『 僕 』
* セツナ視点
長が交代するその光景を、僕は唯見つめていた。
彼等にしかわからない想い。彼等にしか結べない絆……。そんな様々な感情を
僕は見つめる事しかできなかった。僕は部外者だから。
羨ましいと思う。生まれ育った場所で暮らし
その場所を大切に思い、自分の心に近い人達が傍にいる……。
今の僕には、どれも手に入らないものばかりだ。
彼等を見て、そういう絆に憧れる。
彼等を見て、羨ましいと思う。
彼等を見て、僕の胸も暖かく感じた。
だけど。それと同じぐらい……。
僕は……。
「新しい風が吹くようじゃ」
僕の思考を中断させたのは、蒼露様だった。
「新しい風ですか?」
「そうじゃ。おぬしが運んだ風であろう?」
「……」
蒼露様がチラリと話し合いを続けている方へと視線をやり
そして僕と蒼露様の周りにだけ小さな結界を張った。
突然の内緒話をしますという行動に僕は首をかしげる。
そんな僕に、蒼露様は真面目な顔をしてこう尋ねた。
「そなたは人でありながら、人が嫌いなのか?」
蒼露様の問いかけに、先程中断された思考を読まれたのかと
一瞬驚くが、僕が考えていた事と少しずれている事から
そうではないと気づく。
「嫌いではないですよ。どうしてですか?」
「奴隷商人を人ではなく、あやつらに渡そうとするからじゃ」
「普通じゃないですか? 浚われたのはこの村の子供で
浚ったのは人なんですし」
「普通ではないの」
はっきりと言い切った蒼露様に、二の句が継げない。
「人と獣人族ならば、人は人を選ぶ。犯罪者だとわかっていてもじゃ。
だが、そなたは最初から決めていたとはいえ躊躇しなかったであろう?」
「そうですね」
「だからの、そなたは人が嫌いなのではと思ったのじゃ」
「そうですか……」
「同族を嫌っているわけではないのなら良いのじゃ」
「……」
僕はそれ以上の返事を返す事はなかった。
正直な所、これ以上のことを聞かれたくなかったから。
僕は人間を嫌いではない。嫌いでは……。
蒼露様もそれ以上聞いて来る事はなく、もう1人の精霊と何やら話しながら
アルトとクッカの頬をつついていた。僕は、ため息を飲み込みながら
彼等の方へと意識を向ける、どうやら騒ぎはまだまだ落ち着きそうにない。
それなら、僕にできる事を先にやっておこうと
先程の僕の思考や、蒼露様の言葉から逃避するように
”鳥 ”を奴隷商人の所へと飛ばした。
暫くして、”鳥 ”達が奴隷商人の居場所を伝えてくる。
今回は対象が1つなので、僕の頭の中に映像として情報が届くようにしてあった。
久しぶりに見た奴隷商人達は、それほど憔悴した感じには見えない。
骨があるのか、逃げ回ることが多い分慣れているのか……その両方か。
奴隷商人達は、1人が見張りで起きており後2人が焚き火の傍で寝ていた。
傍に、アイリを入れてあった袋がない事から何処かで捨てたんだろう。
僕の心の中に不快な気持ちが湧き上がる。
それにしても、どうしてこうも落ち着いているんだろうか
まるで、助けが来ることを知っているかのように……。
もしかして、助けを求める何かを持っていたのか?
僕は、結界の中に魔法が使われた後がないかを調べ
結界の内側に引っかかっていたものを見つける。それは、助けを求める為に飛ばされた
魔道具だった。奴隷商人を呼び寄せる時に同じように回収しようと頭の中にメモしておく。
思ったよりも元気な奴隷商人たちに、僕が考えている方法では
色々吐かせるまでに時間がかかるかもしれないと思い、策を練りなおす。
そして、思い浮かんだ1つの薬。それと同時に、おぼろげな記憶が浮かび上がり
僕の思考を止めた……。
痛みにのた打ち回る僕。
それを冷たい目で見下ろしている1人の女性。
あれは……この世界に来て、初めて逃げ出した時の事だ。
孤独に耐えられなくなって、部屋を抜け出し外に出ようとしたが
すぐに捕まり引きずっていかれた。
初めて会う女性が、冷たい声を落とす。
『これ以上、わたくしの顔に泥を塗らないで頂きたいものですわね……』
『……あな……たは……?』
『私が貴方を、この世界に呼んだのよ。役立たずの貴方を』
その女性の顔は、余り覚えていない……。
だが、憎しみがこもった目だけは記憶に残っていたようだ。
『……』
体に残る痛みに、声を上げそうになるのを必死で抑える。
その様子を満足そうに見ている女性。
『生きているだけ感謝するのね?』
本当に生かされているだけの僕。
『ころ……せば……いいでしょ……う』
『……死にたければ、自分で死ねばよろしいでしょ?』
そう言って僕の肩をヒールの先で踏みつける。
その痛みに、歯を食い縛って耐えるがそれさえも楽しそうに見下ろしていた。
自分で死ぬ、考えなかったといえば嘘になる。
だけど、その度に祖父の言葉が胸をよぎった。
『刹那。自ら死を選ぶな……。苦しくても自分で命を絶ってはいかん。
私は、生まれ変わりというものを信じているからな。だから、刹那……。
最後まで、生きてくれ……』
そう言って、病気を苦に死のうとした僕の手を握って涙を落としてくれた祖父。
僕は、あの時最後まで生きると決めた。
祖父が好きだった椿の花のように。最後に落ちるその日まで……。
思い出さなくてもいい記憶と一緒に、祖父の記憶まで引きずりだされたことに
苦笑を落とす。正直、ここに召喚されて暫くの記憶は曖昧でほとんど覚えてはいない。
こうやって思い出すのは、初めての事で少し驚いた。
一度深く息を吐き、そして首を振る。
あの女性も、そして奴隷商人も……自分が浚った人の未来など少しも想像した事がないのだろう。
想像する気もないのだろう。他人を不幸にしても気がつかない、気がつくつもりもない。
本来なら、彼等が捨てた袋の中にはアイリが入っていた。
身勝手に浚い、子供の未来を踏みにじり終わらせておきながら
自分達は助かると信じている奴隷商人達に苛立ちが募った……。
結界の中にいる、僕が作り出した魔物を動かし寝ている彼等を襲わせる。
殺さないよう、適度な距離を保ちつつ甚振るように……。
「僕が呼ぶまで、走り続けるといい……」
思わず口に出てしまった言葉に、周りを見るが蒼露様はもう1人の精霊と話していて
僕の呟きに気がつかなかったようだ。僕は静かに立ち上がり蒼露様から離れた所に
鞄から机と椅子を取り出し地面に置いた。
奴隷商人に、使うかもしれない薬の準備をしようと思ったのだが
蒼露様が小走りで、こちらに近づく。
「そなた、これをどこから出したのじゃ!」
興味深そうに、机と椅子をを眺めている蒼露様に鞄から出した事を伝える。
「ほうほうほう! そんなものが作れるのか……面白いのう」
「僕が作ったものじゃありませんけどね」
椅子に座りたいという蒼露様の為にもう1つ椅子を出し
じっとこちらを見ている、精霊にも椅子をだした。
ついでに、便箋と封筒そしてペンを取り出し机の上に置く。
蒼露様と精霊が近づいてきたときに、寝ているクッカを見て
もしかしたら、トゥーリはクッカが戻るまで起きているかもしれないと思い
クッカが今日は戻らない事を伝えようと思ったのだ。先に寝ているようにと。
「……」
「……」
「じっと見られていると、書きづらいのですが……」
凝視するように、僕の手紙を覗いている2人に声をかけるが
こちらの話を聞くつもりはないらしい。精霊が蒼露様に手紙の内容を聞き
蒼露様は、僕が書いた手紙の内容を教えている。
彼女達の会話に、もう突っ込む気力はなく必要最低限だけを書いたものを
封筒に入れトゥーリに送った。
「愛の言葉は書かぬのか?」
蒼露様が不思議そうに僕に問い、横にいる精霊がほほに両手を当てて
顔を可愛く染めていた。
「……」
「男としてそれはどうなのだ。
伴侶に手紙を送るなら、愛の言葉ぐらいつけるものであろう?」
「どうして、トゥーリが伴侶だと知ってるんですか?」
「クッカが、そなたの傍についていなかった事が気になっての
何処にいたのか聞いたのじゃ」
「なるほど」
ここで話を終わらせようとするが、失敗してしまう。
「話をそらすでない!」
「……」
興味津々という状態の精霊と、愛の言葉を書かなかった僕に対して
お節介な事を言ってくれる蒼露様。正直な所……気持ちを書くか迷いはした。
だけど、彼女のトゥーリの言葉が耳から離れない。
彼女が1人で生きたいと思っているなら
僕の気持ちは、彼女を苦しめるだけかもしれないと……。
今の彼女からしてみれば、僕は伴侶ではない。それは分かっていた事だ。
そう……分かっていた事だ。僕が無理やり承諾させたことなのだから。
彼女にとって僕はどういう存在なのだろう……。
そればかりを考える。僕が、トゥーリを好きだと言う気持ちは変わらない。
無理やり離れられないようにしたいと思う事もある。
だけど、それは奴隷商人となんら変わらない行為で……。
彼女の自由を奪い、未来を奪い、そして笑顔も奪う事になるだろう。
僕から開放するべきだと頭が告げる。
だけど、心が彼女を離すのは嫌だと叫ぶ。
どちらも選べない僕は、2年……いや後1年と半年の猶予があると
自分の頭と心に蓋をした。
「愛の言葉は、彼女だけに聞かせたいと思うので」
僕の言葉に、蒼露様は綺麗な顔にそぐわない表情を作り
もう1人の精霊は、小さな声で「きゃー」っと悶えていた。
「……そなた、よく恥ずかしげもなく言い切るの」
「……」
僕は蒼露様に返事せず、鞄から薬を調合する為のものを取り出し
机の上に置いて行く。整理されてしまわれている薬の箱の1つに蒼露様が手を伸ばし
一つ一つ包装されている薬を手にとって、精霊と薬草当てクイズみたいな事をはじめた。
蒼露様は、水と土の精霊。隣の精霊はどうやら光の精霊のようだ。
光の精霊は、薬草には余り詳しくはないようだが今の所半分は正解していた。
それを横目に見ながら、僕は必要な薬を調合していく。
長達の決定では使わない可能性もあるけれど、鞄に入れておけば腐らない。
そんな事を考えながら、僕も飲まされたことがある薬を作っていく。
唯一つだけ違うところがあるが。僕が独自に足した1つの薬。
それは、きっと彼らの希望を奪う。
いつの間にか、僕の手元を2人がじっと見ていた。
最後の薬を手にしたとき、蒼露様は僕の手元ではなく
僕の目をじっと見つめていた。その視線を僕は静かに受け止めてから
ゆっくりと混ぜ合わせ小さな瓶に入れ蓋を閉めた。
読んで頂きありがとうございました。