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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ユーカリ : 再生 』

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 『 アルト 』

* アルト視点。

 蒼露の樹が、生まれたての光の中でキラキラと光っていた。

俺の周りは、涙を流しながら喜び、神様にお祈りし、隣同士肩を叩きあったり

蒼露の樹が治った事を、本当に喜んでいる人たちばかりだった。


蒼露様は目を閉じて、蒼露の樹に触れていた。


全ての人が喜びに沸く中、俺は師匠だけを見ていた。

見ていた……? 違う。目が離せなかった。不安で。

師匠の顔も、嬉しそうに笑っているように見えた。

だけど、何かがおかしい。笑っているのに

師匠が泣いているようにも見えたんだ。


(師匠)


心の中で師匠を呼ぶ。さっきから繰り返し呼んでいる。

なのに俺の声は、まるで何かに反射して返ってくるような感覚で

師匠には届いていないみたいだ。師匠もこっちを向いてくれない。


師匠の口が小さく動いた。周りが騒がしくて俺には聞こえなかったけど

その後の師匠の表情を見て、俺は不安で不安でたまらなくなる。

何かに胸を刺されたような痛みが走る。


-……師匠?


師匠が何を見ているのかがわからない。視線は蒼露の樹を見てるのに

目を離したら、師匠がどこかに消えてしまいそうな。

消えてしまったらもう二度と逢えないような。そんな恐怖を感じた。


師匠を目の端に入れながら、隣にいるクッカを見る。

何時もニコニコと楽しそうに、笑っているクッカの表情がない。

俺と同じように、師匠だけを見つめていた。

俺の考えは、俺だけのものじゃないかもしれないと思う。


師匠に声が届かないのが不安で。

手を握っていなければ、どこかに消えてしまいそうなのが不安で

のろのろと一歩を踏み出す。


一歩を踏み出してしまえば、足は勝手に速度を上げていった。


「……ししょう」


そっと声をかけて、師匠の腕を取ろうとした瞬間

師匠の体が傾き、そして地面へと倒れた。


「師匠!!」


「ご主人様!」


師匠が倒れるなんて、初めての経験でどうしていいのかがわからない。

俺の声に、喜びに沸いていた人達が一斉に振り返るが

誰も師匠に近づこうとしなかった。その村の人達の態度を見て

俺の心は、怒りを宿しながらも頭は冷静になっていく。


お茶会の時に、リペイドの王様に言われた事を思い出した。

俺は腰から剣を抜き、師匠を背にかばいながら周りを見渡した。


師匠の意識がない今、師匠とクッカを守るのは俺しかいない。

俺が剣を抜いた事で、俺に殺気を向けた人が数人いた。


この人数で、俺だけでは2人を守りきれない事はわかっている。


「クッカ。俺のベルトに差してある黒い魔道具を地面に刺して」


早口でクッカにそうお願いすると、クッカが俺のベルトから結界針を抜いて

地面に刺してくれた。その瞬間甲高い音と同時に俺達の周りに結界が張られた。


結界ができた事がわかると、クッカは師匠の傍に座りこむ。


「クッカ、師匠は大丈夫かな……」


後ろを振り向かずにクッカに聞く。


「大丈夫なのですよ。疲れたから寝ているだけなのですよ」


クッカの言葉に、少し安心した。

疲れて寝ているだけなら、きっと目を覚ましてくれる。


俺はもう一度ぐるっと、周りを見渡してから剣を鞘に戻した。

この結界が張れたのなら、剣はもう必要ない。

蒼の長が、慌てて俺のところへと来るがもう遅い。


「アルト君、セツナ君を村に運ぶ。

 ベッドに寝かせた方がいい」


蒼の長の言葉に俺は首を振る。


「ここでいい」


「ここでは、何も出来ないだろう」


「ここでいい。俺は師匠をこの結界から出さない」


蒼の長は、少し落胆した表情を作った。


「私達を、信用してもらえないのかな?」


「俺は……長を信用してる」


「じゃぁ……」


「だけど、信頼はしてない」


「……」


「長は、このサガーナの代表なんでしょう?」


「……そうだ」


「個人の感情と、国の意思。

 国の代表が重きを置くのは、国の意思だ」


蒼の長の目を見て、はっきりと伝える。

俺の言葉に、蒼の長は驚いたように俺の顔を凝視した。


「それは、セツナ君が君に教えたの?」


「違う。リペイドの王様」


「え?」


「俺は、じいちゃんが死んでから暫く

 リペイドの王妃様に預けられていたんだ」


「……それは、また貴重な体験をしたね」


長だけではなく、周りの人も驚いていた。

俺も師匠の選択は、ちょっとおかしいと思う。


「リペイドの王が、アルト君に何をいったんだい?」


俺は長の言葉に、あの時のお茶会を思い出す。

師匠が城に来て数日後。食べ物を見るのが嫌だからと

部屋にこもってしまった師匠のいないお茶会で

俺は国王様に色々教えてもらった。


これから先、師匠と旅すると国の王もしくはサガーナだと代表といわれる

人に逢う事もあるだろうって。だけど、その人達がどんなにいい人でも

忠誠を誓わないのならば、簡単に心を許しちゃいけないって言われた。


国の代表や国王と呼ばれるものは、個人の感情よりも

国を優先すると。そして国王の命令を忠実に実行するのが騎士達だって。


俺には、少し難しくて首を傾げていたら

国王様が、真剣な眼をして噛み砕いて教えてくれた。


『例えば、セツナがある事情で死に掛けているとする。

 私は、セツナを助ける事が出来る力を持っていたとしよう。

 だが、私が力を使う事で、リペイドの国民が苦しむ事になるなら

 セツナを助けたいと思ってはいても、その力を使う事はないだろう』


『なんで……王様は師匠に助けてもらったじゃないか』


『そうだ。感謝している。私もセツナの事は好きだ。

 それは王妃も、ここにいる全ての者たちがそうだ。

 だけど、セツナと国民どちらをとるかといわれたら

 迷うことなく、私は国民を選ぶだろう』


『……』


『国の王、国の代表とはそういうものなのだ。

 アルト。セツナのお前の師匠の力はとても強いものだ。

 その力を欲する支配者も多いだろう。

 だがな、強い力を持っているからこそ、殺そうとする者もいる』


『なんで!』


『恐怖だよ。自分がどう足掻いても倒せない相手。

 後々、自分と敵対関係になりそうな相手。自分と国の脅威になるのなら

 殺してしまった方がいいと考える事もあるという事だ』


『……』


【僕の能力は、僕とアルトの秘密にして欲しいんだ】


王様の言葉に、師匠に助けてもらった時の事を思い出した。

偉い人が、浚いに来るかもしれないと……。

あの時の言葉は、今王様が話している事と同じだと気がついた。


『だから、王や代表に心を許してはいけない。

 信用してもいいが、信頼してはいけない。信頼するとしても

 その人を良く見て、心の片隅には警戒心を置いておく事だ』


『難しい』


国王様は、俺の言葉に少し笑う。


『難しいな。いい人を信じたくなるのは人の性だ。

 だからこそ、一番に何を守り、誰を信じるのかが大切になってくる。

 相手が王や代表ではなくても、相手の行動や言葉の意味を何時も見極める

 目が必要だ。守りたいものを奪われる事がないようにな』


『王様も、信頼しちゃいけないの?』


俺には優しい王様。人間だけど俺はこの国が好きだった。


『駄目だな』


『……』


『私は国王だから。先程も言ったように

 私は自分の国民が一番大切だ。この国を守る事が私の仕事だ。

 私だけではない。この国に関わる仕事についているものも……。

 例えば、将軍や騎士、大臣達もそうだ。サイラスはセツナと友人関係にあるが

 私がセツナを殺せと命じれば、サイラスは心では嫌だと思いながらも

 セツナを殺しに行くだろう。それが、自分が死ぬ事だとわかっていてもな。

 それが、忠誠を誓う騎士というものだ』


俺はサイラスさんの顔を見る。

その顔は、微妙にゆがみながらも王様の言葉を肯定するように頷いた。


そうだ、サイラスさんが師匠に依頼した時の報酬の話で

同じ事を言っていた……。確かサイラスさんはこういったんだ。


【俺の()に不利な事でないかぎり、俺はその条件を飲みます】

サイラスさんの一番は、王様でユージンさんなんだ。


俺は、王様の言葉に俺と師匠の味方は誰も居ないような気分になって

落ち込んだ。そんな俺に、王様は優しい声で告げた。


『アルト。だがこれだけは忘れないで欲しい。

 セツナやアルトが困った時は、私達を頼って欲しい。

 出来る限りの手助けはする』


何処か矛盾している話に、首を傾げる。


『王様は、俺達より国民をとるんでしょう?』


『そうだ。だが、全ての困った事が国民に関係するとは限らないだろう?』


『わからない』


『ないとは思うが、セツナが何らかの理由で死んでしまった場合

 アルトは独りなるだろう。そういう時は、我慢せずにこの城に帰ってくるといい』


青い顔をしているだろう、俺の顔をじっと見て王様が言う。


『冒険者というのは、危険な職業だ。

 何時、何があるかわからないからな』


『国を巻き込まない、困りごとなら

 王様達が、力を貸してくれるかもしれないって事?』


『ああ。そうだ』


何が、国を困らせる問題で、何が困らせないのか

俺にはわからないけど、わからないときは相談に来るといいと言ってくれた。

断るにしても、できるだけの事はしてくれるって。


真面目に頷く俺を見て

王様は苦笑しながら、言葉を続けた。


『今のアルトに、こういう話をしたというのを

 セツナに知られてしまうと、怒られるかもしれないな』


『どうして?』


『セツナはアルトに、サガーナの獣人族と仲良くなって欲しいと

 思っているだろうからな。警戒しろという言葉は絶対言わないだろう。

 警戒するのはセツナの役割で、今はまだアルトを危険から遠ざける

 方法を選ぶだろうから』


『王様はなぜ、俺に色々教えてくれたの?』


『サガーナは獣人族の国で、人間を嫌っている者が多い。

 セツナに何かあったとき、手を貸してくれる人が居ないかもしれない』


『……』


『心構えもなしに、そういう状況に陥った時

 アルトは困るだろう?』


『うん』


『アルトが、サガーナの国かセツナかどちらを選ぶかは

 行ってみないとわからない……』


『俺は、師匠から離れない』


王様の目を真直ぐ見て、俺の意思を告げる。

王様は、一度頷き話を続けた。


『そうか。アルトがセツナから離れないのであれば

 セツナに何かあったとき、どうすればいいのかをセツナと話し合って

 決めておく事だ。何かあってからでは遅いからな。

 セツナが倒れた時、セツナを自分の師匠を守るのはアルトしかいないのだから』


俺は王様の言葉に、深く頷き師匠と話してみる事を告げた。

王様は、できればこの話は内緒にしておいてくれと言っていたので

師匠には話してないけど……。


旅の途中で、師匠が何かあったときどうすればいいのか

と尋ねた時の師匠は、一瞬驚いた顔をみせてどうしたのと聞いてきたのだ。

なんとなく、と返事はしたけど……絶対怪しいと思われていると思う。


今、王様が言っていた言葉の意味が全部わかった。

俺は、長の顔を真直ぐに見て王様から教えてもらった事を告げる。


「個人的感情が、どのようなものであっても

 国の王、国の代表が、最終的に選ぶのはその国だって。

 そういう決断をするのが、王であり代表だって言ってた」


「……」


「さっき、師匠が倒れた時誰も手を貸そうとはしなかった。

 それは、師匠を助ける気がないということでしょう?」


「それは違う!」


「俺にとっては違わない!」


「俺は、獣人で青狼だけど。

 この村の住人である前に、師匠の弟子なんだ。

 だから、俺は師匠を守る」


元々、この村の人達は師匠を信じようとはしていなかった。

だけど、長とこの場所に着いたとき少し空気がかわっていたのには

気がついていた。少しだけだけど、師匠を見る目が柔らかくなっていたから。


だけど……寝ている間にその空気が全く違うものになっていた。

俺はあの目を知っている。俺が寝ている間に師匠が何をしたのかわからないけど

ここに居る人たちは、師匠を怖がっていた。


だから、王様の言葉を思い出したんだ。

恐怖は、その相手を排除しようという方向へ進む事があるって事を。


師匠は、蒼露の樹を治す為に自分の力を使ったのに……。


「結界の中にいても解決はしない。

 ちゃんとした、休息が必要だ」


「……」


「セツナ君の、身の安全は私が保証する。

 信じてくれないかな?」


「蒼の長は、師匠の意識が戻るまで

 ずっとついていてくれるの?」


「それは……」


「無理なんでしょう?

 国の代表として、やる事があるんだよね」


俺でもわかる。蒼露の樹が治ったんだ。

それは、国にとって重要なことなんだって。


「……」


「今の俺では、師匠とクッカを守りきれない」


悔しくて唇をかむ。俺がもっと強かったら

こんな所で、緊急用の結界を張らなくても

師匠を暖かいところで、寝かしてあげる事が出来たかもしれない。


「なら、ちゃんと守れる結界があるこの場所が一番安全だ」


俺は長から視線をそらさずに、言い切る。

長が口を開こうとした瞬間、蒼露様の声が聞こえた。


「何をしておる」


蒼露様が結界の傍まで来て、結界に触れた。


「おぉ、この結界はすごいものだの!

 わらわでも、破る事ができぬ」


「竜が、魔法を使っても殴りに来ても壊れないって言ってた」


「それはまた……。特別なものを使ったんだの」


「うん」


一度きりしか使えない特別な結界。

本当に、緊急の時にしか使っちゃ駄目だって言われてた物だ。


「そんな物を使わせてしまった事を謝罪する」


「……」


そう言って、蒼露様は俺に頭を下げた。

そのことに、村の人達はざわめくが蒼露様は気にせず先を続けた。


「蒼露の樹と意識をつなげておったのじゃ。

 セツナが蒼露の樹の為に、力を使い倒れたというのに

 手を貸せなくてすまなかった」


「もういいよ」


「そうか」


「うん」


「それでも、結界をとく気にはならぬか」


「うん」


「擁護するわけではないが、この者達は

 セツナを厭うておるわけではないのじゃ」


「厭う?」


難しそうな言葉だ。


「嫌っているわけじゃないのじゃ」


「それは知ってる」


俺の返事に、蒼露様が微かに微笑んだ。


「そなたは、聡い子じゃな」


「……」


「ではなぜ、結界を張ったのじゃ」


俺が、王様に教えてもらった事を話すと

蒼露様は、うむうむと頷きながら聞いてくれた。


「そうだの。そなたの考えは間違ってはいないな。

 これから先、そういう警戒心はセツナ、アルトと共に

 必要なことじゃ。だがな……」


「……」


「村の者達は確かに、セツナに対して恐怖心を持っておる。

 だがそれ以上に、どう接していいのかがわからないのじゃ」


「……」


「長達は、セツナの持っている力に。そしてその後ろにいるであろう

 竜騎士の存在に、セツナとどう付き合っていけばいいのかと

 悩んでいるうちに、一歩出遅れたのじゃ。村の者達は、セツナに

 とっていた態度が邪魔をして、一歩踏み込めないでいる」


竜騎士という言葉に驚く。


「師匠は、竜騎士契約をしている事を話したの?」


「話したというか……成り行きで?」


俺が寝ている間に何があったのかは、聞いても教えてくれなくて

蒼露様は、とても怖い事があったとしか言わなかった。


「アルト、ここにいる者達は

 セツナをどう受け入れていいか悩んではいるが、心配もしている。

 その気持ちを汲み取って、結界をといてはくれぬか」


蒼露様の言っている事は理解できる。

だけど、結界をとく気にはなれなかった。

絶対安全だと、いえる場所から師匠を出すのが怖かった。


そんな俺に、クッカが答えをくれる。

クッカの声は何時も違って、明るさはない。


「アルト様、ご主人様はこの中にいるのが一番いいのですよ」


「……」


「この中は、体力と魔力が回復するようにできているのですよ。

 ここにいるほうが、早く回復するのですよ」


クッカの言葉に、師匠から説明を受けた時の事を思い出す。


「そういえば? 師匠もそんな事を言っていたような気がする」


すっかり忘れていたけど。


「その結界には、そのような効果もあるのか。

 ならばそのままのほうが、いいやもしれぬ」


クッカの言葉に、蒼露様が頷いて

師匠を結界から、出さなくてよくなった事にほっとした。


これ以上話すこともないから、俺も師匠の傍に行って座る。

昏々と眠る師匠見て、不安で不安で仕方がないけど

師匠をじっと見つめて、泣きそうな顔をしているクッカがいるから

弱音は吐けない。俺がしっかりしないと。


クッカがこれ以上不安にならないように

俺は、クッカの兄なんだから。妹を守るのは()の役目なんだ。

そう心に言い聞かせて、師匠の目が早く覚めますようにと願った。




読んでいただき有難うございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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