『 僕達と獣人の村 』
新しい朝が来て、朝食を済ませるとアイリとアルトがパタパタと
出発の準備を始める。うさぎのぬいぐるみのリボンは毎日違うものに
かえられていた。
忘れ物がないかを確認してから、僕達はアイリの村に向かって歩き出す。
出発した時は、今までと同じようにゆっくりとした道中だったが
少し高い場所から、村が目に入った瞬間アイリの目に涙が浮かんだ……。
だけど、その涙を落とすことなくアイリは黙々と歩く。
今のアイリの目には、喜びや安堵といった感情が表れていた。
アイリの歩く速度が少し速くなったけど、僕やアルトにとっては
その歩みはまだまだ余裕のあるものだった。
村の門が見え、アイリの顔に笑みが広がるけれど
アイリとは反対に、アルトはいつでも剣が抜けるように
歩きながら集中していた。
僕は周りの様子を "鳥"を使い探り、門の周りに数十人の獣人が
待ち構えているのを確認する。彼等の殺気が周りの生き物を緊張させているのか
不気味なほど静かな道を、3人で歩く。
アイリの足取りは軽く、アルトは彼等の殺気に反応し臨戦態勢に入っていく。
僕はと言えば、どうやって彼等に話をしたらいいのかを考えていた。
門まであと少しという所で、隠れていた獣人たちが一斉に飛び出し
僕達の周りを武器を構えながら囲んだ。アルトが剣を抜こうと柄に触れたところを
アルトの手を押さえ止める。
アルトが不満を目に宿したが、僕が首を振ると肩から力を抜いた。
だけど、まだ手は剣の柄を握っている。何かの拍子に剣を抜きそうな気配に
僕はアルトの手を押さえたまま周りを見回した。
アイリは、いきなり武器を構えた大人たちに囲まれたことに怯え
僕の後ろに隠れ、僕の服を持つ手が小刻みに震えている。
獣人達の武器は、アイリやアルトに向けられているものではなく
僕個人に向けられているのだけど……アイリには分かっていない。
不安そうに僕を見上げるアイリの視線を感じながら
僕は彼等に話しかけるが……。
彼等は、武器を構えたまま誰ひとり口を開こうとはしなかった。
冒険者であることを伝えても、信じてもらえていないようだ
長に取り次いで欲しいと伝えてみても無反応……。
アイリは僕の後ろで震えているし、アルトは臨戦態勢を継続中だ。
どうしたものかと、考えているところで1人の男性が
周りの獣人達の間から姿を見せる。その人を見た瞬間
アイリが僕の後ろから飛び出した。
『お父さん!』
一目散に父親に駆けていくアイリ。
アイリの声に、父と呼ばれた人は安堵した表情を見せ
飛びつくように抱きついたアイリを危なげなく受け止め抱きしめる。
アルトは、父親の腕の中で泣くアイリをじっと見つめていた。
アイリが落ち着いたのを待って、アイリの父親が僕に視線を向ける。
その視線は、アイリに向けていた優しいものではなく間違いなく敵として
見ているような眼差しだ。
『この村に何のようだ』
殺気と警戒の篭った視線を、僕に突きつけながら
アイリの父親が口を開いた。
『この村の長にお願いがあってきました』
『願い? アイリを盾に取り願いと言う名の脅しに来たのか?』
彼の言葉に、驚いた表情を見せたのはアルトとアイリだ。
アイリが、父親の服の袖を引っ張りながら声をかける。
『お父さん、ちが……』
『お前は黙っていなさい』
父親の厳しい表情に、肩を震わせて俯いてしまうアイリ。
『アイリさんは、もう貴方の腕の中だと思いますが』
『アイリの行動を制限していないのは
こちらの警戒心を解こうと画策しているからではないのか』
『違います』
『アイリだけではなく、その少年もお前にとっての駒なのだろう?
本当の切り札は、その少年なんだろう』
彼の言葉に、アルトの表情が強張る。
僕が手を離すと、きっと剣を抜いて切りかかるに違いない……。
『以前も子供を浚い、保護したと連れてきた人間が居た。
その人間の狙いは、蒼露の葉だ……お前もそれを狙っているんだろう?』
蒼露の葉というのは、精霊樹といって精霊が木と同化し育った葉の事で
サガーナでしか取れないと言われている。怪我より病気に効果のある葉なのだが
余り出回らない為に、高価なものとして扱われていた。
人間と違って、獣人が魔力を持って生まれる事は少なく
魔法で治すことが出来る病気や怪我も、風使いがいなければ薬で治すしかない。
獣人にとって蒼露の葉というのは、サガーナで守らなければいけない物の1つだ。
それに……精霊が関っている薬草などは
普通に育てられた、もしくは採取した薬草と比べると薬の効果が
数段跳ね上がる。植物を育てるのが得意な精霊と契約した人間が
育てる薬草は、いい値段で取引されていた。
精霊樹は精霊そのものといってもいいのかもしれない。
その精霊が分け与える恩恵は、どのような病気にでも効くわけではないが
普通の薬草と比べることが出来ないほどの効果があった。
竜の血と比べれば、霞んでしまうかもしれないが……。
竜の血を手に入れようと考えるよりは、蒼露の葉のほうが手に入れやすいと
考え浅はかな行動にでるんだろうな……。
とりあえず今は、色々な誤解を解いていかないことには
僕達がここに来た意味が、アイリを送るだけになってしまう。
本来の目的を達成できるように、僕とアルトの関係を理解してもらえるように
僕は、アイリの父親の視線を受け止めながら言葉を返した。
『彼は、僕の弟子です。
僕達は、冒険者をしながら旅をしています。
この村に来た目的は、蒼露の葉ではありません』
『弟子? それは表向きの話だろう。
この国で、都合のいいように呼び方を変えたんだろう』
『違います』
『アイリにも、何か魔法をかけ自分の都合のいいように
操っている可能性もある……』
怒気をはらませながら彼が僕に問う。
『お、お父さん! 師匠は』
『アイリ、黙っていなさい』
アイリは僕と父親との会話に口を挟もうとするが
彼がそれを許さない。
『僕はアイリさんに魔法をかけてはいません』
僕の言葉に、アイリが必死に頷いている。
『お前が私の立場なら……お前は信じる事ができるのか?』
彼の言葉は尤もだと思う……。
自分の娘を浚われたばかりなのだから……その間の心痛はどれほどのものだろうか
彼の目の下が青い……心配で眠る事など出来なかったのだろう……。
命を落としたのなら、死体を見たのなら……憎悪を胸に抱えながらも受け入れるしかないだろう。
だが……奴隷として生きている可能性がある。どこかで苦しんでいるかもしれない……。
助けを求めているかもしれない……。泣いているかもしれない。
彼等は……奴隷となった獣人の末路を嫌と言うほど知っているはずだ……。
それが自分の身内なら、なおさら引き裂かれるような辛さを伴うはずだ。
届かない声は気持ちは……どこまでも心と体を責めていく。
簡単に、僕を信じて欲しいと言っても伝わらない事は理解できる。
一触即発の空気に、アイリの顔はとても青かった……。
どうすれば、僕が奴隷商人ではなく蒼露の葉を狙った泥棒でもない事を
信じてもらえる事が出来るのか……。
信じてもらえたとしても、人間であるかぎり対応はそう変わりそうもないけれど……。
アルトが青狼の長と会い、話を聞く期間ぐらいは受け入れてもらいたい。
『お前が奴隷商人の仲間ではないと、どう証明する?』
ビリビリとした殺気が漂う空気の中
僕が彼の質問に答えようとしたとき、彼の背後に女性が駆けてくるのが見える。
その女性がアイリの姿を見たとたん、涙をこぼし抱きしめアイリの名前を繰り返し呼んだ。
『お母さん……。お母さん』
その女性と抱き合い、同じように泣くアイリ。
女性はアイリの頭を撫で、顔を見て『良かった』と何度も呟く。
彼女の顔もまた青く、疲れた表情を見せていた……。
母と娘の再会に、少しだけ空気が柔らかくなったのを感じたけれど
彼女が僕を視界に入れた途端、その疲れた顔に怒りを宿し
刺すような視線を向けて立ち上がり僕に近づく、そして……誰が止める間も無く
僕の顔を平手で打った。平手で殴る独特な音がその場を支配した。
『この奴隷商人が!
ここから生きて帰れると思うな!!』
アルトは硬直し、アイリは顔面蒼白になっている。
アイリの母親がもう一発殴ろうとしたところを、アイリの父親が腕を抑えて止めた。
『……ターナ、アイリを連れて家に戻れ』
アイリの母親は、ターナさんと言うらしい。
ターナさんは、怒りで手を震わせていたけどアイリを抱き上げると
僕を見ることなく歩き出す。
『師匠……。師匠……ごめんなさい』
母親に抱かれながら、泣きじゃくり僕に謝るアイリに
僕は軽く手を振った。
(僕は大丈夫。お母さんの側に居てあげて。
ずっと、アイリを心配していただろうから……)
そう心話で話しかけると、アイリは少しほっとしたような顔を僕に向け頷いた。
アイリが居なくなったことで、この場の空気が一気に悪くなる。
アルトは怒りや不機嫌を通り越して、無表情だった……。
読んで頂き有難うございます。





