『 僕と心のペルソナ 』
いつもより気合の入った訓練を終えて、アルトは地面に引っ付いていた。
最初は、剣にかけてある速度増加の魔法のせいで
思うように動けていなかったようだが、しばらくするうちに
その速度にも慣れたのか楽しそうに剣を振るっていた。
そろそろ終わりにしようと言う僕に、後もう少し、もう少しといい
体力回復の魔法も上昇したため、今までより疲れにくくなっていたのもあり
自分のスタミナ調整ができなかったようだ。
気がついたら、くたくたになっていたというように。
あの調子では、しばらく動けないだろう。
回復魔法をかけてもいいけれど、少ししたら
剣にかけてある魔法で回復するだろうし、そのままにしておく。
「師匠~。おなかすいた~」
大地にごろごろと転がりながら、僕に朝ごはんをねだる。
そんな様子に、僕は苦笑しながらアルトのそばに行き
自力では起きられないアルトを、荷物のように小脇に抱えて
歩き出す。ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、おとなしくしているアルトに
僕は静かに話しかける。
「今、僕がいなかったらアルトは死んでいたかもしれないね」
僕の言葉に、一瞬にしてアルトの動きが止まり
ゆっくりと、顔を僕に向けた。
「自分で動くことのできない状態で
魔物が来たら、どうするの?」
「あ……」
見る見るうちに、耳が折れ曲がっていく様子に
よくここまで、折れるよねっと感心しながら話を続ける。
「全力を出して、戦わなきゃいけないときもあるし
命ぎりぎりのやり取りを、しなければいけないときもある
だけど、余力を残すことができる戦闘ならいざと言う時の為に
力を温存しておくのも必要なんだよ」
「……」
「まぁ、自分がどれくらい動けるのかわかっていないと
温存するのも難しいから。明日から気をつけようねアルト」
「はい」
体全体で、しょんぼり感を出しているアルトに
笑いそうになりながら、そう締めくくった。
腕に抱えるアルトが、少し重くなっていたことに
改めて、成長しているんだなと感じながら
焚き火があった場所辺りに、アルトを下ろした。
もそもそと、カバンからタオルを出して体を拭うアルトに
昨日の夜、用意しておいた新しい服を一式渡す。
「小さくなった服は、後で僕に渡してね」
新しい服に、目を輝かせ受け取る姿に
アルトの気分が浮上したことを告げていた。
「ありがとうございます」
折れていた耳を、ピシッと元気に延ばして僕に背を向け
イソイソと服を着るアルトに、今度こそ声を出して笑ってしまう。
「あは、あはは」
いきなり声を出して笑った僕に
驚いたように僕を振り返った。
「え? なに? なに?」
何か面白いことがあったのかと
キョロキョロと周りを見渡すアルト。
「いや……なんでもないよ。
気に入ってくれたようで、よかったよ」
僕は笑いを納め、僕も服を着替える。
アルトは、腑に落ちないという顔をしながらも、準備を再開し
僕も、自分用に一新した服に袖を通し
最後に、新たに作ったものを顔につけた。
準備を済ませたアルトが、僕をじっと見ている事に気がついて
新しく作ったものが似合うか聞いてみる。
「似合う?」
「……眼鏡?」
「うん。どうかな?」
「師匠、目が悪いんですか?」
「悪くないけどね」
「じゃぁ、どうして?」
「気分転換かな?」
「うーん」
本当の理由は、別のところにある。
だけど、それをアルトに教える気はない。
「あれ? 似合わないかなぁ?」
アルトの反応が余りよくない。
似合っていないんだろうか。
「うーーん……。
少し、冷たい感じがする?」
「……」
アルトの言葉に、鏡花の声がよみがえった……。
ベッドの上で、本を読みながら鏡花の話の相手になっていた。
視力が落ちて、眼鏡をかけて本を読む僕に鏡花が嫌な顔をしている。
『お兄ちゃんは、眼鏡をかけると雰囲気が変わるよね』
『そう?』
眼鏡をかけ始めた僕に、不満があるらしい。
『私は、眼鏡をかけてないほうが好きだけどな。
お兄ちゃん、コンタクトにしなよ』
『眼鏡のほうが楽だから、嫌だよ。
コンタクトの手入れ面倒だろう?』
『使い捨てとかあるし?』
『便利な分、コストがかかるじゃないか』
『むー』
『そんなに似合ってない?』
『……似合いすぎてるから、嫌なんじゃん』
『はぁ?』
意味がわからないと、本から視線をはずして鏡花を見る。
『眼鏡をかけてるときと、かけてない時のギャップが……』
『……』
『眼鏡をかけてると、少しクールな感じで近寄りがたい雰囲気でさ
それなのに、笑うと破壊力抜群だし……』
『……』
『その雰囲気に惑わされて、眼鏡をはずした姿を見ると
今度は、人を安心させる甘い感じが前面にでるから
胸キュンものだし……』
『知らないよ』
呆れを前面にだして、僕はため息をつきながら
視線を本に戻しかける。
『一粒も、二粒、三粒も美味しいって
どこの主人公ですかぁ?』
棘棘した、言葉を僕に投げつける鏡花。
結局、本を読むことができないと思い閉じて枕元に置いた。
『いや……そこで切れられてもね……』
『私は、お兄ちゃんが心配だよ』
そういってため息をついた。
『僕は……鏡花の、頭の中が心配だよ』
僕の言葉に、自分のそばにあるクッションを
持ち上げて、僕の顔に投げつけた。
『もー!』
クッションを投げられたことに、少しむかついて
鏡花をにらむ。緊張したように、体を揺らして即座に謝る鏡花。
『……ごめん』
素直に謝ったので許すことにする。
『許す』
僕の言葉に、ほっと息を吐いて
眼鏡かけてにらまれると、チョー怖いよ……っとぶつぶついいながら
投げて落ちたクッションを拾いにいった。
-……。
-……鏡花も、アルトと同じことを言ってたな……。
顔のつくりは変わってるはずなのに……。
「師匠?」
「うん?」
首をかしげて僕を見るアルトに、僕も首をかしげる。
「冷たい感じがする?」
ああ……アルトの感想を聞いたのに、日本の事を思い出して
その後の反応を、返さなかったからか。
「アルトは、僕が眼鏡をかけてるのは嫌?」
「嫌じゃない……けど」
「けど?」
「うーん……わかんない」
アルトのよくわからない返事に、思わず笑ってしまう。
その瞬間、アルトが僕を凝視した。
「師匠……」とアルトが僕を呼びかけたときに
アルトのお腹が、ぐぅぅ~となった。
切なそうな音と、アルトがお腹に手を当てるのを見て
朝ごはんにすることにする。
すごい勢いで、食べ物を胃の中に詰め込んでいくアルトを横目でみながら
僕はいつも通りのペースで、パンを口に運ぶ。
自分の分を、平らげてやっと落ち着いたのか
ふぅーっと一息ついてから、僕におかわりをするかと尋ねてくる。
チラッと、アルトを見ると
その目も耳も尻尾も、食べたりないと語っており
おかわりをしないことを告げると、全て自分の器に入れて
また一心不乱に食べだした。
「……」
どう考えても、体重が増えたとはいえ摂取している量と
体についている肉の量がかみ合っていない。
成長期のアルトにあわせて、バランスを考えながらも
摂取カロリーは、結構高いものになっているはずなのに……。
おかわりした分を食べ終わっても
まだ食べたそうな感じが見て取れる。
耳が寝ているから……。
僕は、昼ごはんの量を増やすことを念頭に置き
片付けを終えて、次の町に向かって歩き出す。
代わり映えのしない道に、アルトが興味を引かれるものがないのか
退屈だと顔に貼り付けて、歩いているアルトを見てゲームをしようかと
誘ってみた。
「ゲーム?」
「そう。僕が問題を出して
アルトが、その答えを見つける。どうかな?」
「やる! やる! ゲームやる!」
「全部正解したら、このクッキーを上げるからね」
僕は自分のカバンから、クッキーを取り出してアルトに見せた。
目がクッキーに釘付けだ。
「それじゃ……最初は簡単な問題からね。
5 + 4 は?」
「9!」
「6 + 3 - 2 は?」
「え……っと……7!!」
こんな調子で、簡単な算数の問題を出していく。
ゲームではなく、勉強みたいなものだけどアルトは気にしていないようだ。
足し算、引き算、掛け算、割り算と問題を出していき
簡単な問題は即答し、少し難しい問題は時間がかかるけれど
今のところ、ちゃんと正解を導き出している。
「それでは、この問題で最後です」
「はい!」
最後の問題と聞いて、気合が入ったようだ。
「ここにクッキーが入っている袋があります。
アルトは、このクッキーを全部食べようと思いましたが
僕が、この袋の中から3枚抜きました」
クッキーの袋を見せながら説明する。
僕がクッキーを抜いたというところで、アルトの尻尾が止まる。
「さらに、このクッキーが美味しかったので
僕は、更に4枚食べてしまいました」
尻尾が膨らんだ……。
-……。
「結局、残ったクッキーは3枚しかありませんでした。
だけど、アルトが僕のほうがたくさん食べた! と言ったので」
その通りというように、
アルトが、コクコクとうなずく。
-……ちゃんと問題聞いてるのかな……?
「僕は魔法で、残りのクッキーを3倍に増やしました」
「え!! 魔法でクッキーを増やせるの!!?」
「……増やせないから。問題だからね?」
「なんだ……」
「問題の続きをいうから、ちゃんと聞いてね?
クッキーは最初袋に何枚入っていましたか?
そして、アルトが食べることができるクッキーは何枚になったでしょう」
「……」
アルトが黙り込んでしまう。
なぜ、黙り込んだのか理由はわかっていた。
クッキーのことが気になって、問題をちゃんと聞いていなかったんだろう。
「師匠……」
「なにかな?」
「もう一回……! 問題もう一回!!」
すがるような目で、僕を見るアルトに僕は笑いをかみ殺して
もう一度同じ問題を言った。
頭の中で、必死に考えているようだ……。
だけど、途中でわからなくなったのか視線を彷徨わせると
細い枝を拾い、しゃがみこんで土の上に数字を書き出してしまった。
「最初……3枚。次……4枚……」
僕は、アルトの計算の過程を眺めつつ
父がよく、こうやって僕に問題を出してくれたことを思い出しながら
アルトの計算が終わるのを待っていた。
読んでいただきありがとうございます。