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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 浜簪 : 心づかい 』
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『 僕達と狼の村の長 』

 沈黙が支配する空気の中、剣の柄を握りながら無表情で立っていたアルトが

柄から手を離し、アルトの手を押さえていた僕の手を握った。


そして俯くと、ぽそりと僕にこう告げた。


『師匠、帰ろう……』


『……』


『帰ろう』


『アルト……』


『師匠はここに用事はないんでしょう?

 師匠がここに来たのは、両親に売られて

 奴隷にされて……故郷がない俺の為だ。

 途中からは、アイリを送る目的もできたけど』


『……』


『俺は家族を知らないし、こういう場所で暮らした事もないから

 師匠が教えてくれた、同族と言うのも本当は良くわからない……けど

 俺も奴隷だったし、俺と同じような子が売られていくのも見てた。

 人間なんて大嫌いで、殺したいと思った事もある。

 今も時々思う……。だから、師匠がアイリを助けて帰ってきたとき

 良かったって思ったんだ。アイリが俺みたいに辛い思いをする前に

 師匠が助けてくれてよかったって思った……。

 だから、この人達の言ってる事もちゃんとわかってる』


アルトは、静かな口調で淡々と話していた。

自分の心の中の感情を、一生懸命まとめながら。


『だけど師匠……。師匠が奴隷商人に間違われる事は今までだってあったし

 大人の人が、確認するのは必要な事だと言うのは納得できる……。

 だけどね師匠……だけど……!』


ゆっくり顔を上げたアルトの目の中には、純粋な怒りの感情が浮いていた。


『俺は知ってるから。俺は師匠に助けられなかったら奴隷として死んでいた。

 アイリも師匠が気がつかなかったら、奴隷として売られていた。

 俺の怪我も、アイリの怪我も師匠が治してくれた。服も靴も与えてくれた。

 アイリが心細くて泣いてた夜は、師匠がずっとアイリの背中を撫でてたのも知ってる』


ここで一度歯を食いしばり、真っ直ぐアイリの父親を見るアルト。


『側にいて、みてないものを信じるのは難しいけど

 今、アイリはお母さんに抱かれて家に帰っただろう!?

 貴方とも会う事が出来ただろう!

 アイリは怪我をしていなかったでしょ! ちゃんと綺麗な服も着てた!

 なのに、なぜ師匠の話をちゃんと聞こうとしないんだ

 ここにくるまでに、貴方はアイリを見ていた。

 その時のアイリは笑っていただろ! 酷い扱いを受けていたら

 笑えるわけがないんだ!!』


ああ……アルトはアイリの父親がここに来るのが遅れた理由を

ちゃんと気がついていたんだ。


『師匠は俺やアイリを大切にしてくれているのに……。

 なぜ、奴隷商人や泥棒呼ばわりされて殴られなきゃいけないんだ!!』


そして次の瞬間、アルトの瞳からすっと怒りの感情が消え

僕に向けたその表情は、とても辛そうな顔をしていた。

僕が彼等に言われた事……殴られた事がアルトの心を傷つけていた。


『だから……師匠。もう帰ろう?』


『アルト』


『じいちゃんから頼まれた事は、ギルドから送ってもいいって

 俺の手紙に書かれてた。じいちゃんは優しいからわかってくれる』


僕の手紙にも、僕が受け入れてもらえなかったときの事が書かれてあった。

アルトのほうにも書かれていたとは思わなかったけど……。


『俺に故郷が必要なら、コーネさんたちが居るところでもいいんだ。

 何かあったら相談に乗ってあげるって、コーネさんも言ってた。

 元々俺は、同族がどうとかわからないから……ココじゃなくてもいいと思うし』


そう言って僕を見上げるアルトを見ながら悩んでいると

アルトが僕の手をぎゅっと握る。耳は半分寝ている状態だ。

アルトの気持ちが、色々な所に現れていて……僕はなんともいえない気持ちになった。


怒りよりも……悲しみのほうが大きい

そう、剣を抜くのをやめてしまうほどに……。


このままここで、理解してもらえるまで居るべきなのかも知れないけど

これ以上はきっと僕の我侭でしかないのだろう。


『そうだね。帰ろうか』


正確に言えば、帰るではなく次の目的地に行くんだけど……。

僕の言葉に、アルトは満面の笑みを浮かべて頷いたのだった。


アルトの言葉に、僕を取り囲んでいる獣人達は複雑な表情を浮かべていたが

アイリの父親は、ただ僕達をじっと眺めているだけだった。

僕は、アイリの父親に視線を合わせここから立ち去る事を告げた。


『我らが、そう簡単に帰すと思っているのか』


『帰ると決めましたから、帰ります』


『こちらはまだ、納得したわけではない』


その言葉と同時に、周りの獣人達が僕との距離を詰めようと動く。


『大人しく捕まったほうが身の為だ』


『……お断りします』


アイリの父親は、小さく何かを呟いてから

僕を囲んでいる獣人達に命令を下した。


『かかれ』


「― 結界を展開 -」


静かな彼の命令と同時に、僕も魔法を詠唱し僕とアルトの周りに結界を張る。

実際は、僕の詠唱よりも前に結界は完成していたわけだけど……。

僕の結界に阻まれて、武器を振り下ろした彼等が弾かれた。


初めてアイリの父親に驚きの表情が浮かぶ。

彼等がここで待ち伏せしていたのには、ちゃんと理由があったのだ。


『貴方方が……この場で僕を待っていたのは

 ここが、魔力を封じる事が出来る場所だからですよね』


四方に、魔力封じの魔道具が設置されている。

魔力がない獣人達の、魔導師対策といったところだろう。


『……』


『村の見える丘あたりから、貴方はずっと僕達の動向を見ていた。

 僕が武器を持っていなかったところから、魔導師だろうと判断し

 魔力を封じるこの場にたどり着くまで、手を出さなかった』


本当は、アイリを見つけたその時に僕達からアイリを取り戻したかったと思う。

だけど、僕が魔導師かもしれないと思ったからアイリに危害を加えられるのを

恐れてここまで我慢していたんだろう。


僕達を取り囲んでいる獣人達の顔に緊張が走る。


『最初から気がついていたのか?』


『ええ。だけど、僕はここに戦いに来たわけじゃない……』


『……』


「― 転移 トキトナへ展開 ―」


呪文の詠唱も魔法陣も本当はいらないのだけど

一般的に、転移の魔法は足元に魔法陣がでるらしいので出しておいた。


魔法の詠唱は、魔導師一人一人違う。

各々が、イメージしやすく集中できるように考えるものらしい。

優秀な魔術師ほど、洗練され詠唱も短くなっていくようだ。

僕の詠唱は何時も適当で、よく使う魔法は出来るだけ同じように唱えるようにはしているが

その時の状況によって、展開で発動させる事もあれば起動で発動させる事もある。

状況によってといえば聞こえがいいけど、本当のところはその時の気分だったりする。


僕の詠唱と同時に、僕とアルトの足元に魔法陣が浮かびクルクルと回る。

それを見て、慌てたように周りの獣人達が僕達と距離を詰めようとするが

結界が邪魔をして、僕達に近づく事が出来ない。


足元から風が流れ、僕やアルトの服がはためく

アルトを見てアルトが頷くのを確認してから、「起動」と口に乗せようとしたとき


『待たれよ』


しわがれた声で、僕をとめる声が響いた。

アイリの父親の後ろから、光る杖を持った老齢の獣人が現れる。


獣人達が口々に、『長』と言っていることから

この人が、この村の長なんだろう。


僕に視線を向け、アルトを見てからアイリの父親の目を見て

『アイリに魔法はかかっておらなんだ』と告げた。


アイリの父親は、ほっとしたような表情を浮かべ、長に礼を言った。


『だが……その少年には、何か魔法がかかっている』


アルトを見てそう告げ、目を細め射る様な目で僕を見る。

長のこの言葉から、獣人達の殺気が膨れ上がった。


『先ほどから、少年の言葉を聞いてはいたが

 お前さんは、自分に魔法がかかっていることを知っているのかね?』


長がアルトに問いかけるが

アルトは、長の言葉に動揺する事はなかった。

驚いた表情さえ見せなかった。毅然とした眼差しを長に向け


『俺にどんな魔法がかかっていても

 師匠が俺の知らない間に、魔法をかけたとしても

 それは俺の為にかけられたものだと思ってる』


『その考え方そのものが、その人間の魔法のせいだとは思わないかね』


『師匠はそんな事はしない!』


『魔法で操られていたら、自分では判断できないであろう』


『……』


ギリッとアルトが歯を食いしばる音が聞こえる。

そんなアルトの態度を気にすることなく、長はアルトを追い詰めていく。


『少年がそれほどまでに、人間を信じるのであれば

 今ここで、その魔法を解いても問題はないの?』


『ない!』


長にうまく誘導されているけれど……。

アルトが僕を信じていてくれることが嬉しかった。


『そこの人間はどうか? この場でその少年の魔法を解く事ができようか?』


僕を見る周りの目は、僕が魔法を解く事が出来ないと思っているようだ。

長もそう思っているのだろう。アルトは絶対ここに残る事を選ぶと……。


『お前さんが、その少年の魔法を解いても

 その少年の態度が変わらないのであれば、好きに立ち去ればよい。

 だが、操っているとわかった場合……どこに逃げようとも追いかける』


長の威圧に、アルトが息を呑んだが

僕を見上げて、自信満々の顔で頷いた。

その表情に、思わず苦笑してしまう。


僕はアルトの頭に手を載せ、アルトの魔法を解く……。


「― あるべき姿に戻れ ―」


その言葉と同時に、アルトにかけていた魔法が解ける。

アルトの魔法が解けた瞬間、誰もが息を呑んでいた。


それは、アイリの父親も長も例外ではなかった。

驚愕に目を開き、言葉が出ないようだ。

長の持っている、杖から光が消えた事からあの杖は魔道具なのだろう。


『師匠?』


アルトはそんな周りの反応を、いぶかしげに見つめ

自分に何の魔法がかかっていたのか、覚えていないようだった。


『魔法をかける前に、アルトにもちゃんと説明したよ?』


『えー? そうだっけ?』


『うん』


少し首をかしげ、思い出そうとしているようだったけど

すぐにあきらめてしまう。


『忘れた』


『だろうね……』


僕は、鞄から鏡を出しアルトに渡すと

アルトが鏡を覗き込み、確認した瞬間……。


『ぎゃーーーーーーー!!!!!!』


アルトが叫んだ……。

アルトが叫んだ事に僕が驚く。


『師匠! 俺この色嫌い!! 早く! 早く戻して!!』


『戻すも何も……それがアルトの色だよ……。

 僕は綺麗だと思うけど……?』


『俺は師匠と同じ色がいい! 早く戻して!!』


『仕方がないな……』


アルトの必死な様子に、少し呆れながら

僕はアルトの頭の上に手を載せ、アルトの髪と瞳の色を変える。

アルトは鏡で戻った事を確認すると、ほっと息を吐いた。


『僕は、青色も可愛いと思うけどな……』


そう呟く僕に、『俺は男なの! 可愛くなくていいんだ!』と反論した。

アルトの抗議が少し意外で、思わず笑ってしまい……アルトの機嫌が悪くなる。


『師匠!』


『ごめんごめん……。帰ろうか』


プリプリと怒っているアルトに笑いながら謝り

僕の言葉に、アルトは軽く頷いた。


僕達が立ち去っても、これで問題ないはずだ。

まだ足元に展開されたままの魔法陣が残っている。

僕は、アイリの父親と長に視線を向け頭を下げた。


『お騒がせいたしました。それでは、失礼します』


アルトは僕の態度に不満という表情を張り付かせていたけれど

何がどうつながるのかわからないのだ。時がたってアルトがまたここに来るかもしれない。

その時に少しでも、いい印象を持ってもらえるように……。


……無理かもしれないけど……。


僕自身も、色々思わなくはないけれど……アルトが僕の代わりに怒ってくれているから

アルトを見て、少し笑うとアルトもまた笑い返してくれた。


『待て……』


僕がアルトから目をはなし、顔を正面に向けると

先ほどと同じように、長が僕を止めた。


『お前さんたちの話を聞こう』


長の言葉に、周りの獣人達が反対の声を上げる。

口々に『長!』と呼び、危険だと告げる。


僕の魔力を封じる事ができなかった事から

警戒レベルは最大まで引き上げられているように思った。


『……青狼の子を、このまま帰すわけには行かない』


この一言で、全員が口を閉じた。


『お前さんたちの目的は何だ』


長のこの言葉に、アルトは首を横に振るが

僕はアルトの背中を軽く二度叩き、宥めてから

僕達がここに来た理由を告げたのだった。



読んでいただき有難うございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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