『 アルトと幽霊 』
親父と俺のにらみ合いに、兄貴達は何も言わず
母さんはただ、地面に座ってお茶をのんびりと飲んでいた。
ピリピリとした空気の中、俺と親父の話し合いは平行線で
このまま話を続けたとしても、親父が折れるとは思わない。
「俺は月光を抜ける!」
俺の言葉に、兄貴達は表情を変えたが親父と母さんの表情は変わらなかった。
「月光を抜けるというのは、私の弟子もやめるということか?」
「ああ」
「君がそこまで言うのならば、それでかまわない」
「親っち!」
「父さん!」
兄貴達が、親父を呼ぶ。
「だが……」
ここで言葉を切り、次に親父が告げた言葉に俺は息を呑んだ。
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何処までも続く草原の上をアルトと2人で歩いている。
街へと続く街道はあるが、何時ものように人が余り通らない道を選んで
リシアへと向かう。
「師匠! 笑い事じゃないんだ!
本当に、怖かったんだから!」
青い顔をしたアルトが、不機嫌になりながら僕に噛み付く。
僕は笑いをこらえて、アルトが見たという ”夢 ”の話を聞いていた。
どうやらアルトは、セリアさんとの対面を夢だと思ったらしい。
「師匠が、俺に大丈夫って笑うから
俺、師匠が幽霊を倒せるんだと思ったんだ」
「うんうん」
「そしたら!!」
「そうしたら?」
「師匠が不気味に笑って
その幽霊が、もう師匠にとりついてるって!!」
「……」
不気味に笑ってってどういう意味?
姿を消しているセリアさんが、アルトの周りを浮きながら
おなかを抱えて笑っている。
「師匠聞いてる?!」
返事を返さない僕に、アルトが僕の腕をとってゆすった。
「聞いてるよ。
僕が不気味に笑ったんでしょう?」
『はぁ……くるしぃワ。笑って死んじゃう』
もう死んでるから死にませんよ。
セリアさんが僕の耳元で、呟いた言葉に心の中で返事を返した。
「師匠の笑った顔が不気味だったのは
幽霊が取り付いているからだとおもって、剣を抜いたら!!」
「……」
『も……う……だめだワ』
笑い転げているセリアさんを、一瞥すると
僕の顔を見て、また笑う。
「その幽霊が……。
剣で刺されても~しなないよぅぅぅ~っていうんだ!!
その話し方が、すげー怖くて鳥肌が……」
そう言いながら自分の腕をさするアルト。
怖い? あの間の抜けた話し方が怖い?
「それで! 一番怖かったのが!!
髪で顔が見えないのに、口元だけがにたぁっと笑って
俺にこういったんだ!」
「……」
アルトを見ると、少し体を震わせ
目の奥に恐怖をにじませながら、話を続けた。
「ア~ルトく~ん~。あそび~ましょ~ぅぅぅって!!!!」
「……」
「俺、ぜぇったぁぁぁい遊びたくない!!」
力いっぱい、セリアさんと遊ぶ事を否定するアルト。
『ひ……ひっ……』
セリアさんはもう、息も絶え絶えという感じだ。
「そう……」
「そこで目が覚めたんだけど……。
俺もう、あんな夢見たくない……」
真面目な顔で、本当に怖かったというアルトに
セリアさんは、よからぬ笑みを浮かべながらまだ笑っていたのだった。
「アルトは、誰から幽霊の話を聞いたの?」
「王妃様」
「……」
「王妃様が、色々な本を読んでくれたんだ」
アルトの気持ちを慰める為に、色々としてくれたんだとは思うけど
どうして、ダリアさんといい王妃様と選ぶ本が微妙なのかな。
「その中に、お城の幽霊って言う話も入ってた。
最初は怖くなかったんだけど……。
後から思い出すと、怖かったんだ!」
そういえば鏡花も似たような事を言っていた。
怪談を聞いたときは平気だけど
1人でシャワーを浴びて髪を洗っている時に
思い出して、シャンプーが目に入りそうになりながらも
思わず後ろを振り返るというようなことを。
振り返る瞬間が、一番怖いらしい。
「どんな話だったの?」
「あのね……」
アルトが聞いた幽霊の話を、セリアさんが興味深そうに聞き
僕は、アルトに相槌を打ちながら歩く。
アルトが話し終わった後、セリアさんが「こ……怖いわ!」
と呟いていたのを聞いて、思わず笑いそうになるのをこらえるのが
大変だった。
アルトは話した事で、鮮明に思い出したのか
話すんじゃなかった! と頭を抱えていたのだが……。
喉もと過ぎれば忘れるらしく、その夜にねだられた話は
僕の知っている、怖い話だった。
僕には正直、なぜ怖い話を聞きたがるのかが理解できない。
日本に居たころもそうだったけど、夏になると特集番組であった
『夏の怪談!』とか『決定的瞬間! 心霊写真特集』とか……。
怖ければ見なければいいのに、怖い怖いといいながら僕のベッドにもぐりこんで
枕を抱え、チラチラとテレビを見る鏡花がどうしても理解できなかった。
鏡花が小学生低学年ぐらいの時だったかな?
家のテレビで見ればいいのに、わざわざ僕の部屋に来て
そういう番組を見ていくのだ。
『怖いぃぃ!』と半分泣きながらも、テレビを消そうとしない鏡花に
僕がテレビを消そうとすると、リモコンを僕から奪う。
怖ければ見なければいいよねと伝えると、友達と約束したから
見るんだと……。僕にしがみ付きながらテレビを見る鏡花に
何度溜息をついたのかわからない。
結局電気の消えた病院の廊下を歩くのが怖いと
僕の部屋のソファーでタオルケットに包まって、寝ているところを
親に運ばれるというのを繰り返してた。
僕が親に、理解できない事を話すと
父は苦笑しながらこういった。
『家に居ても1人だからね。怖い話は見たいけど
その後、1人で過ごすのが怖いんだろうね。
ここなら、刹那が居るから安心できるんだろう』
『だから、最初から見なければいいんじゃないの?』
『それでも見たいと思ってしまうんだよ。
怖いもの見たさっていうだろう?』
いまいち理解できなかったけど
そういうものなんだろうと結論付けたような気がする。
今、目の前に居るアルトも、毛布を抱きしめながら
僕の話を今か今かと待っていた。セリアさんは姿を消したまま
アルトの隣に座っている。
期待して待っているアルトを微笑ましく思いながら
僕は小さな声で話し始めた。
「さいしょはね……」
アルトの耳がピクピクと動き、僕の声に集中しはじめる。
セリアさんの目も僕の口元に釘付けになっていた。
「小さな……小さな音だったんだ……」
僕が視線を少し彷徨わせると、つられたように
2人も視線を動かす。
「虫の声か……風の音か……。そう思っていた。
だから、そう気にはしなかった。数日たった頃
また何かの音が聞こえる。耳をすませてみたんだけど
何の音かわからない。何の音かと考えているうちに寝てしまった」
明かりは焚き火しかない。
今居る場所は、僕の声以外何も聞こえない。
「だけど……次の日、そしてまた次の日と
だんだんと聞こえてくるものが、誰かの声だと気がついた。
だけど何を言っているのかがわからない。耳を傾けてみるけど
その内容はまったくわからなかったんだ……」
一度目を閉じ、耳をすますように周りの音を聞いている振りをする。
何か聞こえているのかというように、アルトの耳が横向きに動く。
「……」
「暫くは……」
僕の話は続き、佳境へと入っていく。
小さな物音に、アルトもセリアさんも時折肩を震わせながらも
僕の話に引き込まれていた。
「ある時、どうしても野宿をしなきゃいけない状況になって
その人は、火をおこしその傍で毛布をかぶって寝ていた」
アルトがゴクリと唾を飲み込む音が響く。
「その日は珍しく、何の音も聞こえない。
静かな夜だった。だから、その人も聞こえてくる声の事を忘れていたんだけど」
アルトとセリアさんは、これ以上集中できないんじゃないかというぐらい
集中しており、空気がピーンと張り詰めていた。
「……」
「……」
「眠りについて、数時間たった後
寝返りをうったんだ……」
僕は、セリアさんの横に視線を動かす。
ここで魔法を使い、セリアさんの横に
血まみれの小さな女の子の幽霊を作り出した。
セリアさんにしか見えないようにしてある。
「ふと、小さな息遣いを感じて目を開けると
そこには、小さな女の子が血まみれになりながら
その人の顔をじっと、見つめていた……。
そして、目が合うと……笑いながら……」
僕につられて隣を見たセリアさんと女の子と目があい
作り出した女の子の唇が、僕の台詞と全く同じように動いた。
「ヤットミツケタ」
その瞬間、セリアさんから凄まじい悲鳴が上がる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
その悲鳴と同時に、姿を現しアルトに抱きつくセリアさん。
いきなり悲鳴を上げながら、抱きつかれたアルトも悲鳴を上げる。
「ぎゃぁぁぁ!!! でたぁぁぁぁ!!!!!!」
アルトは、逃げようとするがセリアさんが離さない。
たぶん……金縛りにあったのと同じ状態になっている。
「動けない!! 師匠!! 動けないぃ!」
「でた! でた! でた! 幽霊が!!」
「……」
セリアさん、自分も幽霊でしょう……。
「師匠!!」
「子供の幽霊ぃぃ!!」
パニックになっている2人を見て、どう収拾をつけようか悩む。
どうやら、やりすぎたようだ……。
青い顔をして、逃げようともがくアルトに
震えながらしがみ付いて、逃がすまいとするセリアさん。
にぎやかな夜はこうして更けていったのだった……。
えぐえぐと泣いているセリアさんを、アルトが困ったように見ている。
「ほ……ほんとにいたワ。ゆう……れいがいた。
ほんとうよ?」
「うん……」
「ヤットミツケタって、いったのよ」
「……」
あの演出は、よほど怖かったのか
カタカタと震えて泣いているセリアさんをみて
アルトが先に落ち着きを取り戻した。
恐怖が少し薄れたようだ。
途方にくれたように僕を見るアルト。
アルトはまだ動けない。
「幽霊怖いぃぃ……」
そう言って、アルトにしがみ付くセリアさんに
アルトがポツリと呟いた。
「俺に抱きついてるのも、幽霊だと思うんだけどな……」
そう呟きながらも、セリアさんが落ち着くまで
アルトは黙って、付き合っていたのだった。
読んでいただき有難うございます。





