『 私達と奴隷商人 : 後編 』
* ロシュナ視点
薄い膜のようなものを挟んだ向こうの光景が……先程まで
アルト達に、優しく笑っていた青年と同一人物であるのかと、疑ってしまう程だった。
セツナが張った結界に、手を当てるとその中で行っている事を全て知る事ができる。
彼が、酷い拷問になるかもしれませんと私達に伝え、見たくない方もいるかも知れませんから
見えないようにもできますがと言った彼に、私もハンクも必要ないと言ったのだ。
彼は蒼露さまと精霊の方をチラリと見て
見るか見ないかは、各々の判断で決めるという結論をだし
その結果、結界に触れたものだけが彼と奴隷商人の話を聞けるようにしたのだった。
人が人に対する拷問などたかが知れているだろう。
普通、同族に対しては手心を加えたくなるものだ。
そう思っていたのは、きっと私だけではないはずだ。
まさか……ここまで容赦のないものだとは。
奴隷商人達に、暴力を振るっているわけではない。
セツナの魔法で、傷つけているわけでもない……。
しかし……。
どれ程の痛みが奴隷商人の体を、苛んでいるかは分からないが
奴隷商人の表情は、苦痛で歪んでいた。
奴隷商人の苦痛に喚き、目を見開きながら絶叫する姿を
正直に言って、見ている方も苦痛でしかない。
想像するしかない痛みだからか
余計にその拷問が恐ろしく、不気味なものに見えるのかもしれない。
外傷がない分、演技かもしれないと思うことすらできない奴隷商人の形相に
村人の半分は、セツナが作った結界から手を離していた。
しかし……その結界の中にいるセツナは
同族が苦しんでいる様子を、唯冷たく見下ろしていたのだった。
「あやつは、いったい何を奴隷商人に飲ませたのだ……」
「わからない……」
ハンクの言葉に、私は呟くように返事を返す。
私は、蒼露様に視線を向ける。蒼露様なら知っているかもしれない。
私達の視線を感じたのか、蒼露様がこちらを見ようともせずに答える。
「わらわも知らぬ。
だが、あの薬は普通の薬ではない。
竜の血が加えられておるからな……」
「竜の血ですと!?」
ハンクが思わず声を上げる。
「そうじゃ、なぜそのような物を持っているのかは
わからぬが。わらわも飲まされたからの、本物の血じゃ」
蒼露様が、綺麗な顔が歪んだ。
あの時、飲むのを渋っていたものは竜の血だったのだろう。
何かを思い出すように、エイクが歯を食い縛る音が聞こえる。
「あいつも、あの水を口にしていた」
エイクが拳を握り、結界にたたきつける。
「ふざけるなよ……。
あの薬は、この為に前もって飲んでいたんだろうセツナっ」
きっと、セツナは何の薬かを告げると、私達に止められると思い
本当のことを言わなかったのだろう。怒りを隠そうともせずに
エイクは、セツナを睨んでいる。
ハンクもディルも、口を閉じ何も言わなかった。
いや……言えなかったというのが、本当の所かもしれない。
蒼露様は、結界の中のセツナを険しい瞳で見つめていた。
「セツナは……あやつは、人間が嫌いなのかの」
蒼露様の呟きに、私達は誰一人答える事などできなかった。
エイクから貰った酒を飲みすぎ、エイクに注意され
居心地悪そうに笑っていたのは、ほんの少し前の事だ。
そう……すみれ色の瞳に、穏やかな感情を乗せていたのは
ほんの少し前のことだったのだ。
新しい長がディルに決まり、大体の者の意見を聞き、渋る者が数名いたが
私とディルの決定により、セツナに一度任せてみる事になった。
彼の言うように、奴隷商人の隠れ家があるのならば見過ごす事はできない。
犠牲者をこれ以上増やさない為にも、必要であると判断した。
私達が話し合いをしているうちに、蒼露の樹から少しはなれたところで
彼と蒼露様と精霊が、椅子に座り話をしながら優雅に飲み物を飲んでいた。
あの机と椅子は何処から持ってきたんだろうか?
彼等の周りだけ、どこか緊張感の欠ける空気が流れているように感じる。
どうして机と椅子が? とか、真面目にする気はあるのか? とか、様々な言葉が
私達の周りで飛び交っているが、ディルとエイクは何処か諦めたような
目で彼を見ていた。
「あいつは、大人しくしているようでしてないよな」
エイクが何処か面白がるように呟き、軽く笑う。
「笑い事ではないのだがな……」
ディルが少し苦い顔で、エイクの呟きに答えた。
軽く息を吐き出し、ディルが彼のいる場所へと歩き出す。
私とハンクそしてエイクも、ディルと同じように彼の元へと歩いた。
こちらに気がついたセツナが立ち上がり、ディルに簡単な祝いの言葉を告げる。
その事に、ディルは頷いただけで終わりすぐに本題へと移った。
「お前に任せてみる事になったが。
お前は、うまく聞きだせる自信があるのか?」
「どうでしょうか、はっきりした事はいえませんが
クットに帰す事になったとしても、それなりの情報は落として行って貰う予定です」
「どうやって聞きだすつもりだ?」
「薬を使います」
「自白剤か?」
「いえ……自白剤ではないんですが……」
セツナは少し歯切れの悪い返答をディルに返す。
「簡単に言ってしまえば、拷問に近いものになりますね」
「エイクが言ったと思うが、拷問はクットとの契約違反になる」
「貴方方が、関わらなければ大丈夫なのでは?」
「どういう意味だ」
「僕1人で、奴隷商人と話しをします」
「私達が居ると、都合が悪い事があるのか?」
「ええ、都合が悪い事ばかりかと」
「……」
彼の本意を読み取ろうとしているように
ディルは、セツナと真直ぐ視線を合わせる。
セツナは、軽く息をつきディルから視線を外した。
「貴方方が居ると、奴隷商人達は
自分達には、危害を加える事ができないと確信するでしょう。
彼等は、サガーナとクットの関係を熟知している。
証拠もないため、釈放されると高をくくってしまう。
貴方方は、最後には彼等を釈放するんでしょう?」
「ああ……」
ディルが、一瞬歯を食い縛りながらも
奴隷商人を釈放する事を告げた。
「それならば、彼等が知っている情報を全て吐かせたいですね。
その為には、僕1人のほうがいい。人間である僕だけのほうがいいんです」
ディルは少し悩んだ後、私に視線を向けた。
「彼に任せると決めたのだから、彼の言うとおりに」
「はい」
ディルが私の言葉に頷き、セツナも私達にしっかりと頷いた。
「では、場所を変える。
蒼露の樹から、離れた場所で話を聞こう」
ディルがセツナを促し、移動しようとした時
椅子に座りながら、話を聞いていた蒼露様が口を開いた。
「ここでよい」
「いえ……この場所は」
ディルが困ったような表情を見せる。
「ここでよいと言っておる」
逆らう事を許さないような、蒼露様の言葉に
移動するわけにも行かず、この場に奴隷商人を呼び出す事になった。
「色々と準備したい事があるので
暫く時間を貰ってもいいですか?」
「ああ、手伝える事があるなら手伝うが」
「……でしたら、申し訳ありませんが
木の枝を集めてもらってもいいですか?」
「いいが、何に使う」
「いきなり呼び出しても、警戒されるだけなので
それなりの場を作ろうかと思います」
「ふむ」
納得していないディルに、セツナは詳しく説明を加える。
「そうですね……。
僕は商人で、蒼露の葉を分けてもらいに来たが
話を聞いてもらえず、奴隷商人に間違われその日のうちに
国に戻れなくなった。そこに彼等が現れたという感じで
行こうかなと思っています
だから、見た目だけでも野宿の準備をしておこうかと。
彼らの様子を見て、変更するかもしれませんが、とりあえず
彼等の警戒を解かないと話が進みませんからね」
セツナがよどみなく話す設定に、ディルとハンクは押し黙り
エイクは、笑いをこらえているようだった。
「なので、僕の言葉に多々不快な思いをされるかもしれませんが
大目に見ていただけると、嬉しいのですが」
ディルは首を縦に振り、何も言い返すことなく
彼から頼まれた事を了承する。
「わかった。枝を集めよう」
ディルがそこらに居る者に指示を飛ばし、枝を集めるように告げた。
セツナは、私達に時折説明をいれながら自分の準備を進めていく。
「結界を張ろうと思います。
奴隷商人から、ここの場所がわからないように。
彼等からは、結界の外の様子は見えませんし、声も届きません」
「そうだな。私達にしても蒼露の樹を見せたくはない」
「それと……酷い拷問になるかもしれません。
見えないようにもできますが」
「わしらに見えないようにして、何をする」
「ハンク。セツナ君、我々の事は気にしなくてもいいから」
ハンクを嗜めながらも、私も彼の意見に否を唱えた。
彼は私達に頷き、一度蒼露様の方を見てから方針を決めた。
「確かに、ハンクさんの言う通りですね。
では、結界に触れると見れるようにしておきます。
見るか見ないかは、各自の判断でお願いしますね」
呪文を詠唱し、それなりの広さを確保すると
村のものが集めてきた小枝を使い火をおこす。
結界の中に、鞄から様々なものを取り出して配置していく
まるで、本当にそこで野宿しているかのように。
「お前、いい道具持ってるんだな」
エイクが、彼の旅の道具を見て驚いている。
「値段の張るものばかりだ」
「そうみたいですね」
「そうみたい?」
「僕が揃えた物ではなく、譲り受けたものなので」
「そうか。本当に野宿するわけでもないのに
ここまで準備する必要があるのか?」
「疑問をもたれるよりは、いいかとおもいます」
「あー、確かにそうだな」
平らな石の上に、彼は鞄からガラスの水差しを取り出し
そこに水と、蜂蜜……? と一緒に入っている檸檬の輪切りのようなもを
入れた。そして最後に、小瓶の中身を本当に少量落とし混ぜ合わせる。
小瓶の中身は、血のように赤い。だが、水に落とした少量のそれは水と混ざり
赤い色を消してしまった。
セツナは、鞄から何か別の薬のようなものを数種類取り出すと
新しい水をコップに入れてから、それを飲んだ。
「何を飲んだんだ?」
「吐き気止め等ですね」
「体調が悪いのか?」
「いえ、そうではないんですが」
「なら飲む必要はないだろう?」
「エイクさんに貰ったお酒を、2本ほど空けてしまったんです。
少し飲みすぎたかなっと……」
「はぁ!?」
エイクが驚きに声を上げる。
周りの者が、一斉に振り返るような大声だ。
「お前、あれを1人で2本も空けたのか!?」
「はい。頂いたおつまみと一緒に飲むと美味しくて」
「エイク?」
ディルが、エイクに何を渡したのか聞く。
「シーナを治して貰った礼に、蒼の輝きを10本ほど渡したんですよ」
ディルも驚いたように彼を見た。
思わず、私もハンクも彼を凝視する。
「あれを1人で2本飲んだのか?」
ディルの問いに、はっきりと頷くセツナ。
蒼の輝きは、村で一番の酒豪でも1本空けるのがやっとだろう。
人間ならば、コップ一杯で動けなくなるほどに酔う。
人間が飲む時は、水で薄める事がほとんどで
たまに、薄めずに飲んでひっくり返る人間がいるほど強い酒だ。
獣人は酒に強い分酔いにくい為、村で作られる酒はおのずと度数が強くなる。
獣人族で一番強い酒を造るのは、トラの一族だ。
「お前……よくそれでうごけるな……?
今自分が置かれている状況を、ちゃんと理解しているよな?
酔った勢いって事はないよな?」
エイクの言葉に、セツナが苦笑し大丈夫ですと答えた。
確かに、彼が酔っているようには見えない。
言われなければ、酒を飲んだという事さえ分からなかっただろう。
こちらの様子を伺っていた村の者達も、呆れた顔でセツナを見ているのだった。
「いや……そんなに見られると居心地が悪いのですが」
「2本も飲んだなら、酒の匂いがするはずなんだが」
「ああ、魔法で消しましたから。
流石に、お酒の匂いをさせてここに来るのは……」
「お前あんまり無理な飲み方はするなよな。
あの酒は、人間にはきついんだからさ」
「肝に銘じます」
そう言って困ったように笑い、でも美味しいですよね
あのお酒と言ってエイクが眉間にしわを寄せたのだった。
「さて……僕のほうの準備は整いました。
そろそろ、始めようと思いますが」
真直ぐ私達を見て、そう告げたセツナに
私達は、静かに頷いた。
読んでいただき有難うございました。
気分転換に書いた『俺様な相棒』よろしければ
読んで頂けたら、嬉しく思います。