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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 浜簪 : 心づかい 』
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『 私達と人間 』

* アイリの父親視点

 朝食を終え、早く起きてはしゃぎすぎたせいか

娘のユウイは、ご飯を食べると寝てしまった。

ユウイを寝室に運び、寝かせた後居間に戻ってみると

私の妻であるターナが、椅子に座り机の上においてある服を

複雑そうな表情で眺めていた。


「その服がどうかしたか」


ターナが見ている服は、娘のアイリが着せられていたもので

何か気がつくことでもあったのかと、ターナに声をかける。


「……ディル。何もないわ」


「何もないという表情ではないが」


「……」


「どうした」


「……ディルからみて、この服はどう思う?」


「ただの服だが」


「これ、とてもいい生地なのよ……」


そう言って、服の上に手をのせる。


「間違っても、人間が獣人の子供に着せようなんて

 思わないぐらい、いい生地でできているのよ」


「……」


「私なら、人間の子供にこんな服は着せない」


アイリを連れて来た人間が理解できないというように

軽く頭を振るターナ。そして、何かを考えながら話していく。


「シーナが8ヶ月前、戻ってきたときの事を覚えてる?」


「……ああ」


ターナの姉の子供シーナが、3年前に浚われ

8ヵ月前に、ガーディルで見つかった。奴隷として買われ

体と心に傷を負わされ、飽きたからといってまた売られたらしい。


シーナの顔や体には消えない無数の傷がついていた。

だからだろう、実験用の奴隷として売りに出されていたのを

冒険者であるシーナの兄、エイクが所属するチームの人間が

偶然見つけてつれてかえってくれたのだ……。


「シーナの体も心もボロボロで、どうして良いのか分からなかった」


「……」


「それに……とても痩せていたわ。アイリが浚われたとわかったとき

 シーナと同じような目にあうんじゃないかと怖かった」


「……」


ターナが顔を伏せ、涙が頬を伝う。

アイリが浚われた日から、私達はずっとアイリを探していた。

村の者達は、トキトナの街まで行ってくれた。夜通し探し

つかれきって眠っても、アイリの助けを呼ぶ声で目が覚める

そんな事の繰り返しだった……。時間が立つにつれて焦燥と不安に

押しつぶされそうになっていた。泣いているアイリを想うと

胸がえぐられそうなほど辛かった。


人間に対する憎しみは、際限なく深くなっていく……。

7日が過ぎ、長が捜索を打ち切ると告げる。私達は諦めきれず

時間が許すがきりアイリを探す……。もうこの国にはいないだろう事は

わかっていながらも……。じっとしている事など出来るはずがなかった。


「もしかするともう二度と会えないんじゃないかと……」


私も、ターナと同じことを思った。

もう、この手で娘を抱きしめる事が出来ないんじゃないかと……。

私は、その時の気持ちを振り払うように、ターナに返事を返す。


「アイリは帰って来た」


そう……アイリは帰ってきたのだ。


アイリが浚われてから10日目、人間と獣人の子供がこちらに向かってくると

見張りから連絡が入り、様子を見に行った。

そこには、アイリが笑いながら歩いていた。

私はすぐにでも、アイリの側にいる人間を殺してアイリを取り戻したかった。

だが、武器を持っていないことから魔導師かもしれないと判断し

魔法を封じる事の出来る場所まで我慢する事に決める。


木々が邪魔しながらも、時折見えるアイリの姿に


アイリが笑っている事に安堵し、生きている事に安堵した。

そして、操られている可能性があることに恐怖した……。


あの人間の目的が何であれ……ここから生きて帰す気はなかった。

しかし……。自分の思考に深く入り込んでいきそうなのを

ターナの声で引き戻される。


涙を拭い、私と視線を合わせて真剣に尋ねてくるターナ。


「あなたから見て、あの人間はどう思う?」


「まだわからない。だが、裏がないとは思えない」


「そう……」


「後悔してるのか」


何をとは、ターナは聞き返さない。


「わからない。人間は憎い。

 だけど……本当にわからないのよ」


「……」


「あの子、浚われる前よりも体重が増えていたわ。

 ご飯を食べていたのか聞くと、毎日師匠が作ってくれたって

 ご飯の後は、必ず蜂蜜入りのミルクを飲ませてくれたって……」


ターナの言葉に私は絶句する。ミルクも手に入りにくいが……。

蜂蜜などそう簡単に買えるものではない。


「それにアイリは、楽しそうに笑っている……」


シーナは、いまだに笑えない。

自分の姿が何かに映るたびに、泣き叫び暴れる。

食事も余り取らず、眠っていてもうなされて起きるらしい。


アイリがシーナに会いに行き、最近は少し

アイリと外に出るようになったが、その表情は暗かった。


ターナは深くため息をつき、自分の手のひらをじっと見つめていた。


「治らないといわれた、ユウイの目も治っているわ……」


「……」


正直、私もターナも、色々と気持ちが追いついていかないのだ……。

心は人間が憎いと叫んでいる。あのどうする事も出来ない

苦しい時間を……思い出すたびに、心の中で憎しみが膨らむ。


私はターナの側に寄り、肩に手を置こうとした瞬間。

扉を派手に叩く音が聞こえ、返事をする前に開く。


「ディルさん! アイリとシーナが!」


人間を監視するための2人のうちの1人が、息を切らせながら

私達の前に来て、大変だと騒ぐ。


私とターナは、いそいで扉のほうへと向かいながら

「ユウイが寝ている。ここで留守番をしてくれ」と言葉を残し

アイリたちがいる場所に走った。


私の目を見つめ、師匠のところへ行ってくると告げたアイリ。

隠れて行くだろうと思っていたのだが……。


アイリが出て行って、30分……。

何があったのかはわからないが……本性を現したのなら

これで心置きなく殺せるという想いと、アイリが悲しむだろうという想いが

複雑に胸の中を渦巻いていた。


昨日私が、人間の寝床として案内した場所の近くに

円を描くように人だかりが出来ていた。


皆口々に人間を罵る言葉を吐いている。

武器を持っているものは、武器を抜き構えている。


騒然とした場所にたどり着くと、私とターナを中央へ導くように

左右に分かれて通してくれた。そこで見たものは

折り重なるように倒れている、シーナの母親のネリアとシーナ。

そして、人間の腕の中でひたすら謝って泣いているアイリだった。


ターナが、アイリの側に駆け寄ろうとするが、

結界にはじかれて近寄る事が出来ない……。


昨日と同じように、人間が魔法を使っているのだろう。

ターナが結界を叩き、アイリの名を何度も呼ぶ。


私はアイリを注意深く見つめていたのだが……。

涙を流し謝っているその目には……何も映していなかった……。

まるで人形のように……心がここにないかのように表情もない。

私の背中に、嫌な汗が流れる。


人間はアイリに何かを言っているようだが、耳が良い私でも

周りの者達の声で、かき消されて何を言っているのか分からなかった。


私は、周りの者に静かにするようにと声を出す。

私の言葉に、全員がぴたりと話す事をやめた。


皆が一斉に口を噤んだその空間に、人間の声が響く。


「アイリ、アイリ。アイリのせいじゃない」


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


ずっとひたすら、視線をさまよわせながら謝る事を繰り返すアイリに

ターナも蒼白になっている。


「アイリ。僕の言葉を聞いて。

 アイリのせいじゃないんだよ。アイリが悪いんじゃないんだよ」


人間の声は、落ち着いているように聞こえるが

その顔はとても真剣で、焦っているようにみえた。

私の顔色もターナと同様、きっと悪いに違いない……。


何度も、アイリのせいじゃないと繰り返す人間に

涙を流しながら、瞬きもせず謝りつづけるアイリ。


私は、監視をしていたもう1人に何があったかを聞く。


「それが、アイリがシーナの手を引いてここに来たんですが

 シーナが、あの人間を目に入れた瞬間ものすごい声で叫んで……。

 そして、持っていたナイフで自分の喉を……」


「刺したのか!」


ターナが、悲鳴を飲み込み

私は、シーナを凝視した。


「いえ、人間が魔法で阻止しましたがシーナが泣き叫んで……。

 そこに、ネリアさんが来て人間に何をしたのか問い詰めて

 それで……」


そこで言いにくそうに、口を閉ざしそして息を吸ってから

続きを話しはじめる。


「それで、ネリアさんがアイリを見つけて

 今度はアイリに、人間の手先になってシーナを傷つけたのかって

 シーナがこうなったのは、アイリのせいだって……」


「……」


「アイリは、シーナの横でずっと固まってて」


「……」


「それを見ていた人間が、アイリを責めているネリアさんと

 叫び続けてるシーナに何か呟いたと思ったら、倒れて

 アイリは……糸が切れたように座り込んでしまったんです

 急いで、俺達が3人を保護しようと思ったら結界を張られて

 近寄れなくなってしまったんです。すいません……。

 俺らがついていながら」


悔しそうに唇を噛む彼の背中を叩き、気にやむなと声をかけた。


一通り説明を聞き、何が起こったのかはわかったが……。

アイリはなぜ、シーナを人間のところへ連れてきたのかが分からない。

だが……。アイリが受けた衝撃は大きかったはずだ……。


人間は、私達が話を聞いている間もずっと

アイリに向かって声をかけ続けているが

何の反応も示さないアイリを、腕から離し鞄から水筒のようなものを

取り出すと、口をあけアイリの頭の上でさかさまにした。


水がアイリの頭にかかり、頬を通って地面を濡らす。

ターナが、悲鳴を上げ結界を叩こうとするがその腕を止めた。


「ディル!」


冷たい水に反応したのか、体を震わせたアイリに


「アイリ。僕を見るんだ」


そう言って、アイリの肩を掴み目を覗き込む。

水の冷たさと、人間の呼ぶ声でやっとアイリの視線が人間と絡み合う。


「アイリ。アイリは僕に何をして欲しい」


「あっ……わ……わたし。

 おね……ちゃん……、ナイフが!……」


「シーナさんは、大丈夫。

 今は眠っているだけだから」


「だけど!……」


アイリが、シーナのところへ行こうとするのを

人間が止める。


「アイリは何の為に、シーナさんをここに連れてきたの

 それを思い出して」


ずっと涙を流すアイリから、視線を一時も離さず

アイリに問いかける。


「アイリ。アイリは僕にどうして欲しい」


「わたし……わたしのせいで」


肩から手を離し、俯こうとするアイリの顔を両手で包み込む。

そしてしっかり視線を合わせて、アイリと話をする人間。


「違う。アイリのせいじゃない。

 アイリ、僕を見て。アイリは頑張ってきたよね。

 このために頑張ってきたんだ。だから、最後まで頑張ろう?」


アイリと人間の会話を皆黙って聞いていた。

アイリは、人間に何を願おうとしている?


「アイリ……アイリの願いは何?」


人間の言葉に、アイリは声を詰まらせながらも言葉を紡ぐ。


「おね……ちゃんの、くびわ……を……はずして、ほし、い」


アイリの願いに誰もが息を呑み

それは無理だろうと、言葉で吐き出す直前に飲み込んだ。


人間が笑っていたから。アイリの願いに顔をゆがめることなく

困ったような表情を見せることなく、アイリに優しく笑っていたから

誰も声を出す事が出来なかった。アイリの頭を優しく撫で

そしてゆっくりと頷く。


「アイリが頑張ったんだから、僕もがんばらないとね」


そう言って、アイリから視線を外し

ネリアとシーナを真っ直ぐ見つめていたのだった。





読んでいただきありがとうございました。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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