『 魔導師の苦労 』
* ビート視点。
セツナには関係のない、普通の魔導師のお話。
本格的に降り出してきた雨に目を向けながら
湖の傍にぽつんと置かれている、アルトの釣りの道具と
倒した魔物が目に入る。アルトが湖に飛び込んだ理由を思い出して
深く溜息をつきたくなった。子供ってこんなものなんだろうか?
僕が湖に入った時には、アルトはこの魔物に食べられる直前で
服が水を吸っていたから、身動きも取れない状態だった。
これに懲りて、少しは考えてから行動してもらいたい。
取りあえず、お風呂から上がってきたら道具を回収しに
行くだろう事は想像できる。せっかく温めた体を冷やしかねないと思い
魔物も含めて、雨の当たらない場所へと魔法で移動させた。
僕の本も回収したが、ずぶ濡れだ。
時の魔法を使い、元通りにしてから鞄の中へとしまった。
テントの方へと視線を向けると
話し声が聞こえるが、内容まではわからない。
アルトの生い立ちを簡単に話し、両親の事は聞かないで欲しいと頼んでから
お茶を用意するといって席を外したのだった。
お湯が沸くのを待っていると、アルトがトボトボと歩いてくる。
「ちゃんと温まったの?」
「うん。でも、もう魚釣れない」
しょんぼりと耳を寝かせているアルト。
昨日から、目的の魚が全部あの魔物にかじられたせいで
釣り上げることができないでいた。
「明日のお昼には上がるみたいだから
またお昼からつればいいでしょう?」
「いいの? 明日ここを出発しないの?」
「多分、もう1日いると思うから。
アルトが魚を釣りたいのなら、別行動をとってもいいしね」
僕の言葉に耳を立て、尻尾が喜びを表している。
元々、同盟を組むかどうかの顔合わせだから
顔合わせをしてしまえば、ここで別れても差し支えないような気がする。
必要ならばまたリシアで会えばいいだろう。
「だけど、湖に飛び込むのはもう止めようね。
服を着たまま、水の中に入るのは危険なんだから」
「うん。怖かった。
あそこまで動けなくなるなんて、思わなかったんだ」
「同じ間違いはしないこと」
「はい」
魔法でアルトを乾かし、魔物の方へ行きたそうに
ソワソワしているのを顔合わせがすんでからと注意し
人数分のお茶を入れ、トレーに載せてテントへと運んだ。
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何か飲み物を入れてくるからと、席を立ったセツナ。
気を利かせて、俺達家族だけにしてくれたんだろう。
簡単に、弟子であるアルトという獣人の子供の生い立ちを告げ
アルトの両親の事だけは、口にしないで欲しいと頼まれた。
最初にセツナの話を聞いていなければ、多分口にしていただろう。
「エリオ、ビート。お前達……余計な事を言うんじゃないぞ」
兄貴がそう俺達に釘を刺す。
言われなくても、わかってるっての……。
兄貴は親父と同じで、いちいち五月蝿い。
寝ている母さんがもぞもぞと動き出し、目を開けて周りを見た。
「サーラ。大丈夫かい?」
親父が何時もの通り、甘い声で母さんを呼び気遣う。
この2人はずっと新婚のままの空気だそうだ。
俺達が居る前では、ちょっとは遠慮してほしいものだ。
てか、空気よめよ。
「大丈夫だけど。ここはどこ?」
「サーラが倒れたから、心配したんだよ」
「アギトちゃん……」
会話は微妙にかみ合っていない。
2人の世界に入ろうとしていた所を、兄貴がさえぎる。
「2人とも、そういうのは後にして
現在の問題を解決する為に、話し合ってください。
そろそろ、多大な迷惑をかけているセツナさんが戻ってきます」
親父が母さんに起こった出来事を説明し
母さんは素直に聞いていた。そして、腹の中に子供がいると聞いて
驚きの表情を浮かべる。
「えぇ!? 子供が居るの!?」
母さんの驚きように、俺達は絶句するしかない。
「セツナ君はそう言っていたけど、違うのかい?
彼は妊婦を見たことがないといっていた」
母さんは何かを考えるように、指を折っている。
「子供が居るわ!!」
「間違いない?」
「間違いない~! やったわ~!」
能天気に喜ぶ母さんに、苛々が募り始める。
「通りで吐き気がしたり、食欲がなかったりしたのね。
最近色々ありすぎて、疲れただけかと思っていたけど」
「サーラ……。もっと体を大切にしてくれないか。
君が倒れた時、どれ程心配したか」
「ごめんね……アギトちゃん。
でも喜んでくれる?」
「もちろんだとも!
私の子供なのだから」
「話を元に戻してください。
これからどう動くかを提示してください」
兄貴が何時ものように、何時もの通り会話の流れを操作していく。
親父は母さんの事になると、頭の螺子がどこかに行くようだ。
「そうね。私は大丈夫よ。
無理しなければ歩けるわ」
「セツナ君は、今日と明日は安静にといっていたよ?」
「うーん。確かに休みたいのは休みたいけど
早くリシアに着いた方がいいんでしょう?」
「サーラの体の方が大切だよ」
「アギトちゃん……」
「では、2日ほどここで過ごすことにして
3日目にリシアに出発するということでいいですか?
セツナさん達も巻き込むことになるんですから
予定をきっちり立ててください」
「それでかまわない」
親父の決定に内心溜息をつきながらも頷いた。
出来れば早くリシアに行きたい。マキスのことが気にかかる。
だが……母さんに無理をさせるのは気がひけた。
「それにしても、ここはすごく暖かいのね。
こんな家、はじめて見たわ」
「長期滞在型の依頼に役立ちそうだ」
「欲しいわね~」
「そうだな」
セツナとアルトが来る前にと、兄貴がセツナが頼んでいったことを
母さんに伝え、悲しげな表情を作り自分の腹を撫でながら頷いた後
少ししてから、セツナとアルトがテントへと戻ってきたのだった。
「まぁ! アギトちゃんより男前だわ!」
「サーラ」
「母さん……」
母さんの言葉に、困ったように笑い
セツナが母さんと視線を合わせ、状態を聞く。
「気がつかれたんですね。
体の調子はどうですか? 何処か気になるところはないですか?」
「大丈夫よ。迷惑をかけてしまってごめんなさいね」
「いえ、お気になさらずに」
ほっとしたように笑い、それぞれが座っている場所に
茶が入ったカップを置いて行く。母さんが毛布から出ようとするのを
体を冷やしてはいけないからと止める。
そして自分も座り、アルトは口を開かずに
俺達のことを少し警戒しながら座った。
「先ず自己紹介からでいいでしょうか?」
セツナが親父を見ると、親父が頷く。
「僕は、チーム 暁の風 のリーダーをしているセツナです。
職業は 学者 ギルドランクは 赤 です。よろしくお願いします」
セツナが隣に座っているアルトに視線を送る。
「俺は、チーム 暁の風 のサブリーダーをしているアルトです。
職業は 剣士 ギルドランクは 緑 です」
アルトの紹介に、親父と母さんが微笑ましそうに
うんうんと頷きながら聞いていた。その様子に警戒を少し緩めたようだ。
「ではこちらも、順番に行こうか。
私以外は名前と職業ぐらいでいいだろう」
「そうね」
「私は、月光 のリーダをしているアギトだ。
職業は 剣士。ギルドランクは 黒。セツナ君とは1度パーティを組んでいるが
アルト君と会うのはこれが初めてだね。ここに居る月光のメンバーは
私の家族でね。家族共々仲良くしてくれると嬉しい」
親父がアルトと視線を合わせると、アルトがコクコクと頷いた。
「次は私ね。私はサーラというの。職業は魔導師よ魔法は風を使うわ。
アルトちゃんの師匠と同じね。私とも仲良くしてくれると嬉しいな?」
母さんもアルトに視線を合わせるが、アルトは眉間にしわを寄せて頷かなかった。
「アルト……」
「俺は男だから!」
あぁ……母さんのちゃん付けが気に入らないらしい。
その気持ちはわかる。俺も同意見だ。
「えー。アルトちゃんかわゆいのに」
「……」
アルトの目が細くなり、ぷいっと横を向いた。
可愛いといわれるのも嫌らしい。その気持ちもわかる。
痛いほどわかる。母さん以外誰もアルトを責める事はないだろう。
「アルト」
幾分厳しい声音の呼びかけに、アルトは肩を落としながら
ごめんなさいと謝ったのだった。どう考えてもアルトは被害者だ。
耳を寝かせて落ち込んだ姿が気の毒だ。
「うぅ……。ごめんね。私が悪かったわ。
アルト君は男の子だもんね! 可愛いといわれるのは嫌よね!」
母さんの発した言葉に、セツナとアルト以外の全員が固まる。
これまで散々俺達が繰り返し言ってきた事だ。ちゃんづけはやめてくれと!
俺が生まれた年数……いや、兄貴達もだからその年数分の俺達の訴えは
なんだったんだ!?
「うん。嫌だ」
「アルト君ならいい?」
「うん。アルトでもいい」
「そう? じゃぁアルトって呼ぶわね。
セツナ君もよろしくね」
何か変なものでも食ったのか? 腹に子供が居るからか!?
俺は兄貴に視線をおくるが、兄貴は呆然として俺のほうを見ていない。
エリオを見ると口をあけたままの姿で固まっていた。
チームのメンバーですら……ちゃん付けだったのに。
いったいどういうことだ……。何があった!?
固まったまま動かない俺達を不思議そうに、セツナとアルトが見る。
その視線で、兄貴が意識を戻し自分の名前を告げた。
「私は、月光のサブリーダーをしているクリスです。
職業は剣士。魔法は少し使える程度。セツナさんの話は
父であるリーダーから何時も聞いていた。今回は、私達家族が
迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですよ」
「アルトさんとは、同じサブリーダー同士ですね。
何か力になれることがあるかもしれません。
これから、よろしくお願いします」
「よ、よろしく、おねがいします」
少し戸惑ったように返事を返すアルト。
「何か問題でも?」
「何もないです」
首を傾げる兄貴に、セツナが理由を告げた。
「サブリーダーと認められたのが、嬉しいようです」
「ああ、なるほど」
戸惑っていたんじゃなくて、照れていたのか。
「あの、クリスさん、アルトでいいです」
「そうか?
ならアルトって呼ばせてもらうよ」
「はい」
どうやら兄貴は気に入られたようだ。
アルトの尻尾が左右に動いていた。母さんはそれを見て
ずるいと呟いている。
「俺っちは、エリオ。職業は魔導師。
魔法は火を使う。よろしくな、あるっち」
「よろしく?」
エリオらしい挨拶だった。
「俺は、ビート。職業は剣士。
セツナとは、親父と一緒にパーティを組んだ仲だ。
よろしくな、アルト」
「よろしくお願いします」
一通り挨拶を済ませたところで、その場の空気が柔らかいものへと変わる。
セツナの入れたお茶の味に母さんが感動していた。
一緒に出された菓子も美味い。
外には冷たい雨が降っているはずなのに、ここは本当に暖かく
気持ちが緩む。気を抜いたら寝てしまいそうだ……。
のんびりと茶を飲みながら、親父とセツナの会話を聞いていた。
アルトは、母さんに菓子の説明をしている。
一番美味しい菓子と聞いたものを、エリオが口にしようとしているのを
発見して、母さんに取り上げられていたエリオは不憫だが……。
「セツナ君。今日と明日ここに滞在することに決まった。
セツナ君達の家を奪うことになってしまって、申し訳ないが
いいだろうか」
「僕から言い出したことなので、好きに使ってください。
ここにおいてある毛布も、使ってもらってかまいませんから。
裏には、お風呂もありますから良かった入ってくださいね。
中から外は見えますが、外から中は見えないようになっています」
「お風呂!! 入りたい!」
菓子を口に入れながら、母さんが叫ぶ。
アルトが驚いて体を震わせていたがお構いなしだ。
「後ほど使ってください」
「わーい」
母さんを横目に、気になっていたことをたずねた。
「風呂なんてどうやって運んだんだ?」
「あの鞄には何でも入るので」
そう言えばそんな事をいっていた気がする。
「入れたのか?」
「入ってました」
「入ってた?」
「この鞄はもらい物なので
正直……僕にも何が入っているのかよくわからないんですよ」
「よくわからないのにどうやって取り出すんだ?」
「欲しいものを思い浮かべて、それがあると取り出せます。
ないと取り出せません」
「へー。この変な家もそうなのか?」
「そうです」
「ふーん」
便利なんだろうけど、何が入っているのかわからないのは
気分的に、もやもやしないんだろうか?
「師匠」
「うん?」
「俺、もう外行っていい?」
「ああ、そうだね。
僕も手伝うよ」
そう言って立ち上がり、セツナとアルトが外へと出て行く。
エリオと話していた兄貴が立ち上がり、セツナの後を追うように出口へと向かう。
「兄貴何処行くんだ?」
「何をするのか気にならないか?」
「そういえばそうだな」
「俺っちも見に行こうーっと」
結局、兄貴だけではなく全員で外に出る。
「うわぁー。これ風の魔法の結界に
色々手が加えられてるわ……。すごい……。
魔法の構築方法教えてくれないかしら?」
「サーラ、落ち着いて。体に障るから」
「結界の中をこんな快適な空間にするなんて!!」
「サーラ、飛び跳ねるな」
母さんが、興奮気味に周りを見渡し
親父が心配そうに、母さんについている。
そんな2人は放置して、3人で歩き出す。
「エリオは、構築方法はわからないのか?」
母さんよりも、エリオのほうが魔導師としては上らしい。
俺にはよくわからないが……。
「ビート、俺っちは火使いだぞ」
「だけど、構築式を読み解く事はできるんだろ?
解いて、母さんに教えてやればいいんじゃね?」
エリオの趣味は、使えようが使えまいが
魔法陣を構築する式を解体して、どういう風に組み立てられているかを
知るのが好きらしい。エリオが言うには、謎を解く楽しみと
勉強になるのとで、両得だといっている。
俺には何が楽しいのかは、さっぱりわからない。
「ビート……堂々と魔法を盗む話をするんじゃない」
兄貴が俺を睨む。
「……俺っちにはよめない……」
落ち込んだようにそう告げるエリオに
俺も兄貴も驚く。
「お前が読めないのか?」
「読めない。さっき、セツっちが母っち……母さんに
使っていた魔法陣の構築式もさっぱりわからなかった」
「知らない構築方法ということか?」
「元々魔法陣の構築式は、一人一人違うっしょ?
売られている本に載っているのは別として」
「そうなのか?」
「……そうなんです」
「じゃぁどうやって読むんだよ?」
「魔法陣の構築式が記号によって成り立ってる事ぐらいは
しってるよな?」
「おお」
「その記号は、大体がきまったものだけど
魔導師が独自に作る記号もあるわけ」
「へぇー」
「だから、最初は取っ掛かりを見つける。
兄っちもビートも、この結界の魔法の中に何を組み込んでいるかは
わかるっしょ?」
「ああ。雨を防ぐものと。寒さを防ぐものはわかるな」
俺も頷く。
「構築式が見えたらそこから
知っている記号以外の記号に
それを手がかりに、色々と当てはめていく」
「面倒だな」
「面倒だけど……。それがいいんでしょ?」
「私にはわからないな」
「俺も無理」
「まぁ、取りあえずその構築式が本物なら
俺っちにも、それなりに読めるとは思う。
手がかりは一杯あるし。
だから、結界の魔法にどうやってそれを付け足しているのかが
わかれば母さんにも教える事はできる」
「ああ、場所がわからないからか」
兄貴の言葉に、エリオが微妙に頷く。
「それもある。この周りにかけられている魔法が
何処を基点に作られているかわからない。
普通なら、こういう結界の場合、長く持たせるために
魔力を集中して使ってるはずだし、魔法陣も残っている事が多い。
だから、わかるはずなんだ。なのに……全くわからない」
「……」
「セツっちから魔道具をもらったっしょ?
魔道具からは、魔法構成は読み取れないから
セツっちがその場で作った結界なら
見たら読めると俺っちは、思ってたんだけどな……」
そこでエリオが深く溜息をついた。
「セツっちの使う構築式は、嘘なんだ」
「嘘?」
「そう。正しい発動魔法陣の上に
他の魔導師に読めないように、違う魔法陣を重ねてる。
気がついたのは偶然だけど……」
「何処で気がついたんだ?」
「空中で魔法陣が何回かういたっしょ?」
「ああ」
「あの魔法陣の構築式と、母さんにかけた魔法陣の構築式が
全く一緒だった」
俺はそこまで見てなかった。
エリオだから気がつけたのかもしれない。
「そんなことが可能なのか?」
「俺っちや母っち……母さんもある程度は隠してるっしょ?」
「そうだったのか」
「兄っちは、本に載ってるようなものしか使わないからな。
普通魔導師は、自分の作った魔法は他人に読めないように違うものを重ねてる。
そうじゃないと、俺っちみたいなのが居ると
すぐに魔法構築がわかって命取りになるっしょ?」
「そうだな」
「だけど、重ねるのは本当に難しい。
俺っちだって、何度も練習して重ねた所に違和感が出ないようになるまで
他の魔導師の前では使わない。それが下手な奴は魔法の構築式を盗まれて
解体されて、解読されてから使いやすいように改良されて
他人に売られて本に載る羽目になるんだ」
「それは……」
すごく嫌な現実だ。
魔導師って大変なんだなっとはじめて感じた。
何時もへらへらしているエリオも、それなりに努力してたんだ。
「ビートお前、俺っちに対して失礼なことをかんがえてるっしょ」
「気のせいだろ?」
「……」
「それなら、セツナさんみたいに
全部を重ねればいいんじゃないのか?」
「兄っち。一部重ねるだけでも大変なんだぞ。
魔力は余分に使うし、本来の使いたい魔法を妨げないように
余分なものを重ねないといけないんだからさ……」
「……ふむ」
「魔法陣ってそもそも何なんだ」
俺の質問に、エリオが呆れたような視線を向けた。
「魔法そのもの。
属性によって、できる事は違ってくるけど」
「へぇ……」
「独自の魔法を作るとき、自分の使いたい魔法を発動させる為に
記号を使って式を構築する。魔法陣がはじめにできて
次に詠唱の言葉を考えるんだ」
エリオの説明に、俺も兄貴も頷く。
「例えば、新米魔導師の詠唱はながいだろ?
それは、慣れてないことから
記号を一つ一つ思い浮かべて、形を作るからもたつく。
それが、使っているうちに記号を思い浮かべなくても
短い詠唱だけで発動するようになっていく。訓練しだいってこと」
「ふーん」
「そこから自分が使いやすいように、改良したりしていく。
魔法陣は魔法そのもので、発動させると成功した場合
術者の想像した通りの形と効果が現れることになる。
後は数種類の魔法を使う時、制御を誤らないためというのもある。
後……効果を高めるために使う場合もあるなぁ」
「威力とか範囲は関係ないのか?」
「それはこめる魔力の量によって左右される。これを魔力制御と呼ぶんだ。
それぞれの記号に、どれだけ魔力を割り振るかで効果も違ってくるし」
「はぁ? 記号に魔力を割り振る?」
「魔法陣は魔法だといってるっしょ!」
「……」
「想像に形を与えたのが記号。それを効率よく使う為の記号を並べて式にしたものが、構築式。
全ての記号に魔力がいきわたって初めて、魔法が発動する。
想像を具現する為に、詠唱によって魔力を加えたものが、魔法陣!
ただし、誤った魔力の込め方をすると暴走したり、発動しなかったり、違う魔法となってしまう。
それを起こさないように管理することを、魔力制御と呼ぶ」
「自分で魔法を作るって事は、記号は別に何でもいいのか?」
「いいといえば言いし、良くないといえばよくない」
「どういう意味だよ」
「発動したい魔法を想像することができて
記号と構築式を理解して、詠唱がそれにあうものなら
記号を変えても魔法は発動する。まぁ、構築式を盗んで
それを自分専用の魔法につくりかえるってことだよ。
だから、詠唱と一緒に構築式を見られないように別のものを重ねるんだ」
「なるほど」
「だけど、古代魔法に使われている記号は、何かしらの力が宿っていて
その記号の意味を理解していようが、違う記号に置き換えたとしても
同じだけの効果が得られない。なぜかはわかっていないけどな。
だから、古代魔法の研究に力を入れている国が多いんだ」
「へぇ……」
「何回も言うけど、魔法陣というのは魔法そのもので
魔法が発動する一歩手前の状態だと考えるといい。
だから訓練しだいでは、魔法陣を出さないようにすることも出来る」
「攻撃魔法みたいにか?」
「そう。使う魔法が複雑になればなるほど魔法陣破棄と制御が難しくなっていく。
難しくなくても、距離を飛ぶ転移の魔法なんかだと
場所の確認の為に魔法陣を出す事になってるな。間違った場所に行かないように」
「魔法陣を破棄できるって事は
魔法を新しく作るときに、構築式を作らなくても
きちんと想像できれば、魔法は作れるってことか?」
「条件全部を整える事が出来るのなら可能。
だけど、記号には色々な役割をつけてることが多いんだ。
魔力を注ぎこむ上限を決めて暴走しないようにとか。
それに、想像を形にするのは中々難しい。やってみた事はあるけど
余り良い結果に繋がった事はないなぁ……」
何かを思い出すように、エリオは視線を遠くに向けた。
そこら辺は余り、深く聞かないほうがいいようだ。
「無詠唱をしたときには……全く違う魔法がでたしな……」
ブツブツと呟く言葉に、何か触れてはいけない事に
触れてしまったようだ。兄貴と黙ってエリオを見ていると
我に返って、続きを話し始める。
「後は、古代魔法の記号、古代記号は構築式に入れないと役に立たない。
魔法陣破棄は可能だけど、どうしてか1度構築式を作らないと使えない」
色々制約があるらしい。
非常に面倒だ。俺は剣のほうがいいなっと心から思った。
「ふーん。杖とか指輪は何の為につけてるんだ?」
なんとなく尋ねた俺に、エリオが目を見開いた。
「はぁ!? 魔導師の武器っしょ!?
ビート、頼むから他の魔導師にそういう初歩的なことを
聞くのは止めてくれよな」
「……」
「魔力は自分の力だけでは引き出すのが難しいんだ!」
「そっか」
エリオが溜息をつきながら、面白くなさそうに呟く。
「セツっちはすごいと、俺っちも思う。
親父がどれ程気に入ってても、2人だけのチームで
月光に同盟とか、馬鹿にしてんのかと思った。
結局は、親父の恩恵をうけたいだけなんだろうってな」
「普通はそう思うだろ?」
「だけど……月光と同盟を組まないでも
あのチームは正直やっていけるんだろうなって
セツっちの魔法をみて思った」
「……」
「さっきの戦闘も、ありえないほど簡素化された詠唱だった上に……。
あの戦闘だけで、何種類の魔法が構築されたのか俺っちにはわからない。
魔法陣が浮かんだのは、空中の踏み台の魔法だけ
あれですらたぶん、魔法陣を出さなくても発動させることができたはずだ。
魔法陣が見えるようにしたのは、アルっちが不安にならないため……」
「……」
「短い詠唱に、魔法陣破棄……。
それは、魔法を自分のものにしてるって事っしょ?
呼吸するように扱えるって事っしょ?
同時に、色々な魔法を構築してもそれを制御できるだけの
力があるってことだ。今の俺ッちには真似できない」
暗い表情をして俯くエリオ。
ここまで落ち込んでいるエリオを見るのは初めてかもしれない。
「俺っちには、あの戦闘でみた魔法の魔法陣を1つ見つけたとしても
何処から解体していいのかきっとわからない……」
「……」
「……」
「俺っちが全く読めなかったのは
"邂逅の調べ"の"黒"の魔法陣以来だ」
「エリオ……」
兄貴が慰めるように、エリオを呼ぶ。
「流石にへこむっしょ。
あれで俺っちと同じランクなんだからさ」
エリオの言葉に、人事ではないと感じる。
親父はあいつが剣もつかえるということを話していない。
剣の腕を見た事はないが……親父が強いというんだから
強いんだろう……な……。
「師匠、俺が持ってる紙じゃ無理だ!」
「それは小さすぎるね」
2人の声が聞こえその方向へと視線を向ける。
親父達も俺達に追いつき、同じ方向を向いていた。
「紙はここにあるから、インクを落としてみたら?」
セツナが自分の背丈以上の白い紙を持っている。
「あらあらあら。
もしかして、魚拓をとるのかしら?」
「そうだろうね。懐かしいな」
「魚拓? なんだそれ」
エリオが親父に聞く。
「釣った魚の大きさを紙にうつして記念として残すんだ」
「なんか意味があんの?」
「趣味の一つだな。
クリスも昔、魚拓をとっていたんだけどね」
「兄っちが?」
「……」
「兄貴がねぇ」
「……」
「クリスちゃんは、お魚釣りが好きだったものね」
「へぇ……俺っちは釣りはしたことないな」
「俺も」
「兄っちはもうやらないのか?」
「……」
兄貴は黙ったまま何も答えなかった。
俺達の疑問に答えたのは、母さんだった。
「何を言っているの。
クリスちゃんが記念として集めていた魚拓帳を燃やしたのは
エリオちゃんじゃないの……」
「え!? 俺っちそんことしないっしょ!?」
「したわよ。魔法の訓練をしている時に
クリスちゃんの部屋を燃やしたもの」
「……」
「その後魚拓をとるのはやめたけど
お魚釣りは続けていたのよね」
「時間がなくなって止めたのか?」
青い顔をしているエリオのかわりに
母さんに返事を返す。
「違うわよ?
ビートちゃんが、クリスちゃんの宝物の釣竿を
振り回して折ったんじゃないの」
「……」
「それから、クリスちゃんはお魚釣りを止めたのよね」
俺もエリオも兄貴の顔を見ることが出来ない……。
たぶん子供の頃のことだろうと思う。俺の記憶にはないから。
「その後冒険者登録をして、アギトちゃんと一緒に仕事を始めてから
料理に興味を持ち出したんだと思うわ」
「私は……料理に興味を持ったわけじゃない」
ぽそりと低い声で呟く兄貴。
兄貴が料理をする理由。それは母さんの作る料理が壊滅的だからだ。
子供の頃はそれが普通だと思っていた。だが、兄貴が帰ってきて
初めて作ってくれた料理は、涙が出るほど美味しかった。
あの感動は、今も忘れない。
痛い沈黙が流れる中……。
セツナ達は着々と魚拓を取る準備を進めていた。
「アルト、僕が向こう側へ行くから
紙を上にあげて持っていてくれる」
「うん」
紙を破らないように、慎重に移動するセツナ。
インクで真っ黒になった魔物の上に、あの紙を置くようだ。
兄貴が歩き出し、アルトの傍に行きセツナに声をかけた。
「セツナさん。頭のほうから紙を置いていくほうが綺麗に取れる」
「そうなんですか?」
「私がこちらを持っているから、アルトは向こう側へ行くといい」
「ありがとう!」
笑って礼を言いながらセツナのほうへとかけていくアルトを見て
母さんが悶えていた。
「かわゆい」
「サーラ。アルト君にそれを言うと嫌われるよ」
「わかってるわよ」
「セツナ君も、君付けなのは
アルト君の機嫌を損ねない為かい?」
「そうよ。だって、嫌われたらあのお耳に
触らせてもらえないじゃない。仲良くなって
お耳をさわらせてもらうの!」
自分の欲望の為かよ……。
「母さん、俺っちも君付けにしてくれ
てか、呼び捨てでいいから」
「嫌よ」
俺はそれを聞かなかった振りをして、セツナ達を見た。
ピンと張った紙をアルトが慎重に下へと下ろしているところだった。
その表情は真剣だ。
ゆっくりと紙が、ドラジア全体を覆った瞬間
紙が光り、紙を持ち上げると魚にインクは全く残っていなかった。
兄貴とセツナが慎重に紙を裏返すと、そこには厳つい顔をした
ドラジアの姿が綺麗に紙にうつされていた。
「やったぁ! できた!」
「よかったね」
「よかったな」
「クリスさん、ありがとうございます。
僕達だけでは、ここまで綺麗に出来なかったかもしれません」
「クリスさん、ありがとう」
「どういたしまして。
私も、昔趣味にしていたことがあったから」
「もうしてないの?」
アルトが首をかしげて兄貴を見た。
「色々理由があってね……」
「そうなんだ」
兄貴がチラッとこちらを見た。
顔は笑っているように見えるが、その目は笑っていない。
はっきり言って怖い!!
その後、セツナが紙に保護の魔法をかけ
アルトが大切そうにそれを受け取っていた。
その顔はとても楽しそうで、見ているこちらも思わず
微笑んでしまうような笑顔だった。
読んでいただきありがとうございます。
長くなってすいません……。





