『 閑話 : セツからの手紙 』
* トゥーリ視点
あの時ああすればよかった。あの時に気がついていれば……。
そう思うのは、いつも全て終わった後で……。
私は、何度後悔すれば後悔しなくなるんだろう。
私の気持ちが何処にあったとしても
私の為に、心を砕いていてくれた事を
どうして私は、もっと真剣に受け止めなかったんだろう。
彼との会話を。彼からの手紙を。
どうして、もっと大切にしなかったんだろう。
どうしてもっと……。
彼が私に与えてくれた沢山のものを
なぜ、私も返そうとしかなったんだろう。
嬉しかったのに……。
私が逃げないでいれば。
彼と向き合っていれば。
その兆しに気がついたかもしれない。
気がつけたら、綻びをその度に繕うことができたのに。
気がつけていたならば……。
私達を結ぶ腕輪が……粉々に砕ける事も……なかったかもしれない。
そして……彼の心も。
彼の大切な人が亡くなった夜。
返事をしていれば、彼の心は少しでも癒されていただろうか?
アルトと離れ、独りで過ごしていた夜
眠くてその時の会話を覚えていなかった。
私の言葉が、どれ程彼を傷つけたのか……それさえもしらなかった。
新月なのに、彼からの呼びかけがなかった夜
私から呼びかけていれば、彼は弱音を吐けただろうか。
彼が、私との約束を破ってここに来た夜
全身血まみれの彼の姿に怯えず
彼の名前を呼んでいれば、彼は……選択などしなかっただろうか?
彼の声を……彼の気持ちを……ちゃんと受け止めていれば
彼の……になれたのだろうか。
セツナ……。ねぇ……セツナ。
貴方が、私に想いを告げなくなった頃に
私がその事に気がついていたら、私達の未来は違うものになっていた?
この洞窟で、貴方が好きだともっと早く気がつけたのかな……。
伝えられない気持ちを抱えて、泣く事などなかったかしら。
貴方の孤独を、もっと早くに気がつくことができた?
貴方の本当の……を教えてくれた?
……。
その、答えは届かない。
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クッカと生活を始めて、初めてセツがクッカを呼び出した。
セツから声が届いた時のクッカの喜びようは、とても可愛らしいもので
本当にセツが好きなのだという事を、体全体で表しているようだった。
本当ならば、精霊は何時も契約者と共にあるものなのに
クッカは私と一緒にいてくれる。ごめんねと謝っても
私のことも好きだと、可愛く許してくれるのだった。
クッカの足元に魔方陣が浮かび、クッカが魔法で呼ばれる。
契約している精霊ならば、名前を呼ぶだけで主のもとにいけるのに。
もしかしたら、そのことをセツはしらないのかもしれない。
クッカが、元気よく「いってきますのですよ!」と告げ
私は、笑って「いってらっしゃい」と答えた。
クッカがいなくなった洞窟は、何処か寂しげにみえる。
それは、私が寂しいと思っているせいもあるのだろうけど……。
セツがここに来て、私の生活はガラリと変わってしまった。
その状況に、身をゆだねてもいいものか悩む時もあるけれど
この状況を、捨てる事はもうできないとわかっていた。
寂しいのはいや。
怖いのもいや。
独りはいやだ。
何も見えない暗闇の中で、独りになるのは嫌だった。
それが私に与えられた罰だというのに……。
堂々巡りになりそうな思考を元へと戻す。
そして、どうしてクッカが呼ばれたんだろうと気になった。
今まで呼ばれた事は一度もなかった。
私を気遣って、呼ばなかっただけかもしれないけれど
今日呼んだという事は、それほど困難なことがおきたのかなとか
大丈夫なんだろうかとか、不安になっていく。
そして、このまま誰もここに戻ってこなかったら……と
考えると恐怖が這い上がってきた。
セツやアルト、クッカの心配だけではなく
自分本位の思考にも傾いてしまう自分自身に、嫌悪を抱いた。
先に寝る気にもなれず、クッカが帰ってくるまで起きていようと
考えた時、机の上の魔方陣が輝いた。
机の上には封筒がのっている。
その封筒を手に取り、何時もより少し雑に開封してしまう。
手紙の内容は、とても簡単なものだった。
精霊に関する問題が発生して、クッカの力が必要だったから
呼び出したと書かれてある。時間がかかりそうだから
クッカを待たずに、休んでいるようにと。
手紙は少しの情報と、私に寝ているようにという事だけだった。
命の危機とかではないようで少し安堵する。
何度かセツからの手紙を読み返し、何処か違和感が残る感じに
首を傾げる。何時も貰う手紙と違うような気がした。
何が違うのだろう?
最近は、3日に一度ぐらいの間隔で手紙のやり取りをしていた。
その内容はほぼ、薬草学に対する質問でしめていたけれど。
セツは何時も丁寧に返事を返してくれた。
薬草学の手紙の合間に、セツからの近状報告の手紙や
贈り物と一緒に手紙が届く事もあった。そういう手紙には必ずといっていいほど
甘い言葉が綴られていた。正直、セツからのそういう手紙は苦手だった。
近状報告は何時も面白おかしく書かれているので
クッカと一緒に、わくわくして読んでいる。
だけど、私だけに綴られる贈り物つきの手紙はどうしても
苦手意識が先に来たのだった。
そこまで考えて、ようやく気がつく。
私だけにあてた手紙にも関わらず
彼の想いが綴られていなかったから。
答えがわかって、もやもやが霧散する。
クッカが戻らないのなら、先に寝ていよう。
そのほうが、1人で過ごす時間が少なくなるだろうから。
そう考え私は、それ以上考える事もせずベッドに入る。
そしてこの日の手紙を境に、セツから甘い言葉が綴られた手紙が届く事はなかった。
だけど私はその事に気がつかなかった。
私から手紙を出せば、丁寧な返事が返ってくる。
近状報告も、面白おかしく書かれて届く。
贈り物は、近状報告の手紙と一緒に届けられたから。
暇な時間があれば、おかしいと気がついたかもしれない。
だけど、薬草学の基礎が終わり中級に入ると難易度が上がり
私は、セツに駄目だしの手紙を何度も貰う事になる。
時には、本当にやる気があるのかと怒られることもあった。
そのたびに、私はどんどんとのめりこんでいき
セツが何を想い、苦しんでいるのかなんて考える事もなかったのだ。
最初に彼が言ったように、甘やかしてくれる事はなかった。
だけど、厳しい分よく頑張ったねとほめて貰えると嬉しかった。
私の薬が役立ったと言われたら、心が躍った。
だから、届かなくなった想いに気がつく事はなかった……。
私の不用意な一言で、彼が自分の想いを封じたのだと教えられるまで
私は、何も気がつかなかったのだった。
クッカが戻り、楽しそうに嬉しそうに2人の様子を語る事で
私は、彼等の旅が順風満帆だと疑わなかった。
精霊は、主が隠したいと思う事を口に出す事はないと知っていたのに。
精霊は主を絶対に裏切らない。だから、クッカはセツの苦しみを知っていても
私に伝える事はしなかった。
クッカもまた……苦しみの中にいたのに。
その笑顔の下に、深い悲しみを隠していた事を私は知らずにいたのだった。
読んでいただき有難うございます。