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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ユーカリ : 再生 』
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『 笑顔 』

* ロシュナ視点

 申し訳なさそうに目を伏せ、この場から一瞬にして消えてしまったセツナ。

私達に何も言わず。そして、私達も何もいえなかった。


ただ救いなのは、彼の瞳に優しい光が浮いていた事だろうか。

そんな事を考えていると、すぐ傍でエイクが途方にくれたようにしゃがみ込んだ。

そんなエイクにディルが声をかける。


「どうした」


「俺……あいつに相当酷い事を言った」


「……」


「人間のあいつに、奴隷にされた妹の気持ちも

 俺の気持ちもわかるはずがないと……」


苦虫を噛み潰したような、顔をディルに向けるエイク。


「……それはお前だけじゃないだろう。

 私もそうだし、ターナもそうだ。

 ターナは、彼を奴隷商人と決め付けて殴ったからな」


ディルとエイクの話を、周りのものも聞いており

名前があがったターナは、ばつの悪そうな顔を作っている。


「俺、あいつは困っている者を見過ごす事が出来ない

 お人よしの類だろうと思っていたんだ。

 人間の癖に、俺達を助けようとする変わり者だと。

 だけどさ……。あいつのあの殺せるといった時の顔は、その印象を覆すほど

 強烈だった。優しさなど存在しない。本当に俺達を殺せるんだと思った」


「そうだな」


こわばった表情を作るエイクに、ディルは淡々と返事を返す。


「あんな想いを抱えながらも、何故人を助ける事が出来るんだ」


「……自分に対する枷なんだろう」


「……」


「誰かを何かを助ける事を止めれば

 何にも縛られる事のない彼は、全てを否定して生きてしまうからだろう。

 私達もそうだろう? 家族が子供が恋人が国が枷として心にある。

 支えともいうが……。踏みとどまれる何かを持っている。

 それがない彼は、自分自身で歯止めを作るしかないんだろう」


「……」


「彼の感情の制御は、その当たりも関係してくるのかも知れない。

 自分の力を律する為に」


ディルは、そこでため息を落とす。


「なかなかに、苦しい生き方だ……な」


ディルとエイクの話を聞きながら

私は、隣にいるハンクを見た。


「なんだ」


「アルト君を引き取ると、セツナ君に告げるのは

 止めたほうがいいかもしれない」


「……」


ハンクがアルトを気に入っているのは気がついていた。

ラギールの子供の頃を髣髴とさせる子供。

ラギールも大切にしていた子供を、ハンクが引き取りたいと

思っても不思議ではない。


私も、できる事ならばアルトを引き取りたいと思っていたのだから。

だが……。


「アルト君には、セツナ君が必要だ。

 そして、セツナ君にもアルト君が必要だろう」


アルトにというよりも

セツナにアルトが必要だと、きっとハンクも気がついている。


「獣人の癖に、長の命よりも

 人間に対する情を優先させる事が出来る子供など

 小童以外いないだろうな」


苦笑交じりに、眠っているアルトの方へと目を向けるハンク。


「まぁ、アルト君は人から生まれた子供だからね。

 セツナ君とは違った意味で、種族に対する意識は薄いのかもしれない」


私のこの言葉に、反応したのはハンクではなく蒼露様だった。


「人から生まれた獣人?」


蒼露様の問いに、私は肯定する為に頷く。

本来ならば、アルトは半獣という事になり

サガーナには立ち入れない事になっている。


だが年々子供の数が減っている今、そのような事に

縛られている状態ではないという状況に陥っていた。


人間と獣人から生まれた者を半獣と言っていたが

現在では、変化できない者。変化は出来ても身体的特徴が

人間に近いものを半獣という事が多い。


アルトのように獣人そのままの容姿であり

変化が出来るのであれば、獣人として受け入れるという

暗黙の了解みたいなものがある。だからといって……。

彼等が住みやすい国なのかと問われれば、否としかいえないだろう。


結局は、人間に組し獣人を裏切った親の子供という視線は

絶えず付きまとう事になるだろうから。


トキトナの街を境に、サガーナ側に来る半獣達はほとんど居ない。


若かりし頃は、半獣と呼ばれる彼等を憎く思ったものだが

生まれてくる彼等に、罪はないと気がつくにはそれなりの時間が必要だった。


だから、私が頷いた事で嬉しそうに語る蒼露様に

私だけではなくこの村のもの全員が息を飲んだ事だろう。


「……人と獣人の間に、子が出来るようになったのか?

 そうか……そうか。ようやっと、そこまで……」


黙り込んだ私達に、蒼露様は綺麗な笑顔を見せてこういった。


「人はエンディア神が、獣人はサーディア神が御創りになった。

 エンディア神は、獣人を嫌っておられたが……。

 サーディア神は、人も獣人も慈しんでおられた」


そこで一度言葉を区切る。


「深い話は出来ぬが。

 サーディア神が望まれた形の一つが成就されたのじゃな」


サーディア神が望まれた形?

人と獣人同士の交流を、神が望まれていた……?

私達の困惑に気がつかず、蒼露様は只嬉しそうに笑う。


「一度会ってみたいものじゃ」


「……」


蒼露様の言葉が、重く私達の心に沈む。

彼等はこの地には居ない。

彼等を拒絶し、排除してきたのは私達だから……。


誰もが黙り込んでしまった空気の中。

蒼露様が、訝しげに私を見るよりも少し早く

セツナの精霊が涙を流しながら、起き上がる。

こちらを見ようもせず、私達に背を向けてただ1人で泣いていた。


セツナが居ない事に、不安を感じ泣いているのかと思い

声をかけようとした瞬間、蒼露様が自分の唇に指を当てて黙るように合図を出した。


「もう大丈夫じゃ。声を出してもよい。

 クッカに声をかけてはならぬ。下手をすれば怒りを買うからの」


「……」


「クッカは、セツナが居なくて泣いているのではないのじゃ……。

 意識を切り離されていようとも、全てを切り離せるわけではない」


そう言って、悲しそうな目をセツナの精霊に向ける。

蒼露様の言う事が、どういう意味なのか私達にはわからなかったが

蒼露様が口を閉ざした事から、それ以上聞く事はできなかった。


静かに顔を上げ、蒼露様がディルに視線を合わせ尋ねた。


「そなた達は、セツナとどう向き合っていくのかを決めたのか?」


私は心のうちで、安堵のため息をつく。

取りあえず、話の流れが変わった事に安心したのだ。

蒼露様の怒りを買わないように動く必要がある。

蒼露の樹の問題が解決したと思ったら、新たな問題が浮上する。

蒼露の樹が治った事も、蒼露様の事も各村に知らせる必要がある。


暫くは……休む暇がないかもしれない。

ため息を飲み込みながら、私は蒼露様に返事を返すディルを見つめた。


彼もいきなり長となり、気の毒な事だ……。

隣に居るハンクが少し、恨めしい。


ディルが緊張しながらも、ゆっくりと口を開く。


「……。彼に対してとってきた態度や言葉は取り消す事はできません。

 その事に対して、私は後悔しているかと問われれば否と答えます。

 何度同じことが繰り返されようとも、私は彼を疑い嫌うでしょう。

 彼が人間だというだけで、すぐに信じる事はできないでしょう。

 これから先、彼以外の人間がこの村に訪れるたびに同じように

 疑い排除しようとすると思います」


真直ぐ蒼露様を見て、自分の考えを述べていくディル。


「そうか」


「しかし、彼は私達のそんな気持ちを受け入れた上で

 蒼露の樹を、そして蒼露様を助けてくれました。

 彼の想いが、私達を助ける為ではなかったとしても

 彼のあの言葉の数々のどれが、彼の本音なのかはわかりませんが

 それでも、それを差し引いても余りあるものを与えてくれました」


「……」


「ならば、私達もそれに応えたいという気持ちは持っている。

 私達からは、決して手を伸ばす事はしなかったでしょう……」


そこでふと、ディルは苦く笑う。


「だけど、いつの間にか、そう、いつの間にか

 彼に翻弄されていた気がします」


ディルの言葉に賛同するように、エイクが頷いていた。

ディルはそこで一旦口を閉じ顔を伏せる。


そして、ゆっくりと顔を上げたディルの瞳には強い光が宿っていた。

村人達にも告げるように、はっきりと言葉をつむいでいく。


「長として、村の者達に命令という形で告げるのは

 彼とアルトに拳を向けるなということのみです。

 彼との付き合い方を、どうこう言うつもりはありません。

 エイクのように、冒険者として付き合うもよし。

 かかわりを持たないのもよし。話す程度の関係になるのも良いかと思います。

 どのような形になろうとも……彼、セツナなら受け入れてくれるでしょう」


「そなたはどうなのじゃ。

 長としてではなく、1人の獣人としてセツナとどう付き合う」


「私は……」


蒼露様の問いに、ディルは少し迷いを見せた。

そしてアルト達と一緒に眠っている自分の娘に視線を向ける。


「割り切れない部分はありますが……。

 娘達が、彼等と深く付き合う事を望むなら

 セツナが今のままのセツナである限り

 よい関係を築いていけるように、努力するつもりです」


「そうか。あいわかった」


蒼露様が深く頷き、ディルを見てそして周りを見渡す。


「それでよいとわらわも思う。

 各々思うこともあろう。セツナとどう関わるかについては

 わらわも口を挟む事はせぬ。些細な喧嘩や争いにも口は出さぬ。

 ぶつかり合ってわかる事もあるだろうしの……。

 だが、セツナとアルトの関係に口を出す事は許さぬ。

 他の者達にも周知徹底せよ」


蒼露様の凛とした声が響いた。

逆らう事を許さぬ言葉に、全員が頭を下げ了解の意を示した。


誰もが口を開く事が出来ないほどの、張り詰めた空気を断ち切ったのは

アルトがセツナの精霊の名前を呼ぶ声だった。


「クッカ……?」


まだ少し眠そうな目をこすりながら、彼の精霊を探す。

蒼露の樹の根元で蹲って泣いている精霊を見つけて、慌てて駆け寄るアルト。


「クッカ? どうしたの?」


精霊の横にしゃがみ、背中を撫でながら視線を不安げに彷徨わせていた。

セツナを探しているようだ。一瞬私とも視線があうがすぐに外しセツナを探す。


そして、彼の鞄を見つけると安堵したように詰めていたと思われる息を吐いた。

その様子が少々意外で、彼はセツナを探して周ると思ったのだが

彼の鞄を見つけたとたん、意識はもう精霊の方へと向けているようだ。


「クッカ、師匠が居なくて泣いてるの?

 大丈夫。師匠はここに帰ってくるから。泣かなくてもいいんだ」


揺るぎのないアルトの言葉。

辛そうに泣きじゃくる精霊に、少し困ったような表情を見せるが

私達を頼ろうとはしないアルト。ここにラギールが居たならば

アルトはラギールを頼っただろうか?


泣き止まない精霊を、ひょいっと抱き上げると

言葉をかけながらゆっくりと優しく背中をたたく。

徐々に落ち着きを取り戻す精霊の姿に、アルトの表情も柔らかくなっていく。


「でも、師匠は何処に行ったんだろう?」


アルトの呟きに、蒼露様がここで初めて口を開いた。


「セツナは狩りに行くといってた」


「狩り? 体はもう大丈夫なのかな……?」


「大丈夫じゃ。元気にしておった」


「ふーん」


それだけ答えると、黙り込んだアルトに蒼露様が問いかける。

蒼露様も、アルトの態度を疑問に思っていたようだ。


「そなたは、セツナを探しにいくと駄々をこねると思ったが……」


「うーん……。その鞄があるってことは帰ってくるって事だから」


蒼露様の言い様に、少し不貞腐れた感じで返答を返すアルト。


「鞄?」


「うん。鞄」


セツナが残していった鞄に視線を移して、アルトが頷く。


「あの鞄は、師匠が一番大切にしているものなんだ」


「貴重な魔法のかかった鞄だからの」


「それもあるけど……」


「けど?」


「あの鞄は、師匠の命を助けてくれた人の形見だって言ってた。

 師匠がここに居るのは、あの鞄をくれた人が居たからだって」


「……」


セツナの鞄の説明に、蒼露様とセツナの会話を思い出す。

彼がどういう道を歩いてきたのか……私には想像することも出来ない。

アルトの言葉で、セツナを助けた人が安らぎの水辺に行ったことを知る。

知れば知るほど、残酷さを覗かせるセツナの過去に言葉が出ない。


彼は……どれ程の痛みを抱えながら生きているのだろうか。


アルトはチラリと、その腕に抱いている精霊を見る。


「師匠が俺に言ったんだ。師匠が居なくなるたびに不安になる俺に

 俺を置いて行く事はないけど、俺が不安にならないように

 鞄を置いていくって。今日みたいに、俺が寝ている間に

 足りない薬草を採りに行ったり、狩りに行ったりすることもあるんだ。

 俺の為に、師匠は師匠の一番大切な宝物を置いていってくれるんだ。

 だから俺は、その鞄が置かれている限り師匠を信じて待つ事にした」


蒼露様に答えるというよりは、腕に抱いている精霊に言い聞かせるように

ゆっくりとそう告げた。精霊の小さな手に力が入り、アルトの服に皺を作る。


泣き止んでも、アルトにしがみついたまま離そうとしない精霊に

アルトは嫌がる様子も見せず、その腕に精霊を抱いていた。

顔を上げずにただ、アルトにしがみついていた精霊がぱっと顔を上げる。


その瞬間、空気が揺れ精霊の視線の方向に目を向けると

くるくると回る魔方陣の上に、セツナがあらわれたのだった。


「ご主人様!」


「師匠!」


2人同時に、セツナを呼んで精霊はアルトの腕から飛び降り駆けて行く。

一瞬驚いた表情作ったアルトも、セツナのほうへと駆けて行った。


「ご主人様……」


セツナに飛びつき、また泣き出す精霊を今度はセツナが抱きかかえた。


「ご主人様。クッカは、ご主人様が大好きなのですよ。

 大好きなのですよ……」


精霊の静かな声なのに、体の奥底から叫ぶような訴えに

彼の精霊が何故泣いていたのかを知り、胸が痛む。


「……僕もクッカが大好きだよ」


精霊の背中を優しくたたき、慰めるセツナ。

その姿は、先程アルトが見せていたのと同じだった。


「師匠……」


セツナの足元で、ポロポロと涙をこぼしながらセツナを見上げるアルト。

セツナは片腕で精霊を抱きなおし、空いた手でアルトの頭を撫でる。


「心配をかけたね。

 アルト。僕を守ってくれて有難う」


「っ……」


アルトは、ぎゅっと奥歯をかみ締め、服の袖で乱暴に涙をぬぐい

真直ぐな眼差しをセツナに向け、声を震わせながら想いを吐き出す。


「俺も、師匠が大好きだ! クッカも好きだ!

 俺は、まだ、できる事は少ないけど! それでも頑張るから!

 師匠が辛い時は、俺も手伝うから!

 だから……だから師匠、倒れるまで頑張らない……で……。

 師匠が倒れた時……俺……」


止めきれない涙と、震える声。

それでもその瞳の中の意思と決意は、熱い想いを抱いている。

両手を握り締め、一生懸命セツナに自分の気持ちを伝える。


「お……おれが、おれも! 師匠を守るから!

 俺が師匠とクッカを守るから!! もっともっと強くなるから!」


アルトの宣言に、セツナが目を見張りアルトを凝視する。

そして……その次に見せた表情は……作り物ではない笑顔。

初めて見せた、セツナの心からの笑み。


その綺麗な優しい笑顔に、全てのものが目を奪われた。

奴隷商人にみせた、残酷なほど綺麗な笑みとは正反対のもの……。


「……僕が動けない間。

 クッカも守ってくれていたんだね。

 アルトは立派な、お兄さんだ。

 頼りにしているよ……アルト。

 僕も、アルトが大好きだよ。有難う……」


セツナの笑顔に、今度はアルトが驚いた表情を作り

セツナの言葉を理解すると、アルトもまた満面の笑顔を見せたのだった。





読んでいただき有難うございます。


イラストを頂きました。

詳しくは、活動報告にて。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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