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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ハイドランジア : 冷酷 』
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『 幸運の欠片 』

* ロシュナ視点

* 残酷描写(残酷表現)あり

 顔つきの変わった若者達を眺めつつ

私達の若い頃とはずいぶん違うものだと改めて感じた。

私達も血気盛んな時代があったが、彼等よりは視野が広かっただろう。


セツナと村の若者達が同じような年代だから

余計に目の前で戦っているセツナと、自分達の感情に左右され

大切なものを見落としがちな、彼等の甘さが浮き彫りになるのだろうか。


冒険者として、世間の荒波の中で生きている彼と

村の中しかしらない、彼等を比べるのは酷なのかもしれない。

劣っているわけではなく、様々な事に対する経験の少なさが問題なのだ。

妹のシーナを探す為に、村を出たエイクは足りない部分もあるが

感情を制御できている。


こんな事を考えるのは、自分が年を取った証拠なんだろう。


『幸運ってのはさ、自分で掴み取るもんだぜ?』


不意に彼の言葉が頭をよぎった。

彼の言葉を思い出し、心の中で苦笑をこぼす。

そうだ、私にも視野を広げるきっかけがあったのだ。


村の若者の視野が広がるきっかけが、今日(この時)だったように。




ラギールがいて、ハンクがいて日々戦いの中に身を置いていたあの頃。

サガーナというこの国がまだなかった頃だ。


狼は狼で、領土を守っていた頃だ……。

少しの油断から、私が大怪我を負いラギールとハンクと一緒に

人間から逃げ切る事だけを考えていた。


出血が多く、動けなくなった私を捨てて逃げろというのに

2人は頑として、私を置いていこうとはしなかった。


人間達が近づいてくる気配に、ここを死に場所と決め

神に力を貸して欲しいと祈った。

最後の最後まで戦い抜く覚悟を決めたとき

私達の頭上から声が聞こえたのだった。


「幸運ってのはさ、自分で掴み取るもんだぜ?

 神頼みなんて、くそなもの早々にやめてしまえ」


声がかけられるまで、(人間)の気配を全く感じなかった。

臨戦態勢をとる、ラギールとハンクを面白そうに眺めている人間。


「すぐに決断しろよ。ここがお前達の分岐点だ」


「……」


降伏しろというのだろうか。降伏した所で

私達に待っているのは、殺されるか奴隷として生涯つながれるかだ。

緊張を孕んだ空気の中、彼が放った一言は余りにも場違いなものだった。


「俺に食い物をよこせば、助けてやる」


「……」


「……」


「……」


偉そうにそう告げ、手を差し出して何か食べるものをよこせと要求する男。

どうやら、私達を追ってくる人間たちとは違うようだが人間は人間だ。


怪しい事この上なかった。


「食い物持ってないのか?」


怪しい事この上ないのだが、私はなぜか真面目に返事を返してしまう。


「持っているが……」


「ロシュナ!」


ラギールとハンクが武器を構えたまま、声を荒げて私の名を呼んだ。

そんな私達の様子をやはり、何処か面白そうに眺めてから

彼は、私だけに視線を合わせた。


「そこの2人は、無理そうだな。

 ロシュナさんとやら、俺に食い物プリーズ」


ぷりーず? ぷりーずとはどう言う意味だろうか?

聞いたことない響きの言葉に、思わず聞き返してしまう。


「ぷりーず?」


「食い物恵んでくれってこと」


きっとこの時の私は、大半の血を失っていて

正確な判断ができないでいたんだろうと思う。

何時もならば、絶対と言い切っていいほど

人間に何かを渡そうとは思わなかっただろうから。


人間に切りつけられて、死に掛けていたのだし……。

その時の私の行動は、きっと何かが降りていたのかもしれない。


幸運を掴み取るために……。

そして、私の視野が広がったのは彼と出会ったからだ。



懐かしい人物を思い出し、思わず小さく笑ったのに気づき

ハンクが目を細めながらこちらを見た。その目は、このような状況の中で

何を笑っていると責めている。


そんなハンクに、苦笑を向けながらも思い出した言葉を口にのせた。


「幸運ってのはさ、自分で掴み取るもんだぜ?

 神頼みなんて、くそなものそうそうにやめてしまえ。

 神が持ってる幸運の欠片なんて、そう簡単に手にはいらねぇよ」


私の言葉に、細めていた目を見開き思わずといった感じで

ハンクも口元を緩めた。蒼露様は、私の言葉に少し眉根を寄せていたが

何も言うことなく、私達の会話に耳を傾けていた。


「耳栓突っ込んで寝ている神に、どれだけ祈りを捧げても届かない。

 気がついてもらうには、腹のうえで喚き暴れ足掻くしかない。

 腹の上でさわがれりゃ、安眠なんてできねぇから

 手で払いどけるだろ? 腹から落とされる恐怖に耐え

 勇気を出して、その瞬間神の手に触ったものだけが

 幸運と不運の欠片の両方を手に入れるだったな……」


「幸運が詰まった欠片と

 不運が詰まった欠片は二つで一つだったね」


「幸運の欠片は、幸運を立て続けに運び。

 反対の欠片を選べは、不幸が運ばれてくるだったな」


「……」


「……」


少し間が空き、ハンクがゆっくりと言葉を続けた。


「俺は神ではないが、この手に欠片を持っている。

 今この場で幸運の欠片を手に入れることができるのは……」


ハンクが途中まで言ってそこでクククっと笑った。


「腹をすかせた男に、食い物を恵んだ奴」


「腹をすかせた男に、食い物を恵んだ奴」


同時に同じ言葉を口にした。


『俺が持っているのは幸運の欠片だ。

 だがな、神の欠片は幸と不幸で一つの欠片だ。

 神は甘くない。幸運の欠片だけを渡す事は決してしない。

 どちらの欠片を最終的に選ばされるかは、本人の日頃の行いだ。

 神に祈るより、俺を選べよ』


そういって、にやりと笑った彼はやはりどう見ても怪しかった。


ハンクはすっと、笑みを消し結界の中で戦っている

青年を見ながら言葉をこぼす。


「あの時も人間が、わしらに手を差し伸べてくれたのだったな……」


「ハンクとラギールは、中々信じようとはしなかったけどね」


「ふん」


彼と出会った後、私達は自分の未来を切り開く為に立ち上がった。

彼がいなければ、きっとサガーナという国はなかっただろう。


そう……幸運の欠片を私達は掴み取ったんだ。


私も笑みを消し、セツナを見つめる。

ハンクは、深くため息を吐きながらその先を続けた。

蒼露様は微妙な表情をしていたが、それでも私達に口を挟む事はしなかった。


「あの時は、獣人が滅びるかどうかの分岐点だった」


「今は……この国が存続できるかどうかの分岐点だ」


「……」


「彼は、セツナ君は私達の幸運の欠片だろうか?」


「わからん。わからんが……」


「……」


「あの小僧が来なければ

 蒼露様は消え、蒼露の樹が治る可能性はなかっただろう」


「……」


「アイリは戻らず。シーナも癒えなかった。

 今の所、わしらにとっては幸運が続いている」


「……」


「そして……奴隷商人にとっては。

 小僧は、不運の欠片だったのは確かだな……」


薄い結界をはさんで向こう側の風景は、言葉に出来ないぐらい

凄惨なものだった。


「まだ答えませんか?」


セツナが問う。


「も……もと……じめが……もってる」


苦しそうな呼吸と共に、奴隷商人の1人がセツナの質問に答えた。

その答えに、特に反応を返すこともなく淡々と質問を重ねていくセツナ。

少しでも、余計な言葉を挟もうものならすぐに魔法を使った。


「元締めがいる場所はどこですか?」


「……ガーディル」


先程までとは違い、素直にセツナの質問に答えていく男。

その男の目はうつろで、反抗しようという気力をごっそりと奪われていた。


さすがに……顔色一つ変えずに、あそこまで苦しめられたら

私でも耐える自信はない……。いっそのこと殺してくれと思うかもしれない。


「貴方方の役割は?」


「俺達は……獣人を浚うだけだ……」


「僕が保護した子供が入っていた袋は魔道具でしたが

 貴方方も、自分の匂いを消す魔道具を持っていますよね?」


「……」


「ハーゲンさん?」


「魔道具……ではない。

 体に……魔法文様を刻んでいる……」


「……」


「……」


奴隷商人の言葉に、誰もが驚く。

そこまでするのかと……。体に一生消える事のない文様をいれてまで

私達を浚うのかと……。


黙り込んだセツナに、男は自ら色々と話す。

苦痛と恐怖が混ざり合って、混乱しているようだ。

だが、男が話す内容は私達にとって痛みだけを与えるものだった。


「1人浚えば、2ヶ月は遊んで暮らせる。

 白と黒の毛皮をもったやつは、半年は遊べる。

 青色はまだ見た事はないが……一生遊んで暮らせるだけの

 金が入る。だから、絶滅したとおもわれた銀色を見つけたときは

 心がおどった……。どれぐらいの金になるのかとな……」


あれほど苦しそうだった呼吸は、早々に回復していた。

回復するのが早い気がするのは、気のせいだろうか……。


「浚うなら……、女か子供だ。少し痛めつければ大人しくなる」


「……」


「それに調教がしやすい……。特に子供は高値で売れる。

 獣人ってのは……、綺麗な面をしてるやつがおおいからな。

 どうやって調教するのか教えてやろうか?

 子供の頃は、人の姿に戻れない魔道具を付けられる。

 犬や猫と同じように育てられるわけさ。

 なに、そう酷いもんじゃねぇ……。綺麗な部屋で、旨いえさを貰い

 愛玩動物のように飼われるだけだ。幸せだろう?」


怒りで自分の体が震えるのがわかる。


「そういう小さい子供を飼うのは、貴族の女だ。

 成長する頃には飽きてまた売りに出される。

 成長した獣人の女を買うのは……、そういう趣味のある貴族の男だ」


虚ろな瞳をセツナに向けながらも、顔には下卑た笑いを浮かべていた。


「そういう輩は、押さえつけて無理やり犯すのが好きな奴が多い。

 怯え泣き……、助けを求め許しを請う姿を眺め、堪能してから嬲るらしいぜ。

 綺麗な顔に、真っ新(まっさら)な体を蹂躙し使い物にならなくなるまで甚振る」


誰一人声を発せず、一人一人が抱く感情は憎悪。

だが一人として、結界から手を離すものはなかった。

そして……男が発した言葉に感情の箍が外れた。


「その後は、実験用として売られるか……。

 白や黒の狼の場合は、毛皮をはいで襟巻きにされることが多い」


-……襟巻き……。


歯を食い縛るが、こらえきれずうめき声がもれる。

頬に熱い涙が流れていくのがわかる。


人間にとって……私達は本当に獣でしかないのか……。

そこまで酷い扱いを……。必死に自分の感情を抑え拳を握る。


この場には、娘や恋人を浚われた者もいる。自分の家族が恋人が

どういう末路を辿ったのか……ダンっと鈍い音が響く。


周りは異様な殺気と叫び声、そして目を見開きながらも

涙を流す村の者達。怒りと悲しみと憎しみで

体は震え行き場のない感情は

無意識に目の前の結界に拳をたたきつけていた。


何度も、何度も、何度も。


目の前にいる人間を八つ裂きにしたい思いに駆られながらも

壊れる事のない結界が火に油を注いだ。


「男の方は……ひっ」


奴隷商人の男が、新たに口を開こうとした瞬間。

息を詰まらせてガタガタと震えだす、それと同時に

結界を叩いていた者達の手も、ぴたりと止まった。


その手は今ほとんどのものが小刻みに震えていたし

私もそして、ハンクの体も震えていた。全員が息を呑み

微動だにする事すらできない。動けば殺される。


セツナが放つ殺気。

そしてその瞳に宿るのは、とてつもなく暗くて重い負の感情だった。


「もう、黙ってください」


それだけの殺気を放ちながらも、丁寧な言葉は代わらない。

それが余計に、恐ろしく思える……。


男が必死に首をたてに振っているのを確認すると

彼はまたすっと感情を消す。その感情を消した瞳で今度は

私達を見渡した後、視線をもう一度男に戻した。


「次に、僕の邪魔をしたときは……。

 それなりの魔法を使わせてもらいます」


その言葉を言った後、一瞬だけ蒼露様の方を見たセツナ。

彼の視線に誘われて蒼露様をみると、彼女の目は蒼から赤に変わっていた。


セツナの視線に気がついたのか、蒼露様は一度目を閉じ

そしてゆっくりと目を開けた。目の色は赤から蒼へと戻っている。


「蒼露様……」


蒼露様とセツナの間に、何があったのかわからなくて名前を呼ぶ。


「怒られてしまったの。結界に魔法をぶつけて壊すところであった」


それっきり、口を開こうとしない蒼露様をみて

ある者は、目を閉じ。ある者は、深く息を吐き。

各々が、今ある感情を無理やり押し込めるように握った拳を下ろした。


セツナの殺気を当てられた男は、青い顔して頭を抱えながら

震えている。会話する事が無理だと判断したのか、セツナの視線は

隣の一番若い男へと移動した。


「ひっ……」


セツナの視線が自分に移ったことに気がついた男は

視線をそらす事もできずに、震えながらセツナを見ていた。


「フゼイルさん。

 貴方方が使っている隠れ家の場所を全て教えてください」


「お……おれ……おれは」


「ハーゲンさんと同様の事をしなければ話せませんか?」


「た……たす……」


「洗い浚い話してくれれば、魔法は使いません。

 嘘をつけない事は、覚えていますよね?」


ガクガクと震えながら首をたてに振る男。


「それでは……」


「まて……まってくれ」


セツナが若い男に、先程の質問を投げようとした時

リーダーだと思われる男が、セツナに声をかける。

その顔色は2人同様悪いが、それでもその目の中に意思が見えた。


「……」


「と……取引をしようじゃないか」


「取引?」


「そうだ。お前にとっても悪い話じゃない」


リーダー格の男の言葉に、セツナが首をかしげた。

少し何かを考えるように、俯いたセツナに何かを感じ取ったのか

その男の口角が少し上がった。


何かを確信しているかのように、口角を上げた男に

私は不安を覚えたのだった。


幸運の欠片は……今誰の手の中にあるのだろうか……。

まだまだ終わりそうにない、奴隷商人との戦いに幸運の欠片が

私達の手元にあるようにと願わずにはいられなった。


神が例え……眠りについていたとしても……祈らずにはいられなかった。




読んでいただき有難うございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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