『 私のセツナ観察 』
* セリア(幽霊)視点
太陽が昇る少し前の時間……。疲れたように眠る青年の顔を
そっと眺める。今回は本当に眠っているようだ。
優しい薄茶色の髪をそっと撫でてみるけれど、体のない私の手は
髪を素通りするだけだった。
切羽詰っていた私を、拾い上げてくれた彼はまだとても若かった。
私からすれば、きっとここの長ですら若いと言えるのかもしれない。
そんな事を考えながら、軽く笑ってしまう。
こうやって寝顔を見ていると、年相応に思えるのに
彼の精神は、どう見てもこの年齢に当てはまるものではなかった。
魔導師だから、感情の制御を学んでいるという事もあるのだろうけど
それでも……この年齢で、感情のブレが少ないのは異様だ。
魔導師というものは、一番最初に感情の制御を学ぶ。
魔力の制御というのはとても繊細で、感情に引きずられて魔法を使用したり
中途半端な集中での詠唱は、魔力が暴走するか発動しない事が多い。
どちらにしても、危機的な状況の中では命取りになってしまう。
だから、魔導師はどんな状況下にあっても
冷静に対処できる能力が求められるのだ。
この世界をさまよう間に様々な魔導師を見てきたけれど
セツナほどありえない魔導師は見た事がなかった。
全てにおいておかしい……。
トキトナで出会ったときは、自分のことで精一杯で
セツナのことは、少し変わった青年だとしか思っていなかった。
内包する魔力が桁違いなのは、正直いまだに信じられないけれど
それでも、彼は幽霊の私にも優しかったし彼の弟子であるアルトにも優しかった。
魔力の多い、少しお人好しな青年という印象だったのだ。
セツナの異様さに気がついたのは、指輪に入って
セツナの魔力を自分の魔力に変換し、数日たった頃だった。
指輪の中に居ても、外を見ようと思えば見る事が出来たので
眠りから覚めたら、うすぼんやりとした意識の中で外を眺めていたのだ。
セツナの魔力が馴染み、意識がはっきりしてきてから
セツナの魔力がおかしいと気がついた……。魔力の量は元々おかしい。
だけど……セツナの魔力の色が、いつも殆ど白色なのだ。
幽霊になったからなのかは分からないけれど、この姿になってから
魔力の色を見る事が出来るようになっていた。
最初の頃は、属性によって色が違うのだと思っていたのだけど
よくよく観察してみると、魔力についている色はその人の感情の色だと分かった。
強い感情なら、原色に近い色。
例えば、燃えるような怒りなら赤、冷たい怒りや酷い悲しみは青。
穏やかな感情は淡い暖色系、寂しさや悲しみは淡い寒色系というように。
人間は魔力を持って生まれるから、何時もそれなりの色を纏っている。
それは魔導師であってもそうだ。
感情を制御するといっても感情が無くなるわけじゃない。
感情に囚われて、集中力を乱さない能力が高いというだけ。
だから、魔導師が魔法を使っていてもその魔力の色はその時の感情がでている。
誰かを癒すなら、穏やかな淡い緑であるとか
何かを攻撃するなら、原色に近い赤色だとか……。
必ず魔力には、感情の色がついているものだった。
なのに……セツナは何時も白色だ……。
感情と魔力を完全に切り離しているのだろうか?
そんな事が出来るのだろうか……。
もしかして、セツナは生きていないのかもしれないとも思った。
アルトと話して、笑ったりしながらも感情の色が見えない魔力に不安になった。
感情のない……白い魔力。
怖いと思ったけれどなのに、なぜか逃げ出したいとは思わなかった。
白色は怖かったけど、不思議とセツナの魔力は居心地が良かったから。
セツナの魔力の色は、この狼の村に来ても同じで
沢山の獣人に囲まれていても、酷い事を言われても殴られても
少しも魔力の色は変わらない。
反対に、隣に居るアルトの魔力は表現できないぐらい
目まぐるしく色が変わっていたけれど……。
だけど、アルトが帰ろうと言ったとき
初めて、セツナの魔力に色がついた……。
それは一瞬、淡い黄色。
本当に瞬きする間の短い時間に現れた淡い黄色。
その色は、見ている私まで満たされるような
蒲公英のような優しい色。
そこで初めて、セツナの魔力に感情の色が現れないのではなく
セツナの魔力が強すぎて、感情の色をかき消してしまうんだと分かった。
今まで私が見落としていただけなんだろう。
理由が分かったからか、白色に対する恐怖はなくなった。
この村についてから、ずっとセツナとアルトの様子を見ていたけれど
正直、腹が立って仕方がなかった。私がセツナの立場なら躊躇せずに
この村から出て行っていたと思う。
夜になり、こっそりと指輪から抜け出し姿を消して
セツナをじっと見つめていた。少し寂しそうな、そして疲れた表情をしていてから
少し心配になって、声をかけようか迷っていた。
どうしようかと、ふわふわとセツナの周りを浮いていたその時
セツナが誰かと話し始めた。誰と話しているんだろうと聞き耳を立てていると
セツナの魔力に、淡い薄紅色が一瞬浮かんだ。
恋する人の感情!? セツナってば恋しちゃってるの!?
乙女の好奇心が大いに刺激される。
セツナの恋の相手は誰かしら?
ドキドキしながら、セツナの会話を聞きつつ想像する。
名前はトゥーリさんというらしい。
どんな表情で話しているのか知りたくて、セツナの前にまわって
その瞳を見た瞬間……声もでなかった。
どうして……そんな……目をしているの?
恋人と話しているんじゃないの?
セツナが見せた感情の色は間違いなく、薄紅色だった…… 。
なのに、セツナの瞳に宿る色はとても暗かったのだ。
見てはいけないものを見てしまったような気がして
セツナに声をかけることはせずに、指輪に戻ろうとした瞬間。
白色の魔力の中に、黒色の点が浮かんだ。
何時もなら、すぐに消えるはずの色は
灰色になる事もせずに、そこに浮かび上がっている。
そして、セツナが黙り込み俯いた瞬間……その黒色の点が増殖し白を侵食していく。
見る見るうちに白が黒になっていく魔力に、背筋が凍りつくような恐怖がわく。
呆然と、白が黒に喰われていくのを見ていた。
黒は絶望の色、破滅の色……そして狂気の色だ。
全てが黒になろうとした時、セツナが顔を上げた。
一瞬目があった気がして、私は我に返る。
このままでは、セツナが壊れる。そう思った。
切羽詰っていたのに、出てきた言葉は自分が呆れるほど間抜けなものだったケド。
「セツナ~。トゥーリってだぁれ~?」
セツナが驚き、私を凝視する。
「お姉さん、気になって指輪から出てきちゃったワ」
本当は、ずっと外に居たのだけど……ごまかす為に笑う。
私の登場に本当に驚いたという顔をしていたセツナ。
セツナの魔力の色はゆっくりと、黒から白に戻って行っていた。
セツナの気持ちが落ち着いていくほどに、白が増えていく。
セツナの周りをふわふわと飛びながら、セツナと目が合うと
彼は本当に、ほっとした表情を見せて私にお礼を言った。
とぼけた振りして返事を返すけど、きっと彼はなぜ私が声をかけたのか
分かっているみたいだった。だんだんと顔色を悪くしていくセツナに
出来るだけ明るい声で、声をかける。
「呪っちゃう? 祟っちゃう? とりついちゃう?」
セツナは冗談だと思ったようだけど、半分は本気だった。
正直、アルトとアイリは可愛いと思うが……私は獣人が好きではない。
元々好きではないのに、セツナに対する態度でずっとむかついていたのだ。
セツナに隠れて、悪夢を見せるぐらいはいいかなっとか……。
セツナが駄目だというので、やめたけれど。
それから、セツナが建てた布製の家の中に入り
2人でお酒を飲みながらいろんな話をした。
トゥーリさんの話を聞くつもりだったのに
セツナは片思いなんですよとしか言わなかった。
仕方がないので、もう1つ疑問に思っていた事を聞いてみる。
「どうして、あの獣人の女性に殴られてあげたの?」
ターナとか言う、アイリの母親の事だ。
セツナなら避けれたはずだし、手を押さえることも出来たはず。
セツナは少し、困ったような表情をした後答えてくれた。
「本当なら、アイリを近くの村に連れて行かなければならなかったんです」
「だけど、アイリちゃんが嫌がったじゃない?」
「そうなんですけどね……。
それでも……親の気持ちを考えるならば
娘が無事である事を少しでも早く伝えてあげるべきだったんです」
「……」
「だけど、アイリの願いもあって僕達の事情を優先させてしまった」
「それでも、殴られてあげる必要はなかったんじゃないかな」
「大切な人の安否を思う、苦しさは
僕よりも、セリアさんのほうが理解できるんじゃないですか?」
「……そう……だけど」
セツナの言葉に、私の亡骸を抱えて泣いている彼の姿が浮かんだ。
「ターナさんは、精神的にも限界に近かった。
だから、どこかで捌け口が必要だったのもあるし……。
僕も一発ぐらい殴られてもいいかなって思ったんです」
「……」
「僕の自己満足でしかないんですけどね。
その自己満足のせいで、アルトを傷つけてしまいましたが」
そう言って、苦く笑うセツナに私は何もいえなかった……。
会話が止まって、セツナがお酒を口にする。
そして、ポツリと呟く。
「アルトは、どういう選択をするんでしょうね……」
私は、長がセツナに言った言葉を思い出す。
『この子が戻ってこなかったら、お前さんはどうするつもりだ』
その問いに、セツナは
『アルトが、青狼の村で過ごす事を望むなら
アルトの腕輪を僕に持ってきてください。あの腕輪はアルトにしか外せません。
誰かが無理に外そうとすれば、その人の腕が折れます』
『……』
『アルトの意志を曲げて、僕の元に返さないというのなら
僕は、どんな事をしてもアルトを迎えに行きます。
だけど、アルトの意思で村に残る事を決めたのなら
腕輪を受け取った時点で、僕はこの村を立ち去ります』
『腕輪は本当に外れるのだな?』
『アルトが外そうと思えば、外れます』
『わかった……』
アルトは、2人の会話を複雑な表情で聞いていたけれど
セツナは、その事についてアルトに声をかけることはしなかった。
ただ、「行ってらっしゃい。気をつけてね」と声をかけただけだった。
「……」
セツナが黙って、自分の思考に入っているのを見つめながら
私はありえる想像を口にする。
「どうかしら? 青狼の村で暴れて捨てられるかも?」
私の言葉に、セツナは眉間にしわを寄せてため息をついた。
「青狼の長が……寛大な人であることを願うよ……」
どう考えても、私同様アルト君は獣人の大人達を良く思っていない。
セツナ大好きなアルトが、セツナの悪口を言われて怒り狂う姿が目に浮かぶ。
「……違う意味で心配になってきました」
「心配しても仕方がないわよ」
「そうなんですが……」
「まぁまぁ、ほら飲みなさいな! 私の分まで!」
深いため息をつきながら、「ご飯は食べたかな」とか
「怪我しなければいいけれど」とか……セツナの態度は心配する親そのもので
なぜか笑えてきてしまい、そのことを指摘すると「うるさいですよ」と
そっぽを向いた。その態度がなにやら可愛くてまた笑ってしまう。
眠れないセツナが眠くなるまで、私はセツナと話していたのだった。
「そろそろ寝ます」とセツナが言い、私も指輪に戻ろうとした時
セツナの魔力の中に、淡い黄色が一瞬浮かんだ。
そしてアルトにはいつも見せている本当の笑みを
私にも見せてくれた事に、少し驚いた……。
セツナの「ありがとうございました」という言葉と共に
一度指輪に戻り、セツナが眠りについた頃にもう一度外にでる。
もうセツナの白い魔力は怖くない……だけど、あの時見た黒い魔力は
普通の感情ではなかった……。この子は心の中にいったい何を隠しているんだろう。
最初から最後まで薄れる事のなかった、黒色。
何時も穏やかなセツナを、一瞬で黒に染め上げた
何かに、私は不安を覚えたのだった……。
読んでいただき有難うございました。