『 私達と奴隷商人 : 前編 』
* ロシュナ視点。
前方を走るアルトの背中から視線を外し、私の隣を走っているハンクを見る。
そんな私に気がついたのか、ハンクが視線だけで私に話せと促す。
「ハンクから見て、アルト君の師匠はどんな人だと感じたのか気になってね」
「……」
「ラギールの手紙を見ても、セツナ君だったかな?
彼からの手紙を見ても、私は悪い人間ではないと思ったけど」
ハンクは、私から視線を外しアルトの背中を見てため息をついた。
「悪い人間ではない。たぶんな。だが……」
「だが?」
「得体が知れない」
ハンクの言葉に僕は首をかしげる。
「得体が知れない?」
「そうだ。あの人間はわしらに対して負の感情を見せなかった」
「どういう意味だい?」
「怯えもせず、怒りもせず、憎しみもなかった。
蔑みもせず、見下しもせず、静かに語るだけだ」
「彼が強いから怯える必要も、警戒する必要もないだけかもしれないよ?」
「確かに、強さから言えばそうなんだろうが……。
周りを囲まれ、口々に非難され、ターナに奴隷商人と言われ
殴られても、負の感情を少しも浮かべなかった」
「……それは……」
「あやつがわしらに見せた感情は、諦めだ。
小童には、さまざまな表情を見せていたがな……」
「……」
「人間からしてみれば、理不尽な扱いを受けたと言えるだろう。
それなのに、感情を動かさない様は酷く歪で、不気味だと思わぬか?」
「アルト君の為というのもあるだろう?」
「……確かに。だが……魔導師ということを差し引いても
あの若さで、こちらに感情を見せない、読ませないというのは
わしには、異様としか思えぬ。ただ、弟子の為だけにそこまでできるとは思えぬ」
人間同士でも獣人同士でも、不当な扱いをされれば
負の感情を見せるのもだ……。それが種族が違うとなれば
沸点は低くなるのが当たり前だ。
「……」
蒼露の樹が見えてきたあたりで、ハンクとの会話をやめる。
私達の先を走っていたアルトが止まり、驚いたように目を開いて前方を見ていた。
「クッカ?」
立ち止まったアルトの後ろに立ち、アルトが見ている場所を見ると
そこには、小さな女の子と先ほど魔道具で見た人間と同じ人物が話をしているようだ。
アルトが小さく呟いた言葉から、アルトはあの女の子を知っているのだろう。
「アルト君は、あの女の子を知っているのかい?」
「……クッカは、師匠と契約している精霊だ。
だけど……目の色が違う……」
「……」
「……」
アルトからもたらされた情報に、私もハンクも次の言葉が出ない。
竜の加護もちで、精霊の契約者……。彼はとても稀な人間らしい。
アルトが一度ギュッと拳を握り、呼吸が整うのを待ちもせずにまた走る。
「アルト君!」
私の呼びかけに振り向きもせずに、明かりの中に飛び込んだアルト。
真直ぐ蒼露の樹に向かうアルトに気がついた数人が、立ち上がり止めようとするが
私とハンクが姿を見せ首を振ると、片膝を突いて頭を下げた。
結界が張られているのだろう、そこから先へ進むことができなくなったアルトが
結界を叩き、セツナを呼んだ。
「師匠!」
アルトの声に反応したセツナが振り向き、アルトを見て少し笑う。
それだけで、アルトは安心したような表情を見せた。
ディルに、これまでの話を聞きながらアルトの師匠であるセツナを見る。
魔道具で見た彼と違う印象を受けるのは、眼鏡のせいだろうか。
私の視線を感じたのか、こちらを見て軽く礼をする彼に私は頷く。
ディルから大体の話を聞き、現在彼と蒼露の精霊が何を話しているのかは
わからないようだ。しかし……ディルの話は、驚くことが多すぎる。
人間にとって居心地が悪いだろう場所で、よくこんな短い時間に
いろいろと動けたものだと半分呆れ、半分感心する。
ハンクも、片手でこめかみを押さえ頭を振っていた。
アルトを見ると、彼のほうを見てなにやら頷いているかと思えば
満面の笑みを顔に浮かべ、何かを納得したような様子で結界から少し離れた。
「アルト君、君はセツナ君と話すことができるのかな?」
「うん。できる」
「彼は今何をしているのか聞いたのかい?」
「うん。蒼露の精霊の魔力が尽きて消えそうだって」
アルトの言葉に、全員が絶句し顔色をなくす。
女神から、精霊になってまで私達に恩恵を与えてくれていた精霊が
消えてしまうと言われ、言葉までなくしてしまう。
しかしアルトは、そんな周りの様子を気にすることなく
あっさりと、解決方法を口にしたのだった。
「だから、師匠とクッカの魔力を蒼露の精霊に分けるんだって言ってた」
アルトがそう言いおえた瞬間に、結界の中の精霊の姿が光だし
目を開けていられないほどの光を放つ。暫くして、光が収まった場所には
今までそこに居た精霊の隣に、蒼い髪に蒼の瞳を持った綺麗な少女が立っていたのだった。
「人の姿になったのは、偉く久しぶりだの」
その不思議な光景に、驚き凝視する私達の耳に
透き通るような凛とした声が響き、我に返った。
私もハンクもその場で両膝をついて少し頭を下げる。
村人たちも、あわてて神に祈りを捧げる姿勢をとった。
「楽にしていればよい。頭を上げよ」
蒼露様の言葉に、ゆっくりと頭を上げ前を見た。
自分でも少し緊張しているのがわかる。そんな私達に穏やかな視線を向け
一度見回してから、すぐそばに立っている彼に目を向けた。
「そなた、ここでわらわに名をつけたら契約できるが……?」
「お断りします。この国の母ともいえる貴方と契約など結べません」
考えもせず、すぐに返事を返した彼に精霊は笑い
ハンクは眉根にしわを寄せていた。断ったことが気に入らないんだろうが
きっと、契約しても気に入らないというだろう。
「そなたには、可愛い精霊がいるからのう」
そういって、横にいる精霊を見る。
「クッカ、そなたが体を貸してくれたおかげで
わらわは消えずにすんだようだ。礼を言う」
「蒼露様が助かって、クッカもうれしいのですよ!」
お互いに、顔を見て笑いあう姿はとても愛らしく
心の中が満たされていくように感じた。
クッカと呼ばれた精霊が、セツナのほうをチラッと見て俯く。
その姿を見て彼は、片膝をつき自分の精霊の名前を静かに呼んだ。
「クッカ、おいで」
俯きながら、トボトボと彼に近づき少し前でとまる。
小さな手は、自分のスカートをギュッと握っていた。
「ご主人様は怒ってないですか?」
俯いたまま小さな声で、そう彼に問いかける精霊。
「驚いたけど、怒ってないよ。
僕がもう少し、注意を払わなければいけなかったんだから。
クッカが気にする必要はないんだ。ごめんね」
そういって、精霊の頭を優しくなでる。
精霊はゆっくりと顔を上げ、彼の言葉が本心だとわかったのか可愛らしい笑みで
頷いたのだった。
「さて……僕は、これから蒼露の樹を治すけどクッカはどうする?」
立ち上がりながら、これからの予定を精霊に告げるセツナ。
「クッカは、アルト様と蒼露の樹が治るのを見てるのですよ」
「そう? それじゃぁ……アルトのそばで見てるといい」
「はいなのですよ!」
元気よく返事をして、こちらに駆けてくる精霊に
アルトは笑いながら軽く手を振った。
「アルト様!」
「クッカ、久しぶり」
「アルト様、身長がすごく伸びたのです!」
「クッカは、小さいね」
「クッカは、アルト様達みたいにすぐには大きくならないのですよ」
「そうなんだ」
「そうなのですよ」
2人の会話を耳に入れながら、私の視線は蒼露様とセツナを追っていた。
彼は鞄からコップを取り出し、蒼露様に渡す。コップを渡された蒼露様は
少し首をかしげながらも受け取る。セツナは次に水筒のようなものを取り出すと
コップに水を注ぐ。大体コップの半分ぐらいの量だろうか?
水筒を鞄になおし、次に小さな小瓶のようなものをとりだして蓋を開け
何か液体のようなものを、そのコップに少しだけ落とし入れた。
コップを両手で持って、セツナの行動を見ていた蒼露様の表情がかわる。
心から驚いているという顔をして、コップの中身を凝視しそしてポツリと呟く。
「……わらわは、飲みとうないのう……」
あのコップの中身が何かはわからないが、蒼露様の言葉から
あまり好ましいものではないようだ。
「飲まないと魔力が回復しませんよ?」
「うー」
「頑張って飲んでください」
「そうじゃ、そなたが飲むといいのじゃ」
「……僕が飲んでどうするんですか?」
「そなたが魔力を回復させ、先程のようにわらわに魔力をわたすのじゃ」
「……」
「よい案じゃろ?」
セツナは、アルトや彼の精霊に見せたものとは異なる笑みを蒼露様に向ける。
「それを何度繰り返せば、貴方の魔力は満たされるんでしょうか?」
「…………」
「貴重な薬ですからね? 僕も無駄に使いたくはありません」
「……」
蒼露様が諦めたような表情で、ゆっくりと何かを飲んでいるのを見ながら
私の隣では、不機嫌を隠そうともしないアルトと精霊の会話が耳に届く。
どうやらアルトも精霊も、お互いに今までのことを報告しあっているようだ。
2人とも、セツナに対する村人たちの態度に怒りを募らせており
それと同時に、何も言い返さなかった彼にも不満があるようだった。
アルト達の会話に誰も口を挟めない。
俯いている者もいれば、青ざめている者もいる。
ディルから話は聞いたが、セツナの精霊の怒りは強烈なものだったらしい。
セツナに対する村人の態度は、この2人の会話を聞いても
お世辞にもよかったとは言いがたい。かといって、村人たちを責める事も
私やハンクにはできない。なんともいえない空気の中、穏やかに2人を呼ぶ声が響いた。
「アルト、クッカ」
呼びかけられたことに少し体を揺らして
アルトと精霊は彼のほうを向いた。その瞳には緊張の色が見える。
そんなアルト達を見て、彼は苦笑しそして蒼露の樹を目を細めて眺めながら呟いた。
「ラギさんはここで育ったんだね」
セツナの言葉に、アルトも精霊も一瞬キョトンとした表情を作る。
そんな2人に静かな視線を向け、何かを伝えるようにゆっくりと話しかける。
「アルト、ラギさんはこの場所とここに住む人を守りたかったんだね」
「……」
彼はアルトから視線をそらさず、アルトも彼から視線をそらさない。
アルトの表情は真剣だ。
「僕がこの蒼露の樹を治す事ができたら、ラギさんの守りたかったものを
僕も守ることができるだろうか? ラギさんの思いを守ることができるかな?」
私の隣でハンクが息を呑んだ。きっと、私と同じ事を思ったに違いない。
ハンクが異様だと、得体が知れないといった答えが今わかる……。
アルトの為でもあっただろうし、アイリの為でもあった。
そして、ラギールの為でもあったのだ……。
ラギールを大切に思っているからこそ
ラギールが守りたかったものを、傷つけることを厭うたのだろう…。
ラギールの手紙を読んで感じた以上に、2人は絆を深めていたようだ。
アルトが歯をくいしばる音が聞こえた。
アルトもまた、彼が伝えたいことを正確に受け取ったのだろう。
「師匠は、守れてると俺は思う……」
アルトの返事に、彼が何かを口にしようとしたとき
彼の後ろにいた、蒼露様が淡く光る。
先程のような、強烈な光ではなく優しい光が蒼露様を取り巻いていた。
そしてその光がゆっくりと消えると、幼い子供の姿ではなく
艶やかな、華の様な女性が立っていたのだった。
「魔力は、完全に戻りましたか?」
各々が、その美しい姿に目を奪われ見惚れているというのに
彼は、蒼露様の容姿を少しも気にすることなく語りかける。
「戻ったが……。後味が悪すぎるのじゃ……」
綺麗な顔に、不機嫌という表情を張り付かせ
彼に文句を言う蒼露様に、鞄から何かを取り出し蒼露様に渡す。
「なんじゃこれは?」
「飴玉です。甘くておいしいですよ。
口直しに食べてみてください」
「ほうー」
甘いものと聞いて興味を引かれたのか、リボンを解き袋からひとつ取り出し
口に入れ、二三度口の中で転がして甘さを堪能してから
幸せそうに笑った。
「おいしいのう……」
本当に美味しいという表情を作っている蒼露様に、彼は軽く笑う。
私達の隣では、アルトとクッカが飴について話している。
先程までの、空気を微塵も感じさせない2人の会話に安堵した。
アルトと精霊の中で、納得できる答えが見つかったのかもしれない。
彼と過ごす時間が長いアルト達のほうが、彼の気持ちをより深く
理解しているだろうから。
「アルト様、飴玉というのは美味しいのですか?」
「美味しいよ! 師匠が作った飴は本当に美味しい!」
「クッカも食べてみたいのですよ」
「俺も食べたいな~。おなかすいた……」
その声が聞こえたのか、アルト達の視線を感じたのか
セツナが振り向き、2人を手招きして呼び
2人は期待を込めた目をして彼の元へ走っていく。
アルトは精霊の後ろに、精霊は両手をそろえてセツナの前に出していた。
鞄から、蒼露様に渡したのと同じものを2つ取り出して
1つは小さな精霊の手に乗せ、もう1つをアルトへと渡した。
嬉しそうに笑う2人。子供の笑顔と言うのは、見ているだけで幸せを運ぶ。
元いた場所へ戻ろうとした2人に、セツナが待つように声をかける。
「クッカ」
「はいなのですよ?」
精霊が振り向き首をかしげた。
彼は片膝をついて、精霊と視線を合わせると鞄から小さな服を取り出した。
「風邪を引くといけないから、これを着て」
暖かそうなクリーム色の外套。リボンで前をあわせるようになっているようだ。
慣れた手つきで、精霊に外套を着せる彼の表情は父親のように見えなくもない……。
アルトも私達も、外套を着用していたが精霊は半袖のワンピースに
可愛いフリルのエプロンをつけていただけだった。
「可愛いのですよ! でもクッカは、病気にはならないのでいらないのですよ?」
「寒くはないの?」
「少し寒いですが、精霊は病気にはならないのですよ」
「病気にならないのはいいことだけど、寒さを感じるなら
やっぱり、上着を着るべきだと思うな」
「そうなのですか?」
「そうだよ。暖かいほうがいいでしょう?」
「はい!」
彼は、外套の前をしっかりと合わせ
リボンを結び、最後に精霊の頭を軽くなでてから立ち上がった。
飴をなめながらその様子を見ていた、蒼露様とセツナの目が合う。
彼は少し考えてから、鞄から淡い青色の物を取り出し広げた。
どうやら、ストールのようだ。
ゆっくりと蒼露様のそばへと歩いていき、蒼露様の細い肩に
そっとストールをかけた。この情景だけをみれば、恋人同士に見えるかもしれない。
それほど、彼の行動は自然だったし彼の容姿も整っていることから
お似合いの2人といったところだ……。そう、まるで物語の挿絵のような……。
美しい神話の光景を見ているような、そんな錯覚に陥る。
「わらわがもらってもいいのかの?」
「寒そうですし」
「そなたの恋人への贈り物ではなかったのか?
いいものであろう? 肌触りが滑らかじゃ」
「そうですが……。今必要なのは、蒼露の……蒼露様のほうでしょう」
「精霊は病気にはかからぬが?」
彼の精霊と同じ事を言う蒼露様に、セツナが笑う。
「僕の……。彼女にはまた違うものを贈ります」
「そうか、では遠慮はせぬ。礼を言うぞ」
「どういたしまして。蒼露様の準備がいいのなら
そろそろはじめますか?」
「うむ……といいたいところではあるが」
「何か不都合でも?」
「いやな、わらわの側で精霊が泣いておるのじゃ……」
「なぜ?」
「わからぬ。気になって集中できぬから
先に彼女の話を聞こうと思うのだが……よいかの?」
「僕は大丈夫です」
蒼露様がうなずくと、誰もいない空間に話しかける。
「泣いてないで、ちゃんと話すのじゃ。
姿もみせるがいい」
一度瞬きした後に現れたのは、儚いという言葉が似合いそうな精霊だった。
【蒼露様……】
新しく現れた精霊の言葉は、私にはわからなかった。
「なぜ泣いているのじゃ」
【わたくしが守る森に、不気味な声が響くのです……。
姿は見えないのに、声だけが聞こえるのです……。恐ろしくて……】
話している言葉はわからないが、蒼露様に訴えかける精霊の瞳は
何かにおびえているようだった。
「師匠、あの精霊はどうしてないてるの?」
アルトがそう、セツナに尋ねる。
「うーん、森の中から不気味な声がきえるらしいよ」
彼は、泣いている精霊の言葉がわかるようだ……。
「ふーん」
「自分の住んでいる場所に、不気味な声が響くっていやだよね」
「確かにそうかも。それより、俺も精霊語覚えたい」
「そうだなぁ……アルトは先に共通語と獣人語を覚えないと」
「そうだけど、俺クッカに手紙書くって約束したんだ」
「そうなのですよ! クッカもアルト様にお手紙かくですよ!」
2人が同意するように顔をあわせて頷きあっている。
「クッカは共通語が読めるし書けるでしょ?」
「はいなのですよ。トゥーリ様に教えてもらっているのです」
「だから、アルトが共通語で書けばいいんじゃないのかな」
「えー。だってさ、師匠もトゥーリもクッカも精霊語わかるのに
俺だけわからないなんて、仲間はずれじゃないか!」
トゥーリって誰なんだろうか?
彼の恋人だろうか?
「まぁ、追々覚えていけばいいでしょう?
まずは、共通語と獣人語。色々混ざると混乱するしね?」
「そうだけど……」
「あせらなくていいから」
「うーーーーー」
少し不満顔のアルトに苦笑しながら、頭をなでる。
蒼露様のほうは、首をかしげながら泣き止まない精霊とまだ話していた。
私もハンクも、彼と蒼露様達を見ていることしかできない。
「いつから聞こえるのじゃその声は」
【7日……そろそろ8日になります】
「どんな声なのじゃ」
【泣いたり、叫んだり、怒鳴ったり……喚いたり。
悲鳴のような声も聞こえてくるんです】
「声だけなのかの?」
【ええ】
「他に、何か気がついたことはないのか?」
【……今日ここに来て気がついたことが】
蒼露様の問いかけに、なんと返事しているのかはわからないが
涙をためた精霊がチラリとセツナを見た。
【声が聞こえるあたりから、あの人間の青年と同じ魔力を感じました】
「……」
「え……?」
セツナがその声に振り返り、蒼露様はセツナを見た。
酷く驚いている様子に、彼が何かかかわっているのだろうか……。
「そなた、7日ほど前に森で魔力を使ったのか?」
「7日前に魔力ですか?」
「そうじゃ」
「使ったかな……?」
腕を組み考えているセツナを、全員が見つめている。
「7日前……森?」
首をかしげているセツナに、アルトが口を出す。
「師匠、7日前って言ったら
アイリを助けたあたりだ」
「あー……そうだね。
あ……?」
何かを思い出したのか、セツナが目を見開いた。
「あー……」
「心当たりがあるようじゃの?」
片手で口元を多い、眉を寄せながら苦い顔をしているセツナ。
「あります」
「何の魔法をかけたのじゃ」
「奴隷商人を逃がさない為の結界を……」
セツナの言葉に、ディルが反応する。
その様子を、横目で見ながら蒼露様がセツナに尋ねた。
「奴隷商人?」
セツナが、アイリを保護したときのことを簡潔に蒼露様に説明する。
「僕がその場で殺してしまうと、信じてもらうのが難しそうだったので
殺さずに閉じ込めてたんです。今日まで忘れてましたけど……」
「……」
「本当はすぐに身柄を渡すはずだったんですが
色々と解決したいことが沢山あってわすれてました。すいません。
怖い思いをさせてしまいました……」
最後に、泣いている精霊に頭を下げて謝るセツナ。
彼が奴隷商人を忘れていた理由は、半分以上が村人達のせいだろう。
セツナの謝罪に、泣いている精霊はフルフルと頭を振った。
【理由がわかれば、怖くない。
それに、貴方蒼露様を助けてくれたし……】
「本当にすいません」
セツナの心からの謝罪に、泣いていた精霊がふわっと笑った。
どうやら、許してもらえたのだろう。
【それじゃぁ……許してあげる代わりに
私にも飴を頂戴?】
悪戯っぽく笑う精霊に、セツナが頷く。
鞄から、先程と同じ袋を数個取り出すと彼の精霊に渡した。
飴をねだられたのかも知れない。
彼の精霊はその飴を受け取ると、泣いていた精霊に渡しに行った。
【ありがとう。後で仲間と一緒に食べることにする】
嬉しそうに笑う精霊に、セツナが安堵した表情を見せ
蒼露様が少し呆れたような声を出した。
「そなたはやはり、少し抜けておるな」
「……」
「声を通さぬようにできたであろう?」
「……忘れていたんです」
「……」
「……」
少し肩を落とすセツナの周りを柔らかい空気がとりまいた。
空気が少し揺れるような感覚が伝わる。
もしかすると、目に見えない精霊達が笑っているのかもしれない。
「しかしのう、泣いたり、喚いたりと言うのはわかるが
なぜ悲鳴が聞こえるのじゃ? 姿が見えず、悲鳴が聞こえれば
わらわでも、怖いと感じるではないか」
「ああ……それは、結界の中に魔物も一緒に閉じ込めておきましたから
きっと、追いかけられていたんでしょうね」
「……」
蒼露様が口を閉じ、セツナを凝視する。
私も自分の耳を疑ったし、ハンクも目を丸めていた。
「どういうことじゃ……。
なぜ、魔物も一緒に入れる必要がある?」
「子供を浚って、奴隷にしようという輩ですよ?
アイリが負った心の傷に比べると軽いものでしょう?」
「……軽い……?」
「軽いと思いますよ。6日目あたりまでは
食料もあったでしょうし、結界石もありましたしね。
この1日、2日は……地獄だったでしょうが……自業自得でしょう?」
「……いや、同意を求められてものう……。
同じ場所から、出ることができないというだけで恐怖だと思うが」
蒼露様の言葉に、彼は口角を上げるように笑ったが
その瞳は、少しも笑ってはいなかった。
読んで頂きありがとうございました。