『 僕達の心の行方 』
ゆっくりと意識が浮上していく感覚に、自分が眠っていた事を自覚する。
しかし、昨日布団に入った記憶がない。僕は何時寝たんだろう?
そう思いながらも、ゆっくりと目を開けると僕の視界には
青々とした葉が、わさわさと揺れていた。
あぁ……。そうか。
僕は力を使い果たして、倒れてしまったらしい。
魔力だけを使うならば、倒れる事もなかっただろうけど。
体を起こそうとして、両肩に違和感を感じ
胸からお腹にかけても、重みを感じる。
疲れがまだ抜けていないのかと思いながら、体を起こそうとした時
僕の耳に静かな声が届いた。
「目が覚めたか……」
「蒼露様?」
「そうじゃ。あぁ、動くでない。
そのまま動くと、そなたの体の上に居る子供達を落としてしまうからの」
-……僕の体の上にいる?
僕はそっと、左を見た。僕の肩に頭を乗せて眠っているクッカがいる。
右を見ると、僕のうでに抱きついて寝ている光の精霊がいた。
「……」
そっと、光の精霊から手を抜き僕の体の上にかけてあった
毛布の中を覗くと、僕の胸からお腹にかけて3匹の狼とムイが丸まって眠っていた。
通りで重たいはずだ。
起こさないように、軽くアルトやクッカ達に眠りの魔法を入れて
風の魔法で持ち上げてから、そばにあった鞄から大きめのクッションをだして
その上に寝かせ、毛布をかぶせた。
光の精霊は、そのままの位置で毛布をかぶせておく。
「意識のない、そなたの体温が奪われていくのに
ユウイが気がついての。一生懸命こすって暖めておった。
アルトが狼になり、それをまねてアイリとユウイも狼に変わり
そなたにくっついているうちに、眠ってしまった」
「……」
「クッカもそうじゃ」
愛しそうに、アルト達を見る蒼露様。
光の精霊について、蒼露様は何も言わなかった。
「アルトも、クッカも片時もおぬしから
目を離そうとはしなかった」
「心配をかけてしまったようです。
蒼露様にも、ご迷惑をおかけしました」
「そのような事をいっておるわけではない……。
おぬしを大切におもっておる子供達の、気持ちを無碍にするな。
そなたが死んだら悲しむものがいるということを、心に刻むのじゃ。
そなたが無理をして、倒れたら心を痛めるものたちが居るという事を
忘れてはならぬ」
「……」
「そなたが、自分の生に余り執着がないように見えてならぬ。
自分で生きる目的を見定められないのならば、この子供達の為に生きよ」
「……そう簡単には、死にません」
「そうか。それならよいのじゃ」
僕は、蒼露様から視線を外し周りを見渡す。
僕の周りに結界が張られており、その周りで長達が焚き火を囲みながら
仮眠をとっているようだった。
「この結界は……」
「アルトが、作った。
そなたの傍に、大人たちを誰も近づけようとはしなかった」
「……」
アルトに頼まれて作った緊急用の結界。
まさか、使われる時が来るとは思わなかった。
そんな僕に、蒼露様が僕の意識がない間に何があったのかを教えてくれる。
アルトが結界を張った理由。
蒼の長にも、心を許さなかった理由。
リペイド国王との話。
蒼露様の話を聞いて、アルトが僕とここに来る前に
色々と考え、準備をしていた事を知った。
緊張した空気を、ムイとユウイの登場で壊れた事。
ユウイが、僕を起こそうとしてアイリが怒った事。
容易に想像できる光景に、思わず噴出して笑ってしまう。
僕を暖めることに、一生懸命だったアルト達を想像し
胸の中に、暖かいものが落ちる。
「……そのような顔も……できるのだの」
蒼露様が小さい声で呟いた言葉に、僕が首をかしげると
首を振り、なんでもないと答えた。
僕と蒼露様の話の途中で
目が覚めたんだろう、長達が僕達の話に耳をそばだてている。
真直ぐ僕を見つめ、真剣な表情で僕を見る蒼露様。
「きっとそなたは、心の底では何を思っていたとしても
目の前で泣いているものを、捨て置く事ができないのであろうな」
「……」
「同じように痛みを感じ、手を出さずにはいられないのだろう。
そなたの優しさゆえに……。相反する気持ちを抱えながらも
そなたは、目の前の者を助けるんだろうの……」
「……」
「その心の在りようで、そなたが傷つく事も多かろう。
だが……わらわは、そなたがそのような性格でよかったと思うのじゃ。
本当に泣いているものを……苦しんでいるものを助けようとする
そなたであってくれて、良かったと思うのじゃ……」
そこで蒼露様の言葉が途切れる。
「大切なものを、増やしておくれ。セツナ」
この世界を壊さないように……。蒼露様の心からの願い。
僕に対する、蒼露様の不安。それが痛いほど感じられた。
僕が意識を落とす前よりも切実に。きっと、僕の魔力が
蒼露様の想像以上のものだったからだろうと思う。
「大切にしたい人が、僕にもいますから」
僕の言葉に、微笑み蒼露様が頷く。
僕は立ち上がり、僕が寝ていた傍に畳まれていた上着を手に取り羽織る。
指輪を一度外し、グローブをつけ壊してしまった指輪の代わりを
鞄の中で作り出しはめた。
蒼露の樹を見上げる僕。
その姿は、生命力にあふれていた。静かな空気の中
僕の背中に、蒼露様がゆっくりと言葉を紡いだ。
「セツナ。わらわと蒼露の樹を助けてくれて
本当に感謝する……。そなたがいなければ、わらわ達は消えていた。
そして、このサガーナの行く末も暗いものであっただろう」
ゆっくりと振り向いた僕の目の前に広がるのは
長をはじめとする、村の人達の頭を下げる姿。
「……お礼を言われるのは、心苦しくもありますね。
僕は……」
「いいのじゃ。そなたの本心が何処にあろうとも
わらわを蒼露の樹を、そしてこの者達を救った事に変わりはない」
ゆっくりと、長達の頭があがり僕と視線が絡んだ。
長達も、蒼露様同様首を振ったのだった。
「そなたの抱えるもの全て、この村から外へは出さぬと約束しよう。
村の者達が、そなたの秘密を口外できないよう……わらわが
魔法をかけるとする」
「……」
「わらわの命を救ってくれた対価として、そなたの願いを3つ叶えよう。
わらわの力が及ぶ範囲の願いになるがな……。何かあるかの?」
「対価は……」
「駄目じゃ」
いらないという言葉の前に、駄目だしされる。
「それでは……今は特にないので
思いついたらでもいいですか?」
「そうか。それでよい」
「ありがとうございます」
僕と蒼露様の会話が途切れた瞬間、蒼露の樹が綺麗な旋律を奏でる。
「蒼露の樹も、何か礼をしたいと言っておるが」
「……特には……」
特にはありませんという前に、僕の足元に小さな苗木が生えた。
「蒼露の樹の苗木じゃ。
もって行くがよい」
簡単に言う蒼露様に、僕は少し慌てる。
「いや……流石にそれを貰うわけには」
長達も、目を見開いてその苗木を凝視していた。
「いいのではないか? クッカが持って帰ればよかろう。
クッカがいる場所は、人が訪れない場所であろう」
「……」
「この苗木は、そう大きくはならぬ。
成長したとしても、今のアルトぐらいの大きさであろう。
そう多くの葉が取れるわけではない」
そう大きくならないと聞いて、安堵する。
それなら、ありがたく貰う事にした。調合の幅が広がる。
「ありがとう……ございます」
僕の言葉に、短めの旋律で音を奏でる蒼露の樹。
満足したように、蒼露様も頷いたのだった。
ぐっすりと眠っているアルト達を視界に入れ
蒼露様とは、視線を合わせずに話しかける。
「……蒼露様、少しアルトとクッカを見ていてもらってもいいですか?」
「かまわぬが……。どうしたのじゃ」
「目が覚めたら、お腹をすかせているでしょうから
何か狩って来ます」
この場を離れるという僕に、蒼の長が口を開きかけるが
蒼露様がそれをさえぎった。
「そうか。心落ち着ける時間は必要だろうの」
「……」
僕はただ苦笑を返す。
蒼露様の言う通り、1人になる時間が欲しかった。。
その本音を隠して、この場から離れるつもりだったけど
蒼露様には、お見通しだったようだ。
口の中で呟くように、呪文を詠唱し
僕の足元に魔方陣を展開する。
「……すいません。よろしくお願いします」
僕はそう告げると、その場から姿を消した。
1人になれるのならば何処でも良かった。
サガーナの奥。大型の魔物が徘徊する森の方へと
飛んできたようだ。
近くの木にもたれて座り込み、大きく息を吐き出す。
この村に来てから、誰の視線も感じないのは今が初めてだ。
セリアさんには悪いけれど、指輪も鞄の上においてきた。
気配を消し、うろうろと歩き回る魔物をぼんやりと眺めながら
ここ数日のことを、思い返していた。
しかし……。
何をどう考えても、今すぐ解決できるものなんてない。
アルトと獣人族の関係にしても。
トゥーリの気持ちの在処にしても。
そして僕の狂気にしても……。
もう一度深く息を吐き出し、そしてゆっくりと目を閉じる。
帰らなければと思いつつも、立ち上がる事が出来ない。
立ち上がるだけの気力がわかない。
もう少しだけ……。
後少しの時間だけ……。
あと少し休んだら。
立ち上がる事が出来るから。
………………。
読んでいただき有難うございます。