『 僕とセリアさんの隠し事 』
澄み渡る空に一羽の鳥が舞っていた。
その姿を捉え、僕も空を飛べるといいなと思う。
魔法で飛ぼうと思えば、飛べない事はないだろうけど
やはり、翼が欲しいと思った。
そのうち、リヴァイルが背中に乗せてくれないだろうか?
リヴァイルの背中に乗った自分を想像して、ないだろうなと思う。
乗せてくれたとしても、途中で振り落とされ落ちている所を
丸呑みにされそうだ……。
そういえば、まだ竜の姿を見たことがない。
見てみたいとは思うけど、竜になってくれと頼むのは
失礼な事になるのかな? ならないんだろうか?
そんなどうでもいい事を考えながら、魔物の警戒だけは怠らずに
先頭を歩くアルトの後ろをついていく。
今日の昼には、サガーナからバートルへと入れそうだ。
本を選ぶのに数日悩み、最終的に選んだのは "魔物食材図鑑"で
最終候補に残った、"魚図鑑"を一番最初に買う事に決めたようだ。
魚図鑑が最後まで残ったのは、きっと"魚拓"をとりたいという
気持ちもあったからだと思う。ちゃっかり、バートルとリシアで
釣る事が出来る魚を調べ、リシアにある湖に
そこにしか生息していない魚を見つけ、そこで2~3日釣りをしたいと
僕に訴えた。
リシアのハルには、ウィルキス1の月の15日前後につけたらいいなと
考えていた。その湖からハルまで、アルトの足で大体3日程だろうか。
歩くペースにもよるけれど……。
今日が、ウィルキス1の月の1日。
暦では、冬に入った事になる。
そろそろ雪が降り始めるんだろうか?
ガーディルのベッドの上で、雪を見たのは何時頃だったかな……。
取りあえず、魚釣りの時間は十分取れそうだ。
それもこれも、ここ数日アルトの歩調が早いからだけど。
僕にとっては、それでもゆっくりな歩調。
時折聞こえてくる、アルトの財布の中身と
これからのお金の使い方の計画に笑いをこらえながら
距離を稼いでいくのだった。
夕飯を取り、僕は背中を木に預けながら本を膝の上に乗せ
アルトは、体を毛布に挟まれて寝転がり頬杖をついて僕の話を聞いていた。
先程まで、魔物食材図鑑を広げながら
絶対食べたい魔物を選んでいたみたいだけど
本を読んでいる僕の傍で寝転んで、僕に話しかけてきたのだった。
「師匠、今度会う人ってどんな人なんですか?」
「どんな人?」
「俺、獣人だけど……」
そう言って耳を伏せるアルト。
そういえば、アルトは僕以外の冒険者と仕事をした事がない。
話す事もなかった上に、僕自身も知り合いが少ないので
冒険者同士の交流はこれが初めてだ。
僕以外の現役冒険者といえば、同族のエイクさんぐらいかな?
サイラスは別として。
「アギトさんはね、僕が冒険者になったばかりの頃に
パーティを組んでくれた人なんだ。今のアルトと同じ"緑"だったかな」
アルトの不安が少しでも軽減されるといいと思い
僕は、アギトさんの話をアルトに聞かせた。
「大丈夫だよ。アギトさんは、優しい人だから」
「……そう……か……なぁ」
一生懸命歩いたせいか、アルトは眠くて仕方がないようだ。
今にも、寝てしまいそうな気配にもう眠るように促す。
「師匠……おやすみなさい」
それだけ言葉にすると、すぐに目を閉じて眠りについてしまった。
僕は毛布をかけなおし、鞄の中からカップを一つ取り出して
温かい紅茶を入れ、置いた。僕のカップは僕の隣においてある。
「指輪の中は飽きましたか?」
アルトと話している途中で、僕の魔力が揺らいだ。
彼女が指輪に入った当初は、魔力が薄く彼女が外に出ても気がつかなかったが
僕の魔力がなじんできたんだろう、彼女が指輪から出るのがわかった。
「……どうしてわかったの?」
「僕の魔力が、移動しましたからね」
「そう……」
セリアさんの姿を見るのは、久しぶりだった。
彼女は、僕の暴走をとめた夜以降姿を見せなかったから。
何時もと違って、沈んだ様子の彼女。
僕の前に座り、黙り込んだまま口を開かないセリアさんに
僕は特に何も言わず、膝の上の本に視線を落とした。
「……」
本のページをめくる音が、静かに響く。
「……どうして何も聞かないの?」
「聞いて欲しいんですか?」
「……」
本から視線を外さずに答える。
「貴方は、水辺に行けって言わないのね」
「言って欲しいんですか?」
本から視線を外し、セリアさんを見る。
「……質問に、質問で返すのは意地悪だわ」
少しすねたように言葉を返すセリアさんに
僕は本を閉じて、彼女と向き合った。
「蒼露様に、水辺に送られるのが怖くて
指輪から出てこなかったんですか?」
セリアさんは僕の質問に、肩を揺らした。
「僕は……セリアさんの背中をおすことはできません。
何が正しいのかは、僕にはわからない」
「……」
「水辺に行けとも、行くなとも言えないんですよ。
貴方が、彼を思う気持ちがわかる。
だからと言って、来世で罰を受けて欲しいとも思わない」
「来世で受ける罰は怖くないわ……。
私は彼を助けるの。だから、今は水辺には行かない。
ただ……」
「……」
「ただ……一言欲しかったの」
「……」
「私の行動は間違っていないって。
神の意思に反している私の行いを……」
「僕は神を信じていないので、なんとも」
ハッとしたように、僕を見るセリアさん。
「それに間違っていてもいいんじゃないですか?
僕は、セリアさんの彼が街を滅ぼした事に対しても
別に何も思わない」
「知っていたの……?」
セリアさんの顔色が変わる。
やっぱり彼女は知っていた。
「怒らないの……?」
「……」
「命の危険性があることを
黙っていた事を怒らないの?」
「僕にとっては、怒るほどの事でもないので」
「……」
「彼は竜で狂いかけている。
これだけで、命の危険性がある事は十分わかる」
「っ……」
「僕の心配をしてくれているなら無用ですよ。
僕は強いですから。セリアさんの彼を一瞬で殺せるほど」
僕の一言に、セリアさんの目つきが変わる。
「僕は優しくありません。
僕にとって、大切なもの以外はどうでもいい」
「……」
「セリアさんも聞いていたでしょう?
指輪の中で、僕と蒼露様の会話を」
「……」
固まって動けないセリアさんに手を伸ばす。
ふと、前よりもはっきりと見えるようになった姿に
触る事が出来るかと考えてしまった。
「だから……」
怯えるように体をすくませるセリアさん。
手を伸ばしても触れる事はできなかった。
「セリアさんが望むようにしてあげます」
「え……」
「貴方はどうしたいんですか?」
セリアさんの涙をぬぐうように指を動かすけれど
僕の指に、涙はうつらなかった。
「わ……わたしは」
喉を詰まらせたように、声を出す事ができない
セリアさんを見る。彼女はずっと僕に対して罪悪感を抱えていたようだ。
全ての情報を晒せば、僕に断られる可能性があることに怯えていたんだろう。
言わなかったのではなく、言えなかったんだ。
彼女にとって、これが最後のチャンスになる事がわかっていたから。
だけど、サガーナで僕と蒼露様の会話を聞いた。
彼女は、僕が死んでも水辺には行けない事を知った。
だから……黙っている事が出来なくなった。
僕が水辺に行くように言えば、彼女は水辺に行ったかも知れない。
何もかもを諦めて……。
本来ならば、彼女に水辺へ行くように説得するのが筋なんだろう。
蒼露様のように……。だけど僕は彼女の意思を尊重する。
「自由に生きれなかったのに。
死んでまで、自分の気持ちを抑える事はないと思ったんです」
彼女は何も悪くない。
「きっと人は、セリアさんの彼を悪だというでしょう。
何の関係もない人間をも巻き込んで、街を滅ぼしたから」
涙を落とし、唇をかみ締めるセリアさん。
きっと、竜を殺そうとした人間もいる事だろう。
それが成功するとは思えないけれど。
「でも僕は……セリアさんの彼の気持ちがわかるんです。
僕も、トゥーリが殺されたら……その一族を滅ぼす」
そう断言した僕に、セリアさんは身じろいだ。
「なので、貴方の彼を断罪するつもりはありません。
悪だとも思わない。人間の敵として討つ事はしませんよ」
「本当に? 約束してくれる?」
「ええ。半殺しぐらいでとどめます」
僕の言葉に微妙な表情を作って
頷くか頷かないか悩んでいる姿が、可愛いと思った。
「今日の、セツナは意地悪だわ」
「本当のことを言って欲しそうでしたから。
それとも、優しい嘘をついたほうがよかったですか?」
彼女は、フルフルと首を横に振った。
「私を助けてくれようと思ったのは
貴方の彼女が、竜だったから? 同情してくれたの?」
「そうですね。最初は好奇心から。
僕に対して悪意もありませんでしたし
余りにも、貴方が必死だったから気になった。
死んでもなお、思いを残すぐらいの心残りってなんだろうと思った」
「……」
「セリアさんの彼が、竜だったからというわけでも
僕の彼女が竜だったからというわけでもないですよ。
セリアさんだったから、手を貸そうと思った」
「どういう意味?」
僕を見て軽く首を傾げる。
「長い時の中で、誰とも話す事も出来ずに
孤独の中にいるのは辛かったでしょう?」
僕の顔を凝視し、せっかく止まっていた涙がまた浮かぶ。
「孤独の辛さを僕は知っている。
自分の名前を呼ばれない事の哀しみを知っている。
頼る人が居ない恐怖も知っている……」
そう……僕は知っている。
孤独を。焦燥を。哀しみを。そして……絶望を。
「だから、独りで戦っているセリアさんを助けようと思った」
結界に閉じ込められたまま、独りで座るトゥーリが脳裏をよぎる。
僕に向かって笑うカイルが、脳裏に浮かぶ。
「あ……」
「だから、独りでもう戦わなくてもいいですよ。
僕も一緒に戦ってあげます。僕に罪悪感など抱かなくていい。
僕の命の心配などしなくていい。
僕がセリアさんの彼を殺す心配もしなくていいです。
セリアさんの、望む所へ僕が連れて行ってあげますから」
「うぅ……」
両手で顔を覆うようにして泣きじゃくるセリアさんに
何時もの、明るい溌剌とした姿は重ならなかった。
もしかすると、あの姿は無理していたのかもしれない……。
様々な感情から、自分を守るために。
「師匠……?」
僕の声で目が覚めたのか、アルトが目をこすりながら起き上がる。
一度大きなあくびをして、その口を閉じることなくあけたまま
セリアさんを凝視していた。
「……透けてる……。
泣いてる……。恨んでる!?」
どうやら、セリアさんの姿がアルトに見えているらしい。
僕の魔力を取り入れたからだろうか?
最後の恨んでるというのは、何処から来たんだろう?
「し……し…しししし……」
後ずさりながら僕を呼ぶアルト。
「師匠!! 幽霊がないてる!!!!!」
震えながら僕の横にきて抱きつくアルト。
「あれ? アルトは幽霊を知ってたの?」
「知ってる! 知ってるけど!
師匠! 呪われたらどうしよう!?」
アルトの顔色が悪い。
本気で怯えているようだ。
「ああ、大丈夫だよ」
「大丈夫?」
僕の言葉に、しがみ付いている腕を少し緩める。
「うん。僕にもうとりついてるから」
アルトが呪われる事も、取り付かれる事もないと
伝えたつもりなんだけど……アルトにはそう取れなかったようだ。
「……」
「アルト?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「アルト!?」
アルトの叫び声に、びっくりする僕。
「師匠! 取り殺される前にどうにかしないと!」
そう言って、剣を抜くアルト。
その目は真剣だ。体の震えも収まっていない。
人としてどうかと思わなくもない……だけど……。
真剣に僕の心配をしてくれているのもわかる。
わかるけど……僕は笑いをこらえるのに必死だ。
く……くるしぃ。
アルトの言動に、返事を返すセリアさん。
「うぅ……私はもう死んでるから~。
剣で刺されても~しなないよぉぅ~」
俯いて泣いていた為、髪で顔が隠れている。
まぁ……世を恨んでいる姿に見えなくもない。
だけど、話し方で色々台無しなのだが……。
「ぎゃーー!! 幽霊がしゃべった!!」
「幽霊もしゃべるわよぉぉ」
どうやら、アルトのおかげで浮上したらしいセリアさんが
アルトをからかう事に決めたようだ。
「ア~ルトく~ん~。あそび~ましょ~ぅぅぅ」
セリアさんが、ゆっくりアルトに近づくがアルトの反応がない。
「……」
「……」
「あれ? アルト君?」
「……」
「……」
「あれぇ? そんなに怖かったぁ?」
僕を見てセリアさんが罰の悪そうな表情を作った。
立ったまま気を失ったアルトを見て、僕は溜息をつく。
自分自身の行いは、この際棚上げだ。
「夜中に、子供にする悪戯じゃないような気がしますけどね。
前髪で、顔が隠れてますし」
「あれぇ? ちょっとした冗談だったのになぁ?」
アルトが何処で幽霊を知ったのかは知らないけど。
多分、ラギさんあたりが何か物語的なものを話したのかもしれない。
どんな話を聞いているやら……。
僕は気を失いながらも、うなされているアルトに
眠りの魔法をかけて、毛布をかけた。
「師匠が……。師匠が……」
うなされているアルトの頬をつつきながら
セリアさんが、アルトを楽しそうに見つめている。
その指はアルトの頬を素通りしているけれど。
「悪いのは、私だけじゃないと思うわよ?」
「そうですか?」
「うん」
「取り合えず、誤解は自分で解いてくださいね」
「えぇぇ! アルト君に嫌われたらどうしよう!」
「大丈夫ですよ。多分。
夜出るから怖いんですよ。昼間に出ればどうですか?」
適当な僕の返事に、セリアさんが他人事だと思ってっと
ブツブツ文句を言っているが、悪戯をしなければ
こうはならなかったのだ。自業自得だろう。
彼女の明るさや、溌剌さを先程は作っていたものかもしれないと
思ったけれどそうではないようだ。基本明るい性格なのだろう。
「悪戯をする元気が出たのなら、大丈夫ですね」
「うん。大丈夫。私は独りじゃないから」
「セリアさんは、何を望みますか?」
僕の問いに、視線を彷徨わせる事なく。
僕の目をしっかりと見つめ答える。
「私は、彼の元へ行きたい。
例え、罰を受ける事になっても。
この気持ちは変わらない……。
貴方には、迷惑をかけることになるわ……。
今の私では、恩を返す事も出来ない。
だけど、頼る事が出来るのは貴方しかいないの。
私の願いを、かなえてくれる……?」
「いいですよ。
僕は、貴方を貴方の彼の元へ届けると約束します」
セリアさんとの二度目の約束。
隠し事も、憂いもなくなった彼女はとても可愛らしく笑った。
きっとその笑顔は僕に向けたものではなく
彼に向けたものだろうけど……。
セリアさんが指輪に戻る瞬間、唇に乗せた言葉は
"ごめんなさい"ではなく、"ありがとう"だった。
読んでいただき有難うございます。