『 閑話 : 進むべき道は 』
* エイクとドーナツ *
《エイク視点》
ユウイにかまれた指をさする。
セツナは、苦笑を浮かべながら治癒魔法をかけましょうかと
言ってくれるが、たいした怪我ではないことから断った。
セツナが作るドーナツは、ハルで見たものとは違った。
形は歪だが、どこか温かみを感じたのは手作りだからだろうか?
大きな器に、ボールというらしいが惜しげもなく材料を入れ
混ぜ、大量の油の中に投入していく。贅沢な食べ物だ。
俺は一度、チームのリーダーに食べさせてもらった事があるが
とても美味しいものだったと記憶している。
あいつが作る、肉団子みたいな形のドーナツは
どんな味がするのか気になり、ユウイの皿からつまもうと
指を伸ばした瞬間に噛み付かれた。それも歯形が残るぐらいに……。
皿を抱え込み、食べる姿は真剣だった……。正直怖い。
しかし、アイリもユウイと似たり寄ったりで
真剣に食べている所を見ると、よほど腹をすかせていたんだろう。
アルトと精霊達も旨そうに食べていたけれど、必死な様子はない。
「エイクさん」
呆れたように、2人を見ていた俺をセツナが呼ぶ。
視線を向けると、かごの中に一杯のドーナツが入っていた。
「次々あげていきますから、配ってきてください。
皆さん、アルト同様何も食べていないと思いますし」
そういう気遣いを見せるセツナ。
材料費だって馬鹿にならないだろうに。
「そんな、気を使う必要なんてないと思うぜ」
「夜は僕がご馳走になりますしね。
持ちつ持たれつというやつです」
俺にかごをわたし、また油の中へと生地をいれていく。
かごの中のものを一つつまみ、口に入れると火傷しそうなほど熱いが
それなりに旨かった。
ドーナツのかごを持って歩くと、真っ先に集まってきたのは女性陣で
甘い香りのするお菓子に、目を輝かせている。
指でつまみ、口に入れ溜息をつくようすを只眺めた。
どうやって作るのかしら? 材料はなんだろうと女性らしい話を咲かせていく。
挙句の果てに、作り方を聞いてこいと命令された。
あいつの事だから、快く教えてくれるとは思うが
知りたいのなら自分で聞きに行けと言うと、それはちょっとと尻込みする。
沢山あったドーナツはあっという間になくなり、空のかごを持っていくと
また違うかごを渡され、俺は暫くドーナツを配り歩く羽目になったのだ。
評価は上々というところだろうか。
売り物と比べるほうが間違っているんだろうが
俺は、売り物の方が旨いと思う。色々な味があるし柔らかさも違う。
それでも、売り物を食べた事がない村の奴らはこれほど美味しいお菓子は
食べた事がないと絶賛していた。
そこで、もやっとした感情がわく。
牛乳と砂糖はこの村では高価な部類に入る。
だが、他の国ではこの村ほど手に入りにくいわけじゃない……。
それ以前に、こういう菓子があるということすら
知らない奴らが多いんだ……。他の国と比べてサガーナは貧しすぎる。
俺が何時も感じる事だった。
初めて食べる美味しい菓子に、目の色を変えるのは当然かもしれない。
そう考えて、どうしようもなくやるせない。
もっとこの国を豊かに出来ないだろうか。
もっと、こいつらに美味いものを食べさせてやる事はできないだろうか。
今まで自分の家族の事で精一杯だった俺。
その問題も、何とか落ち着いた。
ドーナツを配りながら、村の奴らの笑顔を見ながら
俺は、その答えを探すのだった。
* 僕と迷い子 *
《セツナ視点》
アルトと一緒に、蒼露様のところへと挨拶に行く。
明日この村から、バートルへと向けて出発する事にした。
目的地はリシアだけど、サガーナからリシアへと行くには
それぞれの村が守っている場所を通らなければならず
その度に、説明して歩くのも面倒なので来た道を戻る事にしたのだ。
アルトは早々に、僕達から離れて一緒についてきた
アイリとユウイと遊んでいる。時折聞こえてくる楽しそうな声を
微笑ましく思いながら、僕は地面に腰を下ろして蒼露様達と話していた。
「伝えるか迷う所じゃが、そなたの首にかけられている指輪
その中に、迷い子がおるであろう」
「迷い子?」
「死しても、水辺に行かずにいる者たちのことじゃ。
神が定めし掟を守らずに、強い想いで神からの摂理を断ち切った者達のことじゃ」
「……」
「死すれば、安らぎの水辺へと行く。
これは、変えてはならぬ事じゃ。それを変えるならば
代償を払わなくてはならぬ……。
その娘の払う代償は、来世に持ち越される事になる」
「来世ですか」
「そうじゃ。本人は覚えていないであろうが……。
魂にはその証が刻み込まれてしまう。
今ならば、わらわがそのままの魂で水辺へとあげてやるが」
蒼露様がそういって、僕の指輪を見た。
指輪は何の反応も示さない。それは拒絶ということだ。
「意志は固いようだの。
そこまでして、その思いを遂げねばならぬのか。
自分の来世を犠牲にしてまで、せねばならぬ事なのか」
蒼露様が説得を試みるが、セリアさんは何の反応も返さなかった。
「来世はどんな代償を支払わされるんですか?」
「迷い子によって違うがの」
そう言って、蒼露様が僕に色々な事を教えてくれた。
その中に、このままの状態で行くとセリアさんが受けるであろう罰も
含まれていたのだった。
「思いを遂げる前に、気が変わったのなら
訪ねるといい。水辺へと送ってやるからの」
僕にではなく、セリアさんに語りかける蒼露様。
その声は、優しさで満ちていた。
「蒼露様はどうされるんですか?」
「どうするとは?」
「今まで、蒼露の樹の中で暮らしていたのでしょう?」
「そうじゃ」
「これからも、樹の中で暮らすのですか?」
「もちろんじゃ。暫くは他の村の長との対面などを
ロシュナやディルから、お願いされておる。
その辺りが落ち着いたら、しばし眠ろうと思っている」
「眠り?」
「そなたが、過剰な魔力を蒼露の樹に与えたからの
他の樹に魔力を与えなくてもよくなった分
サガーナの守護にまわそうとおもっての」
「……」
「ロシュナ達に告げるではないぞ」
「どうしてですか?」
「人と獣人の均衡を崩しかねないからの」
「今のところ、人の方が強いと思いますが」
「だからじゃ。だからわらわが少し力を貸す。
だが、本来は彼等自身でやらなければならぬ事じゃ」
そこで一度ため息をつく蒼露様。
「蒼露の樹が、病になどかからねば
わらわの力がもう少し強ければ、彼等はもっと自分達を
守れたはずなのじゃ……毛皮にされる事など……」
ギュッと目を閉じて、怒りをやり過ごす蒼露様。
「このままでは、種族の繁栄が危うい。
蒼露の樹とその子供らを中心に、わが魔力を使い結界を張っていく。
悪意を持った人が入れぬようにな。そのための眠りじゃ。
そう広い範囲ではないがの」
「そうですか」
「そなたとの約束は忘れぬ。
声をかければ、目覚める程度の眠りだからの
遠慮せずに、願いができたのならくるといい」
「ありがとうございます」
蒼露様との話が落ち着くと、光の精霊が僕の服を軽くひっぱる。
光の精霊の方へ視線を向けると、ふわっとわらい
「セツナ、契約しよ」といった。
すぐに蒼露様の、「駄目じゃ」が入ったのだが……。
まだ諦めてなかったのかと苦笑を落とした。
* ディルとトキトナの街 *
《ディル視点》
応接室に通され、エイクと2人で座っていた。
扉の向こうでは、なにやらざわついておりお前がいけ!
などと、押し付けあっている声が聞こえる。
彼らの気持ちも、わからなくはない。
今まで誰一人として、村の長がトキトナの街を訪れる事は
なかっただろうから。何を言われるのかと警戒している事だろう。
取次ぎを頼んだ時に、私的な事だと伝えて欲しいと言ったのだが……。
ユウイの我侭で、アルトが可愛がっていたムイムイという生き物を
預かる事になった。今はまだ小さいが、セツナからの手紙では
結構な大きさになるらしい。
手紙と一緒に、餌代も同封されており
ムイを譲ったのではなく、アルトが預けたので預かり代として
受け取って欲しいという事だった。
ムイは現在、ユウイと一緒に寝ているが
そのうち専用の場所が必要になると考え、そのための場所を
確保する為にも、成長したムイムイを見る必要があった。
取りあえず、エイクを連れてトキトナに住む
ルーハスという人物を訪ねることにする。
セツナからの手紙に、餌の事を相談するといいと書かれていたのだが。
エイク1人に頼んだ方がよかったかもしれない。
扉の向こうが静かになり、やっと扉が開いた。
立ち上がろうとした私達を、「いえ、そ、そのままで」と
少し言葉を詰まらせながら、人間の男が部屋に入ってきた。
その隣には、リスの獣人の女性がついている。
私達の前で、一度頭を下げ座り
覚悟を決めたのか、真直ぐに私と視線を合わせる。
「はじめまして。私は、獣人保護協会の職員の1人ルーハスといいます。
半獣です。隣の彼女も同じ職員で、彼女は獣人ですがコーネといいます。
私と面会をという事でしたが、どのようなご用件でしょうか?」
「いきなりの訪問ですまない。私は狼の村の長をしているディルという。
隣の男は、エイクだ。今日は、少し頼みたい事があって来たのだが……」
「私達にでしょうか?」
私達にという言葉は、半獣のという意味なんだろう。
「君が、半獣かどうかは今回の話には関係のない事だ。
この街とサガーナの関係で、たずねたわけではない。
取次ぎを頼んだときにも伝えたが、私的なことなので
そう緊張しないでもらえないか」
半分が真実で、半分が嘘だ。
私はこの街の、視察も兼ねている。
「……はい」
まだ警戒は解いていないが、街の話ではないと聞いて
少し安堵した表情に変わった。
「ルーハスさんは、セツナを知っているんだろう?」
「セツナですか? 知っていますが。
彼は、貴方方の村へ行くと言っていたはずですが」
エイクの言葉に、ルーハスが驚いた表情を作りながら返事を返した。
「ああ、来た来た。
もう、バートルに向かって旅立ったけどな」
「なら、アルト君は村の子供として認めてもらえたんですか?」
コーネという女性が、身を乗り出してエイクに問いかける。
「ああ、元長にくそじじいっと悪態をつきながらも
可愛がられていたぜ」
「そう……よかった」
心から安堵したという表情を作り笑う彼女に
セツナもアルトも、彼等といい関係を築いていたようだ。
「ここに来られたのは、彼等が関係する事でしょうか」
ルーハスが話題を元へと戻す。
「そうだ。アルトが村を発つさいに
ムイムイという生き物を、私の子供に預けていったんだ」
「……」
「え……。
アルト君が、ムイを手放したんですか?」
コーネが両手で口元を押さえ、信じられないというように
言葉を吐き出す。
「私の娘が、ムイと離れるのが嫌だと泣いてね……。
アルトが見かねて、娘に預けてくれたのだ」
「そう……アルト君が……」
ルーハスとコーネの驚きを隠せないといった表情に
そこまで驚く理由を知りたくなり、たずねる。
そこで聞いた事は、アルトが私達が思う以上に
あの生き物を大切にしていたという事だった。
この話を聞いていれば、預からなかったものをと
後悔が胸をよぎる。きっと寂しい思いをしているに違いない。
私とエイクが、神妙な顔をしているのを見かねてか
ルーハスが、慰めの言葉をかけてくる。
「遅かれ早かれ、連れ歩く事が出来なくなる。
お2人が気にする事ではないと思いますが。
それで、今日はムイムイの事でいらしたんですか?」
「ああ……そうだ。
これから成長する上で、餌の確保と
あと、成長したムイムイを見せてもらえればと思ったのだ」
「なるほど、では案内いたします。
少し距離がありますが、お時間はよろしいでしょうか?」
「かまわない」
ルーハスの案内で、トキトナの街を歩く。
中々に活気があり、街で暮らしている者達も笑顔のものが多い。
エイクとルーハス、コーネがセツナとアルトの話で
盛り上がっているのを横目に、トキトナの街というものを観察する。
獣人と人間が、半獣の為に作った街。
その歴史は、暗い出来事が多いはずだ。
人間からも獣人からも、敵視されていたのだから……。
そこまで排除してきた彼等を、蒼露様の怒りをかわないために
今度は掌を返したように、私達は受け入れるのだろうか……。
それは余りにも、彼等を馬鹿にしている事にならないだろうか。
幸せそうに笑う、この街に住むものを見ながら
この先どう付き合いを広げていけばいいのかと
胃が痛くなる思いだった。
気持ちが沈む事を考えながら、エイク達の後ろをついて歩き
目的地へとついた瞬間……。今まで考えていた事が全て吹っ飛んだ。
「ない……これはない」
エイクが呆然としながら呟く。
私も、どう表現していいのかがわからない。
この大きさの生き物を、村で育てた事は一度もない。
先程アルトとムイの話を聞いた時に、おかしいと思うべきだった。
人が乗れるといっていたのだから……。
言葉もなく、ただムイムイを見つめる私達に
案内をしてきてくれた2人は、黙って付き合ってくれていたのだった。
読んで頂き有難うございました。