『 僕達と謎の人物 』
風に揺れる草の音と、ミスマッチな土をガリガリと削る音を聞きながら
僕は、しゃがんで真剣に計算しているアルトの向こう側を見る。
「3倍ということは、掛け算を使うから……」
土を削る音と一緒に、アルトがぶつぶつと呟いていた。
ガラガラと荷馬車が走ってくる音が、近づいてくる。
リペイドから、洞窟を通ってクットに入り近い村に少し滞在した後
サガーナに向かう予定を立てていた。
その村を、出発したのが一昨日で次の街までは大人の足で1日と言うところだ。
しかし、いつもの通りアルトのペースで歩いていたために
昨日は、途中で野宿をすることになったのだけど。
その村から、次の街に向かうのに、大きな道を使うルートを選ばすに
あまり人が通らない道を選び、街に向かっていた。
魔物に遭遇する確率はあがるが、周りのわずらわしい視線を回避できるほうが
アルトにとっては、いいと思ったからだ。
そのおかげで、今まで誰ともすれ違わなかったわけだけど……。
いつもなら、荷馬車の音に気がつくアルトだが今は集中しすぎて
周りの音が聞こえていないらしい。
アルトがしゃがんでいるのは、道の端なので荷馬車の邪魔にはならない為
そのまま何も言わずに、荷馬車を見送ることにした。
しかし、そのまま通り過ぎると思っていた荷馬車は
僕達の手前で止まり、男性が荷馬車から降りて、僕達のほうへと歩いてくる。
僕は少し警戒しながらも、それを表に出さないように
近づいてくる人物を観察していた。
見えるところに武器は持っていない。
しかし、魔力が高いことから魔導師の可能性が高い。
その人物は、アルトのすぐ横に来るとしゃがみこんでアルトに話しかける。
「どうした? 具合が悪いのか?」
アルトがしゃがみこんでいるので、心配してくれたようだ。
「大丈夫です。ありがとうございます」と僕が声をかけると
僕を一瞥してから「この子の、話を先に聞きたい」といい
またアルトに話しかける。
「怪我でもしたのか? 大丈夫か?」
その人物の態度に、僕はいつものように誤解されているんだと思い当たる。
アルトが返事をすればいいんだろうけど
アルトにその人の声は届いていない。
「3個あまっていたから……3を掛けて……」
うわ言の様にぶつぶつと
傍から見れば、わけのわからないことを言っているようにしか見えないアルト。
僕は、口を出すべきか悩んだけれど
先にアルトから、話を聞きたいと言い切った彼に
きっと僕が何を言っても、無駄だろうと思い
彼が、アルトを傷つけようとしない限り見ていることにした。
「おい! 大丈夫か!!」
少し大きな声で、アルトに話しかけ
その声に初めてアルトが、ものすごく不機嫌にその人物を見て
「黙ってて!!!」と一言いったきり、また地面に視線を戻した。
-……。
そこは、『黙ってて』じゃなく
警戒しなければいけないところじゃないだろうか……。
アルトの剣幕に、一瞬驚いた顔を作った彼はアルトの手元に視線を落とした。
「数字? 足し算に掛け算?」
アルトの計算式を見て、先ほどよりも驚いた表情を作る彼。
そして、いきなり立ち上がり僕にきつい視線を向ける。
「こんな小さい子に……掛け算なんて教えてどうするつもりだ……」
「アルトは、もう12歳ですが」
「まだ、12歳……」
先ほどよりも、きつい視線を僕に向け
「掛け算なんて、15歳以上の上級の学校で習うものだろう
お前は、この子に価値をつけて売るつもりなのか?」
「え……?」
僕はその人物の言葉に衝撃を受ける。
僕は、まだ一桁の掛け算しか教えていないのだ。
売るつもりなのかというところは、何時ものことだから聞き流す。
12歳といえば、6年生ぐらいだ。
掛け算は、確か2年生7歳~8歳で習うんじゃなかっただろうか……。
「おい! 聞いてるのか!」とその人物が僕に怒鳴ると同時に
アルトが「できた!!!」っと叫んだ。
そして、先ほどからアルトの横にいる彼を無視して
瞳をキラキラさせて、僕の服をひっぱる。
「師匠! 解けた! 最初の答えが9で次の答えが10!」
嬉しそうに答えを告げるアルトと
僕を睨み付けている知らない人……。
「……」
とりあえず、彼の誤解を解くのは時間がかかると思われるので
アルトのほうから、対処していくことにした。
「うーん、とっても惜しいけど不正解です」
僕の言葉に、アルトの目が見開かれ
地面に書かれている答え見て、もう一度僕の顔を見る。
「あってるよ! 師匠! 俺計算まちがってない!」
アルトの必死の様子に、アルトの隣の知らない彼が
地面の計算式と、答えを見て僕に怒りの視線を向けた。
「おい! 計算式と答えがあってるだろうが!
こんな小さな子供をいじめて何が楽しい!」
「俺と師匠が話してるんだ!
黙ってて!!」
アルトが、口を挟んだ彼を黙らせる。
「……」
「師匠、俺まちがってないよ!」
「……」
アルトに黙っててと言われたからか
無言で僕に、圧力をかける彼と必死な様子のアルト……。
「……」
僕は、ため息をつきたい気持ちを押さえ込んで
口元をキュッと引き締めたアルトに、解答を伝える。
「最初の答えが9で、次の答えが10なんだよね?」
「うん」
「計算式はあっているし、その計算式の答えもあっているね」
「2回計算した! だから間違ってない!」
そう胸を張って、答えるアルト。
「だけど、僕が出した問題は……。
クッキーが入っている袋があります。
アルトは、このクッキーを全部食べようと思いましたが
僕が、袋の中から3枚抜きました。
さらに、このクッキーが美味しかったので
僕は、更に4枚食べてしまいました。
結局、残ったクッキーは3枚しかありませんでした。
だけど、アルトが僕のほうがたくさん食べた! と言ったので
僕は魔法で、残りのクッキーを3倍に増やしました。
クッキーは最初、袋に何枚入っていましたか?
そして、アルトが食べることができるクッキーは何枚になったでしょう。
という問題だったよね?」
コクコクとアルトがうなずく。
謎の彼は、アルトと同じく黙って問題を聞いて
そして、アルトが何を間違えたのかがわかったようだ。
僕に対しての圧力が消えている。
アルトと僕のやり取りで
なんとなくだが、僕達の関係を感じ取ってくれているように思う。
「アルトの答えは、袋に入っていたクッキーは9枚で
僕が増やしたクッキーが、10枚だと答えた」
「はい」
「計算式は、足し算のほうが袋に入っている枚数を求めるもので
掛け算のほうが、魔法で増やした枚数を求めるものだよね?」
「……」
何を間違えたのか、気がついたらしい。
目が大きく、開く。
「アルト足し算の答えは?」
「……10」
「掛け算の答えは?」
「……9」
「最初の答えは?」
「……10」
「次の答えは?」
「……9……」
だんだんと、落ち込んでいくアルト。
「では、正解は?」
「……最初が10で……次が9」
「そう。計算式も答えもあっていたけれど
一番最後の答えを、僕に話すところで間違えたんだね」
「……」
アルトが、プルプルと震えだし
目に涙をためて、キッと隣に立っている人を睨んだ。
「隣でごちゃごちゃいうから!
間違えたじゃないか!!!」
-……アルト……それは、八つ当たりじゃないだろうか……。
僕が、何かを言うよりもはやく
謎の彼が、アルトに謝る。
「いや……ごめん。
本当、ごめん」
-……。
アルトは、「ぎゃーーーーー! 俺のクッキー!!」と叫んで
うずくまってしまった。自分の世界に閉じこもったようだ。
「悪かった」
「……」
-……。
「元気だせな? 機嫌直せ?」
「……」
-……。
謎の彼は、アルトの機嫌を直そうとアルトと一緒に
うずくまって、話しかけている。
僕は、色々と、本当に色々と突っ込みどころが多くて
どこから、対処していいのかがわからない。
この時にはもう
彼からの、僕を睨むような視線が消えていたのが救いだけど……。
そして、彼がアルトの肩に触れようとした瞬間
アルトが、反射的にその手を避け、剣を抜き彼から距離をとって叫んだ。
「誰だ!!」
-……遅いよアルト……。
それに『触るな』ならまだわかるけど……。
でも、知らない人物だから『誰だ』も間違ってはいないのか
遅いけどね……。
アルトの肩に触れようとしていた彼は、アルトのスピードに
驚いていたが、自分も立ち上がり警戒しているアルトの目を真っ直ぐに見つめ
「誰だと言われれば、答えねばなるまい!」
「ホヤッー!」と気合の入っているのか入っていない掛け声の後
意味があるのかわからないポーズをとった。
簡単に言えば、ヨガの木のポーズに似ているが少し違う。
その体勢を維持したまま……。
「俺は、女性と子供の味方! ルーハスだっ!!」
「……」
「……」
すべったようだ。微妙な空気が漂っている……。
アルトの、彼ルーハスを見つめている目は冷ややかだ。
「困っている、女性と子供を助けるのが俺の役目っ!」
「……」
その微妙な空気を吹き飛ばすように、次々とポーズを変え
正義の味方をアピールするように、次の言葉を放った。
「君にひどいことをするやつを、退治してやろう!」
ちなみに、僕は笑いをこらえながら
2人のやり取りを見物している。危険な人物ではなさそうだし
アルトがどういう反応を返すのか、興味もある。
何時ものアルトなら、僕の顔を真っ先に見るはずなんだけど
よほど、最後の問題を間違えたのが悔しかったらしい。
そして、その怒りの矛先がアルトの考える邪魔をした
彼に向かっているようだ。珍しいキレ方をしている。
「さぁ、遠慮なくいうがいい! 誰を懲らしめて欲しい!」
「……」
アルトは、目を細めながら
剣で彼を指した。剣の先は真っ直ぐ彼に向いている。
「……」
「……」
「俺……?」
彼の言葉にはっきりと頷くアルト。
その眼差しは容赦がないほど、真剣だ。
「難しい問題を出した、彼じゃないのか?」
「俺は、クッキーも好きだけど
難しい問題を解くのも好きなんだ」
「……」
「……なのに、最後で間違えた」
「……俺? 俺のせいか?」
そして、頷くアルト。
「……」
「……」
「さっき謝っただろう?」
「俺は、許すっていってない」
「確かに、言われてないな」
そして沈黙が2人を包んでいた。
剣を向けたままのアルトと、変なポーズしたままの彼……。
アルトが、妙なキレ方をしてるとはいえ
初対面の人間に、ここまで話ができたことが少し嬉しかった。
思わず小さく笑ってしまった僕に
チラッとこちらを見た、彼の視線を黙って受け止めた。
「……助けてくれないか……?」
彼の言葉に、また少し笑い
僕は、アルトを宥める為にアルトのほうへと歩いていった。
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