『 僕の選択 アルトの選択 』
焚き火の薪が、はぜる音が静かな夜に響く。
僕の膝の上で丸くなっているアルトは、微動だにせずにいた。
僕は、アルトがすぐにリペイドに帰る事を
選択すると思っていたのだけれど……。
ゆっくりと時間が過ぎ、夜の闇はますます濃くなっていく。
僕の膝から温もりが消え、アルトがゆっくりと僕の膝から下り
そして、人の姿になると僕よりも少し高い位置から
僕を真直ぐに見つめていた。
そんなアルトの視線を真直ぐ受け止め
静かに、先ほどの問をアルトにもう1度問う。
「アルトはどうしたい?」
「俺は、リペイドに戻りたい」
打てば響くように、即答するアルトに
「それで……」いいのっと続けようとする僕の
言葉をさえぎり、アルトが続けて話す。
「だけど、俺は旅を続けることを選ぶ……」
アルトの言葉に驚いたけれど、それを表情には出さずに
僕はアルトの真意を探る。
「どうして? リペイドで暮らしたほうが楽しいよ?
アルトも、リペイドに戻りたいんでしょう?
僕の事を考えて、旅することを選んだのかな?」
「……それもあるけど……」
「僕のことは気にしなくてもいいんだよ?」
「だけど……俺……ここで逃げたら
ずっと逃げてしまいそうな気がするんだ」
「……」
「師匠に甘えて、楽なほうへ。
嫌な事や、辛い事から目をそむけて
師匠に甘えるだけで、役立たずになりそうな気がするんだ」
「……普通、アルトぐらいの年の子供は
まだまだ、親に甘えて遊んでいることが多いんだよ?」
「……」
「そういう暮らしをしたいと思わないかな?」
「……思うけど、羨ましいと思うけど」
アルトが拳をぎゅっと握る。
そして、今まで以上に真剣な顔で僕を見る。
「俺は、強くなりたいんだ。
師匠みたいに、じいちゃんみたいに」
「リペイドでも強くなれるよ?
サイラスも、ジョルジュさんも強かったでしょう?」
「うん。だけど、師匠より弱い。
じいちゃんよりも弱い。俺は黒になりたいんだ。
じいちゃんに、強くなるって約束したから」
アルトがここまで、自分の目標をはっきりと
僕に告げるのは初めてかもしれない。
「黒になるには、依頼をこなさなきゃいけないでしょう?」
「そうだね」
「だから、俺は旅を続けようって決めた」
「だけど、アルト
これから行く、サガーナは獣人の国だから
人間に対しての感情がもっと厳しくなっていく」
「……」
「下手すれば、僕と一緒に行動することで
アルトも色々言われるかもしれないんだよ?」
「……」
アルトが、歯を食いしばる音が僕の耳に届く。
そして、僕から視線を外して俯いてしまう。
だけど、アルトはゆっくりと顔を上げ迷いの無い顔を僕に見せた。
「俺は……何を言われてもいい。
師匠の事を言われるのは、許せないけど。
だけど、俺は……俺は幸せなんだ!」
「っ……」
思わず目を見開いて、アルトを凝視してしまう僕
「師匠が、俺が側にいるだけでいいって言ってくれた。
俺は、何の役にもたたないのに、俺がいるから寂しくないって!」
「アルト」
「俺は……師匠と旅が出来たら幸せなんだって
ちゃんとわかったんだ」
アルトの今の姿は、初めてあったときの姿とは全く違っていた。
強い決意を、瞳に宿すアルト……。
何時の間にこんなに、成長したんだろう……。
アルトの出した答えに、自然と笑みが浮かぶ。
アルトは、僕の顔を見て少し驚き
そして、とても嬉しそうに笑った。
「それが……アルトの出した答えなんだね?」
「はい」
誇らしげに、頷くアルトが僕の目にとても眩しく見えた。
目を細めて、改めてアルトを眺める。
この半年で、身長も伸びた。
ガリガリだった、体にも肉と筋肉がついてきている。
顔つきは……まだまだ可愛い領域を抜けないけれど
普通にしている分には、女の子には見えなくなった。
何度か服を作り直したり、買いなおしたりしていたのだけど
また少し小さくなっているようだ。
「……」
「師匠?」
僕の様子を、不思議そうに見つめる。
「んー。服また少し小さくなったね」
「えー? そうかなぁ?」
僕の言葉に、自分の服をつまんでみたり
すそを延ばしたりするアルト。
こうやって、少しずつ大人になっていくんだろうな……。
嬉しいような、少し寂しいような複雑な気持ちだ。
ふと、アルトの隣に置いてある武器に視線が行く。
「アルト、ちょっと武器を貸してくれるかな」
アルトは、武器を取り僕に渡す。
僕が何をするのかと、興味津々な表情そのままに
僕の手元を見ている。
僕は、アルトの武器にかけてある制限を1つ外す。
速度増加と体力回復、物理防御無効と魔力防御無効を
1/5から2/5に上げた。
力をつけてきた今が、武器の性能を上げる時期かもしれない。
重さやバランスにも、少し手を加えていく。
僕の手の中にある剣が、淡く光を放ち納まっていく。
「アルト、少し振ってみてくれる?」
アルトに武器を渡すと、嬉しそうに受け取り
僕から少し離れたところで、簡単に振ってから
少し困惑した顔を見せ、武器を握りなおし
今度は真剣に、武器の感触を試すように振るい続けていた。
僕は、アルトの動きを見ながら大丈夫そうだと判断すると
近くに置いてあった、薪を拾いアルトに向かって投げつける。
飛んでくる薪に、即座に反応したアルトは
危なげなく、薪を2つに割った。
動きを止め、割れた薪を見つめてなにやら考えているアルト。
「何か不都合でもあった?」
「今までより、簡単に切れたから」
「武器の性能を少し上げたから
違和感があるかもしれないけれど、すぐになれると思うよ。
ただ、扱いにくいと思ったらすぐに教えてね」
「大丈夫! 扱いやすい!」と元気に返事をしながら
剣を鞘に直し、胸に抱えて僕のそばに戻ってくる。
「師匠、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「明日の、訓練楽しみだな~」
「訓練も、1段階レベルを上げるからね。
今までよりもっと、大変になるかもしれないけど
一緒にがんばろうね」
大変になると伝えているのに、嬉しそうに笑うアルトに
僕までつられて笑ってしまう。
心の奥底に沈めた感情が、この瞬間を狙ってよみがえる。
僕は、そのことに気がつきながらも、今度はもっともっと深く沈める。
アルトの居場所が僕である限り……。
トゥーリが、僕の妻である限り……。
-……フタリガボクノソバデ、ワラッテイルカギリ……。
僕が幸せを享受することで、誰かが犠牲になったとしても
僕は、今ある大切なものを手放さないと決めた……。
-……ダレヲギセイニシテモ……。
痛みも、悲しみも、不安も、恐怖も
憎しみも……そして、罪悪感も全てを無理やりおしこめる。
-……ボクハコロサレナイ……。
黒い塊が、僕の胸の中にまた1つ落ちた。
僕は、ゆっくりと目を閉じそして開ける。
-……コロシニクルナラコロシテシマオウ……。
アルトが起きる前とは、まったく違った
答えを選択した自分自身を、哂いそうになるけれど。
僕の狂気を、静かに隠して
僕に楽しそうに、語りかけるアルトに相槌を打ちながら
今日という日が終わるのを感じていた。
読んでいただきありがとうございます。