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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 甘野老 : 元気を出して 』
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『 僕とアルト 』

 季節は、秋を過ぎそろそろ冬に向かう準備をはじめたように

空気が日に日に冷たくなっていく。


空気が澄んでいくほど、夜の星は輝きを増すように

僕の頭上には、たくさんの星が瞬いていた。


吐いた息が白くなるのも、もうすぐだろう。

焚き火の炎を、なんとなく眺めていた視線を

僕の隣で眠る、少年にうつす。


先ほどまで、落ち込んだ表情を浮かべていた

僕の弟子であるアルトは、狼の姿になって丸まって眠っていた。


昨日まで滞在していた街で、アルトが獣人だということで

断られてしまった依頼の事を、まだ気にしているようだった。


-……もう少し、リペイドにいたほうがよかっただろうか。


僕の心に、そんな考えがよぎる。

アルトにとって、初めての優しい人達に囲まれた暮らしは

奴隷時代の、アルトの心をゆっくりと癒していた事を知っていた。


-……。


アルトにとっても……そして、僕にとっても

大切な人となった、ラギさんとの出会いも

忘れる事のできない、宝物となっている。


だけど……その宝物が、大切であればあるほど

喪った時の喪失感は、大きなものだった。


最初から、別れが来る事をわかっていても

心がついていかないのだから……。


僕でさえ、持て余してしまう喪失感を

この小さな少年が、それも初めて触れたであろう家族というものの

暖かさを2ヶ月あまりで喪ってしまったのだから……。

心にかかるストレスは相当なものだろう。


それをわかっていて、旅立つ事を決めたのは僕だった。

一生懸命、僕達を止めようとしていた人達の顔を思い浮かべながら

僕は、ため息を吐く。


ラギさんの手紙には、適当でいいとは書かれていたけれど

ラギさんから預かったものを、早く届けたいという想いもあった。

しかし、旅立ちを決めた大きな理由は、長居すればするほど

旅立つのが辛くなるのがわかっていたからだ。


この世界に来て、1年と半年が過ぎ僕にとってもはじめて

安心して、暮らすことが出来た場所だった。


しかし、長くいればいるほど

僕が異質だという事が、浮き彫りになって行くし

親しくなればなるほど

僕は、僕の力を親しい人達の為に使いたくなるだろう。


僕の全てを、彼等に話せば僕は楽になるんだろうか。

僕の居場所を得る事が出来るんだろうか……?

だけど……僕自身が、何なのかわからないこの現状で

彼等にどうやって説明すればいいんだろう。


普通に考えて、2500年前から生きていた元勇者の命を貰いました。

僕が生きているのは、その勇者の命を犠牲にしたからですと話して

彼等はどういう、反応を返すだろう……。


呆れる? 冗談だと笑う?

それとも頭がおかしくなったのかと心配するかな?


僕の話を信じようと信じまいと、僕の本当の力を目の当たりにしたら

ハルマンさんやナンシーさんみたいに

僕を見て怯えるんじゃないだろうか。


1度殺気を見せただけで、冒険者ギルドの冒険者達が

僕を見ると、顔を青ざめるように……。


僕を……拒絶するようになるだろうか……。

他人ならば、平気なのに。

深く関わってしまったからこそ、失くしてしまうのが怖いんだ。


誰にも話せない。話したくない。

知られたくない……。知られてはいけない。


「……っ……」


歯を食いしばり、自分の腕をきつく握る。

罪悪感が僕を蝕んでいく。


僕の弱さから、旅立ちを決め

リペイドから洞窟を通り、クットへと戻り

最初の街で、1つの噂を聞いた。


街で聞いた噂が、僕の心をかき乱す。

今まで、気がつかなかった現実を僕に突きつける。

僕の正体を、話せない理由がまた一つ増えた。


「……ごめんなさい」


呟くように、目の前にいない人物に向かって謝る僕。

僕が、自分の事を誰かに告げれば


いつか……僕の真実は……。

きっと、彼……もしくは彼女の元に届く。


その時、彼……彼女は僕を恨むだろうか?

抗えない運命に、僕が関わっている事に気がついて僕を責めるだろうか。


僕を殺したいと、彼……彼女が願うなら

僕は、殺されてもいいと思っている。


だけど……今はまだ、僕の命を上げる事はできない。

アルトを……そしてトゥーリを、僕は守りたいから……。


-……。


アルトを見つめ、アルトの頭をそっと撫でる。

僕の弱さに巻き込んでしまった……僕の弟子。


「不甲斐ない、師匠でごめんね……」


僕の呟きに、アルトの耳がピクピクと動く。

どうやら、起こしてしまったらしい。


(師匠……?)


眠そうな感じで、アルトの心の声が僕に届いた。

眠そうな気配を、欠伸をしながら起き上がり

前伸びをしてから、後ろ伸びをして散らしている。


1度体を震わせ、お座りをしたかと思うと

首をかしげて、僕を見上げていた。


(師匠?)


「起こしてごめんね」


(何かあった?)


「何も無いよ」


さっきまでの、思考を胸の奥底に沈めて

アルトに答える。


「本当に何も無いから、もう1度眠っていいよ」


(……)


「アルト?」


アルトの心の声が途切れてしまった事に

今度は僕が首をかしげる。


(師匠、俺……)


「もしかして、まだ依頼を断られた事を気にしているの?」


(……)


「依頼を断られたら、違う依頼を探せばいいんだよ」


(……そうだけど……俺

  俺……チームにいてもいいのかな……)


「え……?」


アルトの言いたいことがわからなくて

思わず聞き返してしまう。


(俺……)


小さな狼の体を、小刻みに震わせて

僕を見上げながら、涙をこぼすアルト。


「アルト? どうして泣くの。

 なぜそんな事を思ったの?」


(ギルドで……チーム暁の風は使えないって)


「……」


(サブリーダーが、俺なのは

  師匠の人間性に問題があるんだろうって)


「それから?」


(獣人で子供をサブリーダーにするしか

  能力がないってっ!! そんな事無いのに!)


「うん、それから?」


(師匠の、事を何も知りもしないで!

  馬鹿にしたような顔で、哂いながら話してるんだ……っ)


アルトの心の中にたまっている感情を

全て吐き出させる為に、僕はアルトに続きを促す。


(俺が……俺が居るから……!

  言われなくていい事を……言われるんだ)


真直ぐ僕を見つめ、自分を責めながら涙を落とすアルトを見て

僕の胸が痛む。


「アルト、アルトは辛い?」


(……辛い……)


「僕は、辛くないよ」


(……)


「他人に何を言われようが、僕は何も気にしていない。

 だから、何を言われてもアルトが気にやむことはないんだよ」


(違うんだ……っ!)


「うん?」


(俺は、師匠に助けてもらって弟子にして貰って幸せだけど

   俺は、師匠に恩返しが出来ないかもしれないっ)


「……」


(辛いのは、俺が師匠の為に何も出来ないことが辛いんだ!)


「アルト……」


(足手まといにしかなってない、俺が嫌なんだ!

  俺のせいで、師匠が悪く言われるのが嫌なんだ!!)


アルトの心の叫びが、ダイレクトに僕に伝わってくる。

ぽろぽろと、こぼれる涙と同じぐらい僕の心にアルトの想いが

流れてくる。


アルトは、ずっとそんな事を想いながら僕といたのか……。

僕は、アルトを抱き上げて視線を合わせた。


「アルトをサブリーダーにしたのは

 僕だから、アルトのせいじゃない。僕が決めた。

 僕は間違った判断はしていないと、胸を張って言えるよ」


(だけど!)


「アルトが居てくれるだけで僕は幸せだよ。

 独りぽっちで寂しいより、アルトが居てくれる方が僕は嬉しいから」


僕の言葉に、アルトの目が大きく見開かれる。

今にも零れ落ちそうな涙を、僕は見つめながらアルトにちゃんと伝わるように話す。


「アルトが考えている以上に、僕はアルトに助けられているんだよ」


暗い思考に、引きずり込まれそうになっても

アルトがいるから、踏みとどまる事が出来る。


(……)


「アルト、きっとこれからもそういうことは言われるだろうし

 昨日みたいに、依頼を断られる事もあると思う」


(……)


「だけど、アルトが僕の事を想って傷つくのなら

 辛い想いをするのなら……リペイドに戻る?」


(嫌だっ! 師匠と離れるのは嫌だ!!

  俺の-…… )


「違うよ、アルト。リペイドに戻るなら僕も戻る」


(師匠も?)


アルトは少し困惑したような、視線を僕に向けた。


「うん。ラギさんが残してくれた家で2人で暮らそうか?

 2年後には、トゥーリとクッカも一緒にね……」


(!!!)


「リペイドの国だけで、依頼を受けてもいいし

 冒険者が嫌なら、僕がお城で働いても良いんだ……」


(お城で……?)


「うん。王様から働かないかって言われたしね」


(……)


「僕の仕事が休みの日には、サイラスと遊んだり。

 ノリスさんやエリーさんを、家に呼んだり……。

 そんな普通の暮らしを、アルトがしたいというなら

 今から、リペイドに戻ってもいいんだよ」


(……普通の暮らし……)


「きっと、旅をして回るよりは……楽になると思う。

 いい事ばかりではないだろうけどね?」


僕の言葉に耳を傾けるアルト。

その瞳には、何かを懐かしむような光がともっている。


「アルトはどうしたい?」


僕の問いかけに、アルトの視線がさまよう。

心は、リペイドに戻りたいと思っているんだろう。

あの優しい場所に……。


(俺は……)


心の声が聞こえなくなって、考え込んでしまったアルトを

膝の上に下ろす。僕の膝の上で丸くなって動かなくなった。


最近のアルトは、物事をとても深く考えるようになっていた。

僕は、1人で考える時間というのは大切なものだと思っているから

アルトが深く思考するときは、僕に意見を求める事ができないように

離れる事に決めた。自分自身で答えを導き出す訓練というところだろうか。


僕に聞いて解決するのではなく、まず自分で考え、答えを導き出し

それでもわからないなら、僕が答えるというように。


間違っていたら訂正し、より深い答えが必要なら付け足すように。


人に聞いて、答えだけを貰うのはとても楽な方法だけど

すぐに忘れてしまう事が多い。だけど、苦労しながらでも出した答えは

自分の頭にも心にも、落ち着きやすいと思う。


僕は、答えそのものより

答えを導き出す過程の方が重要なんじゃないかと……。


だけど、アルトは僕が思うよりも前から

1人で考え、自分の胸に色々と秘めていたようだ……。


ラギさんの、依頼の本当の意味を自分で見つけ出したように。

アルトが僕と居る事で、僕に向かってくる悪意を正確に捉えていたように。


アルトが、どういう答えを出すのか僕にはわからないけれど……。

サガーナは、獣人にとっては優しい国だけど人間にとっては厳しい国だ。


人間が獣人を嫌っているように、獣人も人間を嫌っているのだから。

人間である僕に対する態度も、厳しいものになるだろう。


サガーナにいくと決めたのなら、その事も話さないと

遅かれ早かれ……行かないといけない国なのだけど……。


今の傷つきやすいアルトを見ていると

やはり、もう少しリペイドにいるべきだったと痛感する僕だった。








読んでいただき有難うございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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