『 僕と竜紋 』
踊る炎を中心に、大なり小なりのグループを作り
またはそのグループを、渡り歩き、料理を食べ、酒を飲み
食べ比べ、飲み比べ、応援し、応援され、呆れ、呆れられながらも
この場の皆が、笑い、喜びに満ちた表情を浮かべていた。
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アルト達にねだられた、ドーナツをのんびりと作りながら
ロシュナさんが指示を出し、フィガニウスが手際よく解体されていき
手が空いたものから今度は、ハンクさんの指示で丸太を組んでいく。
時々、熟年者の怒号が響き渡る。
ロシュナさんが言っていた通り、こういう大きな宴の準備を初めて経験する
若い人が多いようだ。手際が悪いと、熟年者達に
怒鳴られ、小突かれていた。それでも、誰一人反抗する事もなく
教えられた事を、真剣に覚えようとしていた。
きっと、その技術や手際を次の世代へと伝える為に。
解体が全て終わり、丸太が組み上がる頃には
空にはもう、夕焼けが広がっていた。
そこからは僕も手伝いに入る。
解体した材料を村へと運び、料理となったものや食器
机など必要なものを、魔法で移動させることにしたからだ。
僕が手伝ったのは、転送魔方陣を作るだけで
魔力は、そのほかの精霊が供給している。
もちろん、そのお礼はドーナツで支払う形になったのだけど。
そんな感じで、女性陣が美味しそうな料理を
配置した机の上に並べる頃には
頭上には、星星が柔らかい光を放っていたのだった。
何処か幻想的な、心を揺さぶるような炎。
鏡花が見せてくれた写真では見たことがあった。
その時の会話で、僕も見てみたいと言っていた様な気がする。
鏡花の写真よりも、僕が見ている炎は比べ物にならないほど大きい。
ハンクさんが火を入れ、徐々に燃えていく光景に暫く目を奪われた。
ただ、地球と違う所があるとすれば
周りに燃え移らないように、蒼露様が火の精霊に命令しているのを
聞いてしまった事だろうか。僕が知らないだけで、もしかしたら
地球にも、精霊がいるのかもしれないけれど。
厳かな気持ちにさせる炎と、喜びにあふれた声。
炎のあかりだけではなく、村から蒼露の樹へと続く道には
光の精霊が、躓かないように適度な間隔で光を灯してくれている。
それがいっそう、この空間を幻想的に見せているのかもしれない。
そう……そこだけ見れば。しかし、少し……ほんの少し視線をずらすと
アルトとユウイが、口いっぱいに食べ物を詰めこんでいる姿が見える。
アイリも負けずに食べているが、食べ方は2人と違って上品だ。
「アルト……食べ物は逃げないから
落ち着いて食べたらどうかな? 喉に詰まるよ」
僕の声に、口の中に入れていたものを必死で咀嚼して飲み込む。
「俺、こんな美味しい肉初めて食べた!」
「ユイもー!」
口の周りに食べ物をつけながら、ユウイが笑う。
アイリも、首を縦に振りながら視線は次に食べるものを探している。
「酒肴のおっさん達が、必死で探すわけだよな。
この肉の味を覚えたら、絶対また食いたいと思うだろうし……」
エイクが、3人を見て呟いた。
恐ろしいぐらいの速さで、料理を平らげていく子供達に
長達は苦笑をこぼし、ディルさんと僕達に料理を運んでくれていたターナさんは
ユウイが食べ物を喉に詰めないように、小さく切り分けていた。
「しかし、本当に美味しいね」
ロシュナさんが僕に、青の輝きを注いでくれる。
「確かに美味しいの。肉も酒も中々のものじゃ」
ロシュナさんが、蒼露様にも酒を注ぎ
うむうむと満足そうに蒼露様が頷く。
ハンクさんは、ロシュナさんの補佐をしているトリンさんと話していた。
「お前も、もっと食えよ。
さっきから、ぜんぜん食ってない」
「僕は、食べるより飲む方が好きなんですよね」
「食え! その酒は人間にはきつい酒だって言ってるだろが
腹にもっと食い物を入れろ!」
エイクさんが渡してくれた小皿を、そのままアルトに渡すと
エイクさんの目が細くなり、対照的にアルトの目が輝いた。
「僕は人間なので、獣人と同じ量は無理です」
僕もそれなりには食べている。
何時もよりも、食べる量が多いぐらいだ。
「遠慮してるんじゃねぇの?」
「エイクさん、師匠は普段から余り食べない」
渡した小皿の中身を、クッカの口に入れてやりながら
アルトが、僕に助け舟を出してくれる。
「それならいいけどさ」
どうやら、遠慮して食べていないと思われていたようだ。
簡単に気を使ってくれていたお礼をいい、ふとアイリをみると
アイリが眉間に皺を作りながら食べていた。
アイリの視線は、アルトとクッカから離れない。
その様子を見て、もしかしてと思う。
僕の視線にエイクさんが気がつき、「うは」と笑い。
エイクさんの妙な笑い方に、ディルさんとターナさんがエイクさんの
視線を追い、ディルさんはアイリと同じように眉間に皺を寄せ
ターナさんは小さな声で、「まぁ」っと笑った。
「ありゅ、ユイもあーん」
アルトがクッカに食べさせているのを見て
ユウイも、アルトに食べ物をねだり口をあける。
ユウイの言葉に、躊躇なくユウイの口にも肉を入れるアルト。
それを見て、アイリの眉間の皺が増える。
「うは、ユウイ空気よまねぇ」
「いや……空気を読むとか無理でしょう」
アルトがユウイからアイリへと視線を移す。
「アイリも食べる? はい」
そう言って、肉を差したフォークをアイリの口元へ持っていくアルト。
アイリは、驚いたようにアルトを見つめそして肉を見る。
「美味しいよ?」
アルトの言葉に、少し頬を染めながら小さく口をあけて
肉を食べるアイリ。肉を飲み込み、アルトを見て有難うと告げると
それはそれは、可愛らしい顔で笑った。
「……小さくても女だよな……」
エイクがボソッと呟く。
「しかし、アルトやるな。
将来もてるんじゃね? アイリもたいへ……」
「……」
何処からか冷たい何かが流れているのに、エイクさんがやっと気がつく。
僕もエイクさんも、その発生源へと視線を向けることはしない。
「そ……そういう、お前はどうなんだ」
これ以上、ディルさんを刺激しないようにかエイクさんが話題を変える。
「僕ですか?」
「おう、お前にも彼女がいるんだろう?
どんな女だよ?」
「いま……」
いますがと僕が答える前に、蒼露様が口を挟んだ。
「こやつの彼女は、竜じゃ」
蒼露様の暴露に、エイクが手に持っていたコップを落とす。
僕達の周りの場が静まり、僕に視線が集中していた。
「お前……竜騎士契約をしているうえに
彼女も竜なのか?」
「……」
「竜じゃ」
なぜ、蒼露様が答えるのかがわからない。
「どうしたら、そんなに竜と会う事が出来るんだ?」
「わらわも、それが気になっていたのじゃ」
「……蒼露様は、僕の記憶を読んだのでは?」
「全部は読めぬといったであろう。
そなたの幼少の記憶を探るのを目的としていたからの
わらわが読めたのは、アルトと出会う少し前から
竜の少女と出会ったぐらいまでじゃ」
「そうなんですか」
「そうじゃ、だから何時竜と契約したのかが気になっていた」
「そこまで気にするほどのものですか?」
「腑に落ちぬ事があるのじゃ」
蒼露様やエイクだけではなく
周りも、固唾を呑んで僕が口を開くの待っていた。
その目には好奇心という光が見え隠れしている。
「僕の彼女と僕の竜騎士は、兄妹なんですよ」
「兄妹? そういえば、そなた妙な事を話していたの?」
「妙ですか?」
「隙を見せれば殺されるとか。
普通、竜騎士は主を守るものであろう」
「ああ……」
「どういうことじゃ」
「僕と彼女の交際を、彼女の兄は認めてくれていないんですよ。
なので、僕と契約したのも僕を守るためではなく……」
本当の理由はもちろん隠すが……。
リヴァイルの感情から言えば、こちらも本当になるんだろうなと今感じた。
僕が全てを告げる前に、周りの目は可哀想な子を見るような感じになり。
竜騎士契約に、夢を見ていた者達はサイラス同様微妙な表情を作っていた。
竜の加護の英雄はこの村の出身だ。
この村の人達にとって、竜の加護に強い憧れがあるように思えた。
「そなたを、監視する為か?
お互い、死ぬまで解けぬ契約をそのような理由で行うなど
その竜は、よほど妹の事を気にかけていると見える」
「隙を見せれば殺されそうなので
できれば、離れて暮らしていたいんです」
「だが……なるほどの」
どう考えても、友好的という言葉はあてはまらないし
酷く嫌われているわけではないけど。物語の竜騎士と主のように
信頼関係で結ばれているわけでもない。
トゥーリの問題が解決するまでは、殺しにはこないだろうけど……。
仲良く語る仲にもなる事はないような気がする。
「まぁ、あれだ。竜の加護は貰えたわけだから
余り思いつめるなよな」
少し黙り込んでしまった為に、僕が落ち込んでいるという
誤解を受けているようだけど、訂正するのも面倒なので頷いておいた。
「しかし、ラギールは派手な竜紋を付けられて落ち込んでいたけど
セツナ君には、竜紋がないんだね」
「今は、隠れているだけで
こやつにも竜紋はあるぞ」
ロシュナさんに、竜紋がないんだねと言われて
そうですねと返そうと思ったら、蒼露様が、竜紋が在ると答える。
今はというところに嫌な予感がした。できれば、聞きたくない。
「一応僕もさがしてみたんですが、見当たりませんでしたよ?」
「今は、出ていないだけじゃ」
「……出来れば聞きたくないんですが」
「聞いておいたほうがいいとおもうがの」
「……」
「取りあえず、上の服を脱ぐのじゃ」
「え!?」
「早くせぬか」
何が悲しくて、注目を浴びている中服を脱がなければいけないのか……。
「お断りします」
「……。燃やされるのと切り刻まれるのと
どちらが好みじゃ?」
それは、服をってことですよね?
「どちらも嫌ですが……」
「つべこべ言わずに、脱がぬか」
考え直してくれる気はないらしい。
しかたなく、上を脱ぐ。
光の精霊が、可愛い声でキャーッと言っているが
視線を外そうとはしていない。
「なかなか、いい体をしておるではないか」
セクハラです。蒼露様。
背中に、蒼露様の手が触れる。精霊語で呪文を呟き
魔法が発動した瞬間。周りの目がこれでもかというほど僕の背中を凝視していた。
僕からは背中は見えない。アルトは手に持っていたフォークを落とし
口をあけて僕の背中から、徐々に上にあがり喉元で一度止まり固まる。
「……何が……?」
「し……師匠」
「お、お、お前……大丈夫なのか?」
「え?」
アルトが僕の名前を呟き、エイクさんが顔色を変えていた。
蒼露様が、僕の前に回りちょうど心臓の辺りを指差す。
俯き心臓の辺りを見ると、何か尻尾のようなものが浮き出ている。
「それは竜の尾じゃ」
「……」
「見たほうが早いの」
そう言って、水で作った姿見を2つ。
僕が背中を見れるように配置してくれた。
自分の背中を見て、絶句する。
「……」
僕の背中に……一匹の竜がいた。
その構図は、僕の首に竜の顔があり今にも牙が喉に噛み付こうとしており
両肩に、竜の爪が突き刺さろうとしていた。
肩甲骨辺りには、竜の翼が……。
そして長い尾は、僕の心臓の真上にある。
「この竜紋が浮き出る条件は……」
「……出来れば聞きたくないのですが」
「伴侶以外の者と、交わろうとすれば出る」
「……」
「そなたの意思に関係なくじゃ。
襲われぬように、きをつけたほうがいいだろうの」
真顔で言う蒼露様に、どう突っ込むべきかわからない。
「やっかいなのは、その竜紋は生きておる。
交わろうとするだけで、牙は喉を突き破り
爪は肩をえぐり、尾は心臓を突き刺すであろう」
「えげつねぇ……」
エイクがぼそっと呟く。
「しかし、致命傷にはならぬように出来ておるな。
痛みは在るが……。問題は、交わったものが死に至る魔法が……」
「ま……待ってください」
驚く事ばかりで、頭が回らない。
「なんじゃ」
「僕が死ぬのではなく、相手が死ぬんですか!?」
「そうじゃ。人間ならば死ぬの」
「相手が竜ならば、死なない?」
「死なぬ。元々、竜が番のいる雄に目を向ける事はないが……」
「……」
やられた……。そういう言葉が浮かぶ。
トゥーリとはまだ完全な伴侶ではない。
トゥーリに手を出した場合、僕だけにダメージが与えられるように
できている……。
「元々は、竜が人間の番を選んだ時の魔法だの。
竜は心変わりせぬが……人は心変わりする生き物だからの」
浮気防止もあるのか……?
いや……十中八九僕に対する嫌がらせと
トゥーリに手を出させない為だ……。
「……この呪いを解いたら、相手にわかりますか?」
「わかる。そなたなら解けるだろうが……。
解かぬほうがいいのではないか? 解けばその理由を言わなければならぬ。
伴侶以外に、心を奪われたのかと問い詰められる事になろう。
なに、他のものに心移さなければ問題ないであろう?」
「……そうですね」
「そうじゃの。口付けぐらいならば跡が残る程度であろう」
それは……。
「ない……。口付けだけとかありえない……」
エイクが、真面目な顔で否定している。
「ずっと疑問に思っていたのじゃ。
あの少女は、こういう魔法をかけるようには見えなかったからの。
兄だというのならば、よほど妹のことが心配だったのであろう」
「……そうですね」
もう、そうですねとしか言いようがない。
脱力感に襲われながら、服を身に着けるとアルトが我に返り
これでもかというほど目を輝かせて、僕にこういった。
「師匠! 俺も背中に竜が欲しい!!
その竜紋、すげーーーかっこいい!!」
僕はいらない。
どうやら、竜紋に見とれていて僕達の会話は聞いていなかったようだ。
「……」
笑顔を浮かべながらも何も言わない僕に
ロシュナさんが、アルトの気を食べ物に向けてくれた。
黙々とお酒を飲む僕に、エイクさんが元気出せよなっと言ってくれるが
落ち込んではいない……。他の女性に手を出さないとトゥーリと約束してあるし
トゥーリとは逢えない。この呪いがあってもなくても一緒だ。
だた……気がつかなかったという事に腹が立つ。
内心笑っていたに違いない。ほくそえんでいるリヴァイルを想像し
フツフツと怒りが沸いてくる。
リヴァイルにどう報復すればいいものか……。
この呪いを解けば、僕の所へと飛んでくるに違いない。
トゥーリに恨まれない正当な理由ができ、僕を排除できるだろうから。
……そこまで考えて、今僕が誰かに殺されてもトゥーリは悲しんではくれるかも
しれないけれど、その人を恨む事はないような気がした。
読んでいただき有難うございます。