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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 浜簪 : 心づかい 』
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『 僕とアイリの願い 』

 テントの外に、ここ数日よく知った気配がして目が覚めた。

入り口の辺りを、ウロウロとしているようで入ってくる様子がない。

どうしたのかと思って、外にでてみるとアイリが小さな女の子と手を繋いで

立っていた。


アイリが僕に恐怖を感じながらも、一緒に居る事を選んだ理由が

アイリの妹の目が見えないからだとは思わなかった。

蒼露の葉を飲んでも治らなかったという事は、かなり難しい病気だったようだ。

その時の状態を見ていないから、なんともいえないけれど。


涙ぐみながら、妹を治して欲しいと訴えるアイリに

僕は、風の魔法では治らない(・・・・)とは言えなかった……。

恐怖を克服しながら妹の為に歩いてきたのだから。


アイリの妹ユウイの目を治し、喜ぶ二人に自然と笑う。

しかし……同じ姉妹なのに、性格が全然違うようだ。

のんびりしとしたアイリに比べて、ユウイはとにかく落ち着きがない。


さすがに、耳の形が変でかわいそうと言われたときは

どう答えていいか悩んでしまった。確かに、ユウイにとっては変なんだろう。

地球に居たら、絶対にされない質問かもしれない……。


アイリのうさぎをユウイが羨ましがり、困っているアイリを見て

少し鏡花を思い出す。まだ、鏡花が幼い時のことだけど……。

僕にだけ与えられたものを酷く欲しがり、仕方がないから上げるといったら

『お兄ちゃんのお下がりなんていらない!』とか言い出すし。


実際後から振り返ってみると、両親は仕事と僕の事で必死だったし

鏡花は寂しかったのかもしれないなぁっと思った。

小さい頃の鏡花はとにかく我侭で……。でも、僕が鏡花のお願いで

命を落としかけた後から、鏡花はそれまでのように我侭は言わなくなった。


僕が居ることで……鏡花も色々不自由をしていたと思う……。

日本の事を思い出し、沈みかけていた気持ちを立て直す。

鞄から、ユウイのためにうさぎを取り出し渡すと、とても可愛らしい笑顔で

お礼を言ってくれた。それだけで少し気分が浮上する。


2人で、ユウイのうさぎの名前を考えている途中で

アイリの母親の声が響く。


アイリは、黙って家を出てきたのかもしれない。

アイリとユウイを連れ戻そうとする母親に、アイリは逃げ

ユウイは母親の手を振り払い、投げられたうさぎへと走る。


僕はその光景を、ただ黙ってみている事しか出来なかった。

僕が動くと、きっと状況が悪くなる……。口を挟みたい気持ちを抑え

ただアイリを見守っている事しか出来なかった。


母親が、ユウイの目が治っている事に気がつき

何も言わずに帰っていく母親を見て、アイリは唇を噛んでいた。


そんなアイリに、テントの中で拗ねて出てこないムイの相手を頼む。

アイリには、アルトが居なくて寂しがっていると言ったのだが……。

本当のところは、村の近くで囲まれる事が分かっていたので

ムイ専用の鞄を作りそこへ入れ、魔法で眠らせていたんだけど

すっかり、ムイの存在を僕は忘れていたのだった。


眠っていてもお腹はすくわけで……。

昨日の夜中、セリアさんに言われて思い出し袋から出して魔法を解くと

とても機嫌が悪かったのだ……。その機嫌がまだ直っていなかったので

無理やりテントから持ってきて、アイリに渡した。


アイリとユウイが、ムイと一緒に遊んでいる間

やる事もないので、テントの側の木の下に少し低い椅子を置き

昨日のトゥーリとの会話を考えないように、本を開いて

二人の声を聞いていた。


「おねえたん、ムイたんにんじんたべるかな?」


「食べると思うけど、ムイにあげちゃだめだよ」


「どうして?」


「ユウイが嫌いだから、ムイに食べてもらおうとしても駄目なの」


「……」


「ちゃんとにんじんも食べないと、また病気になるからね?」


「あーい」


しょんぼりとしながらも、素直にアイリの言葉に頷くユウイ。

アルトの側に居るときのアイリは、妹みたいな感じだったけど

今のアイリは立派にお姉さんをしていた。


「じゃぁ、ムイたんはなにがすきなの?」


「えーっとね、りんごが好きみたいだよ」


「あとで、りんごもってくる?」


「そうだね、持ってこようね」


2人が林檎を持ってくるということは……。

ムイの朝ごはんは少し減らしておくべきなんだろうな。

そう考えて、ムイが僕に対して機嫌を直してくれるのは

ずっと先になりそうだと思い、ため息をついた。


2人と1匹の楽しそうな声の中に、静かな声が混ざる。

アイリの父親が2人を迎えに来たようだ。アイリと父親

互いの気持ちは、交わることなく会話が終わってしまう。


いや……あえて、アイリの父親はアイリの気持ちを

受け入れていないんだろう。


アルトやアイリの立ち位置は、獣人の国(サガーナ)では少数派で

僕の事を想って、怒ってくれるアルトや泣いてくれるアイリ

その気持ちはとても嬉しい。だけど、その事で孤立だけはして欲しくなかった。


長い歴史の中に刻まれた感情というものは……。

そう簡単に消えるものではないし、変えられるものでもない。

頭では理解できても、心がどうしようもなくざわめくんじゃないだろうか。


特に、長やアイリの父親の年代ならば戦争も経験しているはずだ。

だからこそ、余計に警戒してしまうし、人を信じるのが難しい。

サガーナは建国して350年ぐらい、状況が好転し始めたのは

クットとガーディルが仲違いをし、結んでいた同盟を反故にした150年前ぐらいだ。


簡単に言えば、クットはガーディルと戦う為に

サガーナと同盟を結んだということになる。


だが、獣人へ嫌悪を抱いている貴族も多く

40年前の、戦争……焼き討ちはその貴族達が企てたものだったらしい。

エルンの国が滅ぼされたのを最後に、その後大きな衝突は起きていない。


本当の意味で、サガーナは軌道に乗ったところなのだ。

自分達の命を、暮らす場所を守る為に戦い勝ち取ったばかり……。

だけど、今まだ獣人を奴隷にしている国がある。

理解してくれる国が増えたとしても、虐げられてきた記憶は、消えるものじゃない。

不安や恐怖は何時も隣り合わせなんだと思う。


その中で……少しでも子供達が幸せに暮らせるように

獣人の人達は、サガーナの国全体で子供を守ろうとしている。


そんな大人の事情や気持ちを、子供に汲み取れと言っても無理な話で

子供は素直だから、優しくされれば懐くし心を許してしまう。

僕が彼等に願う、種族としてではなく個としてみてくれる。


だけど、それが仇になり

優しい商人の振りをして近づき、仲良くなってから子供を浚う奴隷商人もいる。

子供を保護した振りをして、蒼露の葉を盗もうとする奴もいる。


そんな事があれば、人間をそう簡単に信じるんじゃないと

教えるようになってしまうはずだ。


僕は、僕と両親との板挟みになって

泣いているアイリに、どうやって声をかけていいのかを思い巡らした。


「アイリ」


「……」


「アイリ。僕は大丈夫だから、泣き止んでくれないかな?」


「……」


「ムイも心配してるよ?」


ムイが先ほどから、アイリの足を鼻でつついていた。

アイリは少し顔を上げ、ムイの頭を撫でる。


僕は、先ほどまで座っていた椅子に座るようにアイリに伝え。

まだ、完全に涙は止まっていないけれど僕の言うとおりに

椅子に座ったアイリ。僕はアイリの後ろに回り、鞄からブラシを取り出して

アイリの髪を梳いていく。


「少しの間じっとしていてね」


驚いたように、後ろを振り向こうとしたアイリに声をかけ

僕の言葉に頷いて、アイリは前を向いた。


なぜか……今日は日本の家族を思い出してならない。

鏡花が悲しいことがあって泣くと、母は何時も鏡花の髪を梳いて

何時もとは違う髪形にしてあげていた。母が忙しいときは僕が……。


「アイリは、お父さんとお母さんが大好きなんだね」


アイリの髪を梳きながら、僕はゆっくりとアイリに声をかける。


「……うん」


少ししゃくりあげながらも返事をするアイリ。


「ありがとうね」


「え……?」


後ろを振り向こうとするのを止めて、前を向かせる。


「アイリの大切な人達に、僕を良く言ってくれたでしょう?

 僕は人間なのに」


「……師匠は、人間だけど奴隷商人じゃないもん」


「確かに僕は奴隷商人じゃないけれど

 悪いことをする人間と同じ種族なんだよ」


人間への警戒を忘れて欲しくなくて

あえて、こういう言葉を選んだんだけど……。


「それは……。でも、それは……師匠のせいじゃないでしょう?」


「……」


アイリの返答に、言葉が出なかった。


「私やユウイの髪は銀色でしょう?」


「そうだね、綺麗な色だね」


トゥーリと同じ色だ。


「お父さんは黒色でお母さんは白色で

 私は、黒か白に生まれたかったって思ったの」


「うん」


「だって、他の人達はお父さんかお母さんのどちらかの色を貰うんだよ?」


「そうなんだ」


ラギさんから聞いて知っている。それに子供の頃の色は大人になるにつれて

変わる可能性がある……だけど、アイリとユウイには魔力があることから

きっと、銀色のまま成長するかもしれない。どちらかの先祖が銀狼だったのかな?


「うん。だから、私も銀色じゃなくて白か黒が良かったって泣いたの」


「……」


「だけどね、お父さんがどういう色になるかは

 神様が決めることだから、生まれたことを感謝するべきだって言ったの」


「うん」


「だから、今はこの色も好き。だって、お父さんもお母さんも

 可愛いって言ってくれるから」


「ユウイとも一緒だしね?」


「うん」


「最初、師匠のこと怖かったの」


「それは仕方ないよ」


「だからね……。あ、これはアルトには内緒にしてね?」


「うん?」


「だから、師匠が大好きっていうアルトは変な子だって思ったの」


「……そ……そう」


僕は笑いそうになるのを堪える。


「どうして、人間と一緒に旅なんてできるんだろうって」


「確かにね」


「だけど、アルトがね狼になったときにこういったの

 師匠は、人間だけど最強だって」


……アルトそれはちょっと意味が分からない。


「最強って言うところは、よくわからなかったんだけど」


「……」


「人間だけどって……」


そこで少し黙り込んでしまうアイリ。


「 師匠が人間なのも、神様が決めたことなんでしょう?」


「……そうだね」


「じゃぁ、それは私と同じで仕方ないことだよね?」


「うん」


「アルトは、私に優しかったし大丈夫、大丈夫ってずっと言うから

 だから、私も頑張って師匠のお膝の上に乗ってみたの」


一番最初の夜の出来事の話なんだろう。

アルトと話す事で、お父さんとの会話を思い出したのかもしれない。

それが、僕を受け入れてくれるきっかけになったのか……。


「そうかぁ……。僕とアイリが仲良くなれたのは

 アルトとアイリのお父さんのおかげなんだね」


「うん……。うん」


アイリの頭が少し揺れる。

僕は鞄から、淡いピンクと白色で縁取りされたリボンを取り出し

アイリの髪をまとめながら、耳の上より高い位置で結んだ。


鏡花が一番好きだった髪型だ。


「だけど……お父さんもお母さんも

 どうして、わかってくれないのかなぁ……」


僕は、ブラシを鞄にしまい

アイリの前へとまわり、片膝をついてアイリと目線を合わせる。

アイリのほうが少し高い。


「アイリ、アイリのお父さんとお母さんは

 アイリが居なくなってからずっと心配していたんだ」


「……しってるよ」


「だから、アイリがまた僕に連れて行かれてしまうんじゃないかって

 不安になっているんだよ。アイリが酷い目にあうかもしれないって

 心配になるんだよ」


「師匠は、そんなことしないよ!」


「うん。だけど、僕がアイリのお父さん達と会ったのは

 昨日が初めてで、それも少しの間だけでしょう?」


「うん」


「だからね、仲良くなるには少し時間がかかると思うんだ」


「……」


現実は、仲良くなれるかどうかははっきり言ってわからない……。

時間を費やしても、無理なような気はする。


「お父さん達は、僕だから近づいちゃ駄目だって

 言ってるんじゃないんだよ。僕がまだどういう人間か

 わからないから、近づかないようにって言ってるんだよ」


「……だけど」


「だから、僕は大丈夫なんだよ。

 反対に、僕はアイリのお父さん達に賛成なんだけどね」


「え……」


「僕も、アイリみたいな妹がいれば

 お父さん達と同じことを言うと思う」


アイリは少し驚いたような顔をして僕を見た。


「美味しいお菓子を上げるって言われても

 知らない人間に着いていっちゃ駄目だよって言うと思うな」


「着いて行かないもん!」


アイリは、少し頬を膨らませて怒る。


「それに、それを言うなら

 アルトのほうが危険だと思う」


アイリの反論に、思わず笑ってしまう。


「あー。アルトにも言ってるよ……」


「……」


「アイリもユウイに言うでしょう?

 知らない人に、着いて行っちゃ駄目だって」


「うん」


「それと同じことなんだよ」


「そうかなぁ?」


本当は似てるようだが、全然違う……。

怪しいから近づくなではなく

排除対象()だから近づくななんだけど……。

僕が何か行動を起こせば、即戦闘になるんだろうな。

ここら辺は、別に気がつかなくてもいいだろうと思い

アイリの心の負担を取るほうに意識を向ける。


「子供や……アイリみたいな女の子は

 大人の男の人に勝てないでしょう? アイリは知ってるよね」


アイリは顔色を変えて頷く。


「だから、やっぱり僕も人間には近づいてはいけないって言うよ。

 僕も、アイリが辛い目にあうのは嫌だからね」


「師匠にも……会っちゃいけないの?」


「うーん……僕としては、長に滞在を許されたからといって

 安易に近づくのは、やめた方がいいとは思う」


「……」


「だけど、アイリはここに来るつもりでしょう?」


真っ直ぐ僕を見て頷くアイリに、苦笑する。


「だから、3つ約束してくれるかな?」


「なに?」


「1つめは、これから先僕以外の人間がこの村に来ても

 アイリが自分で自分の身を守れるようになるまで

 大人と一緒じゃなければ、会わない」


「うん、大丈夫。

 私は、師匠以外の人間は怖いもん」


「2つめは、ユウイにもちゃんとそのことを教えること」


「うん、わかった。最後の1つは?」


「最後は、ここに来るときは必ず

 お父さんか、お母さんに言ってこなきゃ駄目だ」


「……」


最後の約束にだけ返事をしないアイリ。


「アイリが、この村に帰ってきて

 まだ1日もたっていないし、どこかに出かけるときには

 連絡していくのが当たり前だよね?」


「だけど……」


アイリの不安は、僕に会いに行っては駄目だと閉じ込められることなんだろう。


「大丈夫。アイリのお父さんがさっき言ってたでしょ?」


「なにを……?」


「一度家に帰ってご飯を食べなさいって」


「あ……」


「お父さんは、ここに来る事を良く思ってはいないけれど

 アイリを閉じ込める事はしないと思うから」


「……」


「わかった?」


「うん……ちゃんと言ってから来る」


まだ少し不安そうなアイリに

鞄から出した、鏡を渡す。少し不思議そうに鏡を受け取って覗くアイリ。


「わー」


「上手に出来てるでしょう?」


「うん! 師匠ありがとう」


嬉しそうに目を細めてやっと笑ってくれたアイリに

心の中で、ほっと息をついた。


「お父さんもお母さんも怒ってないから

 美味しいご飯を食べておいで」


「うん!」


まぁ……少し複雑そうな表情は作るかもしれないけど

大丈夫だろう。


「あのね師匠」


「うん?」


「後でね、シーナお姉さんも見て欲しいの……」


「どこか悪いの?」


「違うの…… シーナお姉さんの首の……」


「……うん、わかったよ」


アイリが全部言う前に、僕が頷き返事を返すと

安堵したような表情を浮かべて「また後でね」と走って家に帰っていくアイリ。

その後姿を眺めながら、僕は静かにため息を吐いた。





読んでいただきありがとうございます。

訂正:サガーナ建国500年→350年に変更。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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