『 アルトと趣味 』
訓練だというのに、うわの空で僕と戦っているアルトを
手加減なしで吹き飛ばす。これが魔物との戦闘だったらなら
アルトは命を落としているはずだから。
「アルト」
僕の冷たい声に、アルトがすぐに立ち上がり構えるが
僕はもう相手をするつもりはなかった。
「……」
アルトを無視して、自分の訓練に入る。
僕の態度に、耳を寝かせて呆然と立ち尽くしているアルトを見て
こっそりと溜息をついた。
ムイがいなくて寂しさのせいで、気持ちが沈んでいるのかと
思っていたのだけど、どうやらそうではないようだ。
何かに悩んでいるというか、苛立っているというか。
悩むのもいいし、考えるもいい。
だけど、自分で自分の命を守らなければいけないこの世界で
訓練とはいえ、戦闘中に意識が持っていかれるのは危険な行為でしかない。
僕の訓練が終わるのを、耳を寝かせたまま待っていたアルト。
野営地へと戻り、汗の処理をした後腰を下ろした。
「……ごめんなさい」
「何が悪かったのか、理解しているよね?」
「はい……」
「同じ間違いをしないように」
「はい」
「それで、何を考えていたの?」
そう尋ねると、しゅんと俯いて黙り込む。
「言いたくない事なら、言わなくてもいいけど
1人で解決できないなら、相談するようにね」
視線を彷徨わせ、話すか話さないかを迷っているアルト。
「俺……」
「うん」
「やりたい事が出来たんだ」
「やってみればいいんじゃないかな?
金銭的に難しい事なら、内容によっては手助けするよ?」
「うぅぅ……」
「アルト?」
「師匠は、中途半端に投げ出しちゃいけないって言った」
「そうだね」
「俺、今も黒になりたいと思ってる」
ここまで来て、アルトのやりたい事というのが
アルトの夢の一つになる可能性を秘めたものかもしれないということに
気がつく。
「そう」
「だから俺、どうしたらいいのかがわからないんだ」
「うーん」
元気なく尻尾を動かしながら、僕の反応を待っているアルト
ただ僕には、何をそんなに悩む事があるのかがわからない。
両立するのが難しい夢なんだろうか?
それとも……。
「アルトが悩んでいるのは
僕と離れたいって事かな?」
僕と一緒では、叶わない事かも知れないとおもい
口に出すと、目を見開いて必死に首を横に振った。
「違う!!!!」
立ち上がって抗議するアルトに
落ち着くように促し座らせる。
「夢って言うのは、一つなんでしょう?」
首をかしげて僕を見るアルトに、先日話した内容を思い出す。
確か、中途半端に投げ出してはいけないということを話した。
「もしかして、僕が一つの事を決めたら最後まで
やりきりなさいといったから、悩んでいたの?」
「うん。それに、俺黒にもなりたい。
だけど、もう一つの事もすごく気になるんだ」
選ぶ事ができないって事かな。
取りあえず、その話は後回しにしよう。
「この前の話しはね、ギルドからの依頼や勉強を
途中で投げ出してはいけないといったんだよ。
それでさえ、臨機応変に考えないといけないけどね」
「俺には難しいよ」
困った顔のアルトに、少し笑う。
「例えば、出来るのに面倒だからと途中で止めるのは
これは駄目だという事はわかるよね?」
「うん」
「じゃぁ、依頼の途中で突発的な事故があって
自分もしくは、僕が怪我をした場合はどうだった?」
「えっと。命を最優先に。
命の危険性がなく続行できるようなら続行。あるなら撤退」
「そう。要は、出来るのにやらない。
難しいから、苦しいからといって投げ出すのが駄目だと言ったんだよ」
「……」
「ここまではいいかな?」
「うん」
「アルトが黒になりたいというのは、アルトの夢だよね」
「うん」
「アルトが今考えているやりたい事というのは
黒になるのを諦めないと、できない事なの?」
「わからない……。
だけど、黒になるのが簡単じゃない事だけはわかる」
「そうだね」
アルトの言葉に、憧れだけではないことがわかる。
アルトぐらいの年頃なら、あれになりたい、これになりたいと
ふらふらと彷徨っている子供の方が多いだろう。
色々な事に憧れていても許される年頃なのに……。
「それで、アルトは何をしたいとおもったのかな?」
「うーん……それも、よくわからないんだ」
「よくわからない?」
苛立ちが尻尾にあらわれる。
「うーん……」
パタパタと尻尾が地面を叩いていた。
やりたい事の、とっかかりが見つからないのか
それとも、まだ漠然とした想いなのか……。
それなら、わかっている事から纏めていくしかないかな。
「アルトはどうして黒になりたいの?」
僕の質問に、何を今更という顔をしながら
僕の質問に答える。
「師匠やじいちゃんみたいに、強くなりたいから」
「どうして強くなりたいの?」
「師匠やクッカを守るって決めたから」
「じゃぁ、黒になるには何が必要だと思う?」
「必要?」
「そう」
「えー。……強くならないといけない」
「強くなるためにはどうする?」
「訓練をする」
「そうだね。訓練に必要なものは何?」
「剣かなぁ?」
「そう武器も必要だし、武器の使い方を覚える事も必要だね」
「……」
「武器の使い方を覚えるには、アルトみたいに師匠から習うか
本を読んで独学で覚えるか、学校へ行く方法がある。
習うには、弟子入りしなければならないし
独学で覚えるならば、本を買わなければいけない。
学校へ行くなら、学校を見つけなければいけないね」
「う……ん」
「その他は?」
「他?」
「そう。黒になるために必要な事」
「えーっと……。ランクを上げないといけない」
「ランクを上げるためにはどうすればいい?」
「ギルドの依頼をする」
「そうだね。依頼を受けて完了させ
ランクを一段階ずつ上げていかないといけない」
「師匠?」
僕の質問の意図がわからないという風に首を傾げる。
「他はない?」
「うーーん。ない」
「アルトが考える黒になるために必要な事は
強さとギルドランクっていうことだね」
「うん」
「大変大雑把だね」
「大雑把?」
「大雑把だよ。黒になるためには知識も必要だし
ちゃんとした、礼儀作法も必要だからね」
「え!? 知識!?」
「そう知識。何処の地域にどういう魔物がいて
どれぐらいの強さで、何が弱点か……とかね?」
「なんで!?」
「なんでって……よく考えてみて?
黒という事は、ギルドの中で最強を名乗るのと同じ事なんだよ。
時には、魔物討伐の為に多くの人の命を背負わなくては
ならないかもしれない。そうなったとき、何も知らないで
多くの人を魔物と戦わせるの?」
「……」
「時には知らない魔物もいるかもしれないし
新しい魔物が発見される時もある。だけど、大体の事は頭に
いれておかないと、あらゆる事態に対処できないでしょう?」
「うーーー。礼儀作法はいらないと思う」
「僕はいると思うけどな。
国からの依頼を受ける事もあるようだよ?
それは別としても、その場所にあった言葉遣いや
態度というものは必要だと僕は思う」
「うぅぅぅ……」
「黒というと、ギルドの顔だよ。
想像してごらんよ。もしもだよ? アルトが黒になって
サイラスの結婚式に呼ばれたとする」
サイラスの婚期が、はるか先なのはこの際おいておく。
「そこは正式な式典で、礼儀作法が必要な場所だ。
礼儀作法を疎かにしていたアルトは、非常に浮くだろうね。
"あははー。サイラスさんおめでとー"なんていってごらん
アルトなら、そんな黒を見てどう思う?」
「幻滅だっ!!!」
「そうだよね?
最強を名乗るからには、憧れの存在にもなるだろうし
他の人の目標にもなるだろう。そんな存在にギルドが
適当な人間を選ぶわけがないんだ」
「……」
「自分で言っていたでしょう?
黒になるのは簡単な事じゃないって」
「そうだけど……。
それなら国と関わり合いにならなければいいと思う」
「確かにね……。
でも、力を持っているという事は多かれ少なかれ
厄介ごとを引き寄せるものだと思う。それが嫌なら
森の奥にでも、引きこもるしかないんじゃないかな?」
誰かを助けようとするならば。
守ろうとするならば、力が強いほど
そういう場面に遭遇する確率が増える。
助ける事が出来る。守る事が出来る範囲が広がるから。
アルトは強くなる。それに優しいから、僕のように
線引きをせずに困った人を助けていくだろう……。
「……」
「歴史を見ても、国とギルドが共に戦った事が何度かあるんだよ。
時折、魔物が異常に沸く年があるみたいだ。
その時は、国の手が回らない場所を
冒険者や傭兵が、守りに入る事があったみたいだね。
だれしも、自分が生まれた国は特別だろうから守りたいとも
思うだろうし、アルトもリペイドの王様が困っていたら
助けようって思うでしょう?」
「サイラスさんがいるから大丈夫だよ。多分」
「……」
「……」
微妙な間が空くが、気にせずに話を続ける。
「まぁ……これでもまだ足りないんだと思うんだけどね」
「えぇぇぇ!!」
「僕は黒じゃないから、黒の事は知らない事のほうが多いよ。
黒の事が知りたいなら、リシアで会う約束をしている
"月光"のアギトさんに、話を聞いてみるのもいいかもしれないね。
アルトが目標としてる"黒"を持っている人だから」
「……」
強くなれば黒になれると思っていたらしいアルトは
呆然としていた。
「黒になるのを諦める?」
僕の言葉に、我に返って首を横に振る。
「諦めないっ!」
「そう。それでは、本題に入ろうか」
「本題?」
「黒になるために必要な事が、大雑把にわかったよね?」
「う……ん」
「なら、これと同じように
アルトがやりたいと思ったことを纏めていってごらん?」
「纏める?」
「うん。僕が質問していくから
アルトは答えていくといい。一度やり方を覚えたら
次からは、1人でもできるから。それでも、わからない事が
できたら、いつでも頼ってくれるといいんだからね」
「はい」
「それじゃぁ……アルトは何をしたいとおもったの?」
「フィガニウスが凄くおいしかったんだ」
幻の肉だからね……。
「うん」
「その時は、余り深く考えなかったんだけど
エイクさんが、話していた事がきになった」
頷いて、話の続きを促す。
「エイクさんが、フィガニウスは
幻の肉5指に入るって言ってたでしょう?」
「うん」
「5指ってことは、俺の食べた事のない
美味しい肉が後4種類あるって事だよね!!」
キラキラした目を僕に向けるアルト。
「……そうだね」
「その他にも、美味しいものが沢山あるんじゃないかと思ったんだ!」
「……」
「だから俺、黒にもなりたいけど
美味しい物を食べる人にもなりたい」
美味しいものを食べる人……?
食べる人?? 美味しいものを探すとか
美味しいものを作るとかじゃなくて……食べる……?
「それは、お金を稼いで料理屋さんで食べるんじゃだめなの?」
「だって、幻のって事は普通には食べれないってことでしょう?」
「まぁ、そうだね」
「俺、色々な食材が手に入る料理人も考えたんだけど
俺、作りたいんじゃなくて食べたいんだ」
胸を張って答えるアルトに、笑いがこみ上げる。
「俺は美味しいものが食べたい!」
何度も食べたいというアルト。
「……」
「美味しいものを探しても見たい!」
アルトが何をしたいのか、簡単に言ってしまえば
チーム "酒肴"と同じ事がしたいということか。
アルトらしいと言えば、アルトらしいのかもしれない。
「そうだね……。
新しいものの発見は、中々難しいことかもしれないけど
やりがいはあるよね」
「うん」
取りあえず、"酒肴"の事は黙っておく事にする。
しかし、アルトの話を聞く限り黒になる事と食べる事を天秤にかけて
悩むほどの事じゃないと思うんだけど、アルトにとっては
切実な問題なのか……?
というか、食べる人というのは仕事なの?
食べ歩きとか、そっち方面の……そうだ趣味。
趣味に近いんじゃないだろうか。
「アルト……それは、趣味じゃないのかな?」
「趣味?」
「食べる仕事でお金を稼ぎたいの?」
「別に。お金を稼ぐのは依頼でいいと思う。
黒になるのも、依頼をしなきゃいけないし」
「例えば……美味しいものを食べて人に教えたいとか」
「うーん、俺は教えたいじゃなくて食べたいんだ」
「美味しい食材を探して、料理人に売るとか」
「売ったら食べれない!!」
「……」
「師匠、他に食べる仕事って
何があるんだろう?」
僕が聞きたい……。
「……取りあえず
僕は趣味からはじめてみたらいいんじゃないかと思うけどね」
「師匠、趣味ってなに?
仕事とどう違うの?」
「趣味って言うのは、個人的に楽しむものかな?」
「例えば?」
「例えば……。リペイドの将軍はお酒が好きだよね?」
「うん」
「お酒が好きで、飲んだ後のお酒の瓶を集めていたでしょう?」
「集めてた」
「あれは、後でお酒の瓶を見て、このお酒はどんな味だったとか
飲んだお酒の種類を忘れない為に集めてるんだよ」
「おぉー」
「それだけお酒が好きなのに、将軍の仕事は酒屋じゃなかったよね?」
「うん」
「お酒が好きで、世界中を回ってお酒を仕入れて売る人もいれば
将軍みたいに、お酒が好きでも仕事には選ばない人もいるんだよ」
「……」
「やりたい事全てを、将来の仕事と結び付けなくても
いいと思うんだよね。もちろん、これから先黒になるよりも
違う仕事につきたいと思うことがあるかもしれないけど」
「うーん」
「アルトは魚釣りが好きだけど、魚屋になるつもりはないんでしょう?」
「ない! 売らない!」
はっきりと売らないと言い切るアルト。
「アルトの話を聞いた限り
趣味に近いような気がするんだよ……」
大体、食べるだけの人って……そんな仕事があるなら知りたい。
いや……僕が知らないだけであるのかもしれないけど。
「趣味ー。師匠、趣味ってなにをするの?」
「魚釣りも趣味だと思うよ」
「うーん……。」
「アルトは具体的に何がしたかったの?」
「師匠みたいに、自分で狩って食べたかった」
「半分は売るつもりだったとか?」
「全部、師匠と一緒に食べる」
そこは、半分は売ろうよアルト……。
「そ……そう」
「うーん」
趣味といっても、ぴんと来ないみたいで
困ったように耳を伏せている様子を見ると
微笑ましく思ってしまう。本人は真剣なんだろうけど……。
「じゃぁ、一緒に考えていこうか」
「うん! でも、出発するのが遅くならないかな」
「大丈夫だよ」
僕はアルトのカップに飲み物を入れ
自分のカップにも、いれる。
温かい飲み物が、とても美味しい。
アルトは、ふーふーと息を吹きかけながら飲んでいた。
一息ついたところで、話を再開する。
「さて……。アルトが何をしたいのかはわかった。
一番初めに、必要になるものを考えようか。
何が必要だと思う?」
「魔物を狩る強さ」
「確かに。他には?」
「他……他……。美味しい魔物の情報?」
「そうだね。情報は大切だよね」
「だとすると……本?」
アルトが本といった所で、鞄から数冊本を取り出す。
「師匠! これ何の本?!」
「これは、魔物食材図鑑。動植物食材図鑑。
魔物図鑑に魚図鑑だね」
目を輝かせながら、アルトは本を見ている。
「魔物図鑑には、今発見されている魔物の情報が記載されている。
生息場所とか弱点とか、後は売れる部位なども書かれているね」
売れる部位が書かれているのは、自分が欲しい部位を取って
自分が必要ない部位を売る人もいるからだ。
「魔物食材図鑑と動植物食材図鑑は、何処の部位が美味しいかとか
食べちゃいけない部位とか、どういう料理に向いているとか
そういうことが書かれている。魚図鑑は魚の種類と地域がかかれてある。
食べる事が出来るかも記載されているよ」
本を手に取りたそうにしているけれど、渡さない。
「アルト、趣味といっても色々な形があるんだよ。
例えば、食べるだけで満足する人もいるし、将軍みたいに
飲んだ瓶を集める人、食べた記録をつける人もいる。
アルトはどうしたい?」
「記録をつける?」
本から視線を外し、首を傾げて僕をみる。
「うん。これは、トゥーリ宛ての手紙の内容の一つだけど……」
アルトに、僕が書いたものを渡す。
「うわぁ……」
そこには、図鑑に載っていない薬草の絵を書いて色もつけてある。
どの部分がどういう効能があるかを細かく書いて
あわせてもいい薬草と、あわせてはいけない薬草の種類も記載している。
「この手紙みたいに、食べた魔物や野菜、魚の絵を描いたり
どういう風にして食べたかとか、その他にどんな材料を使ったとか
どういう味がしたかとか、美味しかった。まずかった。硬かった。
柔らかかったとか、自分なりの感想も付け加えて記録していく人もいる」
「……」
「アルトも植物図鑑に色々書き込んでいるでしょう?
それを本格的にしたものかな? その他には……」
鞄の中から一枚の古い紙を取り出し渡す。
「こ……これ……これなに!?
魚!? 黒い魚!?」
「それは魚拓って言うんだよ」
「魚拓?」
「そう。魚にインクを塗って
魚の姿を紙に写して記録をとる。
魚のほかに、魚を釣った日付とか種類とかも書かれているでしょう?」
「うんうん」
「ここまでは大丈夫?」
「大丈夫!」
「こういう風に、趣味一つでも色々と楽しむ方法が
あるわけだけど、アルトは魔物を狩って食べて
それからどうしたいのかな? 別にたべるだけでもい……」
「俺も記録に残したい!!」
待ちきれないという感じで、僕の言葉をさえぎり
尻尾を思いっきり振りながら答えるアルト。
「ど……」
「今師匠が言った事、全部したい!!」
「そ……う。全部するの」
「全部する!!」
「全部するには、道具が必要だね」
何が必要かなと僕が言う前に、アルトが考えて答えていく。
「えっと。ノートでしょう? 色のついた鉛筆。
それから……師匠、どうやってここ綺麗に線を引いてるの?」
「それは定規を使っているんだよ」
鞄から、アルトの勉強用のノートとは違い
皮の表紙の丈夫なノートを作り取り出す。
24色の色鉛筆と、定規も作りノートと一緒に重ねた。
「他に必要なものはあるかな?」
アルトの視線はもう、目の前の新しい道具に釘付けで
耳は違う意味で寝ている。
「ぎょ……ぎょたくのどうぐは? 何を使うの?」
魚拓の道具は中々に便利なものが売られていた。
アルトに渡した魚拓は、カイルがとったものだけど
その時に使われたとおもわれる道具が残っているのでそれを渡す。
「僕も使った事がないんだけど、この魔道具で取れるみたいだよ」
鞄の中から、箱入りの道具を取り出してあけてみる。
箱の中には、小さい瓶の中に黒のインクが詰められてあった。
「どうやってとるのかな?」
「どうするんだろうね?
説明書があるから、読んでみるね」
アルトも気になるのか、隣に移動してきて説明書を覗き込む。
「魚の姿をあっという間に紙に写し取る不思議なインク!
魚に一滴たらすとあら不思議、見る見るうちに広がって
後は紙を乗せるだけ! 魚にインクは残らずその後は料理も可能です!」
「……」
声に出して説明書を読んだ。
「便利なものがあるんだね……」
日本にいた頃に、方法を聞いた事はあるけど
実際にやったことはない。色々大変そうだという印象はあった。
この不思議なインクは、一滴たらすだけでいいらしい。
この魔道具を誰が考えたのか非常に気になるところだ。
よほど、釣りが好きな魔導師がいたのかもしれない。
「使ってみたいなぁ」
説明書を箱にもどす僕の手元を見ながら
アルトが呟く。
「暫くお預けかな?
近くに魚が釣れる場所はなさそうだしね」
しょんぼりと肩を落とすアルトをみて苦笑が浮かんだ。
インクの箱の横に、魚拓を取るための紙も丸めて一緒に並べて置いた。
「準備はこれぐらいかな?」
僕は、本以外をアルトに渡す。
嬉しそうに受け取り、お礼を言うアルトに一度頷いた。
「さて……ここに本があるわけだけど。
アルトには、この中から一冊だけ僕からプレゼントするよ」
「えぇ!?」
今まで、必要なものは全部僕が用意してきたけれど
アルトのお金の使い方は、ほぼ食べ物で占められている。
このまま行けば、食べる人になりたいと言っている事からも
依頼で稼いだお金が全て食べ物になる可能性が高い……。
それは避けなければ……。
そろそろ本当に欲しいものは、自分のお金をためて買う習慣を
付けていくべきかもしれない。そう思い、アルトが欲しがる本を並べてみた。
アルトが驚いている様子からも、全部貰えると思っていたようだ。
「今まで僕が用意してきたけど。
今回はアルトの趣味だからね。勉強の本や道具は僕がそろえるけど
アルトの趣味に関しては、自分でお金をためて揃えるようにしてね」
「……」
「趣味というのは、自分でお金や時間のやりくりをしながら
楽しむものだからね。自分の仕事や生活を圧迫しないように
気をつけないといけないよ?」
「は……い」
「アルトは、どの本が欲しい?」
僕の言葉に、真剣に本を見るアルト。
ページをめくり、内容を確かめ本を持ち替えていく。
「うーーー」
時間がゆっくりと過ぎていき、僕は3杯目のお茶を飲んでいた。
「し……師匠~」
「何かな?」
「決められないぃぃぃ」
「僕が勝手に決めてもいいなら決めるけど」
「えぇぇー」
「どうする?」
「もう少し考える」
うんうんと唸りながら、どの本にするか悩んでいる
アルトを眺めながら、ゆったりと流れる時間を楽しんでいた。
読んでいただき有難うございます。





