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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 弟切草 : 敵意 』
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『 私と悪魔 』

* ディートベルト・ガイロンド視点

【そのお菓子は、貴方が用意させたものですよ。ディさん……。

 いえ、ディートベルト・ガイロンド様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?】


聞きなれた帝国の言葉で、私の本当の名を告げられた私達は言葉を失ってしまった。

計画では、お茶に入れた毒で彼が身動きできなくなるのを待つはずだった。


なのに……。これはいったいどういうことだ……。

なぜ彼が、私の名前を知っている……。


細心の注意をはらい、綿密な計画を立てたはずだ。

この計画を知っているものは、この場の4人しかいないはずだ……。


前から私のことを知っていたのか?

知っていて、ここまで付き添い偽名を名乗るのを黙って聞いていたと?


腸が煮えくり返りそうになる。

私が皇子だと知っていても、目の前で足を組み私を見据える人間に殺意を覚えた。


【僕に、何か用ですか?】


帝国の人間じゃないのかと思うほど、私達の母国語で流暢に語る。


【僕の友人に、毒入りのお菓子を送ろうとする理由を僕は知りたいのですが】


【……】


眼鏡の奥の冷め切った菫色の瞳に、ゾクッと鳥肌が立つ。

しかし、ここで引くわけには行かない。

毒で彼の自由を奪い、彼の友人を盾に取ることで

私達の要求を飲ませる計画は、わずか数分で破綻している……。


-……さて、どうするか……。


必死に考えをめぐらせる。とりあえず、お茶を一口でも飲ませたいところだ……。

主導権を青年から取り戻さなければいけない。

私は、手に持っていたお菓子をエルに渡す。それを見た青年が箱に手を伸ばし

お菓子を1つ取り口に入れた。


【毒は入っていませんよ。

 いや……入れ替えるときに少し混ざったかも?】


そういって、お菓子を流し込むようにお茶を口に含み飲み込んだ。

思わず、口角があがりそうになるのを抑える。

よし……神はこちらに味方している……。


【どこから私の素性を聞いたのだ】


かぶっていた仮面を捨て、私はセツナと視線を合わす。

その余裕がある態度は、後数分だという思いを込めながら。


【貴方の周りにいるのでは?

 情報が、自分だけのものだなんて思っているわけじゃないですよね?】


そういって、私から視線を外すセツナ。

その視線に誘われて、思わず自分の友であり臣下である彼等を疑いそうになった自分に気がつく。

一度目を閉じ、セツナを睨むと彼は綺麗な顔で意地の悪い笑いを浮かべていた。


【彼等は、あなたの駒かと思いましたが

 意外に、絆は固いようですね……残念。仲間割れをしたほうが楽だったのに】


わざとだ……人の神経にさわることを平気で口にのせた。

もう少しで、彼の言う通りになりそうだった事が余計に私の感情に火をつける。


【仲がいいのはいいことですよね?】


【……】


自分の感情を押さえ込み、右から左へと彼の言葉を流す。


【リペイドの国王の毒を消したのは、お前か?】


【どうでしょうか?】


【調べはついているのだ、大人しく認めたほうがいいとおもうが】


【大人しく? 貴方の計画は破綻しているのに?】


馬鹿にしたように笑うセツナに、アールの殺気が膨れ上がる。


【……貴様……。いい加減にしろよ……】


アールが低く這うような声で、私達の会話に口を挟む。

隠すことなく殺気をばら撒いているというのに

目の前の彼は、気にかけてもいないようだった。


そろそろ、毒が効きはじめる頃だ。

私は、緊張からか少ししびれている感じがする手をこすり合わせた。


【あ……そういえば、僕の贈り物は気に入ってもらえましたか?】


会話が成り立たないことに、イライラが募り殴りつけたくなる衝動を抑える。

セツナに毒が回るまでの我慢だと思い、彼と話を続けていく。


【贈り物? 何のことかわからないが】


【僕が作った、飴なんですけどね。

 ガラス瓶にはいった、珍しい飴です】


ジェイが、アールに向かって鋭い声を発した。


【アール、姫様に飴を贈りませんでしたか!?】


アールは困惑したような、怪訝な表情で


【いや、贈った覚えはない……】


【……】


【瓶の中に入っている飴は10個。そのうち毒入りが1個。

 1/10の確率ですから、まだ大丈夫だと思いますよ?

 すぐに、食べるのを止めれば……】


私とジェイの顔に、焦りの色が浮かび

アールは、絶句している……。


【送り先は、メイさん、エルさん……そして、アーネス様……?】


アールが、剣を抜きセツナに切りかかろうと動き

ジェイが止めに入ろうとして、席を立つ。エクも立ち上がり通信魔道具のところへ

駆け出そうとするが、3人ともその場に崩れ落ちるように座り込んだ。


私も立ち上がろうと、力を入れるが入らずに立つことができない。

余りにも突然の出来事に、息を呑むことしかできなかったのだが

その様子を、冷たい光を帯びた紫の瞳が私を射るように見ていた。


【毒を扱う僕が、毒で身動きができなくなるわけないじゃないですか?】


そう言って笑い、残りのお茶を一気に飲み干した。

彼の様子に、怒りと憎悪が私の中で渦巻いた。


【僕を動けなくするつもりが、自分たちが動けなくなるなんて

 余りにも滑稽ですね……】


エクが、懐から解毒剤を取り出して私に渡そうと手を伸ばすが

それを嘲笑うように、セツナがエクに言葉を投げた。


【僕が作った毒は、僕が作った解毒剤しか効きませんよ?】


エクが、解毒剤を取り落としその肩が小刻みに震えている。


アールからは歯軋りが聞こえ、その表情だけで

普通の人間なら殺すことができるんじゃないだろうかというほどの

殺意が篭った視線をセツナに向けていた。


セツナはアールと視線を合わせ、軽く笑うと

【視線だけで、人は殺せません】とアールの神経を逆なでしている。


-……こいつ……何者だ……。


冒険者であり、学者。獣人を弟子にするという甘い考えを持った人間

お人好しな、風使いであり薬師……。無害そうに思えたのに……。

爪と牙を隠していたのか……その穏やかな表情の裏に……。


しかし……どうやって妹達に荷物を……届けたんだ?

妹達への荷物は、あるルートを使わないと届かないことになっている。


妹の命が狙われないように……。

私が、父の気の触ることを言ったばかりに人質として妹に毒があたえられた。


私の右腕をもぐために、私の騎士であるアールの恋人の体にも毒が入っている。

そして、ジェイは母親を……。すぐに死ぬことはないが、定期的に少量の解毒剤が与えられ

それを飲まなければ、体が蝕まれていくものだ……。


立てた計画の殆どが……いや、セツナをここに連れ込むこと以外の計画が

全て一瞬のうちに崩れ去り、想定外のことが立て続けに起こり

どう処理していけばいいのかが分からない。


私達は、彼に解毒剤を作らせ妹達を自由にすることが目的だった。

リペイド国王が、あの忌々しい毒から解き放たれたと聞いたとき

父が与える毒の解毒剤を作れる人間が他にいることを知った。


父は、激しく荒れていたが

私にとっては、吉報でしかなかった。

リペイドに密偵を送り、情報を集め解毒剤を作ったのが彼だと突き止め

会う為の計画を練る。


父の不興をかってから、私はあらゆる国政に参加させてもらえなくなった。

妹達を人質としたことで、身動きが取れないと思っている者達は

私に見向きもしなくなった。


だから、リシアに最近開発された魔道具を買いに行きたいと告げても

反対されることもなく、転送魔法陣を使わせてもらえたのだ。

私が戻るまで、妹達に監視の目が向くことにはなるが……。

父が監視に向けている兵の中にも、私の密偵を紛れ込ませている。


いつか、父を殺す為に……。今はまだその準備段階……。

まずは、私たちに絡まっている鎖を外していかなければならない

父が得意とする、毒の呪縛を断ち切るものが絶対に必要となるのだ


リペイドの国王が、毒の呪縛を断ち切り連合を立ち上げたように……。

セツナの情報を手に入れ、彼が次にどこに立寄るのか探り

先回りをして、ここに家を借りた。


クットで商売をしたいという若夫婦に金を渡し

私達は、計画を実行する為に準備をしてセツナを待っていたのだった。


-……それなのに……。


【さて……僕はそろそろ戻ろうと思います。

 荷物は返しましたし、貴方も送り届けましたしね】


そう言って、席を立とうとするセツナにアールが吼えた。


【お前の大切な者を全て殺してやる!!】


【……】


セツナが、一度俯き肩を震わせている。アールの脅しが効いたのだろうか?

全員が、自由にならない体を歯がゆく感じながらセツナを凝視している。


【フ……フフフ……。本当に可笑しい……】


肩を震わせながら笑っていた……。アールが怒りに体を震わせ

懐から短剣をぎこちなく取り出し、セツナめがけて投げようとした瞬間


セツナが顔を上げた。


そして、その瞳を見たアールの動きが凍りつく。

アールだけではなく、私達の誰一人息を吐くのも怖いほどの殺気が

彼から放たれていた……こんな濃く……暗い殺気は経験したことがない……。


体が震え、歯がかみ合わない……。エクは意識を失っている。

アールは、投げつけようとしていた短剣を取り落としその手が小刻みに震えていた。


アールとジェイの顔は蒼白だ……。きっと私も似たり寄ったりの顔色だろう。

今までは……父が放つ殺気が一番恐ろしいと思っていた。

だが、彼の殺気は父のほうがまだましだと感じさせる。

いや……ましどころではなく、この殺気を当てられ続けるのなら

死んだほうがましだと心から思った。


【それができると思うなら、やってみるといい……。

 だけど、その代償は高くつくと思うけどね?】


無理だ……。誰がこんな恐ろしい化け物を相手にしたいものか……。

感情の篭らない視線を真っ直ぐ受けたアールは、返事をすることもできないほどの

恐怖に陥っていた。


【僕は……帝国が、いや帝国の王に連なる血筋を滅ぼしてしまいたいと思うほど

 憎んでいる……】


アールから視線を僕に移し、静かな声なのに魂をズタズタに切り裂いてしまいそうな

恐怖を感じる。毒のせいで体が動かないはずなのに恐怖で震える体は止まらない。


旨く呼吸できなくて喘ぐジェイを横目で見ながら、彼は鞄から何かを取り出し

テーブルの上に並べた。薬のような包みだ。


【この薬は、貴方方の毒を消す解毒剤。

 そして、貴方達の大切なお嬢さん達の毒も消してしまうことができる】


【……】


【好きに使うといいよ。僕を信じることができるのならね】


【っ……】


【それから、お嬢さん達に荷物を届けたのは君の密偵達だけど

 彼等は、僕が薬で操っていたから君から飴を受け取ったと思っているから】


ゆっくりと、そして優雅に帝国式の礼をしてから

彼は扉のノブに手をかけ扉を開く。彼の殺気から逃れたくて止めようという気は

全くおこらなかった……。早く去ってくれと願うばかりだ……。


部屋から出る瞬間、セツナは何の感情も映さない瞳を私に向け

私の背筋を凍らせた……。扉が閉じたと同時に、彼の殺気から開放される。


一斉に詰めていた息を吐き出し

肩を上下させながら、呼吸をして体の震えと恐怖を散らした。


【ディート……、解毒剤を早く飲んでください】


ジェイが私にそういうが、テーブルの上にある解毒剤は3包しかない。

私がここで飲んでしまうと、この中の一人が助からない。


そう思い当たったとき、彼の言葉が頭をかすった。


【彼等は、あなたの駒かと思いましたが

 意外に、絆は固いようですね……残念。仲間割れをしたほうが楽だったのに】


【……っ】


仲間割れをしたほうが楽だったのに……。それは彼が楽だと言う意味ではなく

こうなる状況を作って、誰が犠牲になるかを考える必要がなかったのにという

意味だと気がつく。


【ディート! 早く解毒剤を飲め!】


アールが叫ぶが、私は薬に手を伸ばすことができない。

飲んだとしても、この薬が本当に解毒剤かどうかはわからないのだ……。


躊躇している私に、アールが痺れを切らせたのか

落ちている短剣を拾い、自分の首に当てる。


ジェイも同じように、震えながら短剣を取り出し首に当てた。


【薬は3包……ディートとエク……そして最後の1包をアーネス様に……】


ジェイの言葉に、目を見開く。

2人は自分と、自分の恋人と母親をも犠牲にするつもりなのだ


【何をしている! 短剣を下ろせ!

 この薬が、本当に解毒剤かわからないだろう!】


【しかし、このまま死を待つのなら

 一か八か賭けてみるしかない……。私達が貴方の枷になるのなら

 それを断ち切るまで!】


ジェイとアールが短剣を首に刺す直前、私は私の名で彼等を縛る。

私に忠誠を誓っている2人は、私の命令に背けない。


【わが名によって命じる。動くな!】


それと同時に、動きをうばれる2人が必死に命令を解けと叫んだ。

やっと見つけたのだ……私たちが守りたいものを守る為に必要な薬を

狂った歯車を、取り除くには彼等が……アールとジェイが必要なのだ。


私の背中に、冷たい汗が流れる……。

刻一刻と、時間が過ぎていくが答えが出ない……。


誰を切り捨てるのか、選べない……。

ここで私が薬を飲めば……私達を待っているアーネス達の1人が助からない。


だけど、誰かが薬を飲まなければ……3人とも助からない……。

余りにも残酷な配分に、私の心は追い詰められていく。


後どれぐらい、私の命は持つのだろうか……。

死に向かう恐怖が襲う。薬に手を伸ばしては止めることを繰り返す。


ジェイとアールは、早く飲めと叫ぶばかりだ。

父ならば、とっくに妹を切り殺しているだろう……。

自分の枷になるものは全て殺していくだろう……。


だが……私には……殺せない。

王の器ではないのは分かっている。切り捨てることができない王など

国にとっては、役立たずなだけなのもしっている。


だが……。


私は、思いっきりテーブルを叩き叫んだ。


【私は、切り捨てない!!】


私の叫びに、アールとジェイが驚いたように口を噤んだ。

私は、テーブルに叩きつけた手を動かす。先ほどまで、指を動かすのも大変だったに

体の痺れが綺麗に消えていた。


どうやら、死に至る毒ではなく体を麻痺させる為の毒だったようだ……。


ジェイとアールも体を動かせることを確認すると、ゆっくり立ち上がった。

エクはまだ、意識を失ったままだ。ジェイがエクを抱き上げソファーに寝かせ

アールはため息をつきながら私に近づいた……。


2人が、私の側に来た瞬間テーブルの上に魔法陣が浮かび上がり

何かがテーブルを削る音が部屋に響いた。

音が収まり、テーブルの上を見ると……そこには、帝国の文字で


【竜に呪われ、土地を去りし国の皇子よ警告は一度きり】


と彫られていた……。私達の毒が切れる頃を見計らって発動した魔法に

鳥肌がたつ……。


【ディート……竜に呪われってどういう意味だ……】


アールの問いに私は答えることができない……。

なぜ彼が……帝国の王族しかしらない事を知っている……。

民には知らされることのない、ガイロンドの歴史……。


飢饉で竜が、私たちの先祖を助けたのではなく

竜の呪いを受けて、その土地を去らなければならなくなった歴史を……。


沈黙がこの部屋を支配し、その沈黙をジェイが断ち切った。


【しかし……生きていてよかったです。

 情けをかけられたとしても……。ディートには色々と言いたい事はありますが】


私が解毒剤を飲まなかったことに対しての、お説教が待っていそうだ。

アールがため息をつきながら、まとめに入る。


【あれにはもう、手を出さないほうがいい。

 命がいくつあっても足りない……。あれにつけている密偵も呼び戻せ……。

 それから、リペイドにいるやつらも引かせたほうがいい……】


私は2人に頷き、テーブルの上の薬を見た。

この薬が、毒なのか解毒剤なのか……彼の本性をしった私達には

判断がつかなかった。妹達に飲ませてもいいものかどうか……。


そして、アールが呟いた一言が……私の心に残った。


【あいつは悪魔だ。悪魔に人は勝てない】


後に、妹達に送られた飴のなかに毒は含まれていなかったことが分かる。

だが、それが悪魔の気まぐれか慈悲なのかは分からなかった……。






読んでいただきありがとうございました。


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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
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