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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ハイドランジア : 冷酷 』
41/117

『 狩 : 前編 』

* 奴隷商人視点

 体中が心臓になっているんじゃないかと思うほど、鼓動が大きく響く。

それと混ざり合うように、吸っているのか吐いているのかわからない呼吸音……。

俺達は、後ろに迫っている魔物から逃げ切る為に必死に足を動かしていた。


木の枝が体を打ち付けるが、気にする余裕もなく走り続ける。

どれぐらいの距離を、どれぐらいの間走っていたのかわからなくなった頃


「お、い……。気配……が、きえた」


体全体で息をしながら、仲間の1人であるハーゲンが告げると

一番若い、フゼイルがその場に、崩れるように座り込んだ。


「……」


「……」


荒い息を整えながら、周りの気配を探り魔物が居ない事を確かめる。

ここで襲われたら、もう走る気力がない……出てこない事を祈りながら

俺も、腰を落とす。腰に吊るしてある水筒を手に取るが、水はもうとっくに尽きていた。


「水が飲みてぇ……」


ハーゲンが俺と同じように、水筒をひっくり返すが一滴の水も残ってはいない。


「……水場を探すか……」


俺は、疲弊した体で無理やり立ち上がる。

ここでじっとしていても、水は手に入らない。

長く座っていれば座るだけ、動けなくなっていく。


「動きたくねぇ……が、水を手にいれねぇと

 助けが来るまでに、干からびちまう」


「……」


ため息を吐きながら、ハーゲンも立ち上がり歩き出すが

フゼイルは、地面を見つめたまま立ち上がろうとしない。


「おい、フゼイル立て行くぞ」


ハーゲンが振り向き声をかけるが、フゼイルは動こうとはしなかった。


「おい」


「……」


「ちぃっ」


何の反応も返さないフゼイルに、ハーゲンが近づき

腕を持ち上げて無理やり立たせた。フゼイルがヨタヨタと歩くのを

確認してから、俺も歩き出したのだった。


深い闇の中、水が流れる音を探しながら注意深く歩く。

喉の渇きそして空腹は、ほぼ限界に近い……。


「オーバルトさん……俺達、元締に見捨てられたんじゃ」


フゼイルが、俺の背中に向かってそんな事を言った。


「元締は、裏切らねぇ限り俺達を見捨てはしねぇよ」


ハーゲンが、苛立ちをこめた声でフゼイルに答えた。


「だけど……」


「うるせぇ! 黙って歩け」


「……」


フゼイルだけではなく、ハーゲンも内心は不安で一杯なのだ。

緊急用の魔道具を飛ばしたのが、5日前……本来ならばとっくに

助けが来ていなければおかしい。


おかしいと言えば、この場所自体がおかしい。


見た事のない凶暴な魔物。暗く方角を特定できない森。

生き物の鳴き声も、姿も見ていない。

そして、見つけてもいつの間にか消えてしまう水場……。


何故こんな事になっているのか。

この4日、そればかり考えていた。


12日程前は、いい商品を手に入れたと浮かれていた。

絶滅したと思われていた、銀狼の子供。それも女だ。

これで暫くは遊んで暮らせると、ハーゲンもフゼイルも金の使い道を

話し合っていたのだ。


それが、その商品はもう手元にはない。

魔物に襲われた時に、放り投げて逃げた。背に腹はかえられない。

命があってこその金だ。商品はまた、取りに来ればいい。

そう言って2人を慰め少し重くなった足取りで、クットを目指し歩いた。


だが……歩けど歩けど森から出られる気配がない。

道に迷う事など考えられないが、魔物から逃げた時に気がつかず

道をそれたのかもしれないと、そう気にはしなかったのだが

流石に、森から出る事ができずに3日目が過ぎると不安が胸をよぎった。


3人で相談して、値段の張る魔道具を使う事に決める。

大金を手に入れるはずが、一気に赤字に転落した瞬間だった。

苛立ちが募るが、ぐっと腹の中に押し込めた。


助けを求めたからには、動かずに迎えが来るのを待つのが原則だ。

水場を見つけ、そこで食料を節約しながら待つ事に決めたのだが

魔物よけの魔道具を使い結界を張り、眠り起きたら水場が消えていたのだった。


仕方なく、水場を求めて歩く。動物がいれば殺し食料にしようと

考えていたが、動物などいない。食料が減って行き、水もギリギリしか手に入らない。

凶暴な魔物の息遣いが、傍で聞こえる事もあった。肉体的にも精神的にも

きつくなっていくなか、2日前に魔物よけの魔道具が尽きた。

食べ物も飲み物もない状態で、睡眠さえも安心してとれなくなったのだ……。


きっと、緊急用の魔道具を持っていなければ絶望したに違いない。


緊急用の魔道具は、高い金を元締に支払う代わりに

自力で帰る事ができない状況になれば、ギルドに救助を依頼するというものだ。

魔道具を飛ばす事で助けを求め、そして助けをつれて

俺の元へと、戻ってくる仕組みになっている。


魔道具を使う時の規約は唯一つ。奴隷商人だとバレないことだ。

もしバレた場合、ギルドに依頼した人物にも罰が与えられる。

そうなれば、俺達の命も危ない……。ガーディルならば問題はないのだが

クットは、奴隷の売り買いが禁止されている。罰則もそれなりに重い。

なので、緊急用の魔道具を使う時は商品が手元にある場合は捨てるか殺す事になっていた。


今回は、バレるようなものは持っていないから

探られる事もないはずだ……。


「あ……」


フゼイルが不意に声を上げた。


「どうした?」


「オーバルトさんあれ」


フゼイルが指を指す方向に、俺もハーゲンも視線を向けた。

赤いものが見える。この8日間、一度も見なかったものだ。

俺達が準備した焚き火以外の火が、木々の間から揺らめいていたのだった。


「助かった……。これでクットへ帰れる……」


フゼイルが、目に涙をにじませ呟き

ハーゲンが、安堵したような興奮したような声で続けた。


「俺達を探しに来た奴らかも知れねぇ」


ついつい足が速くなるのを感じながら、その焚き火に向かって

真直ぐ進んだ。そして、はっきりと焚き火が見える所まで来て

止まれと合図を送る。


「獣人かもしれない。まだ、気を抜くな。

 戦える状態じゃないのはわかっているな?」


俺の言葉に、2人が頷く。


「隙を見て殺すか、うまく話を持っていくかは

 会ってみて決める。それまで、下手に動くなよ。

 合図はいつもの方法で知らせる。見逃すな」


2人の緩んでいた気を引き締め、気配を探られないように

そっと近づいていく。あの焚き火の周りに誰が、何人いるのかで

選択肢は違ってくる。


木の隙間から、伺うようにそっと覗くと

そこには、フゼイルよりもまだ若い青年が木にもたれ本を読んでいるのだった。


「オーバルト、どうやら1人のようだぜ」


「そうみたいだな」


「殺すか?」


「この場所が、どのあたりになるかが分らない以上

 殺すにしても話を聞いてからだ」


「オーバルトさん、ハーゲンさん早く行きましょう。

 俺、水が飲みたい」


歩き出そうとするフゼイルの腕をつかみとめる。

何か変だ。近づかない方がいいと俺の勘が告げている。


「どうしたんだよ」


ハーゲンが、怪訝な顔で俺をみた。


「おかしいと思わないか?」


「なにがだよ」


「この森で、1人で野宿する人間が居ると思うか?」


「あそこにいるじゃねぇか」


「おい、よく考えろ。

 俺達は、ずっと魔物におそわれてたんだぞ」


「……凄腕の冒険者かもしれねぇ」


「俺には、そうは見えない」


「だが、ここでじっとしててもどうしようもねぇだろ」


「……そうだが」


「食べ物もねぇ、水もねぇ、帰り道もわからねぇ

 おかしがろうが、怪しかろうが、いくしかねぇ」


「……」


「向こうは1人、こっちは3人だ

 いざとなったら、殺しちまえばいいだろ?」


「確かに」


「オーバルトの勘は良くあたるが

 俺には、危険があるようにはおもえねぇ」


結局は、焚き火の傍にいる人間に話を聞かなければならないのは

分っているが、なぜか足が動かなかった。このチームのリーダは俺だ

俺が動かなければ、この2人も動けない。


そうこうしているうちに、青年が本を横に置き

傍においてあるガラスの水差しから、コップに水を注ぎいれ

口に運び、旨そうに飲んだ。


思わず俺の喉も、そしてハーゲンとフゼイルの喉もなった。


「おい、オーバルト行こうぜ」


「オーバルトさん、行きましょう」


「ああ」


俺達は姿を隠すのを止め、相手を警戒させないように

ゆっくりと歩き出す。この時、俺の勘が告げるように

この場から立ち去っていれば、俺達の運命は変わっていたかもしれない。


俺達の足音に反応したのか、男がこちらの方へと向いた。

俺達を見たとたん驚いた表情を見せ、次に警戒の色をその目に浮かべた。


男の周りには、強い結界が張られており

一定の位置にくると、それ以上近づく事ができない。

魔物だけではなく、人間にも効果がある結界だとは……。

内心舌打ちをしながらも、できるだけ穏やかに話しかける。


「こんばんは。突然申し訳ないが

 道に迷ってしまってね……。ここがどこかも分らないのだが

 助けてはもらえないかな」


「迷う事なんてあるんですか?」


確かにそうだ、普通は迷わない。


「途中で魔物に襲われてしまってね、道を外れてしまったらしい。

 おかげで、荷物も全部捨てることになってしまった……」


「……それは大変でしたね」


「数日迷っていてね、野生動物も捕まらなかったから

 食料もなく、途方にくれていた所だったんだよ」


8日近く迷っていた事は隠しておく。

下手に話しても信じてもらえない上に、警戒されて結界の中に入れなく可能性がある。


男は、俺達の頭の上から下まで観察するように眺め

俺の言葉が本当かどうかを判断しているようだ。


目の前に旨そうな、ガラスの水差しに入った水がある。

ジリジリと焦げ付くような、水を求める欲求が競り上がってくる。

四の五の言わずに、水をよこせと言いたくなる衝動を俺もそしてすぐ後ろに居る

2人もこらえていた。


フゼイルの喉がなる。


「何処に行かれる予定なんですか?」


「クットに帰る予定だったんだよ」


視線が水に流れそうになるのをぐっとこらえながら

男の目を見て、質問に答えていく。


ハーゲンとフゼイルは、俯いて水を目に入れるのを止めたようだ。

のんびりとした男の口調が、余裕のない俺達を苛立たせる。


「申し訳ありませんが」


男のこの言葉で、失敗したかっと背中に嫌な汗が流れた。


「お名前を教えていただいてもよろしいですか?」


「ああ……ああ、そうだったね。

 名前も告げずに、申し訳ない」


内心安堵しながら、俺と2人の名前を告げ簡単な経歴を付けたす。

裏の仕事である、奴隷商人ではなく表の仕事の方のほうの経歴を。


「キリーナ商会? ガーディルに本店がある、あのキリーナですか?」


この反応が引き出せれば、こっちのものだ……。

キリーナ商会は、南側の大陸では有名な商会の一つだ。


「知っているのかい?」


「ええ、知人がキリーナ商会で働いていましたから」


「知人?」


俺だけでなく、後ろの2人も怪訝な表情を作る。

こいつがキリーナの誰かと繋がりがあるのなら、殺すわけには行かない。

それが、幹部の誰かの知り合いなら後々面倒になるからだ。


「はい。でも……」


「でも?」


「半年前に、首になったそうです。

 とても落ち込んでいました」


「それは……気の毒だったね」


半年前……といえば、表の仕事の人数が増えすぎたから

切り捨てた時のことだろう。裏の仕事ができそうなら

首を切られることもなかっただろうが。


裏の仕事といっても、様々なものがある。

俺や後ろの2人の場合は、獣人を仕入れるのが仕事だが

薬や、動物を扱う者も居るし発禁された物を集める奴も居れば

違法な魔道具を作る奴も居る。首を切られたそいつは、よほど適正がなかったのだろう。


現在商会に知り合いが居ないなら、生かそうが殺そうが気にする必要はないと結論付けた。


「君の名前も聞いていいかな?」


「はい、僕はセナといいます」


「よろしく、セナさん」


商会の名前を出したからだろうか?

先程までの警戒は少し薄れたようだ。


セナは地面からなにか三角錐のようなものを抜く。


「結界を解除しましたから、どうぞ焚き火に当たってください」


見た事のない形だが、どうやら結界を張るための魔道具のようだ。


「悪いね。おじゃまするよ」


後ろの2人も俺について、焚き火の前に来ると

ほっとしたように座り込んだ。


とりあえず第一段階は成功と言った所か……。

次は水を分けてもらえるように交渉しなくては

一人旅なら、それほど多くの水は持っていないだろう。

最悪、殺す事も視野に入れておく。


「セナさん……申し訳ないのだが

 水を分けてもらうわけにはいかないかい?」


「水ですか?」


「本当に申し訳ないのだが……昨日から口にしていないのだよ」


「別にかまいませんが、コップは持ってますか?」


拍子抜けしそうになるぐらい、あっさりと了承する。


「いや……持っていない」


鞄から人数分のコップをだし、ガラスの水差しから水をコップに注ぐ。

腑に落ちなくて、彼を凝視していると


「何か?」


「水は貴重なものだろう?

 そんな、あっさりと了承してもらえるとは思わなかったからね」


「困った時はお互い様といいますし。

 キリーナ商会の方に、恩を売っておくのも悪くはないかと」


どうやら、お人好しの部類のようだ。

こういう部類は、取り込みやすくて助かる。


たっぷり水を注いだコップを受けとり、生唾を飲み込み

がっつかないようにゆっくりと口に含むが、我慢が出来ずに一気に

半分ぐらい飲んでしまう。一息ついたところで、これが普通の水ではないことに気がついた。

爽やかな檸檬と、蜂蜜の甘味がほのかに分る飲み物だ。


うまい……。体中の力が抜けそうになるほどうまい……。

生きているという実感。これで助かるという安堵、そういう様々なものが

胸に競り上がってきた。ハーゲンもフゼイルも黙って飲んでいた。


「旨いな……」


「お口にあってよかった」


そういいながら、俺達の前に携帯食を出してくれるセナ。

お礼を言いながら口にするが、不思議な事に水だけで満足していた。


不思議な水だ。この水を飲んですぐに喉の渇きが引いた。

コップ一杯じゃ満たされないだろうと思っていたのだが、十分に潤ったのだ。

そして、体力が充実して行くのを感じる。疲労も嘘のように抜けていた。


この水は何だ?


ハーゲンもフゼイルも、俺に視線を向けていた。

同じ事に気がついているようだ。


「セナさん」


「はい、お代わりが必要ですか?」


「いや、もう十分。飲む前は一杯では足りないかもしれないと

 思っていたが……不思議な事に、喉の渇きが癒されている。

 この水は、何なのか聞いてもいいかな?」


「檸檬を蜂蜜につけたものを、水で割ってます」


蜂蜜を使っているとは思っていたが、高価なものを簡単に水に入れている所を見ると

こいつは相当に金持ちかもしれない。さりげなく、セナの周りにあるものを

見るとどれも、一般の旅の道具ではない。値が張るものばかりだ。


「しかし、蜂蜜と檸檬だけではここまで疲れはとれないだろう?」


「……」


余り深く聞いて欲しくないのか、セナは口を閉ざした。


「ああ、話したくなければ話さなくても結構だ。

 少し驚いてしまってね」


腹の底では、水の中に何を入れたのかが知りたい。

コップ一杯でここまで回復する水なんて飲んだ事がない。

これがあれば、もっと仕事が楽になるだろうし

冒険者に売れば、大儲けができる。今回の赤字など吹っ飛ぶに違いない。


下降気味だった運が、こいつに出会ったことで上昇しているような気がする。

逃さないように、ゆっくりと追い詰め全てを奪う……そう、こいつの未来さえも。

強そうにも見えないし、痛めつけ心を折ってしまえば

すぐに大人しくなるはずだ。色々と吐かせた後で奴隷にするのもいいだろう。


変態か暇をもてあました貴族の女辺りが、喜んで大金を積みそうな

面をしている。内心ほくそえみ、どうやって狩るかを頭の中で組み立てていく。

まずは、もっと信用させてからだ。その為には、色々と話をするのが一番だろう。


俺は右手で耳たぶを触り、額の辺りから髪を書き上げる仕草を取った。

"殺さず、生け捕りにする"という合図だ。2人の目が一瞬暗い光を宿し

右手を膝に乗せ拳を一度握り開いた。"了解"の返答に俺達の狩が始まった。


ここから、ハーゲンとフゼイルも話しに加わりだし

先ずここの場所を確認する。後半日ほどで、サガーナの中央の街(イリギア)

着くらしい。知っている街の名前が出た事で、フゼイルの気が大きくなったのか

勢いよく、セナに質問を浴びせていた。そこから得られた情報まとめていくと

どうやら、セナは商人の卵のようだ。笑顔で、自分の店を持つ事が夢だと語る。


気の毒だが、その夢は一生かなわないだろうが

表情には出さずに、俺達も笑顔で応援しているふりをする。

困った事があったら、キリーナ商会の俺を尋ねろと善良なふりをする。


ハーゲンとフゼイルで散々持ち上げ、礼を言い、親しげな空気を作る。

そして、何時ものように相手から自分の秘密を打ち明けるように持って行くのだ。


騙す相手に、共感し、同調し、そして少し忠告を入れ

甘い言葉ばかりではなく、厳しい言葉も混ぜる。信憑性を持たせるために。

そして、落ち込んだ所を慰め応援し仲間だと先輩だと思わせることができたら

勝負は俺達の勝ちだ。


このセナという人間は、善良なんだろう。

人を余り疑う事もせず、俺達の話しに耳を傾け頷く。

それが演技であると気がつきもせずに。


「商人にしては、持ち物が少ないようだが……」


「それはですね、この鞄のおかげなんですよ」


「鞄?」


「ええ、この鞄は大きさ重さ関係なしに

 何でも入れることができる鞄なんです」


セナの返答に、笑顔がこぼれそうになるのを必死にこらえた。

こいつは……本当についている。


「それはすごい!

 何処で見つけたんだ?」


「譲り受けたものなんです。僕の夢がかなうようにって」


「そうか……大切にしないといけないね。

 それは本当に貴重なものだよ」


「はい」


「それじゃ、セナさんはもう一仕事してきた帰りなのかい?」


鞄の中にどのような商品が入っているのか、確認する。


「それが……」


顔を曇らせ、夢を語っていた時とは反対に落ち込んだ表情を作るセナ。


「どうした? 私でよければ相談にのるが」


「いえ、何でもありません」


「俺も聞いてやるから話してみろって」


フゼインが、セナの背中を押すかのように言葉をかける。

話すか話さないか迷うそぶりを見せ、意を決したように話し出した。

落ちた……と思った瞬間だった。


「実は、今回蒼露の葉を譲ってもらおうと奥地の村まで行ってきたんです」


「それは、また無謀だと思うことに挑戦したね」


「親しい人にも、絶対無理だといわれたんですが

 同じように価値のあるものを持っていけば、応じてくれるかと思ったんです」


多分、同じように価値のあるものというのは先程の水の事だろう。


「だけど……」


「だけど?」


「話も聞いてもらえませんでした」


「そりゃぁ、獣人は人間を嫌ってやがるからな」


「そうだぜ、そう落ち込む必要はないんじゃね?」


ハーゲンとフゼイルが、適当に慰める。


「日が悪かったかと思います」


セナは、獣人達のせいではなく

日が悪かったせいだと、大真面目に話す。

思わず失笑しそうになるのをこらえ、やんわりと否定する。


「それは関係ないとおもうが」


私の言葉に、セナは首を振り

こちらの度肝を抜くような事を言い放った。


「僕がちょうど尋ねた時、村の子供が奴隷商人に浚われた後で

 交渉に行ったのに、奴隷商人に間違われたんですよ」


「……」


「……」


「そ……それは、大変だったね」


「皆さん殺気立っていて、話が通じる状態じゃなかった。

 挙句の果てに、蒼露の葉を盗みに来たのかとまで言われるし」


その時の状況を思い出したのか、少し遠い目をしてあらぬほうに

視線を向けていた。


「なかなか開放されないし……。

 頭が石でできているんじゃないかと、思ったぐらいですよ」


「あぁ……あいつらは、人間を敵視してるからしかたねぇよ」


ハーゲンが額に汗を浮かせながら、返答を返した。


「それもこれも……全て奴隷商人のせいだ!」


「……」


「だから、僕は決めたんですよ」


「何を?」


「奴隷商人を捕まえようって。僕が捕まえたら

 僕が、奴隷商人ではないと分ってもらえるかなっと」


それは無理だろう。

本格的に、笑いがこみ上げそうになるのを必死に押さえた。

捕まえるどころか……お前が俺達の獲物だ。


「うーん、それは諦めた方がいいと思うが」


「どうしてですか?」


「セナ君が狼の村に行ってから、ここまで結構な日数が

 たっているんじゃないのかな? もう、サガーナにはいないと思うよ」


「そうでしょうか」


意気消沈したように、俯くセナにあくどい笑みを浮かべたハーゲンが

諦めるように言葉をかけた。


「そうだ、もういねぇよ。諦めな」


「諦めて、違うものを探した方がいいと私も思うね」


私達の言葉に、呟くようにセナが放った言葉に絶句する。


「僕は案外、森の中を彷徨っていたんじゃないかと思うんですけどね」


森の中を彷徨う……?

こいつは何をいっているんだ……?


「……」


「……」


「……」


「だから、こんな所に居るんでしょう?」


ゆっくりと顔を上げて、俺と視線を合わせたセナの瞳は捕食者のそれ。

先程までの、親しみやすい笑顔や頼りなさげな表情の面影はどこにもなかった。




読んで頂き有難うございました。


* メモ *


キリーナ商会をリストラされた冒険者 : ジゲル。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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