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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ハイドランジア : 冷酷 』
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『 僕と精霊の過去 』

 僕と蒼露の精霊との会話を、ただ黙って聞いている村人達に

蒼露の精霊は優しいまなざしを向け声をかけた。


「そなたらは、もどってよい。

 もどらぬのなら、楽にして座っているがよい」


彼女の言葉に、皆はディルさんに視線を向けた。

ディルさんは、一度立ち上がりそしてその場にまた座る。

村に戻るつもりはないようだ。他の獣人達も同様に座りなおしていた。


自分達の信仰する神の眷属であり、そして自分達を助けてくれる精霊の側に

僕だけを残して立ち去るという選択肢はないのだろう。


そんな彼等に、蒼露の精霊は少し苦笑を浮かべながら視線を彼等から

蒼露の樹へと移す。蒼露の樹を見た彼女の表情はとても辛そうだった。


「この樹はの、サーディア神が植えられたものじゃ。

 魔力を持つ事が出来なかった、獣人族の為に植えたものじゃ」


何かを思い出すように、懐かしそうな視線を遠くのほうへと向けている。

彼女には、何が見えているんだろう?


「わらわは、サーディア神に創りだされた最初の女神の1人じゃった。

 妹が3人いたが……今は、サーディア神の側で眠っておる」


蒼露の精霊の語る言葉に、誰もが息を呑んで驚く。

精霊樹が、神々の時代から残る樹だとは誰も思わなかっただろうし

この樹の精霊が、元女神だったなんて想像もつかなかっただろう……。

どうして、女神が精霊と呼ばれるようになってしまったんだろか

それに、なぜ彼女だけ神と一緒に眠らなかったのか知りたかった。


「……上位精霊はみな女神だったのですか?」


「いや、女神と呼ばれていたのはわらわと3人の妹だけじゃ。

 サーディア神が創った女神が2人、エンディア神が創った女神が2人

 わらわが一番最初に創られたのじゃ。

 わらわ達は、神の肉体の一部から創りだされ

 他の精霊たちは、サーディア神の吐息から創りだされたのじゃ」


「なぜ……」


先ほど神々の歴史について触れようとした時

語れないと言われた事を思い出し、途中で口ごもってしまう。

そんな僕に、彼女は寂しそうに笑った。


「わらわはのう、サーディア神がお創りになったこの獣人族を守りたかったのじゃ。

 しかし、グラディア神が神と名のつくものはこの世界に干渉してはならぬと

 仰せになった。だからの、私は女神の名を捨て精霊となる事に決めたのじゃ。

 精霊ならば、サーディア神が最後に残された(ねがい)も手伝う事が出来るとおもうてな」


「……」


「だが……わらわの力は、精霊となっても強かったのじゃ。

 だから、この樹と共にあるのならという条件付で特別に許された……。

 この樹の精霊となる事で、ここに残る事を許されたのじゃ」


行動を制限されたという事なんだろう……。

神々の時代の歴史……。この世界がどれほどの歴史を歩んでいっているのか

僕は知らない。僕の頭の中にある情報もそれほど多くはなかった。


「僕達に、神々の歴史を教えてもいいのですか?」


「神々の歴史は話せぬ。今のはわらわ自身のことじゃ

 そうであろう?」


蒼露の精霊の、少し悪そうな笑いを見て僕も軽く笑う。


「しかし……わらわと共にあったこの樹の命が尽きようとしておる……」


蒼露の精霊の言葉に、黙って座っている彼らが沈痛な面持ちで彼女を見つめていた。


「この樹が、枯れてしまったら貴方はどうなるのですか……」


「……わらわの命も尽きるだろうの」


「……」


女神のまま居たのなら、眠る事になろうとも

死ぬ事はなかったはずだ……。彼女が、樹と共にある事を拒んだのなら……。


蒼露の精霊は目を細めながら、愛しそうに周りを見回した。

その瞳は、慈愛に満ちている。


「わらわは、後悔はしておらぬ。

 サーディア神が残された、この樹と共に生きてこれた事を嬉しく思う。

 そして、彼等が今生きている事に喜びを感じるのじゃ」


蒼露の精霊は、命の終わりを受け入れていたのだろう。

だけど、何かを見つけてクッカの体に入り出てきたに違いない。

そうでなければ、自分の力を最後まで樹に与えるはずだ。


「本題に入りましょう」


僕の言葉に、蒼露の精霊は頷いた。


「このままいけば、蒼露の樹の命はあと3日といったところだの。

 この樹が、病に冒されてからずっとわらわの魔力を与え進行を遅らせては来たが

 わらわには、病を治す事ができなんだ。わらわは幼き精霊と同じ水と土の精霊だからの」


「神が植えた樹も、病にかかるんですね」


「サーディア神が眠りにつかれてから、遥か長き時が過ぎておる。

 神の加護も薄れるというもの……わらわが女神のままであったならば

 加護が薄れる事もなかったのだがの……」


そう言って寂しそうに笑った。

その笑みが、不甲斐ないと自嘲するような笑みに見えて

僕は思わず口を開く。


「……蒼露の樹は、この国になくてはならないものだと僕は思います。

 貴方が精霊としてここに在る事を選んだから……この国は在る」


「……」


「貴方が女神のままならば

 今この国はない。僕はそう思います」


少し驚いた表情を作る蒼露の精霊に、僕は頭を下げた。


「すいません」


「いや……。不快になったわけではない……。

 この幼き精霊の器に入っているからだろうかの。

 そなたがとても身近に感じるのじゃ。わらわは精霊だというに

 そなたに守られておるような感じがするのじゃ……不思議だの……」


そう言って首をかしげる蒼露の精霊に、僕は手を胸に当て蒼露の精霊の目を見つめたまま

少し頭を下げる。


「僕でよければ、いつでも貴方様をお守りいたしましょう」


僕の台詞にか、それとも態度にか唖然とした表情を見せる蒼露の精霊。

はたから見れば、僕の顔は悪戯に成功したような表情をしているんじゃないだろうか。

蒼露の精霊は一度俯き、肩を震わせた。


「ほ……」


「ほ?」


「ほほほほほほほ」


そして次に顔を上げた時には、とても楽しそうに笑っていたのだった。

声を上げて笑う蒼露の精霊に、僕もそして周りの皆も目を奪われた。

ひとしきり笑い、落ち着いたかと思うとまた笑う。


何がそんなに面白かったのかと、僕は首をかしげる。

少し、騎士の真似事をしたに過ぎない……。


「ほほほ……。そなたの姿がのう……。

 子供達が、竜騎士の真似事をして遊ぶ姿に似ていてのう……。

 ほほほ……ほほほほほ」


「……」


「わらわにとっては、全てが子供のようなもの。

 なにやら微笑ましくてのう……」


子供と同一に見られたことに、僕は肩を落とす。

確かに、神々の時代から生きている蒼露の精霊(女神)にとって

全ての生き物は子供みたいなものだろうけど……。


蒼露の精霊は、僕を見て優しく微笑み

そして、スッ表情を真面目なものに変えた。


「正直、諦めておったのじゃ。

 後……わらわができることは、残りの魔力を最後までこの樹に与えることだと

 だが、そなたの手の中にある1枚が気になっての」


蒼露の精霊は僕に手を伸ばした。

僕は手に持っていた葉を全て渡す。


「蒼露の葉もそうじゃが、神が作り出したものは

 魔法がかかっておることが多い。そこに、違う魔力を当てると

 本来の魔法と混ざり合い、全く違う別のものになってしまうのじゃ」


蒼露の精霊の説明に、僕が抱いていた違和感が消えていく。

3枚とも違う感じがしたのは、それぞれに当てた魔法が違ったからだ。


「だから、そなたが気がつかず風の魔法や時の魔法でこの樹を癒していたら

 本来の蒼露の葉とは、かけ離れたものになっていただろうの」


「その場合、貴方はどうなっていたのですか?」


「おそらく、消えていただろうの」


蒼露の精霊の言葉に、僕は早まらなくてよかったと安堵した。


「だが……この1枚は……。

 本来の蒼露の葉じゃ……」


僕が能力を使って、癒した葉を取り出し眺めてから僕を見た。

そして何かを口にしようとするが、一度口を閉じ両手を叩くようにあわせた。


「幼き精霊が、結界をはれというのでな」


「ありがとうございます」


「さて、この会話は誰にも聞こえぬ。

 なぜこの葉だけが、本来の蒼露の葉なのか教えてはくれぬか」


僕と精霊の話が急に聞こえなくなった事に、周りの人たちは

動揺していたようだけど、結界を張ったのが僕ではなく蒼露の精霊ということから

誰も何も言わなかった。


「その葉だけは、僕の能力である。癒しの能力を使いました」


「……そなた、能力もちなのか。それもまた、稀有な能力をもったものじゃ」


「僕の能力でなら、蒼露の樹を治すことは可能ですか?」


「……可能じゃ。そなたしか治せぬだろう」


「僕の能力でこの樹を治せたなら、貴方も生きる事が出来ますか?」


先ほど、自分の魔力をずっと与えてきたと言っていた。

それは、自分の命を削ることだ……。蒼露の樹を癒すだけでは

蒼露の精霊は助からないかもしれないと思って尋ねてみる。


答えはやはり、僕が想像していた通りの答えだった。


「……それは無理だろうの。わらわ自身の魔力が足りぬ」


「……」


「わらわの魔力は、ほぼ空に近い。

 この場に出てくるのために、最後の魔力を使ったからの……。

 幼き精霊の器から離れれば、わらわは消える」


「僕の魔力を使うというのは?」


「わらわが回復するだけの魔力があるようには見えぬ」


「姿が保てるだけの魔力があれば、後は徐々に回復していけますか?」


「暫くは無理かも知れぬ。この樹だけではなく

 他の村にある樹も回復させなければならぬからの。母体であるこの樹が

 無事ならば、徐々に回復してはいくが……魔力を送ってやると

 その分早く回復するからの。病や怪我で苦しんでいる獣人族は多かろう……」


辛そうに顔をふせる蒼露の精霊。


「精霊は竜の血を飲んでも大丈夫ですか?」


僕の言葉に、零れ落ちそうなほど目を見開いて僕を凝視する。


「大丈夫じゃが……。そう簡単に手に入るものではなかろう?」


「……」


ここで少し気になった事を質問してみる。


「竜が自分の血を飲んでも、魔力は回復しないんですか?」


「せぬ。竜族は、同族の血や肉が受け付けぬように出来ておる。

 わらわも、飲みたくはないがの……」


飲みたくはないが、魔力が回復するなら仕方がないと

いったところだろうか。とりあえず、蒼露の精霊も蒼露の樹も助ける事ができそうで

ほっとする。


「僕の魔力を今から渡します。受け取ってもらえますか?」


「いや……無理じゃと言っておろう。そなたの魔力量では無理じゃ

 そなたが死んでしまう」


蒼露の精霊が止めるのを聞かずに、僕はゆっくりと魔力を解放していく。

徐々に増えていく魔力に、蒼露の精霊が慌てた。


「待て待て……待て!

 何じゃその魔力は! そなた、今まで魔力を抑えていたのか?」


「そうです。抑えていないと……色々大変な事に……」


ある程度解放してから、手の中にゆっくりと魔力の塊をつくっていく。

姿を作るぐらいの魔力量なら、魔力制御の指輪を外さなくても大丈夫そうだ。


「必要な魔力量になったら教えてくださいね」


蒼露の精霊は、僕を凝視しながらもしっかりと頷いた。


「そなた……風と時以外にも魔法が使えるであろう……」


「……使えますが、黙っててもらえますか?」


「かまわぬが、魔力はもう外にダダ漏れじゃ」


「え?!」


僕が後ろを振り向くと、青白い顔をした村人たちが僕を見ていた。

きっと……彼らのいる場所は、重苦しい空気が圧し掛かっているような

状態だろう。僕が張った結界ではないことを思い出し少しあわてる。


「うわ……どうしよう……」


とりあえず、蒼露の精霊が張った結界の上に魔力が流れないように

僕の結界を重ねるが……どう言い訳しようか。


「仕方がないやつだのう。魔力の半分は幼き精霊の分を使ったと言うのじゃ」


蒼露の精霊の提案に、僕は深くうなずいた。


「それだけの魔力を持つということは

 そなたは、異なる世界の子孫なんじゃろうな。

 血が薄まってもまだ、ここまでの魔力を持つものが生まれるか……」


僕にというよりは、独り言のようにつぶやいた。


「……異なる……世界?」


僕の鼓動が少し早くなる。

僕が聞き取った言葉を口にのせると、蒼露の精霊はハッとしたように僕を見た。


「……今の言葉は、聞かなかったことにするのじゃ」


「……」


あまりにも真剣な蒼露の精霊に、僕はそれ以上聞く事ができなかった。

しかし、蒼露の精霊のさす "異なる世界の子孫"というのは

ガーディルの召喚で呼び出された勇者とは違うようだ……。


神々の歴史とガーディルの召喚陣……何か深いつながりがあるのだろうか?

僕は一度頭を軽く振り、思考の中に入りかけるのをとめる。

先ずは、魔力を渡して蒼露の精霊を回復させることからだ。


「まだ足りないですか?」


僕の手の中の魔力は、ソフトボールぐらいの大きさになっていた。


「いや、それで十分じゃ……。

 そなた、まだ魔力に余裕があるみたいだの」


「足りないなら、まだ大丈夫ですよ?」


「いや、それでよい。渡してもらえるか」


「このまま渡せばいいですか?」


僕の言葉に蒼露の精霊はうなずき、手を出した。

その手の上に、魔力を落とそうとした時、結界を叩き僕を呼ぶ声が聞こえた。


「師匠!!」


アルトの切羽詰ったような声に、思わず振り返る。

2日……そろそろ3日、ぶりに見たアルトは元気そうだが

今はその耳がアルトの気持ちを物語っていた。

息を切らしていることから、僕の魔力を感じて走ってきたのかもしれない。

アルトの後ろには、狼の長とアルトと同じ髪の色をした獣人が立っていた。


きっと彼が、蒼の長かもしれない。僕は軽く頭を下げる。

すると、蒼の長らしき人は軽くうなずいてくれた。

僕はアルトに心話で簡単に理由を話し、そこで待っているように告げる。


アルトは少し安心した表情を見せ、僕に笑って頷いた。


「あの青狼の子供……難儀な色を持ったものだの……」


アルトを見て、蒼露の精霊はつぶやく。


「お待たせしてすいません」


「いや」


今度こそ、蒼露の精霊に魔力を渡す。

僕の手から、蒼露の精霊に魔力が渡った瞬間

クッカの体が光り、徐々に目を開けていられないほどの光を纏った。


光が収まった所に立っていたのは、クッカとクッカと同じぐらいの背丈の

可愛い女の子だった。




読んで頂きありがとうございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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