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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ユーカリ : 再生 』
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『 僕とエイク 』

* 同日更新しています。僕と竜紋から読んでいただけると

  嬉しいです。

 思考が暗くなる直前、誰かに腕をとられる。

顔を上げると、エイクさんが僕の腕をつかんでいた。


「気持ちはわかるが、飲み方が荒い。

 その酒は、きついっていってるだろうが」


今は、祝い事の中。考えるのは後にして今はこの時間を楽しもう。

コップを置くと、エイクさんが腕を離す。


「そういうエイクさんは、彼女はいないんですか?」


僕の質問に、目を泳がせる。


「彼女は……」


「シーナの隣にいる」


エイクさんよりも早く、ディルさんが彼女の存在を明かした。

シーナさんの方へと視線を向けると、活発そうな女性がシーナさんと

一緒に食事を取っていた。


「彼女は、所帯を持ちたがっているのだがな」


「……。それどころじゃなかった」


「もう、大丈夫だ。お前も、幸せになる権利がある」


「……」


妹の為に必死に走ってきたんだろう。

それを支えていたのが、彼女だったのかもしれない。


「ここに、セツナ君がいるのに

 シーナは落ち着いているね。セツナ君は大丈夫なのかな?」


重くなりそうな空気を、ロシュナさんが変える。


「そういえば……」


エイクさんが、シーナさんを見ると

シーナさんが気がつき、淡く微笑んだ。


その様子に、ほっとした表情を見せるエイク。


「大丈夫そうだな」


「いえ、シーナさんから僕は見えないようになっています」


「え?」


「蒼露様と相談して、この場所に魔法をかけてあります。

 人間に対して恐怖を抱いている人は、向こう側に座るように。

 それと、負の感情を軽減できる魔法も少しかかっていると思います」


蒼露様の命令で、闇の精霊と光の精霊が魔法を構築していた。


「今日は特別じゃ。何時も魔法を使うとは限らないからの」


蒼露様が、釘を刺す事を忘れない。

余り干渉するような事は、したくないらしい。


「僕の話題を耳に入れない事はできませんが

 僕の声が聞こえないのと、姿が見えないだけでも

 違うと思いますから」


「お前……」


耐えてきた人こそ、この宴を楽しむべきだ。

俯いて、ため息を吐くエイクさんが前を向きながら口を開いた。

今までの表情とは変わり、その目は暗い色を帯びている。


「シーナが浚われた事は、俺達家族にとって悪夢の始まりだった。

 シーナが見つかった時の喜びは、今でも忘れないが……。

 シーナが帰ってきてからの俺達の暮らしは、喜びからかけ離れていた」


エイクさんの彼女の事を話していた筈なのに

突然話題が変わった事に驚きつつも、黙ってエイクさんの話を聞く。


「体にも心にも傷を負い、俺達やディルさん家族がどれだけ心を砕いても

 俺達の声はシーナには届かない……。そんな毎日が続いた。

 シーナが癒えないのは、絶望の記憶を思い出させるのは

 シーナの首についている首輪だとわかってはいたが、その鍵がない。

 色々な人に話を聞き、どうにか外す事が出来ないが足掻いて足掻いて

 足掻いたけど、暗闇からの出口は何処にもなかった」


「……」


「正直さ……俺、いつ……」


そこで言葉を途切れさせ、エイクさんは俯いた。

自分の感情を制御するように、一度大きく息を吐き出す。


「母がシーナを殺すかもしれないと、気が気じゃなかった」


「エイク……」


ディルさんが慰めるようにエイクさんの名前を呼ぶ。


「俺達家族は、もうボロボロで家にいても休まらない。

 外に出ても、心配で気が狂いそうだった。

 助けてくれって、毎日必死で祈ってた」


「……」


「もちろんディルさんも、ターナさんも

 アイリも長も、村の奴らも俺達を支えてくれていたけど

 そんな俺を、一番支えてくれていたのが、あいつだったんだ」


そういって顔を上げ、シーナさんの隣の女性に目を向けるエイクさん。

エイクさんが一番辛い時に、彼の隣居た女性。


「俺が外に行ってる間、自分が2人を見てるから。

 だから、仕事に集中しろって。冒険者という仕事は

 命をかけて魔物と戦うのだから、一瞬の判断が命取りになる。

 俺が死んだら、誰がシーナ達を守るのかって」


「素敵な女性ですね」


「ああ、そうだろ? いい女だろ?」


相手を想い、優しく笑うエイクさん。

その時、誰かが魔法を使う気配を感じた。

悪意や害意を感じる魔法ではない事から、意識をエイクさんに戻す。


「ええ」


「俺はあいつが大切だ。メリルを俺が幸せにしたいと思っている

 いや……思っていた」


エイクさんの彼女が、驚いた顔をしてこちらをみた。


「だけどさ……俺」


視線を彷徨わせ、何かを考えながら言葉を吐き出す。


「やりたい事が出来たんだ」


「やりたい事ですか?」


「ああ。冒険者として働いてたのはシーナを探す為と

 シーナの首輪を外す為だった。それが目的で冒険者になったんだ。

 だから、ランクに興味がなかった」


「黒になりたいんですか?」


「いや、最低でも白だ。その為にはこの村を出て

 チームの中で動いて、依頼をこなさないといけない。

 白になれるのが何時になるのかわからない。

 それに……白になってからが、俺がやりたい事への一歩なんだ」


「エイクは何がしたいんだい?」


ロシュナさんが、静かな声で尋ねた。


「蒼の長、俺は、冒険者になって色々な国を見た。

 そこで思った事は、何処の国よりもサガーナは貧しいという事だった」


「……」


「この村では高価な魔道具が、他の国では簡単に手に入って

 宿泊施設でも使われていると、知ったときの衝撃は忘れない。

 魔法が使えない分を差し引いても、サガーナは他の国に比べて

 遅れていると感じたんだ。それは、この国がまだ若いという理由もあるけど

 それだけじゃない部分もあると気がついた」


「エイク」


「ギルド本部のあるリシアは、何処の国とも違う。

 こう……言葉ではいいあらわせないぐらいに。

 すごいとしか言いようがない。何時も活気にあふれてる。

 珍しいものもおおいし、わけのわからないものも多い……」


わけのわからないものとは何だろう?

気にはなるけど、水をさすことはしない。


「ガーディルも、珍しいものが多い国だと聞いてはいるけど

 獣人にとって、ガーディルとエラーナは最悪な国だから

 近寄りたくはないかな。何がいいたいかって言うと……」


想いと思考が、うまく絡み合っていないようだ。

気持ちが強すぎて、空回りしているような感じだろうか。


口を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返しているが

ロシュナさん達は、せかす事はしなかった。


「あー……。だから、簡単に言ってしまえば

 俺は……アイリやユウイに、もっと旨いものを食べさせてやりたい。

 これから生まれてくる子供達にも、もっと豊かな生活をさせてやりたい。

 長達が血の吐くような努力をしてきたのは知ってる。

 俺達を取り巻く環境は、苛酷で一筋縄ではいかないこともわかってる。

 だから俺も、もっとこの国に貢献したいと思った」


一度大きく息を吸い。吐き出す。

そして、真剣な目でロシュナさんとディルさんとハンクさん見た。


「長。俺はこの村にギルドを作りたいんだ」


エイクさんの言葉に、3人が驚きの表情を作る。

エイクさんの視線はもう、彷徨ってはいない。


「それは人間をこの村に入れるということかい?」


「違う。獣人に仕事を斡旋できるギルドを作りたいんだ。

 蒼露の樹の下で、長達が英雄がこの国の立ち上げを誓ったように

 この村を中心として、獣人のためのギルドを創りたい」


「それは、色々問題がでてくるとおもうが。

 ギルシアの街にギルドはあるだろう?」


ディルさんが難色を示す。

ギルシアというのは、サガーナで一番大きな街だ。

狼の村とトキトナの中間辺りにある。


「ここから、ギルシアまで遠すぎるんだ。

 獣人の冒険者でさえこっちに足を運ぼうとしない。

 だから、村から出ると帰ってこないんだ……」


それは村の過疎化に繋がる。


「今すぐどうこうできる問題ではないことはわかってる。

 だから、俺が最低白になるまでに色々話し合っていけたら

 いいと思う。いい事も悪い事も話し合って出し切って

 実現できるようなら実現したいんだ」


「そうか」


「獣人のギルドマスターはまだいない。

 獣人がギルドマスターになれるのかもわからない。

 だけど、可能性があるのなら俺は試してみたいと思ってる」


エイクさんの語る夢に、長達は何も言わない。

肯定も否定もしなかった。


「エイクのやりたい事と、メリルとどう関係があるんだ?」


ディルさんの言葉に、エイクさんが苦い表情を作りながら答える。

向こう側にいる、メリルさんという女性はエイクさんを凝視している。

もしかして……エイクさんの声が届いているのかな?


「今、結婚を申し込んだとしてもさ、あいつを1人残していく事になるし

 俺の夢は……いつ叶うのかもわからない。実現できるかもわからない。

 形にならない可能性のほうが高い……。そんな俺についてきて

 苦労するより、違う奴とくっついた方が幸せになれるだろ?」


「メリルの気持ちは、お前にある」


「俺は……あいつに苦労をかけたくないんだ」


エイクさんが、苦労をかけたくないと言葉にした瞬間

メリルさんが、それなりの速さでこちらへと駆けて来る。

しかし、エイクさんも長達も気がついていない。


まるで見えていないかのように……。

そこまで考え、蒼露様を見ると悪巧みを考えているとしか

思えない表情で笑っている。


メリルさんは速度を緩める気がないようだ……。

どうやら、エイクさんに一撃入れるつもりらしい。

このままの状態で一撃を入れられると、見えていないエイクさんは

受身を取ることが出来ないだろうと予測して


「エイクさん」


「なんだ?」


「こう……両腕でバツを作って顔の前に……」


僕がやってみせると、エイクさんが訝しがりながらも

同じような形を作る。


エイクさんが腕で顔を防いだ瞬間、メリルさんが地面を思いっきり蹴り

そのままの速度で、メリルさんの足がエイクさんの腕にヒットした。


いきなり姿が現れたメリルさんに、長達は呆然とし

蹴りを入れられたエイクさんは、後方へと転がっていった。


僕は、メリルさんが着地する前に風の魔方陣を作った。

食べ物の上に着地するのを防ぐ為のものだ。

周りには、メリルさんが浮いているように見えているはず。


「なにしやがる!!」


流石は冒険者。

エイクさんはすぐに体勢を整え、蹴り飛ばしたであろう人物に殺気を向けた。


「むかつくのよ!」


エイクさんの殺気に怯むことなくメリルさんが言い返す。

自分を蹴飛ばした相手を確認して、殺気を消すが

エイクさんは蹴られた理由がわからないためか

不機嫌な様子を隠そうとはしなかった。


「俺がなにしたってんだよ」


「何をした? 好き勝手に持論を吐いていたじゃない」


「はぁ?」


「1人残すとか、苦労をかけたくないとか

 他の奴と結ばれた方が幸せだ!?

 何様のつもりよ!」


「なっ……」


まさか、メリルさんに自分の告白が

聞こえていたとは思っていなかったエイクさんは、言葉が出ないようだ。

しかしすぐに我に返り、僕を見る。


きっと僕が魔法を使ったのだと思ったに違いない。

僕はゆっくりと首を振ると、蒼露様のほうへと視線を向けた。

それだけで、誰が黒幕かがわかったのだろう。


「好き勝手に自己満足にひたっちゃって。

 私の気持ちはどうでもいいわけね?」


「そうは……いってないだ……ろ?」


「いいえ。エイクは自分の事しか考えてない!」


「違う!」


「違わないわ!」


誰も2人の口論を止めることができない。

いや、正確に言えば誰もとめようとはしなかった。

的確に言うならば、楽しんでいるようだ。


エイクさんとメリルさんの会話に、首をかしげている人達に

丁寧に、エイクさんが語っていた事を教えている人がいる……。


「私は、1人になってもいい。苦労してもいい。

 それは、私が住むこの国をこの村を良くしようとするためだもの

 それは、将来この国の子供達がより幸せになるための苦労だもの!

 貴方だけが背負う必要はないものよ! 私もこの村の一員だわ!

 みんなで幸せになる為の努力は惜しまないつもりよ!!」


「……」


「大体、エイクが働きに行ったとしても

 私には家族がいるし、親友のシーナもいる。

 貴方と結婚すれば、おじさんもおばさんも私の家族になるわ。

 1人になるわけじゃない!」


そこまで言って、メリルさんが顔をふせた。

そして、今までとは違った少し落ち込んだ声音で

呟くように告げる。


「そんな理由で、私の気持ちを踏みにじるのなら

 はっきりいえばいいでしょう……?

 私が邪魔だって……。はっきり言えば……」


魔方陣の上に水滴が落ちる。

エイクさんが、短くため息を吐いた。


「違う。俺は、邪魔だなんて思った事はない」


「……」


エイクさんは、俯いたまま動けないメリルさんの腕をつかみ

魔方陣の上から下ろし、自分の腕の中に閉じ込める。


何時もの気軽な言葉遣いではなく、真剣な口調で話すエイクさん。


蒼露様と光の精霊が、キャーキャーと五月蝿いので

その声が漏れないように、魔法を使う。

ついでに、僕から意識をそらせる魔法を使い

エイクさんの傍から離れ、目立たない所で気配を消して座った。


「俺はお前が邪魔だと思った事は、一度もない」


ゆるぎない声で、言葉でそう断言するエイクさん。


「じゃぁなんで!」


顔を上げ、頬を涙で濡らしながらエイクを睨む。


「俺は……俺の夢にお前を巻き込みたくなかった」


「そんな……こ……」


「聞け」


「……」


「俺が目指すものは、困難だらけだという事は知っている。

 ここにギルドを作るという事に、反対意見も多いだろう。

 失敗する事もあるかもしれない。後ろ指を差される事になるかもしれない。

 他の種族の奴らに、受け入れられるかもわからない。

 そんな、俺の傍に置いておくのが怖いんだ」


「エイク……」


「俺はいい。俺が目指すもので俺は覚悟を決めたから

 諦めるつもりはない。だけど……お前は」


エイクさんの言葉をさえぎり

一生懸命に、メリルさんは自分の気持ちを伝える。


「私も、同じものが見たい。

 エイクの隣にたって、同じものが見たい。

 貴方が帰る場所を、安らげる場所を作りたい。

 私は、何時だって貴方が好きで、貴方の味方なんだから」


エイクさん同様、メリルさんも何かしらの覚悟を決めたのかもしれない。

メリルさんの想いも、エイクさん同様揺るぎがなかった。


「……そうだったな」


エイクさんが柔らかく笑う。

メリルさんを見つめる瞳がとても優しい。


「メリル、俺の妻になれ」


エイクさんのプロポーズの言葉に、メリルさんがエイクさんを凝視し

そして、エイクさん同様柔らかい表情で愛しさを隠すこともせずに

エイクさんを見つめた。


「やっと……貴方の妻になれるのね……」


そういうと同時に、エイクさんの胸に顔をうずめて肩を震わせた。

何処からともなく、拍手がおこり口々に祝いの言葉を投げかける。

一部、嫉妬と思われる言葉も聞こえたけれど。

それはお約束というものだろう。多分。


そんな周りの祝福に、エイクさんは照れたように笑い頷いた。


「エイクの決断に、各自思う事はあるだろう。

 だが、今宵はこの2人を祝福しよう」


ロシュナさんが、酒の入ったコップを持ち上げると

それぞれが自分のコップを持ち上げ、エイクさんとメリルさんを祝ったのだった。



読んでいただき有難うございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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