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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ハイドランジア : 冷酷 』
38/117

『 私達と奴隷商人 : 中編 』

* ロシュナ視点

 誰もが、彼が放った言葉を聞き間違いだろうと思ったに違いない。

だが、彼の表情はそれが真実だと物語っているように見えた。


そして少し首を傾げ、セツナはディルのほうへと顔を向けた。


「どうしたらいいですか?」


「……」


セツナの問いかけに、ディルは黙ってハンクを見る。

その視線を追って、セツナもハンクを見た。


「このまま放置しておけば、間違いなく死にますが」


ディルの心情的に言えば、奴隷商人の息の根を止めてしまいたいのが本音だろう。

だが……まだ助かる見込みがあるのならば、保護しなければいけないのだ……。


返事がないことを不思議に思ったのか、その視線がエイクへと流れた。


「僕は何か……まずいことをしたかな?」


困ったように問いかける彼に、エイクが苦笑を落とした。


「いや、お前は悪くない。けどな……奴隷商人の扱いは難しいんだ。

 奴隷商人だという証拠がないと裁けない」


「……」


「お前はアイリを保護して、奴隷商人たちをそのままにしただろう?

 こういう言い方はむかつくが、あいつらの手元には商品がないわけだ……。

 だから、このままここに連れてきたとしても裁けない」


「僕が証言するけど?」


「1人の証言だけじゃ聞き入れてもらえない」


「何人集めれば聞いてもらえるんでしょうか?」


「……さぁな……」


「自供させてもだめなんですか?」


「自供させる為に拷問にかけるのは、クットとの契約違反になる。

 自供したとしても、拷問にかけられて無理やり言わされましたと言われたら

 それで終わりだ」


「……それは、あまりにも理不尽すぎませんか……」


「クットはサガーナと同盟を結んではいるが

 奴隷商人や犯罪者を、サガーナで裁けないようになっている。

 それに、国境を越えられると俺達は手が出せなくなってしまう」


「……」


「この国で捕まえたとしても、しっかりとした証拠がなければ

 クットに戻って注意されて終わりだ。サガーナの法を適用することができない」


エイクの説明に、セツナが眉間にしわを寄せている。

そんなセツナに、エイクは真剣な表情で本音を告げた。


「だから、俺はそのまま閉じ込めて殺して欲しいと願う。

 奴隷商人が1人でも減るなら、そのまま放置しておいて欲しい。

 けどな……」


「けど?」


「俺達は、まだ生きてることを聞いてしまったわけだ。

 迷っている、怪我をしている者は助けなければいけないという決まりがある。

 それは、クット側も守っている事柄だ……。もしそれを破ったと向こうの耳に入れば

 クットで行動している奴等に、迷惑がかかる可能性があるわけだ」


「僕が言わなければ大丈夫じゃないかな?」


「そうだな……」


エイクは少しばつが悪そうに目をそらした。

その意味に彼は気がついたんだろう。


「なるほど」


セツナは、エイクをそれ以上追求することはなかった。

2人のやり取りを、アルトと彼の精霊が黙って聞いていたが

特に反応はしていない。その事に、エイクは安堵しているようだった。


セツナは何かを考えているようで、腕を組んでうつむいている。

アルトと彼の精霊が、セツナの態度を不思議に思ったのか

一度顔を見合わせてから、彼の方を見て彼を呼んだ。


「師匠?」


「ご主人様?」


セツナは2人に呼ばれて顔を上げるが

じっと2人の顔を眺め、数回瞬きしてから2人の名前呼んだ。


「アルト、クッカ……」


「なに?」


「はいなのですよ?」


「子供はもう寝ている時間だと思うんだよね?」


「え?」


「?」


唐突に言われた内容に、口をあけてセツナを見上げる2人

そんなアルト達に、彼はとてもいい笑顔を見せて「お休み」と告げた。


「……」


「……」


彼がお休みと言った瞬間、2人の体が崩れ落ちる。

意識を失った2人の体を危なげなく受け止め、魔法で体を浮かせ

蒼露の樹のそばに運び、毛布を引いてから2人を下ろす。


体の上にもう一枚毛布をかけ、2人の頭を軽くなでてから

元いた場所にゆっくりと戻った。


その間たった数分、その数分の間に彼が纏う空気は

アルト達に見せていた柔らかいものではなく、冷たく鋭利なものへと変わっていたのだった。


「なぜ、2人を眠らせたのじゃ」


今まで黙っていた蒼露様が、セツナに問う。


「このまま奴隷商人をここに呼びよせても、放免ということになりそうですから

 少し奴隷商人の話を聞いてみたいなと思いまして……」


「……」


「相手にもよりますが、手荒な事になった場合

 さすがに、そんな場面を見せるのは教育にわるいじゃないですか」


「傷をつけるのはよくないのではないか?」


「大丈夫です。体に傷などつけませんから」


「……」


蒼露様に、やんわりと笑うが

その笑みは、とても冷たく見えた。


視線を寝ているアルト達に向け、そして地面に移し

一度大きく息を吐き出してから、私達へと顔を向ける。


ゆっくりと此方へと歩いてくる彼の動きに

周りの者達が立ち上がる。武器を抜きはしないが私とハンクを守る為の行動だ。


私達の少し手前でとまり、軽く頭を下げる。

彼の雰囲気は少しだけ柔らかい。


「はじめまして。挨拶が遅れて申し訳ありません。

 僕は、アルトの師匠をしているセツナといいます」


「初めまして。アルト君から君の事は聞いているよ。

 私はロシュナだ。彼はハンク……もう知っているかな?」


きっとハンクの事だから、自分の名前を教えていないだろうと思い

ついでに紹介する。彼は首を振った後

私と視線をしっかりと合わせ、今度はゆっくりと深く頭を下げた。


「急なお願いにもかかわらず、アルトとお会いいただき

 ありがとうございました」


「いや、アルト君は青狼だからね。

 彼は私達の村の子供だ。お礼はいらない。

 私達の方こそ、村の子供を守ってくれたことにお礼を言わなければいけない」


「いえ……」


彼は軽く首を振り、そしてハンクを見る。


「アルトは、長にご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「……わしの事をくそじじいと言いよるわ!」


「……申し訳ありません」


ハンクの返答に、彼はとても困った顔をして謝罪する。

私達の周りの者達は、笑いをこらえているようだ。


「いやいや、セツナ君。君が謝る事はないよ。

 アルト君に、その言葉を教えたのはラギールなんだろう?」


ラギールの名前が出て、周りが少しざわめいた。


「はい」


「ラギールの幼少は、アルト君と同じようにやんちゃだったからね。

 正直、アルト君を見ていると懐かしい気分にさせられた」


「……」


「ラギールの……手紙と剣を届けてくれて感謝する。

 彼は私達の親友だったんだ。彼の最後の言葉を届けてくれて嬉しかった」


「……」


彼は何も言わなかった。ただ黙って、私の言葉を聞いていた。

いろいろ訪ねたいことは沢山あるが……。


「今は時間がなさそうだ、後ほど私達の為に時間を

 とってもらえるだろうか?」


「はい。僕も、ロシュナ様に……」


「セツナ君、私に様はいらない。ハンクにもね

 言葉も普通に話してくれればいい……。

 そう……ラギールに話していたようにね?」


彼は驚いたように目を見開いて、そして俯いた。


「セツナ君?」


「アルトは、貴方方に見せたんですね」


「ああ。少し怒りながら見せてくれた」


顔を上げて苦く笑うセツナ。


「全てが偽造されたものだと思わなかったんですか?」


「ラギールからの手紙は、私かハンクにしか読めないようになっていた。

 それに、君が偽造してまで手に入れたいものがここにあるとは思えない」


「蒼露の葉とか?」


「私は、ラギールを信じている。彼が危険な人物を紹介する訳がない。

 だけど、私は青狼の長だから君を疑う気持ちも持ってはいた」


私は蒼露様に視線を向ける。セツナからもらった飴を食べながら

こちらの様子を見守っているようだ。


「蒼露様が君を認めているのだから、これ以上の詮索は不要だろう?」


それに……。彼がアルトや彼の精霊と作り出している雰囲気は

奴隷や主従と言う関係では、作り出せないほど穏やかな優しいものだった。

彼のそばで安心したように笑う2人。それは彼に絶大な信頼を置いている証だ。


「さて……。君があの2人を眠らせてまで、やろうとしている事を聞いてもいいかな?」


「はい」


「エイクが先程話していたが、クットとサガーナとの取り決めは

 守らなければならない……。サガーナにとって不条理だと思うことは多いが

 それでも、私達はガーディルからこの国を守る為にクットの要求を呑まないと

 いけないのだよ。クットの情勢も危うい時期にあるからね……。

 今、危ない橋を渡るわけには行かない」


「確かに」


「君はどうして、奴隷商人と話そうと思った?」


私の質問に、彼は順序立てて説明していく。


「昨日……いえ、一昨日に気がついたのですが、アイリを助けたとき

 アイリは袋に入れられていたんですが、その袋は彼女の匂いを隠す為の魔道具でした」


「そうなのか?」


私はディルに視線を送ると、ディルが頷く。


「僕は、ディルさん達がアイリを追跡できなかったのは

 アイリの匂いが消されていたからだと思っていたんです」


「実際アイリの匂いを消されていたなら

 追跡はできないだろうね……。人間の匂いが残っていたなら……」


自分で言って、気がつく……。

そうだ、匂いはアイリだけじゃなく人間の匂いが残っていれば追跡できたはず。

彼は真剣な目をしてうなずく。


「現にアイリは村の中でですが

 僕の匂いをたどって、僕が居る場所まで来ましたから」


「アイリが浚われた場所には、人間の匂いは残っていなかった。

 アイリの匂いもそこでプツリと途切れていた」


ディルが私とセツナの会話から、彼が欲しいだろうと思われる情報を告げた。


「僕がアイリを助けたとき、3人の人間がいました」


人間が入ってくれば匂いで分かるし、若い者達が巡回もしている。

それでも、隙を狙うように手を変えて人間による犯罪は後を絶たないのだが……。

3人も人間がいて、どこにも匂いが残っていないのはおかしい。


「奴隷商人も、己の匂いを消す魔道具を持っているということか……」


ディルの目が鋭くなり、セツナを刺すように見る。


「多分そうだと思います。一応彼らの持ち物を調べては来たのですが

 その時、匂いを辿って追跡するという考えが僕には浮かばなかった。

 奴隷の首輪を外す鍵は探しましたが、ほかの持ち物はそのままにしてきましたから」


持ち帰ればよかったと少し悔しそうに呟く。


「セツナ君が聞きたいのは、その魔道具のこと?」


「いえ、魔道具は確認ができればいいので。

 僕が聞きたいのは、彼らの隠れ家と逃走経路です」


「隠れ家?」


「はい」


「アイリが、洞窟みたいな所ですごしたという場所か?」


ディルは、セツナの考えていることがわかっているようだ。


「そうです。そういう場所が複数あるような気がします。

 もしあるなら潰しておいた方がいいと思います」


「……」


「追っ手をやり過ごす場所。合流する場所。

 それから……サガーナではないかもしれませんが……」


セツナはそこで一度言葉を区切り、軽くため息をついてから

続きを告げた。


「浚った者を集めておく場所……そういう場所が所々にあるかもしれません」


「……」


「……」


「その場所に向かっているのだとしたら

 彼らが使う経路も、ほぼ決まっているでしょうしね」


「……」


「あくまで、僕の憶測でしかありませんが」


彼が話す内容に、私もハンクも言葉が出なかった。

浚われたものが、村に帰ってくることはほとんどなく

捕まえた奴隷商人も、クットに引き渡さなければならないとなると

私達の手元に入ってくる情報は、ほとんどないようなものなのだ。


クットの対応に、憤りを押し殺しながらも同盟を切る事は考えられなかった。

拳を作り、歯を食い縛りながら受け入れることしかできない現状に

叫びたくなることも、叫んだこともある。犠牲になるのは弱い子供と女性なのだから。


「奴隷商人が、そう簡単に話すとは思えん。

 浚われた子供と一緒に捕らえても……保護したと言い張るような輩だ……」


ハンクが深くため息をつきながら、彼に告げる。

皆が皆、行き場のない想いを自分の中に留める事に必死だった。

こちらの事情を慮ってか、セツナが私達に決定権をゆだねた。


「僕は、長や蒼の長に従います。

 僕が奴隷商人と接触するのを厭われるなら

 無理に話そうとは思いません。一筋縄ではいかない分

 僕も手加減をしようとは思いませんから」


「……」


「このまま放置しても僕はいいと思います。

 引き渡した方がいいのなら、今すぐにでも引き渡せます」


「少し時間をくれ」


ハンクの返事に、セツナは頷き私達から距離をとるように

アルトが眠る方へと移動し、そこに腰を下ろした。

蒼露様は一度こちらへ視線を移してから、セツナのそばに同じように座る。


私達の周りに村のものが集まり、ハンクとディルの会話を聞きながら

各々が意見を出し合っている。奴隷商人から話は聞きたいところだが

彼……セツナを信じてもいいのかというところで、皆が黙り込むのだった。


ディルとエイクを筆頭にして半分以上が

彼に策があり、話を聞きだせる可能性があるのなら

セツナに任せてみてもいいのではないかという意見だ。


しかし、彼の行いを見てもなお信じられないもの達もいた

人間を一度は信じ、そして裏切られた者達ほどその傾向は強い。


私は彼等の話を耳に入れながら、意識はセツナと蒼露様の方へと向いていた。

ハンクとディルも同じようなものだろう。2人の会話を聞いているはずだ。


「そなたは好奇心が強すぎるのかの?」


「好奇心ですか?」


「そうじゃ」


蒼露様の手には、コップが握られている。

そこにセツナが、何か飲み物を注いでいた。

自分のコップにも注ぎ、鞄に直そうとしたとき

蒼露様に相談していた精霊がそばに来て、手を出している。


少し苦笑しながら、新しいコップを取り出し飲み物を入れ

その精霊にも渡す。受け取った精霊は蒼露様の少し後ろに腰を下ろした。


「獣人族と奴隷商人の問題にまで、首を突っ込むこともあるまい?」


「そうですね」


「そなたにとって、得することなど1つもないであろう?」


「……」


「わらわを治し、蒼露の樹も治そうというのに

 そなたを信じられない者たちが居る場所で

 何も、嫌な思いをすることもなかろう」


「蒼露様は、反対なのですか?」


「いや……。わらわが、受け入れたものを受け入れることができない

 あやつらに苛立ちを感じているだけじゃ……。気持ちはわからんではないがな」


蒼露様の言葉に、私とハンク、ディルとエイクが肩を震わせた。

ほかの者たちは、議論に夢中で聞いていなかったようだ。

セツナは驚いた表情を見せ、そして軽くため息を吐いた。


蒼露様とセツナとの間に、少しの間沈黙が訪れる。

その沈黙を、静かな声でセツナが破った。


「僕は……それでも、この村を嫌うことができません」


「なぜじゃ」


「僕とアルトに優しい場所を与えてくれた人が

 孤独を選んでまでも、この場所を守り抜いたから」


私とハンクがそろってセツナを凝視する。


「まぁ……本音を言うと、一瞬危ないときがありましたが」


少し物騒なことを、サラリと告白する彼に蒼露様が笑った。

セツナも軽く笑う。


「確かに、得することはありませんが。

 もしかすると、僕は呼ばれたのかなって思ったんです」


「呼ぶ?」


「誰よりも、この国をこの村を大切に思っていた人が

 この国の現状を見て、僕を頼ってくれたのかなって思ったんですよ」


「……」


「僕が風の魔法を使えることも、時の魔法を使えることも知っていた。

 そして、精霊と契約していたことも知っていた人です。

 もしかしたら、僕が手助けできることがあるかも知れないと

 考えてくれたのかもしれません」


「この国の英雄のことかの?」


セツナがゆっくりと頷く。


「蒼露の樹を、治せるなら治そうと思った切っ掛けは

 アイリやユウイが、病気になったときに困るのではないかと考えたから。

 僕は……弟子にした覚えはないんですが、彼女達は僕を師匠と呼ぶ。

 だから、小さな弟子達が苦しむようなことがあって欲しくないと思ったからです」


セツナは俯き、手に持っているコップに視線を落とした。

いつの間にか、周りが静かになっている。皆、蒼露様とセツナの会話に集中しているようだ。


「だけど……アルトがここに来た時

 なぜか、ラギさんが僕のそばに来たように感じたんです」


「……」


「気のせいといわれれば、何も言い返せませんが。

 だけど……ラギさんをそばに感じた瞬間、僕は彼が守りたかったものを

 守りたいと思ったんです」


「アルト達にもそう話しておったの」


「しかし、奴隷商人の事は僕の一存で決めるわけには行きません。

 だから僕は、この村の長の決定に従います。関るなと言われれば

 これ以上かかわる事はしません」


「蒼露の樹は治してくれるのだろうの?」


蒼露様(本人)が了承しているんですから

 そこは問題ないと僕は思いますが……」


「わらわが望んでおる」


蒼露様が大仰に頷きながら、セツナに答える。蒼露様の態度にあわせる様に

セツナは、右手を胸の辺りに持っていき騎士のような言葉を返したのだった。


「光栄の至りと存じます」


暫く、2人で笑いあいその後私達を気にすることなく

蒼露様とセツナが他愛のない話を楽しむ中


結論が出ず、ハンクの意思に任せようと意見が纏まりそうになった時

暫く黙り込んでいたハンクが口を開いた。


「ディル。おぬしの選択に任せる」


「長!?」


ディルが驚いたように声を上げる。

ディルの声に、蒼露様とセツナがこちらを見た。


「わしは、今を持って長を降りる。

 次の長はおぬしだ。ディル」


「ハンク……唐突過ぎるだろう?」


皆が余りにも突然の事に、驚き固まってしまっている。


「今がその時だとは思わんか?」


ハンクの目は全てを受け入れた静かな目をしていた。


「……」


私には、ハンクの気持ちが痛いほど分かる。

難しい問題は、解決していないものが多い。

だが……ラギールが逝った今、私達にとって1つの時代が終わったような

そんな感覚がずっと離れなかった。


ハンクと違い、私の寿命はまだ半分……。

時代が変わる、そう悟ったと同時に長を降りる事を選んだハンクを少し羨ましいと思った。

そして、すぐに決断することができるハンクを誇らしく思った……。


そう……時代が変わる。

ハンクは時代が変わる事を受け入れた。

この村に、新しい風を吹かせるために人間が嫌いな自分ではなく

人間を嫌いながらも、受け入れようとしているディルに託すことを決めたのだろう。


頑なに人を拒絶するもの達の手本になるように。


「ディル、この杖を受け取れ」


「しかし!」


「なに……わしはまだまだ死なん。

 ラギールに当分顔も見たくないといわれたからな」


ラギールはそんな事一言も言ってないだろう……。

そう思ったが、口には出さなかった。


「わしもロシュナも、おぬしを支える。

 だから、長となり若い者をおぬしが引っ張って行け。

 この国の英雄が望んだ……」


ハンクが言葉を詰まらせ、一度俯く。

大きく息を吸い、吐き出すと強い意志をこめた目をディルに向けた。


「この国の英雄が望んだ、全てのものが安心して暮らせる国になるよう

 おぬし達、若いものがこれからは力をあわせこの国を作っていくのだ」


ハンクの言葉に、ディルがハンクの前に片膝をつき

その後ろに村の者たちが続いて膝を突く。


ハンクは、手に持っていた長の証である杖をディルに渡した。

ディルは両手で杖を受け取り、胸に抱えると暫く頭を上げなかった。


ディルが頭を上げるまで、誰一人として口を開かなかった。

気持ちが定まったのか、ディルがゆっくりと立ち上がる。


「ハンク様。色々と至らない所があるかと思いますが

 私にできる精一杯の力で、この国にこの村に尽くす事を誓います。

 どうかこれからも、ご教授ください」


「大変だとは思うが、頑張ってくれ」


「はい」


ディルはハンクに頭を下げ、そして後ろを振り向いた。


「ハンク様とは違い、頼りない部分があるかもしれないが

 各国の長達が、この村の長と英雄が築き上げてきた想いを

 受け継ぎ、共に守っていって欲しい。よろしく頼む……」


新しい長であるディルの宣言に、膝を突いていた者たちが

一斉に頭を下げ新しい長を受け入れたのだった。


突然の長の交代で、ざわつく空気の中

私はふとセツナの方に視線をやる。彼は私達の方を向いてはおらず

目を細め何かを考えているような

何処かを探っているようなそんな表情を見せていた。


そして彼が小さく何かを呟いたようだったが

余りにも小さく、周りがざわついていた事もあり私の耳には届かなかった。


そんな彼を見て。


ふと、私はラギールからの手紙を思い出した。

ラギールの願いは、セツナとアルトを受け入れてやって欲しいということだったが

アルトはともかく、彼は私の手助けなどいらないのではないかと感じた。

精神的な強さも、肉体的な強さもそして様々な事柄にも恵まれているように見えたから。


私は、ラギールからの手紙の内容を深く考えてはいなかったのだ。

ラギールが私に……いや私とハンクにとても重要な事を教えてくれていたというのに。


もっと彼の本質をしっかり見ていれば……。

短い時間だったが、彼の弱さに気がつく機会があったはずだ。

なのに私は、彼が1人でも大丈夫だと結論付けてしまう。


苦しい事があっても、それを1人で乗り越える事ができる人間だと。

その判断が、後々後悔する事に繋がる事に気がつきもせずに。




" ロシュナ、セツナは優しい人間だが。誰よりも冷酷な判断を下すことがある。

 自分自身が傷つくことがあっても、必要だと思えば躊躇しないだろう。

 だから私は、彼の事がとても心配になるのだ……。何時か何かに躓いたとき

 彼は誰も頼らず、自分を(・・・)傷つけてでも進もうとするかもしれない。

 孤独を押し隠し、自分が最善だと思う道を……唯独りで……"


この時の私が、最善を尽くしていたならば

彼を助ける事ができたかもしれない……。


もし時が戻るなら、私は私にこう告げるだろう。

ラギールのように、彼を受け入れろと……。




読んで頂きありがとうございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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