『 俺とムイ 』
*アルト視点。
師匠が男の人を送ってくるというので
俺はルーハスさんと先に目的地へ行くことになった。
本当は師匠についていきたかったけど、目が駄目だと言っていたから諦めた。
競技場に着くと、そこはとても広い場所でルーハスさんは最前列を目指して歩く。
俺は、ルーハスさんの後ろについて歩きながら競技場を見渡していた。
途中、ムイの声が聞こえたような気がして探すと
ムイが檻に入れられて鳴いていた……。
少し向こうのほうでは、競技に参加する男の人達が並んでいる。
それを見て、俺は血の気が引いていく。あの人達の誰かが優勝したら
ムイは絶対殺される……。
俺は、いてもたってもいられなくなり
ルーハスさんに、必死に頼み込んで競技に参加させてもらった。
係りの人が、やめたほうが言いという忠告に頷かず
待合室でも、怪我するからやめておけと声をかけてくれる人が沢山居た。
だけど、俺は大きなムイムイを見ても怖いとは思わなかったし
暴れるところを見ても、魔物相手のほうがよほど怖いと思った。
なのに、暴れるムイムイの上でバランスを取るのは思ったよりも大変で
俺の耳に入るのは、自分の心臓の音とムイムイの荒い息遣いだけだった。
心の中で数を数え、あと少しあと少しと振り落とされないように
踏ん張っていたのだけど、ムイムイが大きく跳ねたときにバランスを崩し
落下してしまう。空中に投げ出された瞬間に1位になれないと分かった俺は
受身を取るのも忘れて地面に叩きつけられた。
ムイを助けることができない……。
ムイは食べられてしまう……そのことが心を占めて
俺に向かって走ってくるムイムイの事など、ぜんぜん眼中になかった。
このことは、後で師匠に怒られることになってしまう。
誰かが、俺を呼ぶ声を聞いて顔を上げると
すぐ側にムイムイが迫っていた。ムイムイに跳ね飛ばされるかなと感じたが
動く気力がなかった。痛みを覚悟して、目を閉じたけど痛みはやってこず
そっと目を開けると、師匠が俺をかばうように立っていて暴れるムイムイの頭を片腕で
押さえ込んでいた。
師匠に名前を呼ばれた瞬間……様々な感情があふれ出しそうになった。
だけど師匠は、俺に「最後まで自分で歩け」と言った。
何時ものように、手を伸ばしてはくれなかった。
そうだ、俺が決めたことだ。まだ競技は終わっていないんだ。
俺は歯を食いしばり立ち上がる。体の痛みはそんなになかった。
師匠との訓練のほうが、数倍痛い。
痛かったのは……ムイを助けることができなかったこと。
ゆっくりと歩き待合室に戻ると、師匠も少し後から部屋に入ってきて
俺を治療してくれる。その間なにも言ってくれなかったけど。
最後に部屋を出て行くときに、優しく頭をなでて頑張れと言ってくれた。
結果をちゃんと受け入れろって事だと分かった……。
そして今、俺は表彰台に立っている1位の男の人をじっと見ていた。
丸太のような腕の中には、ムイが荷物のように抱えられている。
顔を見ると、今にもムイを頭からかじりつきそうな顔つきをしていた。
思わず涙がでそうになるが、ぐっとこらえる。
俺は、最年少でムイムイに乗ったと言うことで特別賞をもらうことができ
副賞として、どの露店でも食べ放題の券をもらう。
競技場に居る人が拍手と歓声をくれるから……無理やり笑って手を振った。
表彰式が終わって、裏の道から師匠のところへ戻る。
その前に、1位の男の人の側によってムイを撫でさせてもらった……。
ムイは、俺のほうへ来ようとして暴れるが男の人がしっかりと抱えてるから
逃げ出すことはできない。俺を見て悲しそうに「ムイ……」と鳴く。
心の中でごめんなっと謝り、ムイに背を向けて師匠のところまで走ろうとした時
ムイを抱えていた男の人が俺に声をかける。
「おい、お前が競技に参加したのはこいつの為か?」
俺は振り向いて、素直に頷く。
「こいつはお前のなんだ?」
不思議そうに、俺とムイを見る男の人。
「……ムイは友達」
「友達?」
「ルーハスさんの所で友達になったんだ」
「ああ、だから今年は生きたままだったのか」
「……」
今年はということは、この人は毎年この競技に出ているんだろう。
そう簡単には、勝てなかったんだ……。
「……友達を助けたかったんか……」
「……助けられなかった」
ムイを見つめる俺に、男の人は自分の頭をガシガシと乱暴にかくと
ムイを手でつかみ、俺に押し付けた。
「しゃーねぇな。男なら友達の為に命を張るもんだよな」
「え?」
「そのなりで、よく頑張ったと思うぜ?
だから、今回はそいつをくれてやる。
食ったら旨いんだけどな」
俺はムイを受け取り、男の人を凝視した。
余りにも突然のことで、何ていえばいいのか分からない。
俺の側に、師匠とルーハスさんとコーネさんがいつの間にか立っている。
迎えに来てくれたようだ。
俺は慌てて、師匠にムイをもらったことを告げると
師匠が、屈んで俺と目線を合わせて厳しい声で言った。
「アルト。ムイムイを返しなさい」
「え……?」
俺は、師匠なら一緒に喜んでくれると思っていた。
だから……師匠が言った言葉をすぐに理解できなかった。
「ムイムイを、返しておいで」
「……」
師匠の顔は真剣で、眼鏡の奥の目は何時もの優しい師匠ではない。
「な……んで」
「おい、お前! 俺がやるってんだから
お前にはかんけいないだろうが!」
俺の後ろから、ムイムイをくれた人が師匠に怒鳴るが
それを、ルーハスさんが止める。
「なんで……! 何で師匠?
このままだったら、ムイは食べられてしまう!」
「そのムイムイは、食べる為に連れて来られたんだよ」
「だけど!」
「それに、僕達は明日には旅に出なければいけない。
ムイムイを連れて歩くことができると思う?
今はまだいい、小さいからね。
だけど、今日アルトはムイムイに乗ったよね?
あれだけ大きくなるんだ。連れて歩くことが無理だと思わない?」
「……」
黙り込んだ俺に、後ろの男の人が「あちゃー」と声を出し
ルーハスさんに「わし、余計なことしたか?」と聞いている。
ルーハスさんは、困った笑顔を男の人に向けていた……。
「ムイムイを連れて行くなら
ご飯も持っていかなければいけない」
「俺が持つから!」
「あれだけ大きくなるムイムイのご飯を、アルト1人で持つことができるの?」
「できる!」
頭では、それができないことはわかってる。
それでも、口が勝手にできると答える。
師匠の鞄なら、何でも入りそうだけど俺の鞄はそんなに入らない。
「それに、僕とアルトは気配を消すことができるけど
ムイムイは消せない。魔物に一番最初に襲われるのはムイムイだよ」
「……俺が……守る!
俺が、ムイを守るから!!」
俺は必死だった。ここでムイを手放したら
俺はきっと後悔する。師匠の言うことは全部正しくてどうやっても
俺に勝ち目はないけど、それでも俺は師匠にくらいついた。
「俺がムイのご飯代を稼ぐし、足りないなら俺のご飯を減らす。
ムイが魔物に狙われたら、俺がムイを守るから!!
だから、だから師匠……ムイを一緒に連れて行って!!」
「大きくなったらどうするの?」
「それは……」
俺は言葉に詰まる……。俺の我侭だとわかっているし
師匠を困らせているのもわかっている……。だけど俺は……。
答えられなくなった俺に、師匠は一度顔を伏せため息をついた。
「ルーハスさん、ムイムイの成長速度はどれぐらいですか?」
「そうだな……半年でその倍ぐらいになるな」
「結構成長はゆっくりなんですね」
「普通の動物と比べるとゆっくりだな」
「……」
「連れて行くのか?」
ルーハスさんの問いかけに、師匠は答えず
顔を上げて、俺をじっと見つめた。
「僕達の次の目的地は知ってるよね?」
「はい」
「その次の目的地は、バートルとリシア。
大体1ヵ月~3ヶ月の予定でリシアに着くことになる」
「……」
「リシアに着いたら、ムイムイだけを船に乗せてリペイドに送る。
その時に、アルトが何をいっても変更はしない。
ムイムイと一緒に居ることができるのは、3ヶ月ぐらいだけど
それでも、アルトはムイムイを連れて行く?」
「……リペイドに送ってどうするんですか」
「サイラスにでも預けるかな?
報酬をまだもらってないし」
師匠の言葉に、俺は師匠を見つめた。
眼鏡の奥の師匠の目が、困ったような悲しそうな色を持っていた。
本当は、ここに置いていったほうがいいんだ……。
だけど、師匠は俺の為に自分の考えを曲げてくれたんだ。
俺はギュッとムイを抱きしめた。
「ごめんなさい。
でも……師匠、ありがとうございます」
俺は、師匠を真っ直ぐ見てお礼を言う。
俺は、ムイを連れて行く。
それに、サイラスさんならムイの面倒を見てくれそうな気がする。
師匠は俺に軽く笑うと、膝の土を落としながら立ち上がり
今まで黙って俺達を見ていた、男の人に向かって深々と頭を下げた。
「アルトの為に、ムイムイを譲ってくださって
ありがとうございました」
俺もまだお礼を言ってないことを思い出し
師匠と一緒に頭を下げる。
「ありがとうございました」
俺と師匠の態度に、少しあせったように口を開く男の人。
「かまわねぇよ。いいもん見せてもらったしな」
そう言って、俺の頭をガシガシと撫でた。
俺は、ずっと握っていた紙を思い出し男の人にそれを差し出す。
「なんだそれ?」
「露店で無料食べ放題の券」
「くれんのか?」
「うん。ムイのお礼」
「そうか、ありがとな」
ちょっとくしゃくしゃになった券を受け取り
胸ポケットにしまうと「じゃぁな、元気でやれよ」と言って去っていった。
俺はムイを抱きしめ、競技に出てよかったと思った。
ムイは、俺の顔に鼻をつけて「ムイ」と嬉しそうに鳴いていた。
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