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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ハイドランジア : 冷酷 』
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『 俺達と覚悟 』

* 残酷描写あり。

* エイク視点(アイリの従妹・シーナの兄)

* ロシュナ(蒼の長) ハンク(元白の長)

* ディル(アイリの父親・現長)


* 奴隷商人:オーバルト・ハーゲン・フゼイル


 奴隷商人の1人が、苦悶の表情を浮かべ顔から地面に倒れこむ。

地面に顔がこすれる不快な音が耳に届いた。


仲間の男が、苦しみながら倒れた事に

奴隷商人のリーダーらしき男が、殺気を込めた言葉をあいつに放つが

あいつは静かに返事を返したように見えた……。


だが、あいつの瞳を見た瞬間

俺だけではなく、ディルさん達も息を飲んだ……。


何の感情も宿していない瞳の色に、全身が粟立った。

結界に触れている指が小刻みに震える。


周りを見ると、俺と同じように震えているものもいれば

青い顔をしてへたり込んでいるものもいた。

だが、(おさ)達は顔色を悪くしながらも

真直ぐに前を見据えていた。



『酷い拷問になるかもしれません』


まえもってそう聞いていた。

だが、それを心のどこかで、たいした事はないだろうと高をくくっていた。

何の覚悟もしていなかった。覚悟どころか、俺は何も理解していなかった。

その先にあるものを見ていなかったし

あいつの話を額面どおりにしか受け取っていなかった。


そう。奴隷商人から話を聞くだけだと。

それだけだと、簡単に考えていたのだ。奴隷商人が嘘をついたことによって

苦しみだすその瞬間まで……。



何かを求めるように動く口。

紫色になっていく唇。

限界まで、見開かれた目。


あいつが奴隷商人に、何の魔法をかけているのかはわからない。

奴隷商人が、どういう理由で苦しんでいるのかわからない。

だが、目の前で行われている事を説明しろといわれたら

拷問という言葉しか思い浮かばない。


それほど、あいつが奴隷商人に対してやっている事は酷かった。


「ハーゲンさん、奴隷の首輪の鍵は誰が持っていますか?」


あいつは、一切の感情を含むことなくそう尋ねる。


「あぁ……その状態では答えられませんね」


そう言って、あいつが何かを呟くと魔法が解けたのか

男は必死に息を吸い込む。ヒューヒューと苦しそうな呼吸音が響く。

まるで、今まで水の中に沈められて呼吸ができなかったような動作だ。


「ハーゲンさん。 答えてください」


感情をそぎ落とした冷淡な声が響く。

顔色をなくしながらも、必死に声を出した男。


「ま……まってく……」


だが、全てを言い切る前に、男が目を見開きまた口を開けていた。

口をパクパクと動かす男は、魚が陸に上げられたときの動作に似ていた。


「質問以外の言葉はいらない」


「ぐぁ……ぁ……あ……たす」


のた打ち回る奴隷商人を、ただ見ているあいつ。

あいつ独自の魔法なんだろうか、多分呼吸が出来なくなるような

同じ質問を繰り返し、質問の答えではない声を発した瞬間また魔法をかける。

見ている俺も、自分の周りに空気がないような感覚を覚え息苦しくなってくる。


それを、淡々と繰り返すあいつに恐怖を覚えた。

同族である彼等に対して、ここまで手加減なく魔法をつかえるのか。


心のそこから怖いと思ったのは、初めて魔物を退治したとき以来だ……。

体の震えが止まらない。もう、結界から指を離そうかと思ったとき


「おぬし達は、戦う事をやめるのか」


少し怒りを宿した声音で、蒼露様がそう口にした。


「目の前で、人間同士を戦わせておきながら

 おぬし達は、この光景を見る事さえも止めてしまうのか?」


「……」


「おぬし達は、あやつに何を求めていた。

 同族でもないあやつが、自らを囮にしながらも戦っているというのに

 文句をいい、あやつを責め、怒りをぶつける……。

 では、おぬし達は今なにをしているのじゃ。何の覚悟もなしに

 望む結果だけを手に入れようというのか?」


「……」


「あやつが、言い出したこととはいえ

 人同士が争う状況を作ったのはおぬし達じゃ。

 目をそらさずに見よ。見ることが出来ないものは去れ。目障りじゃ」


蒼露様の言葉に、呆然とする俺達。

そんな俺達を見て、蒼の長が苦笑を浮かべた。


「蒼露様、若い彼等はこの状況を完全に理解しているとは言いがたい……。

 本当の意味で、戦う覚悟を決めたことのないものが多い。

 これも経験の一つとして、この場にいることを許可していただけませんか。

 我々の未来の為に……お願いいたします」


蒼の長がそう言いながら、蒼露様に頭を下げた。


「ふん、好きにするがいい」


蒼の長が若いと言う言葉を使ったことを疑問に思い、周りを見渡す。

そこで気がついた事は、震えているのも結界から手を離しているのも

俺と似たり寄ったりの年代だった。


そして、あいつのやりかたに不満や怒りを見せていたのも

俺達の年代だったということに気がつく。


長達やディルさん達の年代の人は、揺らぎもせずに結界に手を当てて

じっとあいつを見ていた。


まるで……あいつと同じ場所に立って戦っているかのように……。


かろうじて結界に触れている俺の指先。俺達の方に視線を向けることなく

冷たい目を奴隷商人に向けているあいつ……。


あいつの本音が何処にあるのかが俺にはわからなかった。

アイリがあいつを連れてきて、あいつと初めて対峙した時から

あいつの感情は読みにくかった。


いや……読めなかった。

魔導師というのは、感情を読ませない奴が多いが

それでもそれなりには読めるものだ。


この村に来て、嫌な思いをする事の方が多かったであろう。

なのに、あいつは自分の感情などどうでもいいと言い切った。

アルトとアイリが苦しまないのなら、どうでもいい事だと。


しかしそう簡単に割り切れるのか?

頭ではそう思っていても、心で納得しなければその感情は表に出るものだ。

だけど……あいつは笑う事はあっても、負の感情を一度も俺達に見せなかった。


見せない。そう見せないんだ。

だから解らない。解りづらい。


それは、先程まで目の前で繰り広げられていた出来事に対してもそうだ。

結界の中で、楽しそうに夢を語るセツナに漠然とした不安を抱いていた。


俺達と会話する時とは、全く違う年相応の雰囲気に

それが奴隷商人であっても、人間同士で会話する方が楽しいんだろうなと思ったんだ。

このまま俺達を裏切って、一見奴隷商人には見えない奴らを逃がすんじゃないかと

心の奥底で、ジリジリと焼け付くような感情がわきあがっていた。


相手を油断させる為だとしても、余計な会話が多いような気がした。

そう感じていたのは、俺だけではなく

俺の周りで囁かれる会話は、セツナに対する否定的な言葉が飛び交っていたから。


次々に浮かんでくる猜疑心に、従妹であるアイリを助け

限界だったシーナを助けてくれたあいつを

いまだに信じきれない自分自身に苛立ちが募った。


信じていないわけじゃない。

あいつは、悪い奴じゃない。

そう思いながらも、結界の中で楽しそうに笑っている姿を見ていると

嫌な感情が渦巻いていくのだった。


結界の中と外での空気は、正反対でセツナが夢を語り

奴隷商人がセツナの夢を応援し笑う。


向こうの空気が、楽しそうに揺れれば揺れるほど

こちらの空気は冷たく、怒りに満ちたものになっていった。


それほど……あいつの態度は自然で、そこにある感情もあいつ自身が

本当に抱いている感情だと思った……。演技だとは思えなかった。


蒼の長の声で、我に返る。静かに話し始める

蒼の長の声に、耳を傾けた。


「君達は、彼……セツナ君があの場所に立つ意味を少しでも考えたかい?」


「意味ですか?」


「奴隷商人から、話を聞くためですよね?」


俺以外の奴らが、口々に思ったことを言葉に乗せていく。


「そう、彼の言葉の通り受け取るなら、奴隷商人から話を聞くためだ。

 では、奴隷商人から聞き終わったその先を想像したかい?」


「いえ……」


「君達は、彼が人間だという事で彼が裏切らないか

 どうかばかり気にしていたようだけど

 なぜ彼が時間をかけていたのか、少しでも考えようとした?」


蒼の長の言葉に、一瞬奥歯をかみ締めた。

あいつははじめから(・・・・・)自分を囮に使う事を計画に入れていたんだ。


奴隷商人の狩りの方法を俺達に見せる為に

あえて時間をかけて、奴隷商人の警戒を解き

奴隷商人が疑うことなく水を口にするように

自らも薬の入った水を飲んだ……。


嘘をつくと体に痛みが走るものだと知りながらだ!

結界の中のあいつの言葉は嘘しかない。

奴隷商人とは違って、あいつは口を開いている間ずっと

体を痛みに支配されているはずだ。


薬を飲んではいたが、あいつの顔色が悪い所を見ると

完全に痛みが抑えられているわけではないのだろう。


あいつが、自分を囮にしていた事に、このとき初めて気がついた。

知っていたら止めていた……。だからあいつは綿密に計画を立てながらも

俺達に何一つその計画を話さなかった。


時間をかけて、奴隷商人と話していた理由。

水に入れられた薬の効果。

結界に入る前に飲んでいた薬の謎が全てここで解ったんだ。


何故そこまでする必要がある……。

なぜ、そこまでできるんだ……。


人間にとって獣人は同等ではないだろう?

俺は今だ……疑う気持ちが残っているというのに。


「セツナ君は、奴隷商人達がどういう手段を用いて

 私達を捕らえるのかを、自分を囮にして我々にみせてくれた」


「……」


「気がついているかい?

 奴隷商人達は、彼を本気で狩るつもりだった」


蒼の長の言葉に、俺も思わず顔を上げる。


「君達が不要だと思っていた会話の裏に、様々な思惑が隠されていた。

 セツナ君が奴隷商人を招いた瞬間から、もう戦いは始まっていた」


「そんな……」


「何も考えず、ただ見て聞いているだけだから

 大切な事を見落とす。気がつく機会はいくらでもあったはずだ。

 奴隷商人達の不自然な手の動き、顔に笑みを浮かべながらも

 セツナ君の隙を探している様子……。君達はちゃんとみていたかい?」


「気が……つきませんでした」


「そこに手加減など一つもなかった」


「……」


「彼は今も、戦いの中にいる。

 命をとるか、とられるかの戦いの中にいるんだ。

 話を聞くだけなんて生易しいものではない。

 そして、あの場所に彼を置いたのは我々獣人だ。

 無関係な彼をあの場所に立てたのは、私達なんだよ」


「だけどそれは!」


「彼が言い出したことだといいたいのかな?」


「はい」


「それでも、私達は本来ならば彼をあそこに立たせてはいけなかった」


「……」


「ハンクは憎まれ口を叩いていたが

 彼は最初見えないようにも出来るといっていただろう?

 あれは、私達のことを気遣ってのことだった。

 やましい事があるから、見えないようにしようとしたわけではないんだ」


「うるさいわい」


「彼に任せてどういう結果になるかはわからない。

 だが、ハンクもそして私もそうだしディルもそうだ。

 そして今結界に触れている全てのものが

 彼と一緒に戦う覚悟を決めてこの場にいる」


「……」


「この意味がわかるかい?」


「いえ……」


「彼にこの村の未来を託したんだ。

 我々が話し合って決めてね。彼をあの場に立たせたんだ。

 ならば、我々も覚悟を決める必要があるだろう」


「……」


「何の覚悟も、彼が立つ意味も、その先にあるものも

 何一つ考えなかったものは

 今結界に手を触れている事が出来ないだろうね

 彼と共に戦う覚悟を決めなかったから、彼を信じる事が出来ない。

 結果、彼の魔法が彼のあの目が自分に向くかもしれないという

 恐怖に勝つ事ができない」


「……」


「彼は、今私達の為に獣人族の未来の為に戦ってくれているというのに」


「しかし、人間が裏切る可能性もあるではないですか!」


「だから覚悟を決めるんだ。

 どのような結果になっても、受け入れる。それが覚悟を決めるということだ。

 彼と戦う覚悟。彼を信じる覚悟。裏切りを受け入れる覚悟。

 全ての責任を自分で持つという事だ。

 得るものも、失うものも、全てを想定して覚悟を決めるんだ」


すっと目を細めて、座り込んでいるものや呆然としているものたちを見る蒼の長。

蒼の長の鋭い視線に、誰一人口を開く事が出来なくなった。


「長。俺はあいつが自分を囮にしている事には気がついた。

 だけど……長の言うその先にあるものというのがわからない」


「エイク。彼は獣人ではない。

 彼がラギールを慕っているから、この村を大切に思ってくれているに過ぎない。

 極論を言えば、彼は私達の為に戦っているのではない。

 ラギールが彼と良好な関係を築き、ラギールの願いがこの村を守る事だったから

 彼が、ラギールの願いを叶えてくれている」


「……」


「しかし……ラギールはもう水辺へと旅立った。

 彼にとって、ラギールに義理立てする事などないといえる」


「そうですね……」


「彼は何一つ得する事がない。

 反対に、彼はこの先命を狙われる可能性があるだろう」


「え……?」


「今の彼の行動は、人間を裏切っているように見えないかい?

 私達に手を貸すという事は、同族を敵に回しているのと同じだろう」


蒼の長の言葉に、俺だけではなく周りも蒼の長を凝視する。


「キリーナ商会は、ガーディルに本店を置く大きな組織だ

 彼等はクットの民という事にはなっているが、本来はガーディルの民だろう。

 ガーディルの国では奴隷は合法。裁かれる事はない。

 奴隷を奪い、私達に手を貸すセツナ君はガーディルの国から見れば

 犯罪者となる……」


蒼の長はそこまで言って、深くため息をこぼした。


「奴隷商人の身柄は、私達に渡される事になっている。

 私達は彼等に何も出来ないから、そのままの状態で国に帰すことになるだろう。

 果たして、彼等はセツナ君を許せるのかな?」


「俺なら許せないな」


「そう、彼は人間の組織を敵に回すことになった。

 多かれ少なかれ、彼がかぶるであろう被害は想像してはいたが

 だが……これほど大きな組織が関わっているとは思わなかった」


肩を落とす蒼の長と、苦々しい表情を作るディルさん。

俺は……そこまでは考えていなかった。あいつが簡単に引き受けたから

あいつが背負うものまで考えていなかった。


「これから先、セツナ君とは敵同士になる日が来るかもしれない。

 君達が、人間を嫌う理由も疑う気持ちも理解はできる。

 だが、今彼と同じ場所にたてないというのなら

 戦う覚悟がもてないというのならば、この場から立ち去りなさい」


蒼の長の、覚悟を促す声音に全員が真剣なまなざしを向ける。


「俺達の国の未来は、俺達が背負うもんだ!

 俺は逃げたくない。命を張ってるあいつを信じる。

 全ては、俺が俺の意思で決めたことだ」


そう、覚悟を決めた瞬間に体の震えが止まった。

指先が離れそうだった結界に、離れる事がないように掌ごとおしつける。


俺の言葉に頷くように、先程とは違う表情を浮かべた奴らが

俺と同じように結界に掌を押し当てていった。


その様子を蒼露様が満足そうに目を細めて見つめていたのだった。





読んでいただき有難うございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
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