『 僕と傷だらけの家族 』
一瞬の出来事だった。
アイリが連れて来た、シーナさんという人が僕を目に入れた瞬間
凍りついたように、その顔に恐怖の感情を浮かび上がらせる。
そして次の瞬間、体全体から拒絶という名の叫び声を上げた。
その声にアイリは驚き、繋いでいた手を離してしまう。
完全に、恐慌状態に陥っていた彼女は……隠し持っていたナイフで
自分の喉を貫こうとした……。
アイリは、目の前で何がおこったのか分からずに立ち尽くしており
僕は、彼女のナイフを魔法で弾き飛ばしナイフを僕の手元に飛ばした。
彼女の悲鳴で、人々が集まり
シーナさんの母親と思われる人が、彼女を抱きかかえ
彼女の状態に、憎しみを込めた目を僕に向け娘に何をしたのかと問うが
僕が返事をする前に、シーナさんの母親はアイリに向かって
言葉という武器で殴りつけたのだった……。
「ネリアおばさん……私……は」
アイリが、シーナさんを見て涙をこぼす。
その間にも、ネリアさんはアイリを責める言葉を吐き出していた。
僕は、いまだに怯え叫び助けを求めているシーナさんとネリアさんを
強制的に眠らせる。
2人の声が届かなくなった瞬間
アイリが、糸の切れた人形のように座り込み
そして、その目には……もう何も映していなかった。
3人の周りにかけてこようとする獣人達を結界ではじき
誰も立ち入れないようにする。
瞬きもせずに涙を流し、謝りつづけるアイリを僕は抱き寄せ
アイリのせいではないと声をかける。アイリの体はとても小さい……。
アイリはこの小さい体で、早く家族に会いたいという気持ちを抑え
ユウイと目の前の彼女の為に頑張ってきたんだ……。
保護したときに村に行けば、もっと早く両親に会えた。
それをせずに心に傷を負っていながら
僕をここに連れてくることに決めたんだ……。
僕はグッと歯を食いしばり、今まで散々負荷のかかってきた心を
建て直し、耐えたきたアイリに心話でも声をかけ続ける。
心を壊しかけているアイリを、闇の中に入り込もうとしているアイリを
必死にこちら側に引き寄せるように……。
アイリの両親が結界の外にいたけれど
彼等にかまっている余裕はなかった。
頭に水をかけるという手荒な手段を用いて
アイリをこちらに呼び戻すが、アイリがまたネリアさんの言葉に
囚われないように、声をかけ続けアイリが何をしたいのか
アイリの願いは何なのかを思い出させ、最後まで頑張れと声をかける。
アイリが何を望んでいるのかなんて、シーナさんを見れば分かる。
だけど、中途半端な完結は、アイリの心の中に傷を残す事になる。
アイリが僕に願わなければ、僕は動かないと決めた。
時間がかかっても……。
アイリが、願って……初めてそれが形になるように。
ここまで、頑張ってきたのは僕ではなくアイリなのだから……。
「アイリ……アイリの願いは何?」
僕の言葉に、不安を瞳に宿しながら
泣きすぎて、しゃくりあげながらも……アイリは願いを僕に告げた。
「おね……ちゃんの、くびわ……を……はずして、ほし、い」
小さな体で、ここまでの強さを見せるアイリ。
その願いに答えられるように、今度は僕が頑張ろう。
アイリは少し落ち着き、まだ涙を流してはいたけれど
しっかりした表情で、僕と目を合わせていた。
アイリの髪から、水滴が落ちる。乾かすのを忘れていた。
「冷たかったね、ごめんね。今乾かすから」
アイリは、フルフルと首を横に振った。
僕は、風の魔法の中に少し火の魔法をいれてアイリを乾かす。
この村に、魔導師がいないことから
見ただけでは、風の魔法を使っているとしかわからないはずだ。
アイリは少し不思議そうに、風が自分を取り巻いているのを見ていた。
「これでよし。アイリ、向こうにお父さんとお母さんが来てるよ。
僕は今から、ネリアさんと話をするからアイリはお父さんの側で
見ているといい」
僕が視線を、ターナさんたちのほうへと向けると
アイリも僕の視線を追うように、両親を見た。
一瞬、止まった涙があふれそうになったが口を引き結び泣くのを堪える。
僕はアイリを促すように、背中を軽く押すと
両親のほうへと歩き出すが、途中で足を止めて僕を振り返った。
そして、僕の顔を見つめ自分の両親を見つめ何かを決意したように
僕の側に戻ってくる。
「アイリ?」
「ここに居たい」
「……ネリアさんは、少し心が疲れているから
アイリには辛いかもしれないよ?」
「……大丈夫」
結界の外で、ターナさんがアイリを呼ぶ声がするが
アイリはそれには答えなかった。
「アイリの意思は固そうだね……」
僕は苦笑しながらアイリを見る。アイリは真剣な顔をして頷き
僕は、アイリの父親と目を合わせる。彼の表情からは何も
読み取る事は出来なかったけど、アイリを呼ばない事から
アイリの選んだ事を受け入れているのかもしれない。
「ここに居ていいよ。だけど、これだけは覚えておいて。
ネリアさんが何を言ったとしても、アイリのせいじゃないんだよ」
「……」
「悪いのは……シーナさんを傷つけた人間なんだ……」
「うん……」
「それから、僕がシーナさんに会うのはこれっきりになる。いいかな?」
「……どうして?」
「アイリも人間が怖いでしょう?」
「うん、でも師匠は怖くないよ」
「うん、アイリは怖くなくても他の人は怖いかもしれない。
シーナさんが、自分から人間に会えるようになるまで僕と会うべきじゃない」
少し考え、ちゃんと納得してから頷いた。
「……うん、わかった」
僕はアイリを僕の後ろに下げる。
今僕は、片膝をついている状態で立とうか迷ったけど
このままで、話した方がよさそうだと思いこの体制のままでいる。
アイリは僕の服の裾をキュッと握ると、少し不安そうにしながらも
シーナさんとネリアさんを見ていた。
このまま2人が寝ているうちに、首輪を壊してもいいのだが……。
アイリとネリアさんの溝を、出来るだけ埋めたいと思った。
そして、この村の人達とアイリとアイリの家族が孤立するのを避けたかった。
ただ力を見せただけでは、警戒しか残さないだろうから……。
僕はネリアさんだけの魔法を解く。
意識を取り戻したネリアさんが、シーナさんを抱きしめ
僕達を睨んでいた。
「はじめまして、僕はセツナといいます」
「……」
僕はできるだけ、ゆっくりと相手を刺激しない言葉を選びながら
話しかける。
「まず……。貴方が許可を出さない限り
僕は、貴方方にこれ以上近づかない事を約束します」
「……」
「だから、少しだけ僕の話を聞いていただけませんか?」
「人間の言葉が信用できるか」
「確かに……僕は人間ですが
5分だけでも、お話させていただけませんか」
「貴様の話を聞いて、私に何の得があるというの?」
「シーナさんにとっても、悪い話ではありません」
「……フ……アハハ……アハハハハハ!」
僕がシーナさんの名前を出すと、ネリアさんが笑い出し
笑いが収まると、僕ではなくアイリに視線を向けて怒鳴った。
「アイリ! 貴方この人間に何を吹き込んだの!」
アイリは怒鳴られた事に驚き、僕の服をつかんでいる手が震えている。
「アイリは、僕に何も吹き込んでいません」
「シーナにとっていい話?
人間が……人間が! シーナをこんな目にあわせたんだろうが!」
「……」
「とても活発な娘だった。よく笑って可愛い子だったのよ!
なのに……こんなに痩せてしまって……傷らだらけになって……」
ネリアさんの涙が、シーナさんの頬へと落ちた。
「貴様の話など聞く気はない。ここから早く出せ!」
憎悪という視線を僕に向けながら、涙を流すネリアさんに
アイリが、震えながら言葉をかける。
「おば……さん。師匠の、お話を聞いてください」
「……ターナ……」
アイリの言葉に、ネリアさんがターナさんのほうを向き彼女を呼ぶ。
「何、姉さん」
「貴方、子供の育て方を間違ったんじゃない?」
「っ……」
ネリアさんが、ターナさんを責める口調にアイリが息を呑んだ。
「よりにもよって、人間の手先に成り下がるような育て方をするなんて」
「ち……がう、おかあさんは悪くない……」
アイリが小さな小さな声で呟く。
その呟きを聞き取ったかのように、ターナさんが真っ直ぐ視線をネリアさんに向け
「姉さん。アイリは優しくて、強くてとてもいい子だわ。
私の自慢の娘だわ」
胸を張って言い切ったターナさんに、ネリアさんは黙り
アイリは、涙をこぼした……。
「……」
「おかあさん……」
僕はネリアさんに向かって、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「ネリアさん。僕は、貴方の娘さんの首にあるものを外す事が出来ます」
「……世迷言を……」
憎々しげに、僕を見アイリを見た。
「2人で何を企んでいるのかは知らない……。
だが、私は騙されない……。この首輪が誰も外す事ができない事など
私だけでなく、ここにいる全員がしっている!」
ネリアさんが周りを見回すが、集まっている人達はどう反応を返せばいいのかが
分からないようだ。どうやって、僕の話を聞いてもらうかを考えているときに
ネリアさんの後ろから、1人の青年が結界を叩いてアイリに声をかけていた。
「おーい。アイリや。俺をこの中に入れてくれ」
この緊迫した状況に似合わない呼びかけに、僕の思考は中断される。
「エイクお兄ちゃん」
アイリが、青年を見つけるとそう呟く。
「師匠、シーナお姉ちゃんのお兄さんなの」
アイリにそう紹介され、僕とエイクさんの視線が会う。
その口調とは裏腹に、その目は真っ直ぐ僕を射ていた。
僕が頷くと、エイクさんが結界の中に入ってくる。
ネリアさんは、シーナさんをそっと腕から離しエイクさんに
シーナさんを運ぶように告げる。
「エイク……シーナを運んで頂戴」
しかし、エイクさんはネリアさんの腕を取り引っ張り上げ立たせる。
「いや、母さんはちょっと外出ててよ」
そう言って、ネリアさんを引きずって結界の外へと押し出した。
「エイク!」
悲鳴交じりの呼び声にも、エイクさんは動じず
「大丈夫、母は父に任せておけばいい。
母と話してても平行線で先に進まないからな。
あの人は、人間を少しも信じていないから。まぁ……だからと言って
俺も、誰も彼も信じているわけじゃない。俺は冒険者でチームの仲間が
シーナを見つけてくれた。だから、信じる事が出来る人間もいると
知っているだけだ」
「そうですか」
「今の段階で、お前の事は信用が出来ない……が
俺は、アイリが人を傷つけるような事をしないと信じている。
俺が、お前の話を聞くのはアイリのためだ」
「十分です」
「……」
エイクさんは、僕の後ろに居るアイリを見ると柔らかく笑った。
「ごめんな、アイリ。おばさんちょっと疲れてるんだ。
許してやってな」
「……うん。大丈夫」
アイリの返事に、ほっとしたような表情を見せた後
シーナさんの隣に座り込む。
「お前の話を聞く前に、言っておきたい事と
2~3聞いておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「シーナの首輪が外れるなら、外してやって欲しいが
俺達は魔力がない。だから、外してやるといわれても
そんなうまい話はないだろうと思うわけ。外す振りをしながら
何か、違う魔法をかけるんじゃないかって考える」
「お兄ちゃん! 師匠は……」
「ごめんな、アイリ。今俺はそいつと話してる。
少し黙っててくれるか?」
「……」
渋々頷くアイリに、少し苦笑し先を続ける。
「だから、得体の知れない魔導師を妹に近づけたくないわけだ」
「理解はできます」
「正直……俺も妹の首輪を取る事が出来ないか探してみたが
仲間の魔導師からは、無理だといわれた。
この首輪は、首輪と鍵で1つの魔道具だといわれた……。
だから、違う鍵を持ってきても外れないとね」
「……」
「妹は、見つかったとき実験用として売られていた。
理由は、顔や体に傷があることと……痛めつけるための道具である
鍵がなかったからだ……」
エイクの瞳に強い怒りがともる。
いったん顔を伏せ、歯を食いしばる。
「……お前はそれを外せるという……。
その言葉が……俺達にとって……どれ程重い言葉か
理解しているんだろうな……」
エイクさんは、低い声で呟くように言いながら僕を見据えた。
「話を聞いて俺が納得できなければ
アイリが何を言おうとも、俺はシーナにお前を近づける気はない」
「……」
「これから質問する事にも、真実じゃないと感じれば
俺はお前を信用しない」
アイリが僕の服から手を離し俯く。
そして、ゆっくりと顔を上げて今度は僕の手を握る。
震えるその手から伝わってくるのは、僕に対する謝罪と
見捨てないで欲しいという気持ち。アイリの心はずっと緊張していた。
僕は、アイリの手を強く握り返す。
そこまで言うのなら、僕は何もしないという事は簡単だけど
アイリが僕に願い、そして僕をここまで信頼してくれている。
周りの視線は決して僕達に優しくはない。
だけど、アイリが震えながらも戦っているのだから。
僕はその手を離そうとは思えなかった。
読んでいただきありがとうございます。