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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 連翹 : 叶えられた希望 』
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『 俺とじいちゃんとラギール 』

* アルト視点

 夜ご飯が終わって、俺に用意された部屋に戻る。

いちいちいちいちうるさい、(じじい)が居なかった事に少し驚いたけど


師匠と離れてから、蒼の長に会うまでずっと

人間は信用できないとか、師匠は何を企んでいるんだとか

俺の腕輪をはずしてよこせとか……ずっと隣で言い続けられたことに

俺はうんざりしていたし、言葉遣いが悪くなったのもじじいが悪い。


師匠から、目上の人には丁寧に話せって言われているけど

無理だ。俺だって最初は我慢して、ちゃんと受け答えしていたんだ。

だけど、無理だとわかった。俺は頑張ったから、師匠に怒られないはずだ!


壁にかかっている時計を見ると、そろそろ10時になる頃だ。

ご飯が6時頃だったので少しお腹がすいてきた。


リペイドに居るときに、王妃様やエリーさんやソフィアさんが

俺にくれたお菓子を鞄の中に詰め込んでいたので、俺の鞄の中は

お菓子でいっぱいだ。毎日少しずつ食べているけど、もう暫くお菓子に困らない……かな?


鞄から数個の焼き菓子を取り出して食べる。


「……」


師匠と一緒なら、もっと美味しいのに。

もそもそと食べ終わり、窓のほうを見た。

少し周りの気配を探って、誰も居ない事を確認してから窓を開けて外にでる。


蒼の長には、じいちゃんの話を聞きたいと言われていたけど

俺は、今すぐ師匠のところへ帰りたい。蒼の長とも会ったし

じいちゃんに頼まれていた物も渡したから、ここにもう用はない。

来た道も覚えてるし一人で帰れる。


いざとなったら……師匠がくれた魔道具を使えば

すぐに師匠のところへいけるしな……。

緊急の時しか使っちゃ駄目だって言われてるけど……。


俺は気配を消しながら、村の中を進む。

門の前には誰か居るかもしれないので、人の気配が少ない所へと歩く。

暫く歩くと風の流れと一緒に、誰かの話し声が届いた。


途切れ途切れでわからないけど、この匂いは蒼の長とじじいだ。

少し周りを見回してみると、2人の背中が見えた。

違う道を探す為に、引き返そうとした瞬間


じじいが跪いて肩を落とした……。

何を話しているかは分からないけど……泣いているように見える……。

気になって、2人に気がつかれないように慎重に近づいて隠れた。


じじいが涙を落としながら、苦しそうに話している声が聞こえる。


「あやつは幸せだったろうか?

 独りで何を想って逝った……。

 せめて、手紙にでもわしへの恨み言書いてくれればよかったものを」


「手紙を読んだろう? ラギールは独りで死んだわけじゃない。

 アルトとセツナという人間がいたんだろう?」


じいちゃんの事を話してる?


「そんな手紙……本当かどうか分からないではないか」


「……」


「わしがあやつの……幸せを奪った…」


「……ハンク」


「わしが……ラギールを……」


やっぱりじいちゃんの事を話しているみたいだ……。

ゆっくりとこの場を離れようとしたけれど動けなかった。

じじいの苦しそうな声が心に残る。


「……異国で、独りで……死ぬのは辛かっただろうな……。

 ラギールを不幸にしたのは……わしじゃ……」


その言葉を聞いた瞬間、俺は違うと思った。

じいちゃんとじじいの間に何があったのかなんてしらないけど

じいちゃんは、ちゃんと幸せそうに笑ってた。


俺は思わず、2人の前へと飛び出す。


「じじい! 勝手な事ばかり言うな!

 じいちゃんは、最後まで笑ってた! 毎日笑って生活してた!

 ここへ帰れないのは寂しいって言ってたけど……それでも、不幸じゃなかった。

 勝手に、俺のじいちゃんを不幸にするな! 幸せじゃなかったって決め付けるな!」


俺が急に出てきたからか、2人とも驚いた表情を俺に向けている。

じいちゃんは、家族が好きだと言ってた。だから、家族と会えなかったことは

不幸だと思う。だけど、それだけじゃなかったはずだ。じじいが言うような

不幸だけじゃなかったんだ。師匠が俺に教えてくれたように、俺はじいちゃんの

笑顔を信じてる。


「……アルト君、どうして君がここにいるんだい?」


「……師匠のところへ帰ろうと思ってた」


「……」


「……」


俺がそう言うと、蒼の長は困った顔をして笑った。


「君は本当に、師匠が好きなんだね」


「うん」


じじいは、ただじっと俯いているだけだった。


「じいちゃんも、師匠が好きだったよ」


「そうなのかい?」


「うん、毎晩お酒を飲みながら師匠と話すのが好きだったみたい。

 俺が寝てから、こっそり美味しそうなものを食べてるのを見た」


「そう」


蒼の長は少し笑う。


「じいちゃんと俺と、よく師匠に叱られたし……」


「ラギールも?」


「うん、じいちゃんと一緒に悪戯を考えて師匠に仕掛けるんだけど

 なぜか師匠にばれてしまうんだ……。それで怒られる」


蒼の長が、座るように俺に言うから

俺が座ると、中腰だった蒼の長も座る。周りの空気は少し冷たかったから

結界針を取り出して、地面にさすと風が通らなくなって暖かくなった。


俺は、じいちゃんとの思い出を一生懸命2人に話した。

庭で食事会をしたこと、ノリスさん達がよく遊びに来た事。

ジャッキーの首がもげた事。じいちゃんに、戦い方を教えてもらった事。

そして、師匠とじいちゃんが戦った事。


……じいちゃんが死んだ朝の事。

じいちゃんを、俺と師匠とサイラスさん達とで見送った事。

師匠が、じいちゃんの墓標の周りに花を埋めた事。

じいちゃんから、俺宛の手紙も特別に見せてあげた。


蒼の長は、俺の話を相槌を打ちながら聞いてくれていた。

じじいは……ずっと黙ったまま俺の話を聞いている。


「本当は、簡単には見せちゃいけないって師匠から言われてるけど

 蒼の長と、じじいにだけ見せてあげる」


俺は首から、師匠から貰った水晶を取り出す。

蒼の長の手を取り、蒼の長にじじいの背中に触れるように言った。

これで、俺と同じ映像が2人にも見えるはずだ。


じいちゃんと、師匠の戦いが記憶されている水晶。

何度も見て、分からないところを師匠に聞くと必ず俺の背中を触って

一緒の場面を見ていたから、俺が誰かに触ったり触られたりしたら

同じものが見えるんだって気がついた。


師匠に確認するとそうだって言ってた。

だけど、本当に信じることが出来る人にしか見せちゃ駄目だって言われた。

蒼の長もじじいも……じいちゃんの親友で、そしてとても悲しんでる。


悲しい気持ちは分かる。

自分を責める気持ちも分かる……。俺だって、もっとじいちゃんに

何かしてあげればよかったって思ったから。


じじいがどうして、自分を責めているのか理由は分からないけど

じいちゃんが、幸せだったのかどうかが気になっているなら

この戦いを見れば、決して不幸じゃなかったっていうのが分かると思うから。


「展開」


俺がそう呟くと同時に、師匠とじいちゃんの会話から流れる。

俺にはまだ、難しい言葉や意味が理解できないところが多いけど……。


じいちゃんの姿に、蒼の長も涙を見せた……。

そして「ふけたなぁ」と泣き笑いの表情で呟いた。


頭に浮かぶ映像と声に

2人とも、呼吸さえ忘れているんじゃないかと思うほど真剣だった。

じいちゃんと師匠の戦闘で、息を呑み、蒼の長の手にぐっと力が入る。


そして、映像が途切れた瞬間2人は緊張が途切れたように息を吐き出した。


「ネルの……言っていた事が正解だったようだね」


「ああ……あやつは、死ぬ間際であっても癖がなおらなかったんだな」


2人は、今の映像で何を見つけたんだろう。

気になって、蒼の長を見つめていると少し苦笑して教えてくれる。


「ラギールが……家族の事を話すところがあるだろう?

 その時、ラギの右耳が少し動いているのが分かるかな?」


俺がもう一度「展開」と呟くと映像と声が流れる。

そして、じいちゃんの耳をじっとみていた。


"妻と子供といる時間はもちろん楽しかった。

 だが……その幸せを壊してまでも、私は戦いに溺れたのだよ"


"家族を捨てたこと事は……後悔というより、私が愚かだったのだ

 そう……唯唯…… 愚かだったのだ"


じいちゃんのこの言葉の所で、蒼の長の言う通り

右耳が動く。


「ラギールはね、昔から嘘をつく時必ず右耳が動くんだ。

 だから、すぐにそれが嘘だと分かる」


じじいが、何かを思い出したのか低い声で笑った。


「何が嘘だったの?」


じいちゃんが嘘をつく理由が、俺には分からなかった。


「ラギールはね……きっと、家族の事を忘れた事などなかった。

 戦いに溺れた訳じゃないんだ……。家族を捨てたくて捨てたんじゃないんだよ」


「……」


「本当は、幸せを壊したくなかったはずだ。

 息子も可愛い盛りだった……。ネルのことも愛していた……」


そこで、蒼の長は一度大きく息を吸い吐きだして

自分の気持ちを落ち着けているようだった。


「彼はね、この村と家族を守る為に出て行ったんだ。

 私達とネルに本当のことを告げずにね。だけど、ネルだけは

 ラギールの事をちゃんとわかっていたようだね」


「ネル?」


「ラギールの奥さんだよ。彼女は、ラギールをずっと信じていた。

 ラギールの一番の理解者で……彼を一番愛した人だよ」


「どうして、じいちゃんは嘘をついたの?」


「後悔の少ない道を選ぶ為……だったんだろうね。

 自分の幸せと、自分の村や愛する家族が傷つくかもしれない未来を

 天秤にかけて、自分の幸せを捨てたんだ」


「どうして本当のことを言わなかったの?」


蒼の長もじじいも、顔をゆがめて寂しそうに笑った。


「きっと、私達が止めると思ったからだろうね……」


「俺や師匠にまで、嘘つかなくてもいいじゃないか」


俺は少し、悲しくなってそう告げる。


「怒らないであげてくれるかな。ラギールの意地だったんだろうから。

 墓の……中まで、自分の想いを持っていく覚悟をしてこの村を出て行ったのだろうから」


じじいが、何かを言いかけるのを蒼の長が目で止めた。


「よく分からないけど、じいちゃんがそう決めたって事?」


「そう」


「なら、仕方ないよね」


俺の返事に、蒼の長は優しく笑って頷いたのだった。


「アルト君、宝物を見せてくれてありがとう。

 ラギールは、君と過ごして本当に幸せだったようだね」


「うん」


「その水晶を君に渡したのは、君の師匠かな?」


「うん、じいちゃんが俺の為に残してくれたものだからって

 師匠は、獣人の能力を教える事が出来ないから自分で頑張れって」


「そうか」


「俺は、じいちゃんと師匠と同じぐらい強くなるって決めてるから

 頑張るんだ」


俺は静かに、俺を見ているじじいの目を見て言い切る。


「じいちゃんは、悲しみの中にずっと居たわけじゃない。

 幸せな時間もあったんだ。独りで死んだんじゃない。

 俺と師匠で見送った。だから、じじいの気持ちは

 余計なお世話って言うんだ」


俺の言葉に、蒼の長は目を丸くしてじじいは目元を細めて

そして、何かを吹っ切ったように笑った。


「あははははははは」


「くくく…… 」


「確かに、余計なお世話かもしれないね。

 人の幸せや不幸を、他人がはかれるわけがないものね……」


「ふん、小童が」


「なんだと! このくそじじぃ!」


「誰がくそじじいじゃ!」


「お前しか居ないだろう!」


「口の悪い……小童の師匠がそんな言葉を教えたのか」


「違う。じいちゃんだ!」


「……ラギール」


「あやつめ……」


そう言って、2人がまた笑う。


「ラギールはね子供の時、村の長の事をそうやって呼んでいたんだよ」


「へぇー。きっと、じじいみたいなむかつく性格だったんだね」


2人は何かを思い出したのか、暫く笑い続けたのだった。

その姿に、俺は少しほっとした。

じじいはむかつくけど、泣いている姿はやっぱり見たくなかった。

じじいが、俺の事を心配してくれている気持ちは分かっていたから。

分かっていても、無理なものは無理だけど。


笑いが収まってから、蒼の長が師匠のことを話す。


「しかし……。君の師匠は凄いね?」


「うん、師匠は最強だから」


「竜紋が出ている、ラギールの拳を魔法強化だけで受けるとは……」


「じいちゃんも驚いてた」


「そりゃ驚くだろうね……。君の師匠も竜の加護を持っているんだね?」


「……」


その質問に俺は答える事はできない。

だけど、この映像を見れば師匠が指輪を貰った時点で俺に渡している事から

加護を持っていると分かる。


「やっぱり、君の師匠とは一度会っておきたいな。

 明日にでも、私も一緒に行こうかな」


「ふん、あんなへなちょこに会う必要がどこにある」


「……」


「……」


じいちゃんと師匠との戦いを見て、師匠をへなちょこといえる

じじいが凄いと思った。明日、蒼の長も一緒に来る事になったから

俺は今日もう一日、この村に滞在する事になった。


どれぐらい時間がたったのか、分からなかったけど

師匠とじいちゃんの話を、2人は楽しそうに聞いていた。

時折、寂しそうな悲しそうな目をしながら。


大体話し終わった後、そろそろ戻ろうかと蒼の長が言ったと同時ぐらいに

師匠の魔力が空気に混ざるのが分かった。


「師匠!?」


この近くで師匠が魔力を使っている。

師匠がこの近くに居る! 俺は、結界針を抜いて走り出そうとした瞬間

蒼の長に腕を掴まれた。蒼の長の顔が真剣な事から、長も魔力を感じたようだ。


「アルト君」


「この魔力は師匠のだ。

 師匠がこの近くいる。魔力を使って何かしてる」


俺の言葉に、2人の顔に緊張が走った。

師匠のところへ行くから、腕を離して欲しいといっても

蒼の長は離してくれない。気持ちが焦っているところにトリンさんが駆けてくる。


「ロシュナ様!」


「どうかした?」


「蒼露の樹に魔物が近づき傷つけたようです!」


「なに?!」


「今日の警備の者達はなにをしておったんだ!」


じじいが、蒼白になりながらトリンさんを怒鳴る。


「詳しい事はわかりません」


「すぐに向かう」


「わしも行く」


蒼の長とじじいが、慌てた様子でそう答えた。

もしかすると、師匠も魔物と戦っているのかもしれない。


「アルト君は……」


「俺も行く」


真っ直ぐ蒼の長を見て答える。


「置いていっても、抜け出しそうだね……。

 トリン、村のものを集めて待機させてから

 君も後から来るように」


「はい」


蒼の長とトリンさんが、打ち合わせをしている間にも

師匠の魔力はどんどん強くなっていく。


それほど強い敵なんだろうか……。俺は長達と一緒に

師匠の魔力を感じながら、師匠がいる方向へと歩き始めた。






読んでいただきありがとうございました。

刹那の破片:『亡き友と私達』をUpしました。

読まなくても、本編は分かります。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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