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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 浜簪 : 心づかい 』
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『 私の願いと師匠 : 後編 』

* アイリ視点

 ユウイは、2ヵ月前に高熱を出して寝込んでしまった。

お父さんが、長に頼んで貴重な蒼露の葉をわけてもらったのだけど

熱は中々さがらなかった、1年前ならもう一度蒼露の葉をもらえたかも知れないけど

今は1人にそう何度も分けてもらえなくなっていた。


暫くしてユウイの熱は下がったけど、熱のせいなのか病気のせいなのか

ユウイの目は見えなくなっていた……。

ユウイは、病気が治れば目が見えるようになると思っている。

だけど……蒼露の葉では治らないって、長に言われた。

お母さんが、後一枚だけ欲しいと長にお願いしていたけど

駄目だと言われて泣いていた。魔法でも治らないだろうって言われた。


だけど、試してもいないのに治らないって言わないで欲しかった。

この村に魔法が使える人は居ない。青狼の村の人達は魔法が使えるけど

風の魔法を使える人は居なかった。


使える人が居なければ、ユウイを見てもらう事も出来ない。

ユウイは毎日お母さんに、いつ病気が治るのか聞く。


「おかあたん、ユイのびょうきあしたなおる?」


「どうかな……」


「ユイいいこにしてるから、あしたなおらないかな」


「……」


ユウイがお母さんにそう聞くたびに、お母さんは泣いていた。

私はユウイの目が見えないのも辛かったし、お母さんが泣くのも辛かった。

だから、薬草に詳しいおばさんに教えてもらって薬草を毎日採りに行っていた。


お母さんは危ないからやめなさいと言っていたけど

ユウイの為に私ができる事はこれぐらいしかないから……。

警戒しながら薬草を採っていたのに……気がついたら奴隷商人に捕まっていて

逃げ出そうとして殴られ、首輪をつけられて袋に入れられた。


今思い出しても怖い……。師匠が助けてくれなかったら

私はシーナお姉さんのように、傷つけられていたかもしれない。


「おねえたん?」


ユウイが私を呼ぶけど、私は口を開く事が出来ない……。

そんな私を師匠は黙って見つめていた。


「おねえたん、どうしたの?」


「……」


ユウイが不安そうに、私の手を強く握った。

私は、ユウイの手をぎゅっと握り返して、師匠を見る。


「……師匠は、風の魔法をつかえるんでしょう?」


私の質問に、師匠は頷きながら答える。


「うん、僕は風使いの魔導師だからね」


「風の魔法は、病気も治せる?」


「治せる病気と治せない病気があるね」


治せない病気があると聞いて、心がぎゅぅって痛くなる。

言葉にするのが怖い……。治らないって言われるのが怖い。

途切れ途切れになる言葉に、師匠は口を挟まず聞いてくれる。


「ユウイは、病気で、目が見えなくなったの」


「……」


「師匠に、ユウイを、見て欲しいの」


「ユウイは、蒼露の葉を飲まなかったの?」


師匠の質問に、涙があふれそうになる。


「の……んだけど……」


それ以上言葉が出てこなかった。


「そう……」


涙が地面に落ちる。そんな私の頭を師匠がゆっくりと撫でてくれた。


「おねえたんないてるの? どこかいたいの?」


「……だいじょ……うぶ。どこも……いたくない」


私は手を繋いでないほうの手の甲で、目元をこする。


「ユウイ、少し目をつぶってごらん?」


師匠がユウイの顔に手を伸ばす。

ユウイは師匠に言われたとおりに、目をつぶっていた。

師匠がユウイの目に手をかざして、私の知らない言葉を呟く

師匠の声が消えた瞬間に、手から光があふれてまぶしくて私も目を閉じた。


そっと目を開けたら、その光は消えていて


「ユウイ、もういいよ。ゆっくりと目を開けて」


師匠に、ゆっくりと目を開けてって言われたのに

全然ゆっくりじゃなかった。師匠は少し困ったように笑っている。


「しとー?」


「なにかな?」


ユウイが目をパチパチとさせながら、師匠の頭に指をさした。


「しとーのおみみはどうしたの?」


ユウイの言葉に、私はすぐには声を出す事が出来なかった。

師匠は人間だから、私達とは耳の形も位置も違う。それがわかると言う事は

ユウイの目が見えているって事だ。


「僕の耳はここに在るんだけどね……」


そう言って、師匠がユウイに耳を見せていた。


「どうして、そんなところにおみみがあるの?」


「どうしてだろうね……僕も考えた事がなかったよ……」


「しとーもわからないの?」


「うん……分からない」


「かわいそうだね……」


「うん……そうだね……。でもちゃんと聞こえるから大丈夫」


「ふーん」


ユウイの微妙な質問に、優しい目をしながら答えている師匠。


「ユウイ……」


「おねえたん、なに?」


目が見えなくなってから、私と視線が合うことはなかったのに……。

今は、ちゃんと視線があっている。治ったんだ……治してくれたんだ。

じわじわと、心の中に嬉しい気持ちが湧き上がってくる。


「ユウイ! 目が見えるようになったんだね」


ユウイは私の言葉に、数回瞬きすると

やっと、見えている事に気がついたようだ。


「おねえたん、ユイびょうきなおった!」


「よかったね……よかったね」


「うん、ユイめみえるよ!」


良かった。ユイの目が治った……。

師匠にお願いしてよかった。師匠に会えてよかった。

心からそう思った。嬉しくて涙がこぼれた。


「師匠……ユウイの目を治してくれて、ありがとうございました」


「どういたしまして」


そう言って師匠は笑う。

ユウイは、私を見て「しとーがなおしてくれたの?」と聞く

私が頷くと、ユウイも師匠にお礼を言った。


「しとー。ありがと」


「はい、どういたしまして」


そして、師匠が何かを言いかけた瞬間

ユウイが私の鞄を指差して、キラキラした目で見ている。


「おねえたん! これうたたん? うたたんだよね?」


「うん、そうだよ」


「いいなぁ、うたたんいいなぁ。

 ユイも、うたたんほしい」


「うーん」


「おとうたんにかってもらったの?

 なんで、ユイにはかってくれなかったのかなぁ?」


このうさぎは、師匠がくれたものだ……。

私も気に入っていて、名前も付けた。だからユウイには悪いけれど

上げようとは思えなかった。


「おとうたんにたのんだら、ユイにもかってくれるかな?」


「……」


多分買ってくれないと思う……。

ユウイの病気を治すために、沢山お金を使っていたから。

どうやって、ユウイに言えばいいのか分からなくて困っていたら


師匠が鞄から、私のうさぎと色違いのうさぎを取り出した。


「ユウイ、それはアイリのうさぎだからね。

 ユウイのうさぎは、こっちにいるよ」


ユウイが、私のうさぎを欲しそうに眺めていたけど

師匠が、鞄から出したうさぎを見せるとすぐに師匠からうさぎを貰っていた。


「しとー、このうたたんユイの?」


「うん、ユウイは病気に負けなかったからね。

 ユウイに上げるよ」


「しとー。ありがと!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶユウイを見て、私も嬉しくなる。

私と同じように、鞄とリボンも貰ってユウイは大喜びだ。


師匠は、ユウイだけじゃなく私にも新しいリボンをくれた。

嬉しい事が沢山で、私の心はとても満たされていた。


師匠とユウイと私と……。

そこでハッと気がつく。何時も師匠と一緒に居るアルトが居ない。

アルトはどこに行ったのかと、師匠に聞こうとした時


「アイリ! ユウイ!!」


怒った声のお母さんが走って私達の側に来た。

そして、ユウイの手をとる。ユウイはうさぎの事で頭がいっぱいで

お母さんが怒っている事に気がついていない。


「おかあたん、みて! しとーがうたたんくれた!」


そう言って、嬉しそうにお母さんにうさぎを見せる。

お母さんはそのうさぎを見て、眉間にしわを寄せたかと思うと

ユウイからうさぎを取り上げ、投げ捨ててしまう。


「そんなもの! 人間から貰うんじゃないの!」


そう言って、私の手をとろうとするが

私はお母さんの手を避けた。ユウイはうさぎの方を向いて叫んでいる。


「うたたん! ユイのうたたん!!」


「アイリ!!」


お母さんが私を呼び、私を捕まえようとした瞬間

ユウイがお母さんの手を振り払って、うさぎに向かって走っていく。


「ユウイ!!」


「このうたたんは、ユイのなの!!」


そう言ってうさぎを拾い、うさぎを捨てられた怒りをお母さんにぶつける。

怒ったユウイの視線とお母さんの視線が、しっかりとあった。


「……ユウイ?」


その事に少し動揺して、そしてうさぎとユウイを見て目を見開く。

ユウイが、走って取りに行った事に気がついたんだ。


「ユウイ? 目が見えてるの?」


「しとーが、びょうきをなおしてくれた。

 えらいねって、うたたんくれたの!」


ユウイの言葉に、呆然として私を見る。

私が頷くと、お母さんは1人で家に帰っていった。

師匠を一度も見ないで……。私は……師匠にお礼を言ってもらいたかった。

私を助けてくれたし、ユウイを治してくれた……お礼を……。


私が俯いて、唇を噛んでいると


「アイリ、ムイがねアルトが居ないからしょげているんだけど

 少しだけ、遊んであげてくれないかな?」


そう言って、変な家からムイをつれてくると私に渡す。

ムイは、少し元気のない声で「ムイ~」と鳴いた。


「師匠、アルトはどこに行ったの?」


「青狼の長に会いに行ってるよ」


青狼の村(蒼の村)に行ったの?」


「うん。青狼の村の事を蒼の村というの?」


「うん、そう」


「じゃぁ、青狼の長は蒼の長?」


「そうだよ」


どうして、蒼の村に行ったのか理由を聞きたかったけど

ユウイが、私の腕の中のムイを見つけて走ってくる。


「おねえたん、これなに?」


「ムイムイっていうんだって。名前はムイね」


「ムイたん。かまない?」


「うん、ムイは優しいから噛まないよ」


私は、アルトが初めてムイを触らせてくれた時のように

ムイの背中をユウイに向けた。ユウイは恐る恐る触ると

少し興奮した声で「あったかい!」と言った。


師匠が本を読んでいる側で、私とユウイがムイと遊んでいると

お父さんが来た。きっと、お母さんに何か聞いたのだと思う。


「アイリ、ユウイ朝ごはんが出来たから戻りなさい」


お父さんの言葉に、ユウイが不機嫌な顔をして「いや!」と叫ぶ。


「ユウイは、朝ごはんいらないのかな?」


「おかあたん、ユイのうたたんすてるもん!」


「捨てないから、家に帰りなさい」


「ほんと?」


「本当だ」


お父さんは、ユウイの目をずっと見ていた。

本当に見えているのか確認していたのだろう。

うさぎを捨てないと言われた、ユウイはお父さんの方へ走っていくと

飛びついて、師匠の事を色々話す。


病気を治してくれたこと、ぬいぐるみをくれた事

師匠の耳の形が変で、かわいそうだって事も話していた。


お父さんは、ユウイの言葉に頷きながらユウイを抱っこする。

そして、私を見て「アイリも一度ご飯を食べに戻りなさい」と言って

お母さんと同じく、師匠を一度も見ないで歩き出す。


「お父さん!」


私の呼びかけに、お父さんは一度止まって振り返る。


「師匠が治してくれたんだよ! 師匠が私を助けてくれたんだよ!」


「……だからどうした」


お父さんのその一言で、私は固まってしまった。


「アイリ、先に帰っているから。早く戻るんだぞ」


そう言って、今度は振り返りもせずに歩いていってしまった。


「なんで……。なんで……」


どうして、助けてもらったらありがとうって言いなさいって

お母さんとお父さんが教えてくれたのに……。


私だって、人間は嫌い。私に酷いことをした人間なんて大嫌い。

だけど……。師匠はあの人達とは違うのに……。

わかってもらえないのが悔しくて

私が師匠を村に連れてきてしまったことが苦しくて

涙が止まらなかった……。




読んでいただきありがとうございました。


* 会話文を変更。


「師匠、アルトはどこに行ったの?」

「青狼の長に会いに行ってるよ」

青狼の村(蒼の村)に行ったの?」

「うん。青狼の村の事を蒼の村というの?」

「うん、そう」

「じゃぁ、青狼の長は蒼の長?」

「そうだよ」

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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