『 僕と彼女との関係 』
月のない夜はとても静かで、どの家の扉も窓も僕を拒絶するように
きっちりと閉じられていた。明かりさえもれる事はない。
おかげで星がとても綺麗に見えるけれど。
さすがにここまでの拒絶は体験した事がなかったので
そういうものだと理解はしていても、寂しいという感情がわいてしまうのは
種族間の対立に対する、僕の認識が甘かったせいだろうか?
心のどこかで、話せばわかってもらえるだろうと思っていた事も確かだ。
だけど、獣人は人間を人間は獣人を個・個人として見ていない。
要は、僕を僕自身ではなく人間という一括でしか見てもらえていない。
僕自身を見てもらえない事には、僕の言葉はただ素通りしていくだけなんだろう。
人間からも獣人からも僕の考え方は異質で、僕自身知識があっても価値観は地球で
育った頃のものだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけれど。
ここまで考えて、この寂しさの理由が彼等に拒絶されたからではなく
僕の価値観に寄り添ってくれる人が、居ないという事が原因だと気がついた。
久しぶりに感じる、孤独感。
この世界に来て、友達もできたし、気遣ってくれる人も出来た。
……祖父みたいな人とも会うことが出来た。
だけど、何よりアルトが僕の隣に居てくれたから寂しさを感じなかった。
生きていくうえでも、僕1人ならもっと適当に過ごしていたかもしれない。
自然とため息がこぼれる。アルトは青狼の長と会えただろうか?
長に魔法を解けといわれて、アルトの魔法を解き
僕が信用されたわけではなく、アルトが青狼だから話を聞いてもらえた
といったところだろうか……。
もしアルトが青狼ではなく、この村の一族の狼なら
どうなっていたのかは分からない……。とりあえず、僕達の目的を
狼の長に聞いてもらう事が出来たわけだけど……。
青狼の長に会うのは、アルトだけということになったのだ。
長にそういわれた時、アルトは会わないと言ったのだが
僕としては、やっぱり会ってきてもらいたいので
アルトが帰ってくるまで、この村に滞在する事を許してもらい
アルトを宥めて、ラギさんに頼まれたものをちゃんと渡して欲しいと
言い聞かせて、やっと頷いてくれた。
アルトの気が変わらないうちにと、すぐ出発する事になったのだった。
残された僕は、アイリの父親にこの村に宿屋はないといわれ
アイリの家に滞在するかと聞かれたが、さすがにターナさんがあの状況では
僕が行くと落ち着かないだろうから断った。
『どこか、野宿できるような場所があればそこで過ごします』
僕の言葉に、アイリの父親は少し考え
村の端のほうにある、以前家があったであろう跡地へと案内した後
僕を一瞥し、すぐに帰っていった。
少し草が生えた場所を見てため息をつき
アルトがいつ戻るか分からないので、草を魔法でならした上に
居場所だけでも、ゆったり過ごせるように
5人ぐらい入れる布製のテントを建てた。
テントを建てなくても、魔法で風や雨を避ける事も出来るし
不可視にもできるけど視線を感じた事から、突然見えなくなれば騒ぎになるに違いないと
思いテントで視線を回避する事にしたのだった。
警戒して、見張られるのは仕方ないけれど
余りいい気分でないのは確かで……。
寝る場所を確保し、適当に夕飯を食べ
今はテントから出て、星を眺めトゥーリに声をかけるかどうかを思案していた。
手紙のやり取りは、最初の頃より増えたが殆どが薬草に関することだった。
僕が道筋を立てたとはいえ、僕とトゥーリの間に甘い感情が割り込む事はなく
僕としては、ため息しか出ない状態になっていた。
最近は、元々まじめな性格のトゥーリは頑張りすぎているのか
夜寝るのがとても早いみたいだ、声をかけると何時も眠そうな声で返事をしてくれる。
それはそれで可愛いのだけど、睡眠を妨げる事に少し罪悪感を抱いてしまう。
声を聞くたびに、逢いたくなる……。
彼女が困ると思いつつも、気持ちを伝えてしまう。
僕が気持ちを伝えたときだけ、息を呑んで黙り込んでしまうトゥーリに
伝えるのをやめようかと思う事もあるけれど……。
いつかは、僕を1人の男としてみて欲しいと思っているから……。
「トゥーリ……」
結局……トゥーリの睡眠の邪魔をするのを選んでしまった僕。
「……ん……」
やっぱり寝ていたのか、眠そうな声が聞こえてくる。
「寝てたかな?」
寝ている事を知っていたのに、声をかけた事は
僕の胸のうちにしまう。
「……うん」
「ごめんね」
「……大丈夫」
「少し……根を詰めすぎているんじゃないのかな?」
僕から薬草を薬にする方法を、クッカから薬草の栽培の方法と精霊語を
そして、トゥーリはクッカに共通語を教えている。
前はクッカから届く手紙は、精霊語で書かれていたのだけど
今は、トゥーリが精霊語でクッカが共通語で送られてくる。
僕は2人に合わせて、返事を書くようにしていた。
すこしふわふわした殆ど寝ている声で、トゥーリが僕に返事を返してくる。
そんな声も可愛いと思い、笑いたいくすぐったい気持ちを堪えていた。
「う……ん……頑張らないとね……」
「程々にで良いと思うんだけどな?」
「ん……」
「トゥーリ?」
半分寝ながら会話しているんだろう……。
会話をやめたらすぐに寝てしまいそうだ。
「だって……1人で生きていく為に……必要な知識だし……」
「……」
トゥーリの言葉に絶句してしまう。
呼吸が止まりそうなほどの衝撃を受ける……。
1人で生きていく為に……? 1人で……?
僕は君の伴侶なのに……1人で生きていく事を考えているの? トゥーリ……。
「うぅ……ん」
どういう意味で言ったのか答えを知りたい……。
僕は君の伴侶なんだと叫びたい……。
なぜ2人じゃないんだと、怒鳴りたい……。
今すぐ、トゥーリの所へ行って目を見て問い詰めたい。
そんな様々な感情をぐっと抑え、手元の草を土ごと握りしめながら声を出した。
「……トゥーリ、今日はもうお休み」
「うん……ごめんなさい……」
「……おやすみ、トゥーリ良い夢を」
「……おやすみなさい……先生」
そこで通信は切れた……。
「……」
僕は君にとって本当に、先生でしかないんだね……。
きっと先ほどの言葉も、明日には覚えていないんだろうね。
半分しか覚醒していなかったから、本音がこぼれたんだろう……。
僕の中で、狂気が囁く。抑えなければと思いながらも
抑えようという気力がわかない。
このまま、自分の中にある狂気に従ってしまえば
楽になれるような気がした……。
僕の視界に、僕を監視している獣人達が目に入る。
彼等が僕とトゥーリの会話を聞けるわけがない。
僕の声は外には漏れていない。
だけど、ずっと見られている事から今の会話を聞かれたような錯覚を覚える。
頭の中から消し去りたい、聞かなかった事にしたい……。
僕を監視している奴等を殺してしまえば、消せるんじゃないか?
何時もなら思いもしない、馬鹿な考えが頭をよぎる。
狂気が僕の思考を削り取っていく……。
孤独感が僕を襲う。
何時もなら、抑える事が出来る感情を抑える事ができない……。
激しく全てを壊したい衝動に駆られる。
僕を監視している奴等を……暗い凶悪な感情に囚われそうになった瞬間。
「セツナ~。トゥーリってだぁれ~?」
気が抜ける声が僕の前から聞こえた。
「お姉さん、気になって指輪から出てきちゃったワ」
えへっと笑いながら、僕の顔を覗き込んでくる幽霊の彼女に
僕の中に渦巻く感情がゆっくりとおさまっていく。
ふわりふわりと浮いている彼女と目が合うと
セリアさんの目は、口調とは裏腹に僕の事を心配しているようだった。
僕の魔力を通して、何かを感じたのかもしれない。
「助かりました……」
「何の事かしら?」
とぼけてくれる彼女に、僕は自然と苦笑が浮かぶ。
本当に助かったのだ……。もしあのまま暴走していたら
取り返しのつかない事になるところだった、背中に冷や汗が浮かんだ。
自分の思考に入りそうになる僕を、彼女はニタっと笑い
お得意の言葉を僕に投げる。
「呪っちゃう? 祟っちゃう? とりついちゃう?」
そんな彼女に、僕は呆れたような声と口調で返事を返した。
「当分の間、全部お休みするんじゃないんですか?」
「退屈だし~。少しぐらい楽しんだって罰はあたらないわ」
「……いえ……呪われたりした人はいい迷惑かと」
「だって、私のセツナをみんなしていぢめてくれちゃうんですもの」
「僕は誰のものでもありませんけど!」
「それに、私がセツナにして上げられる事って
これぐらいしかなさそうだしね?」
優しく笑う彼女に、心からお礼を言った。
「……そんな事ないですよ。
本当に、助かったんです……。有難うございます」
「私は居るだけで役に立つ存在なのね!」
彼女の軽口に、彼女の威張りように、笑いを誘われる。
心の中にある狂気が綺麗に消えていき、僕は僕の気持ちを立て直した。
そんな僕をじっと見つめている彼女の視線に、少し照れてしまい違う話題を振る。
「以前より姿がはっきりしてきましたね」
「そう~? 自分では分からないけど
でも、セツナの魔力を毎日せっせと変換しているわ」
「頑張ってください。僕も頑張りますから」
「うんうん。明日からまた頑張るよ。
だから~。今日はお姉さんの好奇心を満たすのだ青年よ!」
そう言って僕の前に座り、「私にお酒をお供えするのよ!」といい
僕に酒を用意させ、夜が明ける直前まで2人で話していたのだった。
読んでいただき有難うございます。