『 僕と獣人との距離 : 前編 』
重い沈黙が辺りを包む。先ほどまでエイクさんの名前を呼んでいた
ネリアさんも、今は疲れたように僕達を見ている。
「質問をどうぞ」
僕が静かに、エイクさんを促す。
「ああ……。お前は自分がどう噂されているのかしってるか?」
「噂ですか?」
「そうだ」
僕は少し考え、最近の僕の噂を口に上げていく。
「例えば……僕は無能で奴隷として買った獣人の子供しか
サブリーダーに出来ないとか? 僕のギルドランクが赤なのは
ギルド幹部の隠し子だから……とか? ああ、こういうのもありましたね
少し気に入らない事を言われただけで、相手を半殺しにするとか……」
「……」
エイクが黙り込み、アイリが驚いたように目を見開く。
僕達を囲んでいる獣人達は、眉間にしわを寄せている人が殆どだ。
「俺は、この時期はギルシアを拠点として活動しているが
ギルドマスターにお前のことを尋ねても、教えてはもらえなかった」
「何が知りたかったんですか?」
「使える魔法なり、今までの功績なり……だ。
赤になるぐらいの腕なら、誰の耳にも入るぐらいの
依頼をこなしているはずだろう? なのに、俺も俺のチームも
周りのやつらも、お前がチームを立ち上げてからお前の話が耳に入った」
「なるほど」
僕の個人情報は、ギルドマスター以上でないと知る事が出来ないようになっている。
「魔法にしても、お前の職業の欄には "学者"としか書かれていない。
胡散臭く思って当たり前だと思わないか?」
「そうでしょうか?」
「俺らと何の関係もなかったのなら、俺もそんな事は気にしない。
冒険者なんて、それぞれが何か抱えているやつの方が多いだろうしな。
だが、俺の村や身内が関ってくるなら別だ……。
さっきも言ったように、得体の知れないやつを近づけたくはないからな」
「……」
「だから、お前の噂を集めた。
普通、チームが作れる赤になるぐらいのランクなら
多かれ少なかれ、噂があるものだがお前の噂は碌なものがない」
「確かに……」
「話を聞くにしても、妹に近づけるにしても情報が少なすぎる……」
あの噂だけを聞いているのなら、警戒しても当たり前かと
思わなくもない。立場が逆なら、僕も警戒対象としてみるだろうし。
そんな事を考えながら、僕は鞄から1つの魔道具を取り出し
承諾を得ずに、すぐに発動させた。
「おいっ! 今何をした!」
「ここに居る全員に、魔法をかけさせてもらいました」
「……何の魔法をかけた……」
殺気を僕に向けながら、エイクさんが問う。
周りに集まっている獣人達も、エイクさん同様警戒している。
「僕が今から話す事や見たことを、第三者に伝える事が出来なくなる魔法です。
簡単に言えば、僕の情報を売る事ができないというものです。
僕の情報が、それだけ少なかったと言う事は僕が故意に情報を隠していると
気がついているんでしょう? だから、僕に直接聞くことにした」
「……」
「貴方が僕を信じてくれなくても、僕はそれでかまわない。
貴方の妹さんに触るなというのなら、ここでお終いにしてもいい。
しかし、僕は小さな弟子の為に力になると決めたから
出来る限りの努力はするつもりです。他の誰が迷惑に思うとも。
ですが、僕は僕の身を守る為に僕の情報は隠しておきたい。
なので、最低限の行動はとらせてもらいます」
正式な弟子ではないけれど……。
師匠と読んでくれるなら、師弟ということになるんだろう……多分。
「なら、俺だけでかまわないだろう!」
「いいえ、遅かれ早かれ彼女の首輪を外す事になるのなら
この魔法をかけるつもりでいましたから」
「……」
「質問をどうぞ?」
エイクさんは僕を睨みながら、黙っていた。
自分だけではなく、ここにいる全員にリスクを負わせてしまった事が
許せないんだろう……。リスクといっても、僕の情報を伝える事が出来ない
だけなんだけど、僕を信用していないから次に進む事が出来ないようだ。
「エイク、お前がやりたいようにやれ」
静かな声で、アイリの父親がエイクさんに告げた。
「……」
「もう魔法は発動したのだろう。
このまま黙っていても、解決はしない。
もし、今かけられた魔法が私達に害のあるものならば
その時は、私がこいつを殺してやろう」
父親の言葉に、アイリは顔を青ざめさせエイクさんはため息をつき
殺気を消した。深呼吸をして、落ち着いてから僕に尋ねる。
「噂はどこまでが本当なんだ」
「……そうですね、僕が無能かどうかはともかく
どれも本当じゃないですね」
「青狼の子供が、サブリーダーなのはなぜだ?」
アイリが、青狼の子供と聞いて驚いた表情を僕に向ける。
僕はそれに頷くだけで、視線をエイクさんに戻す。
「チームに2人だけなのは、僕以外の人間と行動を共に出来るほど
アルトの心の傷は癒えていないんですよ」
「……」
アルトがここに来た経緯については、聞いているのだろう。
「半殺しにしたという噂は?」
噂になるような行動をしたのは
リペイドのギルドぐらいしか思いつかない。
「喧嘩を売られたから、買ったというところでしょうか」
「……見た目と違って、好戦的なのか?」
「どうでしょうか、あの時は……」
僕はあの時のことを思い出し、目を細める。
僕の纏う空気が変わったのを敏感に察知したのか
「師匠?」
アイリが恐る恐る、僕に声をかけてきた。
「ごめん。大丈夫だよ」
「……うん」
「あの時は、僕もアルトも大切な人を亡くしたばかりだったので
その人のことを悪く言われて、何時もなら買わない喧嘩を買ってしまいました」
「喧嘩なのに半殺しか……」
「いえ、僕は殺す気でしたよ」
僕の返事にアイリが固まり、エイクは少し息を呑んだ。
「だけど、ギルドマスターに止められまして……。
結果的に半殺しになっただけですね」
「……」
「僕は僕の大切なものを守る為なら
殺す事すら何の躊躇もしないと思います」
僕の言葉を聞いて、エイクさんがアイリに視線を向けた。
「アイリ、この人間はこんな事を言ってるが怖くないのか?」
アイリは僕をじっと見つめる。その視線を静かに受け止めると
アイリはとても可愛い顔で笑ってくれた。
「……さっきの師匠はちょっと怖いけど。
でも、師匠はすぐ暴力を振るう人じゃないもの。
私は一度も殴られた事ないよ。何時も優しくなでてくれるもん」
エイクさんはアイリに少し苦笑し、僕を見る。
噂については、さほど気にしていないのかもしれない。
彼が見ているのは、僕がどういう受け答えをするかなんだろう。
「……10ヶ月程で、どうやって赤のランクになんてなれる?」
「運が良かったというのもありますが
ギルドで新しく売られている薬を知っていますか?」
「ああ。あの値段で恐ろしいぐらい良く効く」
「あの薬の包装と調合を、ギルドに譲ったのは僕です」
「は……?」
エイクさんだけではなく、冒険者をしているだろう人達が
驚いた表情を作る。
「僕は、薬関係の依頼を受ける事が多いんです。
なので、余り目立たなかったというのもありますし
ギルドの本部から直接、依頼を受ける事もあります」
「それは特別扱いということか?」
「いえ、違います。
僕にしかできない事があるということです」
「……お前にしかできない事とは?」
「内容は言えません。ギルドとの契約違反になってしまいますから」
「そうか……」
エイクさんは何かを考えるように俯き、次に顔を上げたときには
何かを決意したような顔つきをしていた。
「最後の質問だ。お前はどうやって首輪を外すつもりなんだ?」
「やった方が早いと思うんですが、安全を確認しない事には
許可をくれそうにないですね」
「当たり前だろう」
僕はアイリから手を離し、空いていた手に持っていたナイフを
エイクさんに見せる。
「このナイフ、シーナさんが持っていたものですが
貰ってもいいですか?」
「……ああ」
僕はナイフに手をかざし、時の魔法を使う。
アルトとアイリの首輪を壊した方法は、一気に魔力を送り込んで
壊したのだけど……さすがに、それは言えない。
「― 朽ちるまで時よ進め ―」
僕が呪文を唱えた瞬間、僕の手の中にあるナイフは粉々になって壊れた。
全ての視線が壊れたナイフに集まり、声を出す事も出来ないほどに唖然としていた。
「こうやって壊すんです」
エイクさんは目を見開いて呆然としながら呟いた。
「それは……風の魔法じゃないよな……?」
「違います。時の魔法ですね」
「時……? お前は時使いなのか……?」
「正確に言えば、風と時の使い手です」
「……」
僕は壊れたナイフに手をかざし、先ほどとは
反対の呪文を唱え、ナイフを元の形に戻しながら
ネリアさんに視線を向けた。
「アイリはね、とても優しくて賢い子なんです」
僕の声に、エイクさんも僕を見る。
「僕がアイリを見つけたとき、アイリの首にはシーナさんと
同じ首輪がつけられていた」
僕の告白に、アイリの父親とターナさんがアイリを見る。
「人間の僕が怖いだろうに、アルトに励まされながら
僕の側に来たんです。そして、僕がアイリの怪我を治したのを見て
ユウイの目を治せるかもしれないと考えた。
次に、僕がアイリの首輪を壊したのを見て
シーナさんの首輪が外せると考えた……」
「……」
「だけど、僕をユウイやシーナさんに会わせてもいいのかが
分からなかったから、僕と一緒に行動することで
僕がどういう人間なのか観察していたんですよ。
もし、安全な人間なら確実に村に連れて帰ることも出来ますしね。
恐怖を胸の中で押し殺して、早く両親に逢いたい想いを抑えて……。
それに、大切な2人をちゃんと守る為にアイリはこの村に着くまで
僕に何をして欲しいのか、言わなかったんですよ」
ターナさんもネリアさんも、静かに涙を落とした。
「僕は合格したんだよね?」
アイリに笑いながら問いかけると
アイリは少し頬を膨らませて、不機嫌そうに答える。
「3日目からは、もう師匠こわくなかったもん」
僕は少し笑い、視線をアイリからエイクさんに戻す。
「どうするかを決めるのは、貴方方です。
アイリも、そして僕もこれ以上は手を伸ばせません」
僕が、言い終わると同時にネリアさんの後ろの男性が声を上げた。
「外してやってくれ! 外せるなら、外してやってくれ! 頼む……。
アイリちゃん。すまんなぁ。すまんかったなぁ……」
「父さん……」
「おじさん」
エイクさんが立ち上がり、僕に頭を下げた。
「俺からも頼む……外してやって欲しい」
エイクさんは頭を下げたまま動かない。
僕はゆっくりと立ち上がり、シーナさんのそばまで行きしゃがむ。
アイリは僕の後ろに立っていた。
読んでいただきありがとうございました。