『 僕達とアイリ : 前編 』
ムイと遊んでいるアルトとアイリの声を聞きながら
僕は食事の用意をしていた。アイリが先ほどから、笑顔を見せていることに
少し安堵する。
スープを火からおろし、パンを適当に切り分け
火であぶって溶けたチーズをパンの上にぬっていく。
ベーコンに火を通してから、チーズの上に乗せお皿に乗せる。
『ご飯が出来たよ』
僕の言葉に、アルトがアイリの手をひいて火の側に腰を下ろす。
アイリは、先ほどまでアルトに笑顔を見せていたのだが
今は緊張した面持ちになっていた。
僕は、アルトにスープの入った器とパンの乗ったお皿を渡すと
アルトは、それをアイリの前に置いてスプーンをアイリに手渡す。
アルトは次に自分の鞄から、ムイのご飯を入れるための器を取り出し
その中に、林檎を丸ごと1つ置いた。僕はそれを横目で見ながら
スープを受け取る為に、手を伸ばしたアルトに食事を渡した。
アルトがアイリに食べるように促し、自分もスープに口をつけ
パンをかじる。アイリは、美味しそうに食べるアルトを暫く見てから
恐る恐る、スープに口をつけた。
ゆっくりと口に入れて、そして飲み込む……。
アイリの目が、輝いたことからどうやら気に入ってもらえたようだ。
アルトと同じく、夢中になって食べている。
僕はと言えば、アイリの様子をさりげなく観察しながら
すぐ側で聞こえる音に脱力しそうになっていた……。
カコ……カコ……。
カコ……カコ……。
ムイが、一生懸命林檎をかじろうとしているのだが
林檎が大きい為か、食べることが出来ないようだ。
口に入れる前に鼻に当たっているようで、器が移動していっている……。
そして、とうとう林檎が器から飛び出し僕の足元に転がってきた……。
-……。
ムイが僕の側に来ると
僕を見上げて「ムイ~」と情けない声を上げる。
僕はため息をつきながら、林檎を拾い上げた。
『アルト』
僕の呼びかけに、アルトだけではなく体を震わせてアイリも食べるのをやめる。
口を動かしながら、僕を見て首をかしげるアルト。
『アルト、ムイはまだ小さいから
林檎を丸ごと入れても、食べることが出来ないよ
ちゃんと切ってあげないと』
アルトは口の中にあるものを飲み込みながら、ムイをみて
器を見て、僕の手の中にある林檎を見た。
「あー」
『次から気をつけようね。
食べれないと、ムイが可哀想でしょう?』
僕は、林檎を水で洗い
小さく切り分けながらムイの器にいれる。
「うん、気をつける」
ムイは、やっと食事にありつけシャクシャクといい音をさせながら
林檎を食べ始めた。アルトは、ムイにごめんなと謝ると自分の食事を再開する。
アイリは、暫く僕を見ていたけれど
僕はその視線に気がつかない振りをして、食事を取った。
食事の片づけが終わり
僕は膝に毛布をかけ、木にもたれながら本を読んでいた。
アルトとアイリは、毛布に包まって横になっているが
時折怯えるように震えるアイリが気になるのか
アルトも眠れないでいるようだ。
僕は、もう少ししてアイリが眠れないようなら
魔法で眠らせようと考えていたのだが、アルトが急に立ちあがると
狼に変身してしまう。
それを見て、アイリが驚いたように目を丸くするが
アルトはじっと、アイリを見て何かを伝えているようだ。
獣人同士なら、獣の姿になっても意思のやり取りができるみたいだ。
アルトとラギさんが、よく悪戯をするのに狼になっていたことを思い出す。
アイリが一度頷くと、アイリも狼に変身してしまう。
アイリが狼に変わったのを確認してから、アルトが僕の膝の上に乗ってきた。
膝の上で数回クルクルと回ると、寝心地のいい場所を見つけたのか丸まってしまう。
少し顔を上げ、アイリのほうをじっと見つめている。
いったい何を話しているんだろう?
アイリは、ゆっくりと僕に近づき前足を僕の足に乗せようとするが
その足を下ろすことが出来ない。アイリの背中の毛は少し立っていて
警戒していることが窺える。
躊躇しているアイリにアルトがまた何かを話しているようだ。
アイリはアルトに頷き、そして僕を見上げる。
アルトが何を話しているのかが分からないのだが
多分、膝の上に乗れといってるんだろう。
僕をじっと見るアイリに頷くと、アイリはそっと膝の上に乗ってくる。
僕の様子を確認しながら、アルトの横でゆっくりと丸まった。
アイリが僕の上で丸まると同時に、アルトの声が僕に届く。
(師匠、お話して)
『お話?』
僕がいきなり声を出したからか、体を固くするアイリ。
アイリの言葉が僕にも分かるように、アイリに心話の魔法をかけた。
『何の話がいいの?』
(俺、アヒルの子供の話がいい)
(……)
『また? この前も同じ話をした気がするけど』
(俺、その話が一番好きだ)
『それじゃぁ、アヒルの子の話をしようかな』
(やったー)
(……)
アイリの心はずっと黙ったままだけど
僕が話を始めると、真剣な顔で僕の話を聞いていた。
僕はアルトの背中を撫でながら、話を進めていく。
アイリは時々、僕の手の動きを追いながらアルトを見ていたが
アルトは話の半分ぐらいで寝てしまった。
話をねだっておいて、すぐに寝てしまうのはどうかと思うけど
アルトも色々気を張って疲れていたのだろう。
ご苦労様と心の中で呟きながら
僕は、アイリの為に最後まで話を続けたのだった。
『……綺麗な白鳥だったのでした……おしまい』
僕の話が終わると、ほっと息をつくアイリが可愛い。
僕が思うよりも、話に引き込まれてくれたみたいだ。
アイリは、僕を暫く見つめて
その視線を、アルトの背中の上にある僕の手に向け
少し体を起こすと、そっと自分の鼻で僕の手をつつく。
アイリが何をしたいのか分からなかったので、僕は黙って
アイリの行動を見守っていた。
僕を一度見上げて、また鼻で僕の手をつつく。
湿っている鼻は、つつかれると少し冷たい。
僕の手に何かあるのかと、手のひらを上に向けて
アイリに見せると、そっと自分の頭を手のひらに押し付けた。
-……。
僕はゆっくりと、アイリの頭を撫でる。
アイリは、気持ちよさそうに目を細めて頭を下げて丸まった。
-……撫でて欲しかったのか。
もしかすると、寝る前に親から何時も撫でてもらっていたのかもしれない。
いい夢が見れるようにと祈りながら、アイリが寝付くまで背中を撫でていたのだった。
アルトと朝の訓練を終えて戻ると、アイリが目を覚ます。
僕達が居ない間に目を覚ますと混乱すると思い、少し魔法をかけていったのだ。
人の姿になって、まだ眠そうな目をこすりながらもアルトを目で追っていた。
『アイリさん、おはよう』
「アイリおはよう」
僕達が声をかけると、小さい声で『おはようございます』と返事を返す。
アイリが大丈夫そうだと思ったアルトは、薪を集めてくるといって
ムイと一緒に走っていってしまう。
僕と残されたアイリは、戸惑った様子で立っていた。
僕が、朝ごはんができるまで座って待っててと伝えても座ろうとしない。
どうしたものかと悩んだ挙句
カイルが残していった、鞄の中に入っている大量のぬいぐるみを使うことに決める。
僕は鞄から、クリーム色のうさぎのぬいぐるみを取り出す。
僕の行動をじっと見ていたアイリが、うさぎを目に入れた瞬間耳が動く。
『アイリさん、お願いがあるんだけどいいかな?』
『……』
『この子とお友達になってあげてくれるかな?
僕の鞄にずっと入ってるのが嫌みたいなんだ』
僕は、うさぎのぬいぐるみを左右に少し揺らし
アイリに向かって、うさぎを差しだす。アイリの目はうさぎに釘付けだ。
僕とアイリの距離は少し開いていたのだが
僕から近づくことはせず、アイリがこちらに来るのを待った。
ゆっくりと僕に近づいて、僕が差し出すウサギをそっと受け取る。
そしてじっとうさぎを見つめて、初めて僕に微かに笑顔を見せた。
『その子はまだ名前がないからね。
アイリさんがつけてくれるかな?』
コクっと一度頷くアイリ。
僕は鞄の中で、10本程度の様々なリボンを作り取り出す。
それをアイリに渡す。
アイリは不思議そうに僕とリボンを見る。
僕は少し声を潜めて、アイリに話す。
『これは内緒なんだけど……』
『……』
アイリはうさぎを抱く腕に少し力を入れながら
僕をじっと見ている。
『その子はね、可愛くしてあげないと拗ねてしまうんだ。
だから、アイリさんが毎日リボンを選んであげてくれるかな?』
首にとは言わなかった。
腕に巻くのもいいだろうし、頭に巻くのもいいだろう。
アイリの好きなように巻けばいい。
要は……僕とアルトが朝の準備をしている間の
アイリの時間が潰せればいいのだ……。
日本に居たとき、鏡花がまだ幼い時に使った手だ。
鏡花のときは、余りにも僕の邪魔をするから母に相談すると
ぬいぐるみとリボンを買ってきてくれ、アイリに伝えたのと同じ台詞を
僕に教えてくれたのだ。
まぁ……鏡花は家に持って帰ってしまったから
その日しか効果がなかったけれど……。
僕が少し悲しい思い出に浸っていると
アイリが僕の袖をつかんで、そっと引っ張った。
『どうしたのかな?』
『……』
『アイリさん?』
『あ……りが……と』
うさぎを抱っこしながら、まだ怖いであろう人間の僕に
お礼を言ったのだ……。アイリの心の強さに僕は一瞬言葉を失い
少し慌てて、返事を返したのだった。
『可愛い名前をつけてあげてね』
『……うん』
そう返事すると、先ほどまで寝ていた場所に行って座り
うさぎの名前を考え始めたようだった。
朝食をとり終わった後、アイリにこれからどうしたいかを尋ねる。
僕としては、トキトナの街に戻りアイリの両親が迎えに来るのを待つのが
いいんじゃないかと思ったのだが……。
アイリは何かを考え、僕を見つめると首を横に振った。
『僕と居るよりも、トキトナの街で同じ種族の人と居たほうが
安心できるんじゃないかな? 僕と一緒に居るのは怖いでしょう?』
『……』
黙ったまま何も答えないアイリに、アルトが助け舟を出す。
「師匠は怖くないよな?」
『ちょっと怖い』
『それなら、やっぱりトキトナの街で待ったほうが良くないかな?』
アイリがフルフルと首を振る。
『うーん……トキトナの街が嫌なら違う街にする?』
僕としては、誤解されそうな街に行くより
トキトナの街に引き返したほうが、アイリにとってもアルトにとっても
いいと思うのだけど、アイリがトキトナの街の事を知っていて
拒絶しているなら、他の街に行くのも仕方がないかと思った。
『他の街も嫌……』
キュッとうさぎを抱きしめて俯いてしまうアイリ。
『少し質問してもいいかな?』
『うん』
『アイリさんは、自分の村から離れて今日で何日目になるのかな?』
『……多分、4日。1日目は洞窟みたいなところでじっとして
2日目から袋に入れられて、移動した』
その時のことを思い出したのか、顔を青くしながら震える。
誘拐してすぐ逃げずに、追っ手をやり過ごしていたようだ。
あのスピードで2日なら……アイリを連れて戻るには4日~5日と言うところだろうか。
『ここから、アイリさんの村に戻ろうとすると……。
多分、4日~5日はかかると思う。その間歩かないといけないし
魔物も出る。それでもアイリさんは僕達と一緒に行きたいのかな?』
アイリは、顔を上げて僕を真っ直ぐに見ると頷いた。
その目には、何らかの意思が見える。僕に対する恐怖より上回る意思。
アイリが何を求めているのかは分からなかったが……僕達と行動すると言う気持ちは
変わらないようなので、アイリを村に送っていくことに決める。
僕とアルトが目指している場所も同じ場所だろうから
送っていくことに問題はないんだけど……アルトとアイリを連れて村に入ったときの
反応を考えると、今から覚悟しておいたほうがいいかなと頭の片隅で思った。
出発する為に、準備をする僕とアルト。アイリは、木の陰で着替え中だ。
本当は昨日のうちに渡したかったのだけど
アイリの怯えと警戒を解くことを優先させた。
魔法で髪や体を綺麗にしてから、アイリに新しい服を渡す。
鞄から服が出てきたことに少し驚いていたけれど。
女の子だから、可愛いワンピースなりスカートなりを渡したかったが
歩いて旅をすることを考えると、ズボンのほうが動きやすいだろうし
草や木の枝で怪我をすることも防ぐことが出来る。
着替えて木の陰から出てきたアイリは、少し照れたようにもじもじしていた。
やっぱり、男の子と女の子は違うんだなと感じ面白いなとも思った。
『アイリさん、よく似合ってるね』
アイリはアルトにも視線を向けるのだが
アルトは興味がないようだ。少し、がっかりしたような雰囲気を纏いながら
アイリは自分が寝ていたところまで移動する。
そして、うさぎと服とリボンを見てどうしようか考えているようだったので
僕は鞄を1つ作り、アイリに渡した。
鞄は何でも入る鞄ではなく、普通の鞄だ。
少し違うのはウサギを入れる専用のポケットがあることだろうか。
ついでにリボンを入れる箱も渡す。鞄の中にはうさぎとリボンを入れ
服は重くなるだろうから僕が預かった。
『アイリさん、服は僕が預かるよ。
村に着いたら、アイリさんに返すからね』
アイリは頷くと服を僕に渡す。
僕が鞄にしまうところをじっと見つめ、そしてポツリと呟く。
『アイリ』
『うん?』
『アイリ』
『アイリさん?』
『アイリなの』
どういう意味だろうと思案していると
「師匠、アイリは呼び捨てでいいって言ってる」
アルトの言葉を肯定するように、アイリが頷いた。
『アイリでいいんだね』
『うん』
僕の側に来るのに何時も少し躊躇する。
だけど、それを克服しようとしている姿を見て胸が痛んだ。
思ったよりも早く、僕に心を開いてくれたのは
アルトの頑張りが大きいんだろうと思った。
何時もよりゆっくりと準備を終え
アルトの気配を殺す訓練は、とりあえず中断し僕が全員の気配を隠して
アイリの村まで行くことになった。
読んでいただきありがとうございます。
参考図書:アンデルセン童話(醜いアヒルの子)
-Hans Christian Andersen-