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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 リューココリネ : 温かい心 』
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『 僕達と浚われた少女 』

「ムイムイのハンバーグ~。毎日食べたいハンバーグ~」


「ムイムイ~」


-……僕は当分食べたくない。


お祭りの、大食い大会に参加してあれほど食べたのに

アルトはまだ、食べたいのか……。僕はその時の様子を思い出し

胃の辺りを少し押さえた。


アルトが機嫌よく、自分で作った歌を歌いながら歩いている。

その後ろを、ムイムイがチョコチョコとついて歩く。


「美味しい美味しいハンバーグ~」


「ムイムイムイ~」


アルトの歌にあわせるように、ムイムイが鳴いている。

歌詞の内容はきっと分からないほうが幸せだ。


僕達は、トキトナの街を2日前に発ってサガーナの国の奥へと向かっていた。

ルーハスさんとコーネさんが、見送ってくれ心配と少しの忠告をくれた。


『セツナ、奥に行くほど獣人は人を恨み憎んでいる……。

 アルトも居るんだ、死ぬなよ』


ルーハスさんが、アルトに分からないように獣人語で僕に話す。


『はい、気をつけます』


ルーハスさんが深く頷き、アルトが首をかしげてこちらを見ていた。

そこにコーネさんが、扉から出てきてルーハスさんの横に並んだ。


「セツナ、これ上げるわ」


そう言ってコーネさんが僕に渡してくれたのは

彼女が作った、ムイムイのぬいぐるみだった。


「いいんですか?」


僕は少し驚いて、コーネさんからぬいぐるみを受け取る。


「ええ、彼女に贈りたいのでしょう?」


「……」


ルーハスさんをチラッと見ると、ルーハスさんは視線をそらした。

昨日の夜、2人で飲んだ時の話をコーネさんに教えたようだ。


「ありがとうございます」


深く追求はせずに、コーネさんにお礼を言って鞄にしまう。

コーネさんは、満足したようにうなずいてから

アルトと目線をあわすようにしゃがみこんだ。


「アルトも元気でね。またいつでも遊びにきてね?」


「うん。また、ハンバーグ食べにいこう?」


アルトの言葉に、僕とルーハスさんが青くなり

コーネさんは、満面の笑みをアルトに見せた。


僕は、アルトの背中を見つめる。

好奇心と知識欲で、その成長スピードは目を見張るものがあるが

人に対してだけは消極的だったのだが、ラギさんとの出会いから

それも少しずつ改善されていっている。


アルトの世界は、少しずつ広がっているようだ。

僕はふと、ムイムイに視線を向ける。アルトが守ると言っていたが

今のアルトではまだ守ることは出来ないだろう。


守りきれずに、ムイムイを死なせてしまった場合

アルトの心に深い傷を残すことになってしまうかもしれない。

やっと、ラギさんを失った喪失感から抜け出そうとしているこの時に

それだけは避けたいと思った。


僕が立ち止まると、アルトが振り向き同じように止まる。


「師匠?」


僕は、鞄の中から青色のバンダナを取り出し

そのバンダナに、物理・魔法防御の魔法を付加する。

ある意味……防御力はアルトよりも上になる。


後は……ムイムイの気配を少し消す魔法も付け足しておく。

強い魔物にはわかってしまうだろうが、ここら辺に居る魔物ぐらいなら

気がつかれる事はないだろう。


ムイムイの気配によってくる、魔物を倒していってもいいけれど

訓練の1つとして、目的地まで気配を消し魔物に見つからないように

移動しようと考えていた。


「アルト、これをムイの首に巻いてくれる?」


僕はアルトにバンダナを渡す。


「これはなんですか?」


「ムイを守るものかな」


「……」


「僕は、まだアルトが何かを守りながら戦えるとは思わない。

 だから今は、自分の身を守ることを第一に考えること。

 ムイは僕が引き受けるから」


「……」


アルトはバンダナを見つめながら、悔しそうに唇をかんでいる。


「納得できない?」


「できないけど……。師匠の言うことは分かる。

 俺はまだまだ弱いから」


アルトはしゃがんで、足元に居るムイの首にバンダナを結ぶ。

ムイのバンダナは、僕かアルトしかとることが出来ないようにしてある。

誰かの手に渡ると面倒なことになるだろうから。


「だけど、いつか俺も自分の力で守れるようになる」


立ち上がりながら、僕を真っ直ぐ見つめ宣言するアルトに

僕は、頷いたのだった。


アルトが自分の気配を消し、魔物の気配を探りながら

魔物と遭遇しないように進んでいく。魔物と遭遇して戦闘になったら

罰としておやつ抜き。アルトにとっては切実な問題だ。


先ほどの歌を歌いながら歩いていたときとは打って変わって

その表情は真剣だ。呼吸も出来るだけ殺し足音も立てないように

細心の注意をはらっている。今僕達のすぐ側で魔物が歩いていた。


魔物の注意が別のものに向いている瞬間に、すり抜けていく。

僕もアルトと同じように、気配を殺しすり抜けた。


魔物と距離をとるように、黙々と進みある程度距離をとったところで

アルトは大きく息を吐いた。そしてまた、歩き出す。


アルトに気がつかれないように、魔物の注意を時たまこちらにひく。

いきなり自分の方へ近づいてくる魔物に対して、驚いたり緊張したりしながらも

上手に魔物に見つからないように対処していた。


何時もとは違う緊張した道中に「今日はここで、野宿しよう」と告げると

アルトは疲れたように座り込んでしまった。


「疲れた?」


「疲れた……。師匠、戦うほうが楽だよ。

 明日からは、倒していきたいな」


アルトの懇願するようなお願いに、僕は首を横に振る。


「駄目。これも訓練だよ」


「うーーー」


唸りながら頭を抱えているアルトを見て笑う。

種族柄なのか、アルトは戦闘が好きなんだろう。

だから、気配を殺してやり過ごすと言うのは

アルトにとっては、忍耐の要ることなのかもしれない。


夜ご飯の準備をしながら、アルトとムイの会話を聞いている。

1人と1匹の会話は、突っ込みどころが満載だ。


ムイムイが意味を理解しているとは思えないけれど……。


「たまに、魔物がこっちに向かってくるのは

 ムイのせいだろ!」


「ムイ~」


僕が呼んでいたのだが、アルトはムイの気配に

魔物が反応したと思っているようだ。


「ムイも、俺と同じように気配を消す訓練をしよう?」


「ムイムイ~」


どう考えてもそれは難しいと思う。


「サイラスさんは、食い意地が張ってるから

 食べられそうになったら、逃げないといけないからね」


「ムイ」


きっと、アルトには言われたくないんじゃないだろうか。

それに、サイラスは食い意地が張ってるのではなく

アルトをからかって遊んでいるだけだし……。


「だから、ムイも強くならないとね!」


「ムイ!」


-……。


ムイの訓練だといいながら、遊び始めたアルトに苦笑しながら

スープを作り煮込んでいた。


暫く、アルトとムイの楽しそうな声を聞きながら

本を読み、のんびりとスープが出来るのを待っていると

不意に、魔力に混じった思念のようなものが届く。

恐れと悲しみと苦痛……様々感情が混ざりながら届く思念()は助けを求めていた。


『……けて』


顔を上げて、その魔力に意識を向けると結構な速度で移動しているのがわかる。

僕は、微かに流れてくる魔力を受け止めながら魔力の進行方向を見極めた。

僕達が歩いてきた方向、トキトナ方面へ向かっているようだ。


「アルト、僕は少しここから離れるけど

 アルトはここで僕が戻るまで待機。この場所から絶対に動かないように」


「え? 師匠まって!」


アルトがついてこないように、僕はアルトの周りに結界を作る。

アルトが驚いたように、僕を見て僕を呼ぶがその声を無視して

僕は思念()が聞こえたほうへ走った。


動いて移動してるのは、3人の人間。

しかし、僕に入ってくる情報では4人反応がある。

野営場所からそれほど離れていないところで、3人を見つけた。

1人は袋を担ぎ、2人は武器を片手に魔物に警戒している。


助けを求める声は、袋の中から聞こえる。

袋の大きさから、中に入れられているのは子供のようだ。


-……奴隷商人か……。


アルトが殺されかけていたときのことを思い出し

嫌悪感が滲む。


さて……どうするか……。

僕は暫く考え、奴隷商人をどうするか決める。

僕が殺すよりも、浚われてきた人の国に引き渡すほうがよさそうだ。

僕が殺したと言っても、信じてもらえない可能性がある。


手っ取り早く済ませる為に、奴隷商人に時の魔法をかけて動きを止める。

足止めではなく、彼等の時間をそのまま止めてしまう。


彼等から袋を奪い、同じ袋を能力で作る。

その袋の重さも同じにしておくことを忘れない。


窮屈だとは思うけど、もう少し袋の中で我慢してもらう。

同じ種族のアルトがいるほうが、安心できるだろうから。


奴隷の首輪をつけられているかもしれないので

彼等の持ち物を探り、鍵を探すが見つからない。

もしかすると、合流する仲間が首輪と鍵を持っているのかもしれない。

それなら、まだつけられていない可能性もある。


つけられていたとしても、簡単に外すことが出来るが

鍵があるなら、鍵をつかったほうがいい。


一通り、彼等の荷物を調べた後

特に重要なものはでてこなかったので、彼等に魔法をかけて立ち去ることに決めた。


風の魔法を使い結界を張り、以前サイラス達にかけたのと似たような魔法をかける。

そう、彼等にはグルグルと同じところを走ってもらうことにした。

魔物つきで……。


魔物といっても本物ではなく、僕の魔法で作った幻影だけど

噛まれれば痛みはあるはず。殺してもすぐ沸くようになっている。

出口のない森の中で、彷徨いながら恐怖に怯えるといい……。


彼等の持っている食料と水、そして結界石は使えるようにしておき

死なれては困るので、水の魔法を使い1日に一度水を補給できるようにもしておく。


結界石を使いきってからが、彼等にとって本当の悪夢となるだろう。

外からの魔物は、僕の結界に阻まれて入ってくる事はない。


最後に闇の魔法を使い、彼等の精神が狂わないように

いや……狂えないように魔法をかけた。ある意味拷問に使う類の魔法だ。

狂えたほうがきっと幸せだと思うが、僕はそこまで優しくない。


僕が浚われてきた子を親元に帰して呼び寄せるまで

終わることのない鬼ごっこを楽しむといい。


僕は、袋を丁寧に抱き上げアルトが待っている場所に向かって歩き出した。

僕の気配を感じたのか、アルトが顔を上げて声を出そうとするが

自分の唇に人差し指を当て、声を出さないように伝える。


アルトは僕の抱えている袋を見て首をかしげた。

スープを作っている火元から離れたところでそっと地面に下ろすと

袋が怯えたように揺れる。


袋の口をきつく縛っているロープを解くと、5歳~7歳ぐらいの少女が出てきた。

肩より少し長い銀色の髪、銀色の瞳……そして頭の上にはアルトと同じ狼の耳。

袋から出した瞬間、僕を見て顔を引き攣らせ悲鳴を飲み込み涙をこぼす。

少女は、目に怯えを宿し一目散に僕から距離を取り木の側で蹲り

声を押し殺して泣き始めた。首には奴隷の首輪がつけられていた。


アルトはその少女を見て驚き、そして奴隷の首輪が目に入ったとたん

顔色をなくし、体を震わせている……。自分が奴隷だった時の記憶が

よみがえったのかも知れない。


「アルト」


「……」


青い顔で、目を見開いたまま固まったように動かないアルト。

僕は静かにアルトをもう一度呼ぶ。


「アルト」


二度目の呼びかけに、ゆっくりとではあるが僕のほうへ意識を向け

返事をした。アルトの体はまだ震えていた。


「……は……い」


「あの女の子は、奴隷商人から浚われてきたみたいなんだ。

 所々怪我もしている。だけど、僕が近寄るときっと怯えてしまうから

 アルト、どこか痛い所がないか聞いてみてくれるかな?」


「お……れが……?」


「うん」


「おれ……」


「今、あの子を助けることが出来るのは

 アルトしか居ないんだよ。人間に酷い扱いを受けて人間に怯えている。

 僕が近寄ると、余計に恐怖しか与えない」


「……」


震えながら、何かを考えるように俯くアルト。


「ゆっくりでいい。時間がかかってもいいからね?」


少女が、獣人語しか話せないかも知れないことを考え

僕はアルトの左腕にある腕輪に触れ、魔法をかけた。


「アルトの腕輪に通訳の魔法をかけたよ。

 サガーナをでたら、この魔法は消してしまうから」


アルトは僕の横で、じっと泣いている少女を見つめ

深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出す。

その目にはもう動揺の色なく、体の震えも止まっていた。





読んで頂き有難うございました。


* 大食い大会・コーネのぬいぐるみ

ルーハスとの会話などは、刹那の破片のほうへUpしています。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
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