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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 連翹 : 叶えられた希望 』
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『 僕と心の休息 』

 テントの近くに、少し大きめの布をひき

クッションを頭の下に敷きながら、僕は柔らかい朝日を浴びていた。

季節は冬に入ろうとしているので風は冷たい。だけど、結界を張り

冷たい風を遮断すれば、そこは温室のように居心地のいい場所となっていた。


僕の左横では、ユウイとムイが毛布をかぶり気持ちよさそうに寝ている。

アイリは僕の右側で、ノートに書かれた問題を一生懸命に解いていた。



目が覚めてから、普段通りの生活をしているけれど

正直、昨日の精神的ダメージがまだ回復していなかった。

何をする気力もわかないから、日向ぼっこでもしようとゴロゴロしていたら

朝ごはんを食べ終えた、アイリとユウイが遊びに来たのだ。


昨日熱を出していたけれど、今日のアイリの顔色はとてもよく

ずっと気に病んでいたことも解決したからか、アイリの表情は明るくなっていた。


僕が靴を脱いで、少し厚めの布の上で寝ているのを見つけたアイリ達は

最初キョトンとした顔をしていたが、手招きすると同じように靴を脱いで

布の上に上がってきた。


上半身を起こし、2人にクッションと薄手の毛布を渡す。

2人はクッションの上に座り毛布を足元にかけ

他愛もない話を話しはじめる。


ムイがユウイの毛布の上に上り、ムイとユウイが遊びはじめるのに

そう時間はかからず、1人と1匹がドタバタと暴れる横で

僕は、ディルさんからの伝言をアイリから聞く。


「アルトはまだ、蒼の長に会えてないんだって

 だから、ここに戻ってくるのにもう少し時間がかかるって

 お父さんが言ってたよ」


「そうか……。それなら僕は、暫くここでのんびりしておくかな」


アルトの状況を知る事ができて、少し安心する。

とりあえず、暴れてはいないようだ……。

僕が、心の中で不穏なことを考えているとアイリが僕を見て、テントを見て

「師匠、このお家で寒くないの?」とアイリが心配そうに聞いてくれた。


「寒くないよ。ここは寒い?」


「寒くない」


「この場所にも、あの家にも、魔法をかけてあるから寒くないんだよ。

 心配してくれてありがとうね」


「魔法って凄いね」


ほぅっとため息をつきながら

憧れを宿した目で、僕を見る。


「便利なのは便利だよね」


「私も師匠みたいに、魔法を使う事が出来たらいいのに」


「アイリには魔力があるよ」


「え?」


本当に驚いたような顔をしてアイリは僕を凝視する。

その表情を見た瞬間、僕はしまったと思った。

気が緩みすぎて、言わなくてもいいことを言ってしまった。

しかし、いまさらなかった事にも出来ない。


「アイリには、魔力がある。

 属性は僕と同じ風属性だね」


「魔力があるの? 本当に? 本当にあるの?」


少し興奮した様子を見せるアイリに僕は頷く。


「あるよ」


「師匠、教えて! 魔法、使えるようになりたい」


「うーん……。もう少し大人になってからのほうがいいかな」


僕の言葉に悲しそうな顔をするアイリ。


「どうして? どうして今じゃ駄目なの?

 私が魔法を使えたら、病気を治したり怪我を治したりできるでしょう?」


「そうだけど、魔法は便利だけどアイリが考えるほど万能じゃないんだ。

 アイリ、僕は普通の魔導師よりも魔力が多いからユウイやシーナさんを

 治せたんだよ。アイリが大きくなっても僕と同じことは出来ない。

 これは、アイリだけじゃなく大体の魔導師はそうなんだ

 エイクさんも、僕の魔法に驚いていたでしょう?」


僕を基準に魔法を考えているようなので

アイリが将来魔法を覚えたときに、自分に力がないと誤解しないように

釘を刺す。アイリの目が少し曇った。


「魔法にも、できる事とできない事があるんだよ」


「師匠と同じ事ができないから、教えてくれないの?」


「そうじゃないんだ。アイリが魔法を使えるようになるのは

 僕も賛成だよ。アイリの魔法がきっと、みんなの助けになるからね」


「じゃぁどうして?」


「魔法の制御はとても難しいんだ。

 自分の感情を制御しなきゃいけないからね。アルトにも魔力があるけれど

 僕はアルトにもまだ魔法を教えるつもりはないんだよ」


「アルトにも?」


「うん、アルトもアイリも今は沢山遊んで

 沢山勉強する事が大切だと思うから」


「……」


「ちゃんと制御できないと、魔力は暴走する。

 魔力の暴走は、自分だけでなく人も傷つけてしまう」


僕は魔力を手のひらに集め、少し離れた位置にある岩にぶつけた。

一瞬で粉々になった岩に、アイリは少し顔を青くした。


「だから、魔法を学ぶのはもう少し大人になってからね。

 自分ひとりで魔法を使おうとしてはいけない。約束できる?」


「……」


返事をしないアイリに、苦笑が浮かぶ。


「アイリが大人になってから魔法を学ぶって約束してくれたら

 アイリが、魔法を使えるようになったとき

 他の人が使えない魔法をいくつか教えてあげる」


「……他の人が使えない?」


食いついてくれたかな?


「うん。僕が考えた風の魔法だよ」


「……本当に教えてくれる?」


「うん。約束する。だから、アイリも約束してくれるかな」


「……約束する。絶対、絶対忘れないでね?」


アイリに頷き、そういえばユウイの声が聞こえないと思い

隣を見てみると、ユウイとムイが並んで気持ちよさそうに眠っていた。


遊びつかれて、すやすやと眠るユウイに毛布をかけて

僕もコロリと転がった。


「アイリも、寝転がったら?

 お日様が気持ちがいいよ……」


アイリは少し考えて、自分の鞄からノートと鉛筆を取り出すと

僕の横に寝転んで、ノートを開いて問題を解き始めたのだった。


アイリが時々質問をしてくるのに返事を返しながら、光を浴びていると

本気で眠たくなってきた……。ふと隣を見るとアイリも眠ってしまったようだ。


アイリに毛布をかけ、ノートと鉛筆を少しはなれたところへ置き

僕も欠伸をしながら、目を閉じたのだった。

結界の外で、呆れたような視線をこちらに向けている人達に気がつく事もなく

柔らかな眠りの中へと引き込まれていった。


どれぐらいの時間が立ったのか、誰かが結界を叩いている……。

アイリとユウイはまだ寝ているようだ。


「おーい。俺も入れてくれ」


昨日聞いたような呼びかけに、目を開ける。

結界を叩いていたのは、エイクさんだった。

僕達が靴を脱いでるのを見て、エイクさんも靴をぬいであがる。


「この中……暖かくて気持ちがいいな……。

 2人が幸せそうに寝ているわけか」


アイリとユウイを見て、軽く笑う。


「お前は……大丈夫なのか?

 調子が悪そうなのは、昨日魔力を使いすぎたからだろう?」


少し罪悪感のような感情を、視線に乗せ

心配するように、僕に尋ねる。


「いえ、魔力はまだ余裕がありましたから。

 体調は悪くないですよ。ただ……」


「ただ?」


精神的に疲れていたから、何もする気力がないなどと言えるわけがない。


「お天気がいいので、日向ぼっこを……」


「……」


「……」


「そうか……」


訝しげに僕を見ていたけれど、この理由で納得してくれたようだ。


「それで、どうしたんですか?」


「いや、シーナの礼を言ってなかったからな」


「……シーナさんはどうですか」


「落ち着いてる。自分の姿が何かに映っても

 叫んだり泣いたりすることはなかった」


「そうですか」


「……心の傷がいつ癒えるのかは分からないが……。

 自分の姿を見て、絶望の記憶を見なくなっただけでも

 俺は、よかったと思う……」


「……」


「お前には……感謝してる」


「どういたしまして。でも、一番頑張ったのは

 アイリなので、アイリに何か……そうですね

 蜂蜜など渡すと喜んでくれるんじゃないですか?」


「……蜂蜜……」


「ええ、好きみたいですよ」


「……」


僕は鞄から大瓶の蜂蜜を取り出す。


「なので、この蜂蜜を買いませんか?」


「そんな金はない!」


「お金は結構です。ちょっとお使いを頼まれてくれれば

 差し上げます」


「何を買いに行かせる気だ」


蜂蜜の対価が、使い走りと聞いて

眉間に皺をつくるエイクさん。


「サガーナのお酒って、部族ごとに違うんですよね?

 そのお酒は、殆ど出回らないようですし」


それぞれの村で、特徴のある酒を造っているらしい。

それほど量は作れないようで、村の中だけで楽しむもののようだ。


「僕、この村のお酒を飲んでみたいんです」


「あー。なるほどな。

 店においてあるとしても、お前には売ってくれなさそうだしな」


微妙な笑顔を返す僕に、エイクさんはカラカラと笑った。


「いいぜ、買ってきてやるよ。何本ぐらい欲しいんだ?」


「何本ぐらいまで買えるんですか?」


「数量制限なんてないが、20本ぐらいかな」


「それでは、20本で。ちゃんとお金は支払いますから」


「20本は無理だが、10本分は俺が出す」


「それじゃぁ、お言葉に甘えさせてもらいます」


「おー」


本当はシーナさんの為に色々とお金を使っているはずだから

断ったほうがいいのかもしれないが……。


「それじゃ、買ってくるか」


「お願いします」


エイクさんを見送り、鞄からガラス製のピッチャーと

檸檬を蜂蜜につけたものと水を取り出し、蜂蜜檸檬水を作った。

少しグラスに入れ飲み干す。


程なくして、アイリとユウイが目を覚まし

飲み物を渡すと、美味しそうに飲んでくれる。


「おねえたん、おいしいね」


「うん、美味しいね」


「おー? アイリもユウイも何を飲んでるんだ?」


大量のお酒を、木箱に入れて持った来たエイクさんが

2人に声をかけた。


「はちみついりのおみず」


「蜂蜜入りの水……?

 甘ったるそうだな……」


少し顔をしかめながら、木箱をおき靴を脱いで上がり

アイリの横に座る。一息ついてから、僕にお酒の数を確認するように促した。


「20本あるだろ?」


「はい、ありがとうございます」


「いやいや、礼を言うのはこちらのほうだからな」


エイクさんに、お金と蜂蜜を渡し木箱をテントの中へと運んだ。

エイクさんは早速、アイリに蜂蜜を渡しているようだ。


「お兄ちゃん、これくれるの?」


「ああ、俺からのお礼な。

 ありがとうな、アイリ」


「……うん。シーナお姉ちゃん

 早く元気になるといいね」


「そうだな……」


蜂蜜をもらった事もだが、エイクさんにお礼を言われた事のほうが

アイリにとっては、嬉しい事のようだ。


「エイクさん、これどうぞ」


アイリ達と同じ飲み物を渡すと、少し迷ってから受け取る。


「蜂蜜入りの水って……甘そうだな……」


「おにいたん、ユイがのんであげようか?」


自分の分を飲み終わって足りなかったのか

ユウイが、エイクさんの分を狙っていた。


「俺が飲む」


そう言って、グラスに口をつけて飲んだ瞬間

ユウイが、膨れていた。そんな姿に笑い、アイリとユウイのグラスに

お代わりを注ぐと、すぐに機嫌を直す。


「なんだこれ、うまいな」


「檸檬を蜂蜜でつけたものを、水で割るんです。

 疲労回復にいいんですよ」


「へぇー……」


何かを考えるように、もう一口飲み込む。


「シーナさんに持ってかえりますか?」


「……顔に出てたか?」


「ええ」


僕の問いかけに

少し苦笑し、一気に飲み干した。


「でもな、蜂蜜は高価なものだ。

 もうこれ以上もらえない」


残念そうに、肩をすくめたエイクさんに

僕は、取引を持ちかけた。


「それじゃぁ……物々交換と言う事で……」


「はぁ?」


「今日のお酒にあう、おつまみを……」


「……」


「……」


「お前は、俺に食い物関係しか頼まないつもりか」


憮然とした態度で、そう告げるエイクさんに

僕は真剣に、訴える。


「いえ、切実に僕は僕以外の人が作ったものが食べたい」


これは本心だ。


「……意味がわからないんだが」


「新しい場所へ来たら、その土地のものを食べるのが楽しみなんです。

 だけど、ここではエイクさんぐらいにしか頼めないじゃないですか

 トキトナからずっと野宿だったので、誰かに作ってもらえる料理を

 食べたいなっと……。出来れば、お酒のおつまみを……」


「お前……変なやつだな」


「そうですか?」


「俺だって、お前に色々言ったと思うが?」


「あぁ、あのような会話は日常茶飯事なので気にしませんよ」


「そうかい」


「そうです」


「んじゃ、冒険者として自己紹介でもしておくかな。

 お前とは、繋がりを持っていたほうが楽しそうだ」


そう言って、冒険者として改めて名乗ってくれるエイクさん。


「俺は、チーム " 邂逅の調(かいこうのしらべ) " のエイク。

 職業は " 拳闘士 " ギルドランクは " 紫 " な」


「邂逅の調? 遺跡の調査や古い魔法を調査しているチームですよね」


「ああ、何か発見したらよろしくな。

 俺は、戦闘要員だけどな」


「なるほど、僕は……」


「お前の事は調べたから知っている。チーム暁の風だろう?

 学者で、ランクは赤だ」


「そうです」


「お前には借りがある。俺が必要なときは連絡してくれれば

 できることなら手伝うからな」


「はい、その時はよろしくお願いします」


「それじゃー。俺はシーナにこれを飲ませてくるわ」

 うまいつまみを持って、夕方にまた来るからな」


そう言って、蜂蜜と檸檬の入った瓶を持ち上げ

軽く手を上げて、家に帰っていった。


アイリとユウイも、お昼ご飯を食べると言って

エイクと一緒に帰って行った。僕は3人を見送った後

簡単に昼食を作り食べ、お昼から何をしようか考えているところへ

アイリが、村人の手を引いて僕の所へ来た。

近くでウロウロしていたようだ。


そこからは、体調が悪いとか、傷を消して欲しいとか

ぎこちなく僕と接する村人達を相手に、僕は風の魔法を使って癒すのだった。

戸惑いながらも、少し笑って御礼を言って帰って行く村人達の後姿を見ていると

ここに来た事は、無駄じゃなかったと思えたのだった。






読んでいただきありがとうございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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