『 エピローグ 』
盛大な宴から、2日後。
僕とアルトは、ロシュナさん達の見送りを受けていた。
始めてこの村に踏み込んだ時とは違う、暖かい空気に
色々あったけれど、これはこれでよかったんだろうと思うことが出来た。
アルトにしても、わだかまりが全て解けたわけではないけれど
ハンクさんには、遠慮という言葉をどこかに捨ててきたようで
態度や言葉遣いなど注意はしてみたけれど
ロシュナさんが、ハンクさんも楽しんでいるというので
もう……何もいえなかった。
僕が、ロシュナさんとエイクさんと別れの挨拶をしている隣で
泣き声と言うか、喚く声というか……それはそれは、大きな声で
ユウイがディルさんに抱かれているというのに、暴れていた。
「いやぁぁぁぁ!!!」
暴れるユウイの前で、アルトが困ったように耳を寝かせている。
「ユウイ。我侭を言うんじゃない。
このムイムイは、アルトの友達だ」
「いやぁ! ムイたん! ムイたん!」
ユウイがアルトへと手を伸ばす。
アルトは、ムイを抱く腕に力を込めていた。
苦しがって、ムイが鳴く。
アルトが、青狼の村に行っている間ずっと
アイリとユウイが、ムイの面倒を見ていた。
アルトが帰ってきてからも、旅立つまでという約束で
ムイをユウイに預けていたのだ。
「ユウイ。アルトを困らせちゃだめだよ」
アイリもユウイを宥めるが、アイリ自身も
ムイと離れがたそうにしているのは、その耳と尻尾でわかる。
「うぁぁん!! いやなの」
火がついたように泣くユウイに、アルトが顔をふせた。
ムイをギュッと抱きしめ、何かと葛藤しているように見える。
「いい加減にしないか!」
ディルさんが、ユウイをしかる。
ディルさんが叱った事で、ますます泣くユウイに周りは困り果てていた。
ターナさんが、ディルさんにユウイを連れて
先に家に戻っていると伝え、ユウイを受け取ろうとした時
アルトがゆっくり顔を上げた。
その顔は、何かを決めたようだ。
ゆっくりと、ユウイの頭の上に手を持っていき
アルトがユウイの頭を優しく撫でた。
アルトに頭を撫でられた事で、驚いたようにユウイの声が静まる。
苦しそうにしゃくりあげて、涙を流している顔を見て
アルトが、辛そうに顔をしかめる。
「ユウイ、ムイは俺の大切な友達なんだ」
「ひっく……」
その言葉に、ユウイの瞳に新しい涙が次々と浮かんでは落ちていく。
ユウイの頭から手を離し、もう一度ムイの温もりを確かめるように
抱きしめた後、アルトはユウイの腕の中にムイを置いた。
「あ……りゅ」
「アルト?」
ユウイとアイリが、アルトの行動に目を瞬かせる。
「ムイは……アイリとユウイに預ける。
大切にしてくれるだろう?」
アルトの言葉に、ユウイがムイを抱きしめ必死に頷いている。
「ちゃんとご飯も上げて、遊んでくれるよね?」
「う……ん。すりゅ」
「俺がつれて歩くより……。
ムイにとってもそのほうが幸せだと思うしな……」
最後は自分に言い聞かせるように呟いたアルト。
「アルト。ユウイを気にする必要はない」
ディルさんが、何時もより表情を柔らかくして
アルトにそう告げる。アルトはディルさんの目をしっかり見てから
頭を下げた。
「ムイを……よろしくおねがいします」
アルトのその態度に、ディルさんも長達も息を飲んだのだった。
アルトの決断に、これ以上この場にいるのはアルトにとって酷だと思い
僕も、ディルさんに頭を下げムイのことを頼んだ。
「……すまない」
ディルさんが、アルトの頭に手を置いて優しく撫でた。
「それでは、お世話になりました。
これからも、アルトのことをよろしくお願いします」
「アルト君、ここは君の故郷になった。
困った事があれば、私達を頼るようにね」
ロシュナさんがアルトにそう声をかける。
その言葉に素直に頷くアルト。
「小童。ラギールの孫に相応しくなれ。
お前がへこたれた時は、わしがムイを食ってやる」
ハンクさんの言葉に、アルトが眉間にしわを寄せて
可愛くないことを返している横で、アイリが僕の服を引っ張る。
アイリの目線に視線を合わせると、アイリが目に一杯涙をためていた。
「師匠……。また来てくれる?」
「うん。アルトと一緒にまた来るよ。
もし、困った事が出来たなら僕を呼んで。
アイリが僕を呼んだら、僕は何処にいてもアイリを助けに来るからね」
「うん……。大き……くなったら
……魔法をおしえてくれ……るって」
しゃくりあげながら、必死に話すアイリ。
「うん。約束する。
だから、アイリも僕との約束を忘れないでね」
素直に頷くアイリ。
蒼露さまと光の精霊との別れはもう済ませてある。
ムイの頭を撫で終わり、僕を見るアルトに一度頷き
皆に背を向けようとした瞬間、視界の隅にシーナさんとネリアさんが
深々と僕に頭を下げていた。その距離は遠い。
だけど、2人の精一杯の気持ちを見て僕も2人に頭を下げる。
エイクさんが、驚いたように2人を見ていたが
次第に、穏やかな表情を作り笑顔を見せたのだった。
アルトが先頭をいき、バートルへと向かう道を歩く。
一言も話さず、ただ黙々と歩くアルト。
僕は何も言わず、アルトの後を着いて行く。
村が完全に見えなくなったところで、アルトが立ち止まり肩を振るわせた。
嗚咽をこらえるように歯を食い縛り、涙を流している。
アルトにとって、初めて出来た友達。初めて自分の意思で手に入れた友達を
ユウイの為に置いてきたのだ。その別れは心が引き裂かれる思いだったに違いない。
アルトの頭にそっと手を載せると、振り向き僕に抱きつく。
今まで必死に我慢していたものを吐き出すように、泣き出した。
「置いてきたくなかった!」
「うん」
「俺、ムイが好きだったんだ!」
「そうだね」
「俺の初めての友達だったんだ!」
「うん」
「辛い……」
「……」
アルトが落ち着くまで、抱きしめたままいる。
アルト自身も色々大変だったはずだ。自分のことだけではなく
僕の事も気にかけてくれていた。見る見るうちに成長していく姿に
驚きを隠せない。僕も負けていられないと思った。
アルトに相応しい、師匠にならなくては……。
「……これでよかったのかな」
落ち着いたアルトがポツリと呟く。
僕は近くの岩に腰掛けるようにアルトを促す。
「アルトはどうしてムイを、ユウイに預けたの?」
「泣いているのが可哀想だったんだ」
「……」
「でも本当は、置いていきたくなかった。
もっと一緒にいたかった」
「うん」
「だけど、俺ユウイより年上でしょう?」
「そうだね」
「だから、我慢しようって思った……。
だけど、後から後から置いてこなければ良かったって
考えてしまうんだ……」
「誰でも考える事だよ」
「そうかな?」
耳を寝かせ、また少し涙を浮かべる。
「うん。僕はすごいと思ったな」
「なにが?」
「普通は、相手が可哀想だと思っていても
行動にうつせないものだよ」
「そうかな……」
「うん。そうだよ。
アルトは強くて優しいね」
アルトの頭をゆっくりと撫でる。
「……」
「僕は、そんなアルトの師匠であることを誇りに思う」
僕の言葉に驚いたように僕を凝視するアルト。
「アルトの師匠になれて、良かったと思うよ」
「そ……そうかな」
耳をピコピコと動かし、目を彷徨わせて照れている。
「お……俺も、師匠の弟子でよかったって思う!」
「ありがとう」
アルトは頷き、一度顔をふせそして上げる。
僕を見て、真剣な顔でこういった。
「……サイラスさんに食べられる心配をするより
アイリの所の方が、絶対安全だよね?」
アルトの言葉に、僕は噴出して笑い
アルトの中のサイラスは、いったいどういう人間なんだろうと想像し
また笑いがこみ上げる。
そんな僕を見て、不思議そうにアルトは首を傾げていたけれど
笑っている僕に釣られてか、アルトも笑い出したのだった。
数日たって、ムイがどれ程大きくなるのかを
知らせるのを忘れていた僕は、エイクさんに手紙を書いて
慌ててそのことを知らせた。
アルトが、自分の友達だからと
ムイのえさ代を、定期的に送る事になるのはもう少し先の話。
【蒼露の樹の精霊 : 完 】
* 第二章はまだまだ続きます。
読んで頂き有難うございました。