているからには、アルトにとっては重要なんだろう。

母さんが肩を震わせている事から、笑いをこらえているのは見て取れる。


親父も兄貴も、最後の重要の項目を眼に入れたときだけは

目元が緩んでいた。頁をゆっくりとめくり全てに目を通してからノートを閉じる。


「すごいな……。

 ここまでの記録は、なかなかとるのは難しい」


そう言ってアルトにノートを返す親父。

親父に褒められたアルトは、耳を寝かせ尻尾を振っていた。


「セツナ君に言われたのかい?」


「うーん。師匠は何もいわないけど

 黒になるには、どうしたらいいか一緒に考えた時に

 師匠が、取りあえず、知識と礼儀作法が必要だって言ったんだ」


「ほう。アルト君は黒を目指しているのか」


「うん。強くなるって決めたんだ!」


強くなりたいではなく、強くなる。

その言葉に込められたアルトの意思に、熱いものを感じた。


「師匠から、黒は人の上に立つ存在で

 他の冒険者のお手本になる存在だって。

 だから、色々な事を知っておかなきゃいけないって。

 だから俺、もっと勉強していろんなことを知ろうと思ったんだ」


「そうか」


「魔物の弱点にしても、知っておかなければ

 指揮する立場になったとき、その人たちの命を守れないって。

 だから、忘れないように記録していくことに決めた」


真直ぐに親父を見つめて、自分の考えを述べるアルト。


「ああ、だからドラジアの弱点もすぐに言えたんだね」


「うん。今居る場所に出る魔物の情報は

 出来るだけ覚えるようにしてるんだ」


「アルト君は優秀だね。

 ドラジアをみて、なんだあれ? といった

 馬鹿者達に、聞かせたい言葉だよ」


「……」


「……」


「だけど俺、礼儀作法は嫌いだ。

 ご飯を食べるのに、フォークとスプーンとナイフ一本ずつでいいよね?

 何であんなに、何本も使い分ける必要があるのかわからない!」


アルトの心底嫌だという表情に、親父が声を出して笑った。


「あははは。確かにね。

 でも覚えていて損はないから、覚えておくといい」


親父の言葉に、渋々頷くアルト。

俺達も、母さんから礼儀作法を教えられたが

身についているとは言いがたい……。


「そうか……。

 アルト君の情報を見せてもらったお礼に

 私から1つ贈り物をしよう」


「贈り物!?」


アルトがキラキラとした目で親父を見る。

親父が鞄から、柄が紫色の短剣を取り出す。


「父さん……」


兄貴が思わず親父を呼んでいた。

俺もエリオも、親父の持っている短剣に驚きを隠せない。


「この短剣を、ギルドマスターに渡すと

 アルト君のランクが紫まで上がる」


「えぇ!?」


「アルト君の戦いと、ノートを見て

 私がそう判断を下したという事だ。受け取ってくれるかな?」


親父がアルトの方へと短剣を差し出した。

アルトがじっと短剣を見つめる。

そして、チラリとセツナの方を見る。

セツナはアルトと視線を合わさずに、静かにお茶を飲んでいた。


口を出すつもりはないらしい。

冷たいんじゃないかと思わなくもない。

アルトは、セツナから答えが返らないのがわかると

じっと短剣を見つめたまま動かなくなった。


親父はアルトをせかす事はなく、答えを待っている。

俺は迷うことなく、受け取ってしまった。エリオもそうだ。

兄貴はどうだったかは知らない。


誰1人口を開くことなく、アルトの選択の行方を見守っていた。

アルトが短剣から視線をはずし、ゆっくりと手を伸ばす。

そして短剣を握ると思われた手が、形をかえることなく

開かれたまま、親父の手を押したのだった。


「いらないのかい?」


「うん。いらない」


「どうして?」


「経験のない強さは、自分だけでなく

 周りをも巻き込んでしまうんだって」


「セツナ君が言ったのかい?」


「違う。じいちゃん。

 強くなるのに近道はないって。

 自分の足で、強くなっていくしかないって教えてくれたんだ」


「……」


「俺は、今緑で次のランクは青。

 紫は青の次でしょう?」


「そうだね」


「俺はまだ、紫の依頼が出来るほど強くないと思うんだ」


「……」


「早く師匠に追いつきたいけど……。

 俺は俺の力で強くなるって決めたから。

 そう約束したから、その短剣はいらない」


アルトの返事に、兄貴達も俺も息を呑む。

まだ12歳。12歳の少年が……親父の出した誘惑を跳ね除けたことが

信じられなかった。


「憎らしいほど、100点満点な答えだな。

 君の弟子は優秀だな。セツナ君」


「僕の誇りです」


親父と真直ぐ視線を合わせ、そう告げるセツナに

アルトが満面の笑みを見せた。


「すまなかった」


親父の謝罪にアルトが、きょとんとした表情を見せる。


「アルト、今のやり取りはアギトさんがアルトを試したんだよ」


「試す? どうして?」


「アルトが黒を目指してるって言ったから」


「よくわからない」


「アルトが、力もないのに

 あの短剣を受け取っていたら、アギトさんからの

 お説教が待っていたはずだよ」


「えぇぇ!? そんな贈り物いらない!!!」


アルトの言葉に、エリオがぷっと噴き出す。


「騙された!」


「騙すのとはまた違うんだけどね」


「受け取っていたら、どんなお説教をされたの?」


「力もないのに、自分の力以上のものを求めると

 痛い思いをすることになるよって、教えてくれたんだと思うな」


「うー」


唸って頭を抱えだすアルト。

なにやら嫌な思い出があるようだ。


「ラギさんに、1度怒られていたものね。

 ラギさんの言った事を、ちゃんと覚えていて偉いと思うな」


唸っているアルトの頭をセツナは優しく撫でた。


「あの時のじいちゃんは、本当に怖かったんだ!!

 俺もう、同じ事は絶対しない!!」


よほど……怖い目にあったらしい。

少し涙目になったアルトに、セツナは笑いそうだねっと返していた。


親父が紫の柄の短剣をしまい、青の柄の短剣を取り出す。

そしてそれをアルトの方へと差し出した。


それを見たアルトが、胡散臭そうに親父を見ている。


「これは正当な、アルトのランクだ。

 青の1/5になる事が出来る」


それでも、アルトは短剣を受け取ろうとしない。

親父は苦笑して、その短剣をセツナへと渡した。


「よろしいんですか?」


「実際私が見たところ、青の2/5ぐらいだと思うんだが

 青のランクは、勉強することも多いからね」


「ありがとうございます」


セツナがアルトに短剣を渡す。アルトはセツナをじっと見て

セツナが頷いてから、そっと受け取った。


「アルト君」


親父が、静かにアルトを呼ぶ。その声に体を震わせ

アルトが親父を見た。


「お説教ではないんだが、少し私の話を聞いてくれるかな?」


「はい」


「昔ね、18歳で冒険者になって順調に依頼をこなして

 20歳の誕生日間近に、紫のランクになれるという冒険者が居たんだ」


何を話すつもりだ……親父。


「後1つ依頼をこなせば紫のランクに上がれる。

 そう思ったその冒険者は、自分の力量よりも上の依頼を受けた。

 だけど、ランクを上げることだけを考えていたその冒険者は

 その依頼を失敗してしまう。そして、自分の命まで危うくしてしまったんだ」


「……」


「幸い一命は取り留めたけど、数ヶ月間意識が戻る事がなかった。

 献身的な母親の介護のおかげで、意識を取り戻したが……」


母さんが、手を自分の腹の上に乗せる。

その手は小刻みに震えていた……。それを見て、なんともいえない気持ちになる。


俺が立ち上がろうとした瞬間、親父が鋭い声でそれを制止する。


「座れ!」


数秒親父とにらみ合い、黙って座りなおす。

アルトは驚いたように親父を見ていたが、セツナは表情を変えなかった。


「意識を取り戻したが、完治するまでに1年。

 そして、冒険者として動けるようになるのに更に1年かかった」


「……」


「その冒険者は依頼を失敗。大怪我による長期の復帰困難により

 大きくランクを下げられる事になったんだ。緑の3/3までね」


「その人は、もう大丈夫なの?」


「ああ、今は元気に冒険者をしているよ」


「よかったね。体が思い通りに動かないのは辛いから」


そう言って嬉しそうに笑った。

知りもしない冒険者の為に……。


「アルト」


親父ではなく、黒としての声でアルトに語りかける親父。

その声音に何かを感じたのか、耳をピンと立てて

アルトは親父を見つめる。


「黒になるという事は、強さを求める事だ。

 だけど、自分の力を信じてもいいが過信してはいけない。

 アルトは、大切な事を大切な人から学んだようだけど。

 それをこれからも忘れてはいけない。

 アルトの言った通り、強くなる事に近道はない。

 浅はかな行動は、周りをも巻き込む。

 それは、仲間に怪我を負わせたり、悲しませたり……ね」


「悲しませる?」


「もし、セツナが無理をして倒れたらアルトは悲しくない?」


親父の言葉に、アルトが辛そうな表情を見せる。


「悲しかった……。

 俺がもっと強かったら、守れたのにって思った……」


アルトの言葉に、親父が目を見開いてセツナを見る。

セツナは視線を親父からそらしていた。


「……アルトが倒れたら、セツナもそう思うって事だ。

 悲しむ人間が居る事を、忘れてはいけない」


親父はセツナのほうを見て、その言葉を告げた。

セツナは、軽く溜息をつきそして頷いたのだった。


「アルト。君が黒に上がってくるのを

 私は楽しみに待っている」


親父の言葉に、アルトは元気よく「はい」と返事を返したのだった。

親父はアルトに伝える形で、俺にも釘を刺したんだ。


深く考えてから行動しろと……。

あの時と同じ間違いをするなと。




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