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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 弟切草 : 敵意 』
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『 俺とムイムイ祭り 』

* ルーハス視点

 俺は今、半分死にそうだ。

昨日は夜勤だったんだ……そう揺らすのはやめてくれ。

口から何かが飛び出そうだ……。


「ルーは、何を考えてるの!?」


俺も、止めようと努力した。

だが……止められなかった。少年が男の顔をしていたんだから。

そんな顔を目をしたやつを、男の俺が止められると思うか?


止められるわけがない!


「なぜ止めなかったの! 理解できない!

 頭かちわってあげようか!?」


いや……頭を割る前に、お前が俺の襟首をつかんでそれが程よく絞まってるから

このまま行くと、本当に死ねる……いい加減揺らさないでくれ。


「どーーーするのよ! アルトが怪我をしたらどうするの!

 何とか言えばどうなの! ルー!!」


返事が欲しければこの手を離せ……。

そろそろ限界だ……。


そう思いながらも、コーネの手を振り払えないのは

コーネの言い分が、全面的に正しいからだ。


それでも、容赦なく俺を絞めながら揺らしているコーネと

揺らされている俺に、のんびりとした声がかかる。


「何をしているんですか? アルトは?」


声をかけながら、俺たちの側に歩いてくるセツナ。

自分の弟子がいないことに気づき、少し周りを探している。

セツナが来たことで、コーネの手が俺の襟首から離れた。


「セツナ! ルーがとんでもないことをしたのよ!」


「とんでもないこと?」


俺は、乱れた服を直しながらセツナにアルトのことを説明する。


「あー……アルトは、競技に参加するといって

 待合室にいってしまった……。すまん」


「すまんじゃないわよ!」


コーネの怒りは、俺の首を絞めただけでは収まらないらしい。

コーネに苦笑を見せながら、セツナは俺に確認を取る。


「アルトが、自分で参加すると言ったんですよね?」


「ああそうだ……あれを見てな」


俺が、親指で指したほうを見てセツナは困ったように笑った。


「ああ……あれを見たら、じっとしていないでしょうね……」


俺が指差した方向には、アルトが可愛がっていたムイムイが

小さな檻に入れられて、飾られていた。肉としてではない。

ちゃんと生きている。そして、ムイムイ鳴いていた。


「どうしてそんなに落ち着いてるの!?

 子供が、参加するなんて! 怪我だけじゃすまないかもしれないのよ!?」


「でも、参加するって決めたのはアルトなんですよね?

 ルーハスさんは、競技の危険性もアルトに伝えたんですよね?」


「ああ……伝えた。だが、無理やりにでも止めるべきだったと今は思っている」


「アルトが決めたことなら

 怪我をしてもアルトの責任です」


「……」


「……」


俺は、言葉に詰まる。

セツナも、コーネと同じように俺を責めると思っていたのだ。


「なぜだ。なぜ、簡単にそう言い切れる。

 お前は、アルトの師匠だろう? 危険から守ろうとは思わないのか?」


「僕の役割は、アルトに戦い方を教え知識を与えることです。

 そして、アルトの致命傷を避けることですよ。

 アルトの行動を制限することではないんです」


「……」


「危険だからと、一々守っていたら

 何もできない冒険者になってしまうじゃないですか」


「だが……」


「大丈夫です。アルトは大人しそうに見えますが

 結構強いんですよ。僕が、教えてるんですから」


「……なんだそれは。

 アルトを通して、自分の自慢か」


「分かりました?」


そう言って、穏やかに笑うセツナ。

コーネが、怒りを静めため息をつきながらセツナに悪態をつく。


「セツナって、どう見ても強そうに見えないわ」


「……酷い言われようですね……。

 他の人からの僕の評価は、悪魔だそうですよ?」


「……貴方何したの?

 悪魔っていわれるって相当酷いわよ?」


呆れたように、コーネはセツナを見上げた。

普通、悪魔に例えられることなどない。


「やられたことを

 同じようにやり返しただけなんですけどね」


「何をされたの?」


「秘密です」


セツナは少し黒い笑いを、俺達に見せた。

俺が、何かを言おうとするのを首を振ってさえぎり

司会者が、競技場の中央でルールの説明を始めたのに耳を傾ける。


アルトのことを頼まれたのに、危険だと分かっている競技に

参加させたことを謝るつもりでいたのだが……。


セツナの目は、俺に謝る必要はないと語っていた。


そして、競技が始まると肉体に自信のある男達が

ムイムイに乗って競技場を暴れまわる。

落とされないように、しがみつくのではなくバランスをとりながら

時には、片手を上げ観客に己を印象付けながら一秒でも長く跨っていられるように

最善を尽くしていた。


観客は、惜しみない歓声を送り

ムイムイに振り落とされると、悲鳴をあげ、ため息をつき、そして拍手を送った。

観客を夢中にさせる、中々白熱した戦いをみせていた。


ふと、隣のセツナに目をやるとセツナはどこか遠くを見ている。

その表情が、何時もの飄々としているセツナとは違う感じがして

思わず声をかけてしまう。


「おい、セツナ?」


我に返ったように、数回瞬きをすると俺に視線を向けた。


「なんでしょうか?」


「いや……何を考えている?」


少し考えた後、ゆっくりと吐き出した言葉は思いもしない事だった。


「……僕は、アルトの前でムイムイを殺せるかを考えていました」


俺もコーネも息を止める。


「なぜ殺す必要がある……」


「アルトが優勝すれば、ムイムイはアルトのものでしょう?」


「そうだが……」


そう簡単に、優勝できるものではない。


「僕も今のアルトが優勝するのは難しいと分かっています」


「……」


そこで一度、ため息をつくセツナ。


「そうですね、今回のムイムイのことだけではなく

 これから行く先々で、食べる為に育てられた生き物を

 殺さなきゃいけないことがあるかもしれない。

 アルトは動物が好きですから、一生懸命世話をして

 そして大切にするでしょう。僕は、そんな動物をアルトの前で殺せるのか……」


俺もコーネも黙って、セツナの話を聞いていた。


「いや、殺せるでしょう。だけどその後アルトに何ていえばいいんでしょうか?

 生きる為だから仕方ない。食べる為に育てたのだから殺すのは当たり前なんだと

 言えばいいんでしょうか……?」


「……」


「落ち込んでいるアルトに、殺した僕が何をいえるのか

 そんなことを考えていました」


薄く笑うセツナに、彼もまた若いんだということを思い出す。


「普通の家庭の、親御さんたちはどういう風にしているんでしょうね。

 街から離れたところで暮らす人達は、多かれ少なかれ家畜を育てている。

 子供が初めて愛情を示した家畜を捌くとき、子供にどう言い聞かせるんでしょうか」


「……」


「可哀想だ、食べたくないという子供にどう話をするんでしょうね」


「お前の親はどうだったんだ?」


「僕は、親を知りませんから」


セツナの告白に、コーネの瞳が少し揺れた。


「だから……余計にアルトに、どう教えればいいのか分からない。

 戦い方や、勉強ならば教えることができるのですが」


コーネが、真っ直ぐにセツナを見つめる。


「子供は、考えるよりも先に感情に支配されるわ。

 だから、すぐに理解するのは難しいかもしれない。

 でも、必ず大人になるのだから……。

 どうして殺さなきゃいけなかったのかも、わかるときがくるわ……。

 そして、今のセツナの気持ちも親になって初めてわかるのよ。多分ね?」


私はまだ親になったことがないから「多分」とつけるコーネ。

そんなコーネに、セツナは軽く笑った。


そんな2人を見ながら、俺はあることを思い出した。

セツナは、一度もムイムイに触らなかったのだ。

きっと、触れてしまうと情がうつると思ったんだろうが……。


こいつの、アルトとムイムイを見つめる目は何時も優しかった。

セツナは、冷酷になろうと思えばどこまでもなれる男だろう。

だが……本質は……誰よりも優しいのだ……。


半獣の俺に、この世界の住人だと言い切ったこの男は

きっと、優しすぎる。それが、こいつの息を止めなければいいが……。


そんな不安が胸をよぎる、俺は頭を一度振ってその考えを振り払った。

俺が、自分の思考にはまっている間にセツナとコーネの話は終わったようだ。


セツナも、何時もの調子に戻っていた。

大人しくなったコーネを見ると、胸の前で祈るように手を組んで

前方を見ていた。どうやら、アルトの番が来たようだ……。


年齢制限がないとは言え、子供が参加するのは初めてのことだから

一番最後にまわされたのだろう。参加申し込みに考え直せと

様々な人から言われていたが、頑なに耳をかそうとしなかった。


俺と同様、その顔つきに眼差しに……運営は、渋々参加を受理したようだった。

子供ということもあり、何かあったときのために競技場に数人散らばる。

観客たちは何事かとざわめくが、司会者の口からアルトが紹介されると

水を打ったように、静かになった。


顔をしかめるもの、心配そうに見つめるもの

好奇心を隠そうとしないもの、様々だ。


競技場が緊迫した空気に包まれる。

そんななか、司会者は今までよりも少し大きく息を吸い


「開始!!」と告げた。司会者の言葉と同時に暴れ狂うムイムイが

アルトを乗せて、競技場へおどりでる。


緊張で静まっていた観客たちは、何時もより更に大きく見えるムイムイに息を呑み

必死にそれでも、今までの男たちと同様にしがみつくのではなくバランスをとりながら

ムイムイに跨っているアルトを見て、一斉に歓声を上げた。


頑張れ! 落ちるな! 踏ん張れ!! と口々に叫びながら

競技場全ての人が、手に汗を握りながら、アルトを応援していた。


小さい体が、今にも振り落とされそうになりながらも

歯を食いしばり、必死にバランスを取ろうとするアルト。


しかし、子供の体力そして握力には限界があり

ムイムイが、大きく跳ねたと同時にアルトがムイムイから振り落とされた。

体が軽い為に、吹っ飛ぶように飛ばされうまく体勢をとることができなかったのか

叩きつけられるように地面に落ちる。


普通ならば、ムイムイは自分で戻っていくのだが

アルトが子供だからか、怒りを目に宿し前足で地面をかくと

一目散にアルトに向かって走り出す。


どこか痛めたのか、アルトは立ち上がることができない。

配置されている係りの者が、ムイムイに向かうが間に合わない。


「アルトっ!!!」


俺も、コーネも柵を超えアルトを助けに向かうが距離があるために届かない。

観客は悲鳴を上げ、女性は顔を伏せた。


ムイムイが迫り、もう駄目かと思った瞬間

セツナがアルトの前に立ち、力の限りに突っ込んできたムイムイの頭を

左腕だけで押さえ込んでいた……。


俺も、コーネもそして観客も驚きを隠せない。

セツナがいつアルトの側に行ったのか……全く分からなかった。

俺とコーネの足が自然に止まる。ムイムイは暫く抵抗を続けていたが

セツナに敵わないと思ったのか、今度は一目散に戻っていった。


競技場には、大勢の人間が集まっているはずなのに誰一人として

声を出すものはいない、セツナの声だけが競技場に静かに響いた。


「アルト、自分で決めたことなんだから

 最後まで自分の足で歩きなさい」


アルトは、歯を食いしばって立ち上がり

今までの男達と同じように、1人で立ち去っていく。


セツナはそんなアルトの背中を黙って見つめ

姿が消えたのを確認してから、アルトと同じ方向へ歩いていった。


俺とコーネもセツナが消えてから、我に返り慌てて後を追う。

セツナの言動に、観客たちが口々に非難の声を上げているのを背中に受けながら。


控え室に入ると、今までの参加者達がアルトとセツナの周りに集まっており

運営の人間も心配そうに見つめていた。


セツナは、魔法を使い見る見る間にアルトの傷を治していき

痛いところがないかを聞きながら、全ての治療が終わると

アルトはケロっとして立ち上がり、飛んだり腕を回したりしている。


そんな2人をそばで見て、コーネがポソっと呟いた。


「セツナって、本当に強かったのね……」


「そうだな……」


俺もまさか、左腕だけでムイムイを抑えることができるとは思わなかった。


周りの皆は、セツナの高度な魔法技術に驚いてた。

セツナは、アルトの怪我を治すと次に周りの男達の治療を始める。

この街にも1人風使いはいるが、緊急性がない場合薬で治すことが多い。


どこかしら、怪我をしていた者達全ての怪我を治すと

アルトに視線を向けて、アルトの頭をゆっくりとなでた。


「僕は、外から見ているから。

 最後まで頑張るんだよ」


アルトが、一度頷いたのを確認してから

セツナは、俺達を促し出口に向かった。


「お前、何であの時アルトに1人で歩けって言ったんだ?」


少しの非難をこめながらセツナの背中に話しかける。

普通なら、怪我した子供に歩けなんて事は言わないだろう。

係りの者は、アルトに手を貸そうとしていたがアルトがそれを断っていた。


「僕があそこで手を貸すと

 アルトの緊張の糸が切れてしまいますからね。

 せっかく、1人でここまで頑張ったんですから」


「だが、怪我していたんだぞ」


「大丈夫です。怪我は酷くありませんでしたから」


「動けなかっただろう」


「動けなかったのは……。

 怪我のせいではなくて、優勝できないと分かったからです」


「は?」


「自分の秒数が、1位の人に届かないから落ち込んでいたんですよ」


「……」


俺とコーネは唖然として、振り返ったセツナを凝視した。


「僕との訓練に比べれば、ムイムイに落とされたぐらいで

 動けなくなるはずないんですよ……。1位になれないと分かったから

 落ち込んで、襲ってくるムイムイに気がつかなかった。

 まだまだ未熟ですね」


そう言ってため息を吐くセツナ。


俺も、コーネも言葉を失い……呆然とセツナを見つめるだけだった。

俺はチラッと、セツナとアルトの訓練がどういうものか気になったが

詳しく聞くのはやめることにした……。






読んでいただきありがとうございました。

ムイムイ競技はロデオを参考にしていますが

空想成分が殆どです。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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