『 私の願いと師匠 : 前編 』
* アイリ視点
* 獣人語を『』→「」にしています。
朝目が覚めて、一瞬夢でも見ているのかと思った。
そこは、私がずっと帰りたいと思っていた場所だったから。
助けてもらってすぐは、人間も師匠も怖かったけど
時間がたつにつれて、師匠に対してだけは怖いと思わなくなった。
師匠とアルトは、私にとても優しくしてくれたしアルトと一緒に
師匠の膝の上で、聞いた事もない物語を聞くのが好きになった。
その時に、優しく背中を撫でてもらうのも気持ちよかった。
アルトと師匠と出会って、アルトが一番最初の夜に私に言った言葉。
『師匠の膝の上はとても気持ちがいいし、師匠の話はとても楽しいんだ。
だから、アイリも師匠の膝の上においで』そう言って私を誘うアルトについて
恐る恐る、師匠の膝の上に乗った。
優しいすみれ色の目で、私とアルトにお話をしてくれた師匠。
アルトは先に寝てしまったけど、私の隣でアルトの温もりを感じて安心できた。
奴隷商人に浚われてから不安で仕方がなかったけど
この人達と一緒なら、お父さんとお母さんの所へ帰れるかもしれないと思った。
それに……私の怪我を一瞬で治してくれた師匠に
どうしても村に来て欲しかった。絶対に外れないといわれている首輪を
簡単に壊してしまった師匠に、どうしてもお願いしたい事があった。
だから、他の村には行かずに師匠とアルトに送ってもらいたかった。
だけど……私の選んだ事は間違っていたのかな……。
師匠はとても優しい人なのに、誰も私の話を聞いてくれなかった。
私を助けてくれた人なのに……お母さんが師匠を殴って
無理やり、師匠と引き離された。
師匠は謝ったら許してくれるかな……。
私のお願いを聞いてくれるかな……。
私はベッドの上で、耳を立てて家の様子を探る。
まだ朝早いから、誰も起きていないみたい。
音を立てないように、ベッドから降りようとしたら
隣で寝ていた妹が起きてしまった。
「おねえたん?」
「おはよう、ユウイ。
まだ早いから、もう少し寝てよう?」
「おねえたんは?」
「私は……ちょっとお散歩にいこうかなって」
「おねえたん、ユイもいきたい」
「……」
「ユイもおたんぽいきたいなぁ」
「まだ、お母さんもお父さんも起きてないから静かに出来る?」
「できる」
口を手のひらで押さえて笑うユウイをベッドからおろして
着替えを手伝い、私も寝巻きを脱いで服を着る。
師匠から貰った鞄の中に、うさぎのナルを入れて
ユウイと一緒にこっそり家を出た。
昨日お父さんに、師匠とアルトがどこに居るのか聞いても
教えてくれなかったけれど、師匠のにおいもアルトのにおいも覚えているから
簡単にさがすことができる。
私はユウイの手を引いて、師匠が居る場所へと急いだ。
この時間なら、師匠はもうきっと起きてる。
師匠のにおいを辿って着いた場所は、家が取り壊された空き地だったのに
変な家が出来ていた。師匠が作ったのかな?
師匠はここに居ると思うんだけど、入ってもいいのか分からなくて
悩んでいると、師匠が変な家から出てきた。
「おはよう、アイリ。
とても早いね? どうしたの? 僕に用事かな?」
師匠の優しい声に泣いてしまいそうになる。
師匠の顔を見たけれど、顔は腫れていなかったから少し安心した。
何も答えない私に、師匠は膝をついて目線を私に合わせてくれた。
師匠はアルトには近づくのに、私には少し距離を置いてしまう。
それは私が怯えていたからだってわかっているけど
もう怖くないから平気なのに……。
私はユウイの手を引いて、師匠の側まで行き
昨日殴られていた師匠の頬をそっと触った。
「痛く……ない? 師匠ごめんなさい」
私が師匠に触れた事で、師匠は少し驚いたようだ。
「痛くないよ。アイリが謝らなくてもいいんだよ」
そういって、師匠は私の頭を優しく撫でてくれる。
昨日までと同じ、優しい師匠の手のひらだった。
「おねえたん、だれがいるの?」
今まで大人しくしていた、ユウイが私に聞く。
「だれとはなしているの?」
「師匠だよ」
「しと?」
「師匠」
「しとー」
「……」
ユウイには、まだ師匠っていえないのかもしれない。
私が困っていると、師匠が笑って「しとー」でいいよって言ってくれた。
だけどその後に「僕の名前は……セツナなんだけどね」と呟いていた。
ユウイが首をかしげているのを見て、師匠が真っ直ぐに私を見つめる。
「アイリが僕とこの村に来たかったのは、この子の為かな?」
「……」
黙ってしまった私に、ユウイが何かを感じたのか
「しとー、おねえたんいじめちゃだめですよ」と言う。
「君は、アイリの妹なのかな?」
「うん、ユイなの」
「そう、初めましてユイちゃん」
「ちあうの、ユイなの!」
「ユイ?」
「ちあーう!」
ユウイはまだ小さいから、自分の名前をちゃんと発音できない。
「師匠、ユイじゃなくてユウイって言う名前なの」
「なるほど、間違えてごめんねユウイ」
「あい」
師匠が悪いわけじゃないのに、ユウイに謝る師匠。
師匠は目を細めて、ユウイを見ていた。そして、その視線を私に戻すと
真剣な顔でもう一度聞いた。
「アイリは僕に何をして欲しいのかな?」
「……」
師匠の言葉に、返事を返したいのに言葉が詰まる。
もし、師匠も治せなかったらどうしたらいいんだろう……。
ユウイはこのままずっと、目が見えないままなのかと思うと怖かった。
読んでいただきありがとうございます。